感謝

――救援会の人々へ――

下川儀太郎




ふところには
びた一文もない
ここへ廻されたことも
誰れも知らないだらう
便りさえ
奪れている身だ

六日間
便器とカビとすすとの
あらゆる臭いにむされながら
くさいめし
無理につめ込んで
煤だらけの真っ黒い天井と
にらめっこして生きた

七日目
ふと、独房までも
つき抜ける声を聞いた
「ここに
Sと云う男がきている筈ですが
この本と金をやって下さい……」

思わず
俺は格子にすがった
Hの声だ
おお、五十里をはるばると
差入れにきた嬉しい仲間よ
それにしても
ここへ送られたことを
誰れが伝えたろうか?

そうだ!
俺達の支持者はどこにもいる
あのとき一緒にいた
チンピラか?
スリか?
酔いどれか?
とまれ
救援会モップルと連絡がついたのだ
明日から退屈なしに生きられるぞ!

めったに
流れぬなみだが
このときばかりはにじみ出た
おおこれが
嬉しなみだと云うのだろう
(発表誌不詳 一九三一年八月戦旗社刊『一九三一年版日本プロレタリア詩集』を底本)





底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社
   1987(昭和62)年5月25日初版
底本の親本:「一九三一年版日本プロレタリア詩集」戦旗社
   1931(昭和6)年8月
入力:坂本真一
校正:雪森
2016年1月16日作成
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