孝太郎と悪太郎

槇村浩




 或所に孝太郎といふ人がありました。家は大へん貧乏でありました。所が其の隣に悪太郎と云ふ人がありましたが家は大金持でした。孝太郎は大へん孝行者で家が貧乏なため中風にかゝってゐるお父さん、二三年前から少し風けだといって居たのが重病となり、もう手のつけやうもない位のお母さんを助けて、朝は早くから起き御飯をたきお茶をわかし山へ芝をとりに行ってはそれを売り、お母さんのお薬代に代へて居ました。一方悪太郎は大へんな親不孝者でもう手のつけやうもない位、それに学科はといへば丙と丁、〇点と一点と二点、一番上が三点といふ位さうして之までに三度落第したといふ人でした。或日の事孝太郎は「あゝ/\今日は一つも売れない、お母さんのお薬代にもさしつかへる、こまった事だ」といひながら、とぼ/\と家へ帰ってくる折も折、向の方で辻うらを売ってくる人があります。孝太郎はふと思ひ決めましてその辻占を買ひました。その時「ハッ」と気がつきましたがもう仕方がない。孝太郎は火をたいてその紙をあぶりました。するとそれには「……事があります」としてありました。孝太郎はそれをきれいにたゝんでていねいにふところに入れ「あれは、よい事があります」か「悪い事があります」かとまどひながら家に帰りました。あまりのつかれで夜に入るとウト/\して居ますと、フト神さまの姿が現はれました。さうして「お前のお母さんにいって開かずの金庫の中を明けさして見よ、かぎをやらう」とかぎを渡しました。孝太郎は何やらサッパリ分らぬ乍らに礼を述べ、頭を上げた時には早姿は消えてゐました。孝太郎はお母さんに其の事を話しますとお母さんはハタと手をうって、「孝太郎少し待ってお出で」と其の鍵を受け取り押入の中から一つの箱をとり出しました。そのふたを開けると中には一つくわんがあります。それを開けるとふろしき包があります。其の結び目をとくと中に一つの箱がありました。それへ鍵を入れて箱をあけますと、中から黄金、小判が一ぱいゾロッと出ました。二人は大そう喜んで早速そのお金で立派な家や立派なくらを建て、元の田畑を買戻し立派な生活をし、立派な医者をよんで父母の病気をなほしました。之に引かへあの悪太郎の家は大へん貧乏になり、とうとう親子がつれたってどこかへ行ったといひますが、人のうはさによるととう/\乞食となり、どこかでかつへ死をしてしまったといふ事です。又孝太郎はこんなに金持に成っても少しもいばらず、慈善事業の為に財産をなげうって力を尽くしましたので、人々に大へん敬まはれ、とう/\其の村の村長と成り、よくその村を治めましたとさ。めでたし/\
一一・六・五





底本:「槇村浩全集」平凡堂書店
   1984(昭和59)年1月20日発行
※著者が、高知市立第六小学校三年生、四年生のときの作品。謄写版刷りの、同校文集「蕾」から、底本に採録された。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお促音の小書きは、底本通りです。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年8月7日作成
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