ジンジャー&ピクルスのはなし

THE TALE OF GINGER AND PICKLES

ベアトリクス・ポッター Beatrix Potter

おおくぼゆう やく




表紙
口絵1
口絵2

口絵3
「ヤマネに描いてもかまわんよ」として下さった
(3年寝たきりでも文句ひとつない)
ジョン・テイラーおじいさんに心からささげます
口絵4

挿絵1
 むかしむかし あるむらに おみせが 1けん ありました。 まどのうえに かかげられた なまえは 〈ジンジャー&ピクルス〉。
 それは ちっちゃな ちいさな おみせで、 ちょうど おにんぎょうに ぴったりの おおきさ ―― ですから リュシンダと かぽうぎジェーンは いつも 〈ジンジャー&ピクルス〉で こまごましたものを かいこんでいました。

挿絵2
 なかの カウンターは ウサギの とどく たかさ。 ジンジャー&ピクルスでは あかみずたまの ハンカチが どうか1まいと せいどうか3まいで うられています。
 ほかにも おさとうや かぎタバコ あまぐつなども あつかっていて。
 なんと こんなに ちいさい おみせなのに、 ほとんどなんでもが かえるのです ―― あわてて ほしくなるようなものは ないことも ありますけど ―― たとえば くつひもとか ヘアピンとか マトンチョップとか。
 ジンジャー&ピクルスとは おみせを いとなんでいる ふたりの おなまえです。
 ジンジャーは ちゃトラの オスねこで、 ピクルスは テリアいぬ。
 ピクルスは いつも あなウサギたちに ちょっと こわがられていました。

挿絵3
 おみせの ひいきには ハツカネズミも いたのですが ―― そのこたちだけ ジンジャーを どうも こわがっていて。
 というわけで ハツカネズミの あいては たいてい ピクルスに まかされます。 いわく よだれが でてしまうから って。
「がまんできねえんだ。 こつづみ かかえて ドアから でていく やつらを みるだけで もう。」

挿絵4
「わたしも クマネズミあいてだと おなじ きもちに。」と ピクルス。「でもまあ うちの おきゃくを じぶんで くうなんて あっちゃいけない。 ここへは ちかよらず ぐいぐいタビサのところへ いってしまう。」
「むしろ どこにも いけなくなるんじゃねえの。」と ジンジャーの へんじは おもくるしい。
(ぐいぐいタビサは むらに もうひとつだけある おみせの あるじ。 そっちは ツケが きかないのです。)

挿絵5
 ジンジャー&ピクルスでは どこまでも ツケが ききました。
 そもそも 〈ツケ〉というのは こういうこと ―― おきゃくさんが せっけん ひとつを かったとして、 そのとき おきゃくさんが さいふを とりだして おしはらいを するかわりに、 また こんど しはらうよ と いっておく。
 すると ピクルスは ふかぶか おじぎして、「いいですとも おくさん。」 そして ちょうぼに そのことを かきつけておくのです。

挿絵6
 おきゃくさんは くりかえし やってきては たくさん かいこんでいきました。 ジンジャーと ピクルスが こわくても それでも。
 ただし その〈こんど〉の おしはらいが いつまで たっても きません。

挿絵7
 おきゃくさんは まいにち おおいりで、 キャラメルが とくに たくさん うれていきます。 なのに いつも おしはらいが ありません。 どうか1まいで かえる ペパーミントぽっちにも しはらってくれないのです。
 とはいえ うりあげじたいは かなりのもので、 ぐいぐいタビサの 10ばいは ありました。

挿絵8
 ずっと おしはらいが ないので、 ジンジャーと ピクルスは うりものに てを つけて たべるしかありません。
 ピクルスは ビスケットを たべ、 ジンジャーは タラのひものを くちに しました。
 ふたりは みせを しめたあと ろうそくの あかりだけで たべるのです。

挿絵9
 1がつ1たちに なっても おしはらいが ないので、 ピクルスは いぬのライセンスを てにいれるのも ままなりません。
「まったく こまったもんさ、 もう おまわりが こわくって。」と ぼやく ピクルス。
「そんなの てめえが テリアのせいだろ、 『こっち』は ライセンスなんて いらないし、 コリーいぬの ケップだって いらねえのに。」

挿絵10
「ああ おちつかないったら、 よびだしを くらうかと ひやひやする。 ゆうびんきょくで ツケで ライセンスを もらおうとしてみたんだけど、 ダメだった。」と ピクルス。「あのあたりは おまわりで いっぱい。 かえりしなにも ひとりに でくわしたし。
 ひげひげサミュエルに もう1ど おかんじょうを おくってみよう、 ねえ ジンジャー、 ベーコンの ツケが はくどうか22まいと どうか9まいぶんも ある。」 
「あいつ はらうつもり ぜんぜん ねえんじゃないの。」と かえすのは ジンジャーだ。

挿絵11
「それに アナ・マライア どうも しなもの まんびきしてる ―― あれだけの クラッカー どこいった?」
「てめえで たべたじゃねえか。」と かえす ジンジャー。

