おねずみおばさんのはなし

THE TALE OF MRS. TITTLEMOUSE

ベアトリクス・ポッター Beatrix Potter

おおくぼ ゆう やく




表紙絵

口絵1
口絵2
 このささやかな ほんは ネリーのもの。

挿絵1
 むかしむかし あるところに 1びきの もりねずみが おりまして、 なまえを おねずみトマシーナおばさんと いいました。
 すまいは いけがきの うらにある もりつちの なか。

挿絵2
 これが おもしろい おうちなんです! いけがきの ねっこを めぐって あっち こっちへ つちの めいろが できあがっていて、 そのさきに ものおきやら きのみや たねを たくわえておく くらが それぞれ あったりしまして。

挿絵3
 だいどころや いまも ありますし、 それから しょっきべやや たべものおきばまで。
 あと おねずみおばさんの おやすみする へやも ありまして、 そこでは ねむる ベッドが ちいさな はこに なっているんです!

挿絵4
 おねずみおばさんは どを こえた きれいずきの ねずみさんで、 いつだって やわらかな つちの ゆかを はきそうじ ちりはらい。
 たまに まいごに なった はむしに でくわしますと、
「しっ! しっ! ばっちい あしあしさんめ!」と おねずみおばさんは もっている ちりとりを うちならすのです。

挿絵5
 また あるひは ちいさな おばあさんが みずたまもようの あかい ケープを はおって うろちょろしておりました。
「おたくが いま もえてるんですって、 ななほしおばさま! おこさんのいる おうちへ とんで おかえりになって!」

挿絵6
 べつの ひには まんまるした おおぐもが あまやどりに きておりまして。
「すいませんが、 ここは マフェットちゃんの おたくでは ない?」
「あっちへ おいき、 この あつかましい わるぐもめ! わたしの すてきで きれいな おうちの あっちこっちに くものすの はしきれ のこしくさって!」

挿絵7
 そこで くもを まるめて まどから ほうりだしたのでした。
 くもは ほそながい いとを ちょいと たらして いけがきを おりていくしか ありません。

挿絵8
 おねずみおばさんが はなれにある ものおきへ むかうところ。 ばんごはんに サクランボの さねと アザミの わたげを とりにいくのです。
 ろうかを すすむ あいだ、 ずっと ゆかを くんくん じっと みつめていまして。
「はちみつの においが するわ。 そとの いけがきにある クリンザクラ? どうも きたない ちいさな あしあとが あるみたい。」

挿絵9
 かどを まがって ばったり であったのが どじじずバビティ ――「じーず、 ぶん、 ぶぅーん。」と まるはなばちの おんなのこが しゃべります。
 おねずみおばさんは きッと あいてを にらみつけました。 ほうきが あれば いいのに、 と。
「こんにちは、 どじじずバビティ。 みつろうを うってくださるなら、 ほんとに ありがたいんだけど。 でも いま ここで なにしてるの? どうして いつも まどから はいってきて、 じーず、 ぶん、 ぶぅーん、 なんて いうわけ?」と いいながら おねずみおばさん だんだん はらが たってきまして。

挿絵10
「じーず、 うん、 うぅーん!」と どじじずバビティから かえってきたのは すねた なきごえ。 じりじり ろうかを うごくと、 ぱっと そこの ものおきへと きえました。 どんぐりようの おへやです。
 おねずみおばさんは クリスマスまえに どんぐりを みんな たべてしまいましたから、 ものおきは からっぽのはずなのに。
 ところが かぴかぴの こけで なかが いっぱい、 ぐっちゃぐちゃで。

挿絵11
 おねずみおばさんは こけを ひっぱがしはじめます。 ほかにも 3,4ひきの はちが あたまを だしていて ぶんぶん なきさけんでいました。
「まったく、 わたしは ひとに まがしなんて してないってのに。 かってに いすわってからに!」と おねずみおばさん。「いまから でてもらうからね ――」「ぶん! ぶん! ぶぅーん!」――「だれか ひとでが いるわね。」「ぶん、 うん、 うぅーん!」
 ――「ジャクソンさんは だめね。 ぜったいに あしを ふかないんだもの!」

挿絵12
 おねずみおばさんは ひとまず ばんごはんの あとまで はちたちを ほうっておくことにしました。
 いまへと ひきかえすと のぶとい こえで だれか せきばらいを しておりまして。 なんと すわっていたのは そのジャクソンさん ごほんにん! ちいさな ゆりいすを はみださんばかりに すわりながら、 おやゆびを いじいじ、 だんろの さくに あしを かけて、 にたにたしているのです。
 ごほんにんの すまいは いけがきの したにある みぞで、 そこは ひどく きたならしい じめじめした どぶなのでした。

挿絵13
「こんにちは、 ジャクソンさん、 あらまあ ずぶぬれで!」
「あんがと、 あんがと、 あんがと、 おねずみおばさん! ちーと すわって かわかすさかい。」と ジャクソンさん。
 こしかけたまま にたにた、 みずが うわぎの すそから したたりおちます。 おねずみおばさんは モップを もって あたりを ぐるぐる。

