同志下司順吉

槇村浩




―――同志よ固く結べ  生死を共にせん
―――いかなる迫害にも  あくまで屈せずに
―――われら若き兵士プロレタリアの

それは牢獄の散歩の時間だった
独房の前で彼のトランクを小脇に抱えているむかしの友
同志下司と彼の口笛に七年ぶりで出あったのは!

彼は勇敢な、おとなしい、口笛の上手な少年だった
だが夏の朝の澄明さに似たあわたゞしい生活が流れてから
境遇と政治の過流が
私たちを異った都市と都市との地下に埋めた
そして今日―――汽船ふね
青く冴えた土佐沖を越えて
この同じ牢獄に、やゝ疲れた彼を運んで来たのだった!

彼は大阪の地区で精悍な仕事をして来た
敗北と転向の大波が戦線にのしかゝろうとした時
法廷で
彼は昂然と皇帝を罵倒した
危機の前に彼は屈辱を知らなかった
彼は党のために彼の最も貴重な青春の期間を賭けた
五年の拷問と苦役が
彼のつんつるてんな赤衣からはみ出た長身をけづり立て
彼の眼を故郷の鷲のように鋭くした
私たちは元気に挨拶を交わした
おゝ、若さが私たちを耐えしめた
―――彼は私と同じく二十一だった!

彼は昔ながらのたくましい下司だった
じめ/\した陰欝な石廊で
彼は斜めに
密閉した中世の王宮のような
天窓に向いて
こけた、美しい、青ざめた頬をほてらせ
ひょうひょうと口笛をふいた
タクトに合わせて
私はぢっと朽ちた床板をふみならしながら
しめっぽい円天井の破風に譜のない歌を聞き
敷石にひゞく同志の調べを爽やかに身近かに感じた

―――朝やけの空仰げ  勝利近づけり
―――搾取なき自由の土地  戦い取らん
―――われら若き兵士 プロレタリアの

離れた
石廊のかなたで
なぜとなく
私はうっとりと聞き入った
それは恐れを知らぬ少年のような、明朗な自由の歌だった
看守の声も、敷石のきしみも
窓越しの裁断機やのこの歌も
すべての響きが工場の塀越しに消えていった
―――その塀はこんなにも低かった!

若いボルセヴィキの吹くコンツモールの曲は
コンクリの高壁を越えてひろ/″\と谺した
それは夏の朗らかな幽囚の青空に、いつまでもいつまでも響いていた………





底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年5月3日作成
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