ふるさと

漢那浪笛




無言


常によく見るひとなれど、
心の欲を云ひいでむ、
また、語るべき機会をりもなく、
胸もどかしく、過ぎゆくか。

実にも二人ふたりがその中は、
砕けちりしく花硝子ガラス――
夕日の国の寂寥に、
からみて沈むかうの色。

せめては夢にそのひとと、
微笑ほゝゑみつくる嬉れしさを、
ふかき思ひに抱きしめ、
無言の恋をくちづけむかな。


移香


ながき黒髪くろげのその中に、
あやしく匂ふまなざしの、

たゆたひつゝもしなやかに、
見つむる色の、不思議さよ。

花毛氈の草のへに、
彩羽あやはうちふる、楽の譜か、

姿すゞしく、移香うつりかの、
やをら心にしみいりて、

愛の泉にゆあみする、
新らしき、吾が酔ひごゝち。


真昼


子守唄、静かにうかび、
平安の木かげの夢を
ゆりさます、真昼のまひる。
吾れは今、椰子の実こぼる
みんなみの、森をしたひて

草にふし、豆の葉とりて、
恋愛の、一つにもゆる
唇に、ふし折りかへし、
若かき日の、心うたひぬ。


屠牛


嘯き吼ゆる黄牛よ、
目路にかゞなふ、屠殺場はふりば
知るやしらずや、あな哀れ、
ものおぞましき足どりに、
牧場の草を、いでたちぬ。





底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
初出:「琉球新報」
   1909(明治42)年6月6日
※底本では、見出し「無言」のみ5字下げて二行取りの横罫の下に記載され、文字サイズが一段階小さく表示されています。
入力:坂本真一
校正:良本典代
2016年10月28日作成
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