麺くひ

桂三木助




 私の母が蕎麦好きだった故 ? 私も大変蕎麦好きです。が、その割に量は頂けません。「もりそば」を二つ並木のやぶのような軽く盛ってある家ので、せい/″\三枚というところですか。でも、蕎麦屋の前を通った時、あのなんとも言えない蕎麦の香りが鼻に入ると堪らなくなります。商売柄よく旅行をしますが、仕事前に出される軽食と言うと僕は必ず蕎麦を注文します。海の近くなら兎に角、山の中で場違いの鮪に粉わさびの寿司などを出されるとうんざりして仕舞います。その点、蕎麦は田舎は田舎なりに美味しい蕎麦を出して呉れる時が随分有ります。
 昔から関西はうどん、関東は蕎麦と思い込んで居る僕なぞに、近頃、大阪のお蕎麦の美味しいのに驚いています。以前から美味しい家が有ったのかも知れないが、土地不案内と言うのか、井の中の蛙だったのか、誠にお恥しい次第です。
 僕が大阪の先代二代目三木助師の家へ修業に行った頃(大正十五年)は、大丸の食堂の蕎麦が旨くて、好く喰べに行つた記憶が有ります。
 先日、有楽町のフードセンターで「家族亭」と言う家へ入って蕎麦を喰べたら実に旨い。東京の蕎麦としての老舗も顔負けという味でびっくりしました。以来関西の蕎麦の味に対して認識を新たにした次第です。僕が東京以外で旨いと思ったのは、長野、松本、出雲等流石に本場だなあと思われる味をそれ/″\に持っていました。
 東北線のホームで停車中に慌てて喰べる味も捨て難いものです。(但し旨い蕎麦だというのでは無く違った意味で)蕎麦屋でカレーライスやラーメンを売っている家が有るが、あれだけは止めて貰いたい。情け無くなって蕎麦を喰べないでお金だけ払って帰り度くなる時が有る。喰べて見たら存外旨いそばの時には尚口惜しい。
 胃潰瘍の手術後、未だ思うように量が食えないことが何より残念です。特に「もり蕎麦」がネ。わたしは変な海苔を掛られるのを恐れて、大がいは「ざる」より「もり」を用いて居ります。





底本:「日本の名随筆 別巻19 蕎麦」作品社
   1992(平成4)年9月25日第1刷発行
   1997(平成9)年5月20日第6刷発行
底本の親本:「そば 第三号」
   1960(昭和35)年4月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2011年11月28日作成
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