挿絵14
 あまりに ながながと いるので、 とりあえず ばんごはん たべていきますかと きくはめに なりまして。
 まず だしたのが サクランボの さね。「あんがと、 あんがと、 おねずみおばさん! けど、 はが のうて、 はが のうて、 はが のうての!」と ジャクソンさん。
 べつに いいのに、 くちを ひろびろと あけまして、 なるほど はは 1ぽんも ありません。

挿絵15
 つぎに だしたのが アザミの わたげ ――「ちゃっ、 ひゃっ、 ひゃっ! ぷーっ、 ぷーっ、 ぷぅ!」と ジャクソンさんは わたげを へやの あちこちに ふきとばしてしまいまして。
「あんがと、 あんがと、 あんがと、 おねずみおばさん! けど、 わいが ほんとに ―― ほんとに ―― ほしいんは ―― ほんの ひともりの はちみつなんや!」

挿絵16
「はあ すいません、 うちには ないと おもうんですけど。」と おねずみおばさん。
「ちゃ、 ひゃ、 ひゃ、 おねずみおばさん!」と にたにたする ジャクソンさん。「においが しよる。 ちゅーわけで わいは さそわれてきてん。」
 ジャクソンさんは おもい こしを あげるや、 とだなのなかを あさりだしまして。
 おねずみおばさんは ふきんを てに、 うしろから いまの ゆかに ついた しめった おおきな あしあとを ふきとっていきます。

挿絵17
 とだなのなかに はちみつが ないと なっとくすると、 こんどは ろうかの おくへと すすみだしまして。
「あの、 あの、 たちまち つっかえますよ、 ジャクソンさん!」
「ちゃ、 ひゃ、 ひゃ、 おねずみおばさん!」

挿絵18
 まず おしいったのは しょっきべやでした。
「ちゃ、 ひゃ、 ひゃあ? はちみつ ない? はちみつ ないなあ、 おねずみおばさん。」
 いたのは、 おさらたての うらに かくれていた、 そろりそろり はっている むしが 3びきだけ。 そのうち 2ひきは にげきりましたが、 いちばん ちいさいのは ジャクソンさんに つかまってしましました。

挿絵19
 つぎに おしいったのは たべものおきば。 おちょうの おじょうさんが おさとうの あじみを していましたが、 まどから そとへ とびさります。
「ちゃ、 ひゃ、 ひゃ、 おねずみおばさん、 なんや おきゃくが ようけ おるなあ!」
「だれも まねいてません!」と おねずみトマシーナ。

挿絵20
 つちの ろうかを すすんでいると ――「ちゃ、 ひゃあ ――」「ぶん! うん! うん!」
 かどを まがったところで バビティと ばったり、 ジャクソンさんは ぱくっと かみついて また ぺっと はきだして。
「まるはなばちは すっきゃない。 ぜんしんの けが こうて かとうて。」と くちを そでで ぬぐいます。
「うせろ、 きちゃねえ かえるじじい!」と どじじずバビティの なかきりごえ。
「もう、 きが おかしくなりそう!」と おねずみおばさんも おかんむり。

挿絵21
 おばさんが きのみの くらに とじこもっているあいだ、 ジャクソンさんが はちのすを ひっぱがします。 はちに さされるのは わりと へいきそうでした。
 こころを きめて おねずみさんが くらから でてみると ―― みんな どこかへ いってしまったようで。
 でも そのちらかりぐあいが おそろしく ひどくって ――「こんな きたならしいの みたことない ―― はちみつの しみに、 こけ、 わたげ ―― きたない あしあとが おおきいの ちいさいの あちこちに ―― せっかくの すてきで きれいな わがやが!」

挿絵22
 そこで こけと みつろうの のこりを かきあつめました。
 それから そとへ でて、 えだを いくつか ひろってきて、 おもての いりぐちを はんぶん はめごろしてしまいます。
「ジャクソンさんの からだより ちいさくしてやる!」

挿絵23
 そして やわらか せっけんと ニットの ぬのと おろしたての あらいだわしを ものおきから とってきました。 ところが つかれきって もう なにも できません。 とりあえず いすで いねむりしてから、 ベッドへ いきます。
「また ちゃんと もとどおり かたづくかしら?」と ふあんげな おねずみおばさん。

挿絵24
 あくるあさ とっても はやくに おきると、 はるの おおそうじを はじめまして、 おわるまで 2しゅうかんも かかりました。
 はきはき、 ごしごし、 ぱたぱた、 それから かぐを みつろうで こすったり、 ちっちゃな すずの スプーンを みがいたり。

挿絵25
 ぜんぶ みごと かたづいて きれいに なりますと、 こねずみさんを 5ひき よんで パーティを ひらきました。 ジャクソンさんは ぬきです。
 しかし ごほんにんが パーティを かぎつけ、 もりつちのところまで やってきたのですが、 いりぐちが せまくて はいれません。

挿絵26
 なので はちみつを どんぐりの おわんに いれて、 まどから てわたし。 ごほんにんも それで ぜんぜん かまわないみたいで。
 ひなたに すわって こう いいました。「ちゃ、 ひゃ、 ひゃ! おげんきで なによりや、 おねずみおばさん!」

(おしまい)





翻訳の底本:Beatrix Potter (1910) "The Tale of Mrs. Tittlemouse"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2011(平成23)年9月12日翻訳
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翻訳者:大久保ゆう
2014年3月26日作成
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