親父の言葉

長沢佑




この頃の寒さに
足腰の痛みに
わしは憶い出すんだ
忰のことが
やっぱり親子のつながりだわい

「お前等にもわかる時が来る」
今になって彼奴の言葉が身に滲みてくる
彼奴あいつの云ったこと
彼奴のやって来たこと
やっぱり貧乏人のやらねばならんことだったのだ

憶い出すと身震いがする
彼奴の入営した翌年
春の大争議にわしら四百の小作は
××川の土堤で警官軍隊に取り巻かれた
鍬が飛んだ、石が飛んだ
が抜かれた
そしてわしまでしょっぴかれたんだ

地主小作の争いに軍隊が飛び出した
あれから村が変って来たんだ
わしのあたまも
かかあのあたまも
察は地主の犬
幾どの争議でわし等は知った
そんだがわし等はたまげた
まったくたまげて終うた
も地主の犬――
わし等は一時この世がどうなるかと思った

忰がいった秋の演習に
ビラを撒いて兵に捕まった時
わしは彼奴と非呶ひどい喧嘩をした
戦争反対」――ビラの文句に
わしは嬶と一緒になってがなりつけた
「いまにわかる時が来る」
その時彼奴は悟を開いた禅坊主みたいに
平気なつらで云ったっけなあ

実際にあったんだ
この目でみたんだ
そして頑固な土百姓のあたまが悧巧になったんだ
わしを怒らした忰の言葉が
役にたったんだ

警察もわしらの敵
軍隊もわしらの敵
だがわし等にも味方はある
そうだ、あの時
かねば持って応援に来てくれた都会の労働者 あれこそがわし等の心強い味方なんだ

奴等の金儲けの為の争は大反対だ
都会でも農村でもみんなやってる
忰は満洲の野っ原でそれを
弟の野郎も村の若い奴等とビラ貼りに出かけた
わしも出かけよう
今夜は組合の書記さんが来て**事件を語るそうだ
新聞になど出ないほんとの話をするとのこと
野郎共のからくりを知る為に
忰達の便りを聞く為に
疲れてはいるがわしも出かけよう。
(『プロレタリア詩』一九三二年一月号に発表)





底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社
   1987(昭和62)年5月25日初版
初出:「プロレタリア詩」
   1932(昭和7)年1月号
※×印を付してある文字は、底本編集部による伏字の復元です。
※「**」は底本では、伏字あるいは復元不可能な削除をあらわしています。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年12月13日作成
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