挿絵12
 ジンジャーと ピクルスは おくのへやに さがりました。
 ふたりは おかねの ではいりを しらべに しらべます。 すうじの れつを たしあわせて たしあわせて。
「ひげひげサミュエル ひげの ながさと おなじくれえ おかんじょう ためてやがる。 10がつからで かぎタバコが 50グラムもだぜ。」
「バター3キロと ふうろう1ぽんと マッチ4ほんで、 いくら?」
「また かたっぱしから おかんじょう おくりつけろ、 のしを つけてな。」と かえすのは ジンジャー。

挿絵13
 しばらくすると おみせから ものおと、 なにかが ドアから はいってきたみたいな かんじでした。 そこで おくのへやから でていくと、 カウンターのうえに ふうとうが ひとつ おかれていて、 そこでは おまわりさんが てちょうに なにか かきつけていまして!
 ピクルスは ひきつけを おこさんばかりに、 ワンと ほえ、 ワンワンと ほえ、 さっと かけよります。

挿絵14
「かんじまえ、 ピクルス! かんじまいな!」と おさとうの たるのうらから まくしたてる ジンジャー。「そんなの ただの ドイツにんぎょうだ!」
 おまわりさんは てちょうに かくのを やめず、 2ど えんぴつを くちに くわえて、 1どなんか それを とうみつに ひたしたりして。
 ほえまくる ピクルスは ついに こえまで からします。 なのに おまわりさんは きに とめる そぶりさえ なく。 ビーズの めに ぬいつけられた ヘルメット。

挿絵15
 ようやく なんとか おもいきって とびかかった ピクルス ―― ところが おみせは もぬけのからで。 おまわりさんの すがたも ありません。
 とはいえ ふうとうは そのまま。

挿絵16
「どうおもう、 ほんものの おまわりさんの ひとを よびに もどったのかな? それ もしかして よびだしの てがみ?」と ピクルス。
「ちがう。」と こたえるジンジャーは ふうとうを ひらいていまして。「ぜいきんだぜ、 ちほうと くにの。 おうどうか3まい はくどうか19まい どうか3まいに せいどうか4まいだとさ。」
「とどめの いちげきか。」と ピクルス。「おみせを たたもう。」

挿絵17
 ふたりは シャッターを しめて でていきました。 といっても そこから とおくへ はなれてしまったわけでは ありません。 まあ もっと とおくへ いきやがれって こころで おもっていた むきも あるのですが。

挿絵18
 ジンジャーの いまの すまいは ウサギの すむような あなのあたり。 どんなしごとを やろうとしているのか わたしには わかりません。 なんだか ふとって しあわせそうですが。

挿絵19
 ピクルスは いま かりばの ばんにんを しています。

挿絵20
 おみせが しまったことで たいへん ふべんに なりました。 ぐいぐいタビサは しなものを みんな ねあげしたうえ いままでどおり ツケを うけつけてはくれませんし。

挿絵21
 もちろん ものうりの にぐるまは まわってきます ―― おにくやさんに、 うおやさん、 それから ぱんやきティモシー。
 でも 〈キャラウェイシード〉のパウンドケーキや スポンジケーキ、 バターロールパンだけでは なかなか いきてはゆけません ―― ティモシーが つくるほど おいしい スポンジで あってもです!

挿絵22
 しばらくすると やまねずジョンさんと そのむすめさんが ペパーミントと ろうそくを うりはじめました。
 ところが はかりうりを してくれません。 ですから 18センチの ろうそく1ぽん はこぶのに ハツカネズミ5ひきがかりで。

挿絵23
 しかも ―― しなものの ろうそくは ぽかぽかした ひには おかしなことに なってしまって。

挿絵24
 さらに やまねずの むすめさんからは きれはしの はらいもどしを こばまれて。 もんくを つけて しなものを つきかえそうとしたのに。

挿絵25
 また もんくを いわれた やまねずジョンさんにしても ねたきりですから 「きもちええわ」としか いいそうになくて。 ものを うるどころでは ないかんじです。

挿絵26
 ですから みんな よろこんだんです、 なんと へにぺにサリーが おみせを また ひらくつもりだって はりがみを だしたものですから ――〈へにぺに かいてん セール! だいほりだしものいち! へにぺに おおやすうり! きた みた かった!〉
 はりがみは ほんとうに こころおどるもので。

挿絵27
 おみせの ひらく ひには みんな おしよせました。 おきゃくさんで ぎゅうぎゅう、 ハツカネズミが おおぜい ビスケットの かんに のっかったりして。
 おつりを かぞえてみる へにぺにサリーは ちょっと あたま くらくら、 それでも げんきんで おしはらいを と いいはって、 なんというか まじめなかたなのです。

挿絵28
 それからというもの いまでも ほりだしものの しなぞろえは ばっちり。
 だれでも きにいるものが きっと みつかるわけです。

(おしまい)





翻訳の底本:Beatrix Potter (1909) "The Tale of Ginger and Pickles"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2012(平成24)年12月15日翻訳
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」(http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)によって公開されています。
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翻訳者:大久保ゆう
2014年3月26日作成
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