獄内にてドイツの同志を思う歌

――高知牢獄にて――

槇村浩




鎌と槌をうちぬく
ひろ/″\とした
美くしい
自由の花園をへだてゝ
砲口をそなえた二つの牢獄がそゝり立つ!

―――日本!
東方の突端
この蜜房のようなじめ/\した数千の牢獄の一画に
おれらが住み―――潮が
南方のたぎりたつ褐色の急潮が
夜の銃架のように、おし静まった独房のはての
島々の礎石を噛み
残虐な奴隷労働の、憂愁と反逆を箭のような熔熱にのせて
北流し―――化石した憂愁を、大陸の凍岸に崩折れしめ
あらゆるメエルヘンにまして美くしい生活の華
―――とろけゆく鉄蹄に刻む馴鹿の自由の花びらを
連鎖する
一万キロの鈍重な氷壁に聞かしめ
流れは
溶け―――崩れ―――なだれ
資本の濁流に泡立ち―――南下し
まっしぐらに、汚濁の国の城塞の裾をうつ
―――ドイツ!
西方の瀝土チャンの沼沢―――こゝにきみらが囚われ
きみらの眼と腕は
たくましく―――
おれらを呼び
怒号するおれらの叫びは―――鉄壁を衝いて
見えざる数万の宇宙のバリケードをきみらの上に交し合う

潮は
黒い戦艦と、武装せる掠奪漁猟者の路をのせて
はるかにつながり
鉄槌と火薬は
資本の領海を越えて、互いの鉄鎖をかすがいづけるために取引される
日独同盟!―――と資本家は胸衣チョッキのボタンをはづす
欺瞞と圧殺。乾盃
インターナショナル!――と民衆は逆撃の合唱にどよめく
世界資本家同盟ブロックの打倒。プロレタリアートの正義。――パンを、パンを! スクラム!
スクラム!

一九三五年
おれは―――毎日のように
鞭でひっぱたかれる機械の顫音と
荷物をうけわたす徒刑囚の退屈な懸け声と
革紐で吊し上げられる囚徒の悲鳴と―――銃声と
そして―――瞬間!
殺戮の叫喚と混乱を聞き
番号と
重監禁の札をぶったつけられた独房の扉を
おれは破れるばかりに叩きはじめた
―――その時!
突然、屋上の樫材の骨組からラッパが吠えたけった
拡声器が、相場と天候とを早口にがなり
そして急に―――電流が
ドイツ! と呼んだ
きみらの国のなつかしいアクセントと固有名詞が次々に流れ出
喉音が、ヒットラー! と発音した
―――虐殺とパンの抑圧
―――死の専制と失業令の発布
―――すゞなりの追放列車
―――人民の反抗。マッセン・ストライキ。暴動
―――コンミュニストの一斉検挙。死刑牢獄………
と急に、電波が捻転し
音響がずれ
調整器が鳴り出した
ガックン………ガックン………ガックン………ガックン………ジ、ジ、ジ、ジ――………

同じ死刑牢獄の断章にふれ
おれは耳許まで獄衣と同じ色に燃え上ったのを感じた――扉の樫の木目が床に長方形の
緋色の斑紋を投げた
―――陽はかげり
斑紋はうすれ
怒号の暴圧の夜が訪れる―――ひろがってゆくノック、ノック………
おれはまた扉をりはじめた………

二つのバスチーユ!
かしこに、潮はつながり
こゝに、潮はわれらを結ぶ
何がきみらとおれらを隔てうるか?
骸骨旗!―――否。それは資本家共通のものだ!
神聖と封鎖と猜疑といろんな悪徳と
戦争えの投資と累々たる死屍と!―――否。それは天皇と独裁官とが分割する!
曠原と
氷塊と
密林と
漠草との二千里の距離にか!―――否!
こゝにわれらの精力の根源はツンドラに花咲かせ
鉄軌と
工場と
コルホーズに
鉄と電気のハーモニーを奏で
美くしい自由の花園を育てあげた―――
サヴェート同盟!
鉄鎖でなく、連繋が
帝国主義の荒野でなく
無敵の社会主義の螺旋庭園が
われらの間にある!
何がきみらとおれらを隔てうるか?

われ/\は銘記しよう―――
鎌と槌をうちぬく
ひろ/″\とした
美くしい
自由の
花園をへだてゝ
砲口をそなえた二つの
ボルセビークの砲台もまたそゝり立つ

やがて
地殻をうちぬく灼熱の烽火は辺境と内国の戦線に燃え
見すぼらしいこの一片の牢獄の工具は、歴史的叛乱の武器となるだろう
われ/\の工場細胞にまして
把手のきれはしと、椅子の砕片と、拷問のしばり縄とで
即決裁判の断頭台を、組み立てるに巧みなものがあろうか?
親愛なる西の同志たち!
われ/\は誓って
矛に貫かれたきみらの独裁官の一族どもが、死体陳列場にさらされる日におくれぬだろう!
友よ、こうした社会主義競走は楽しい!

青ざめたバスチーユよ!
失われた搾取の国境線の地平に没するところ
濤は楽しい島々の礎石に寄せ
北海の処女原を刻む断層の
鋸目の隅に、しわぶく南方の溶熱がくちづけるとき
赤い工場に改装したおまえの前に
われ/\は一切の牢獄を絶滅しよう!
同志!
かしこに、潮はつながり
こゝに、血はわれらを結ぶ
みのれるラインと紫のドナウに、きみらは自由の酒を流せ!
まっすぐに、太平洋に開放の鋼条をおれらは張ろう
世界革命の決定点―――これらの主線をつなぐことは
友よ、楽しいではないか!

鎌と槌をうちぬく
ひろ/″\とした
美くしい
自由の
花園をへだてゝ
同志! こゝにも
尨大な無数のゲンプランをそなえた、二つの人民革命の砲塁がある!

(一三三行)
―一九三五・八・二三―





底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年3月8日作成
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