錢形平次捕物控

美しき獲物

野村胡堂





「親分、ちよいと江戸をあけますがね」
 八五郎はいきなりこんなことを言つて來たのです。彼岸ひがんを過ぎたばかり、秋の行樂の旅にはまだ早過ぎますが、海道筋は新凉を追つて驛馬の鈴の音も、日毎にしげくなる頃です。
「江戸をあける?――大層なこと言やがるぢやないか、日光へ御代參にでも出かけるのか、それとも――」
 錢形平次は滅法忙しいくせに、相變らず暇で/\仕樣がないやうな顏でした。空茶からちや鱈腹たらふく呑んで、無精煙草を輪に吹いて、安唐紙やすからかみの模樣を勘定し乍ら、解き切れなかつた幾つかの難事件を反芻はんすうし、人と人との愛慾の葛藤かつとうの恐ろしさに、つく/″\捕物稼業が嫌になつて居る矢先でした。
からかつちやいけません。江戸をあけると言つたところで、ほんの三四日。町内の氣の合つたのが、江の島に落合つて、祭の相談でもしようといふ寸法なんで」
「來年の祭の相談は早手廻し過ぎはしないか」
「鬼なんざ笑つたつて、驚くやうな手合ぢやありませんよ。何しろうまいこと用事をこさへて、八方から集まるのがざつと十三人、――どの仲間へも入れなかつた、あつしと相模屋の若旦那の榮三郎が、それを江の島まで迎へて、三日ばかり海を眺め乍ら底拔け騷ぎをやらうといふ計略けいりやくなんで」
「計略と來やがつたな」
あつしは御用繁多で江戸を拔けられず、相模屋の若旦那は御新造がやかましくて、物詣での町内附き合ひもさせてくれねえ。そこでこの二人は、相談をして、そつと拔け出し、仲間と江の島で落ち合つて、相模藝者を總嘗そうなめにしようといふ、謀叛むほんを企てたわけで――相模屋には默つてゝ下さいよ。拔け出すのは、明日の曉方の正七つ、まさしくとらの一點」
「お内儀さんに隱れて遊びに行くのを、謀叛でもたくらむやうに思つてやがる。良い氣なものだよ、――お前の御用繁多も笑はせるぜ、泥棒猫を追つかける爲に、十手をお預かりしてゐるわけぢやあるめえ」
かなはねえな、親分に逢つちや――ところで、あつしが旅に出ると二日でも三日でも向柳原一帶は空つぽになるでせう、――相濟みませんがその間、誰かにチヨイチヨイ覗かして頂き度いんで。へツ、お安い御用で」
「あんな野郎だ、――でも、お前もたまの保養ほやうだ、行つて來るが宜い。とても、八五郎親分ほどの睨みはきくめえが、お前の叔母さんにも御無沙汰して居るから、俺が時々のぞいてやるよ」
「相すみません」
 八五郎は膝小僧を並べて、二つ三つお辭儀をしました。久し振りに江戸を離れて、片瀬から江の島とのし廻し、炭坑節とトンコ節の大氾濫だいはんらんでもくらはせようと言つた、野望に燃えて居る八五郎だつたのです。
 それが九月の十日、その翌る日の九月十一日は、八五郎は相模屋の若旦那と共に、逃げ出すやうに旅へ出た筈、三日目の九月十二日になつて、平次はやうやく向柳原の八五郎の厄介になつて居る、叔母さんの家を訪ねる氣になりました。
 まだ五十になつたばかり、元氣ものの叔母さんは、賃仕事などをして、健氣けなげに後家を立て通して居ります。八五郎はその二階に住んで、食扶持くひぶちくらゐは出して居る筈ですが、頻繁ひんぱんにお小遣を借り出すので、叔母さんの懷ろ具合のプラスになる筈はなく、そのくせ人の良い叔母さんは、八五郎に良い嫁を貰つてやつて二階に新世帶を持たせたい望みで、胸をふくらませて居るのでした。小鳥が巣を營むやうに、昆虫こんちうが網を張るやうに、さう言つた意味もない本能の望みで、何んと無知で強力で、見境ひもなく自分の後繼者を庇護ひごして行くことか。
 明神樣の下で名物の煎餅せんべいを買つて、それをお靜が小風呂敷に包んでくれたのを土産みやげに、平次が向柳原に向つたのは、もう辰刻いつゝ近い頃でした。
「叔母さん、お早やう、――いつも元氣で結構ですね」
 平次は此叔母さんが好きでした。向う意氣が強くて、勤勉で、そして清潔せいけつな五十女。八五郎を自分の伜のやうに可愛がつてる叔母さん。こんな人と、煎餅を噛り乍ら、茶を呑む半刻の樂しさを勘定に入れ乍ら訪ねて來ると、
「あ、錢形の親分、大變なことがありました。先刻使を出したばかり」
 と、叔母さんは、をひの八五郎が乘りうつつたほどのあわてやうで、格子の外の平次の胸倉をつかみさうにするのです。
「どうしたんです、叔母さん。何が大變なんで?」
「だつて、あの子の留守を狙つて、町内に人殺しがあつたんですよ」
「人殺し?」
「それも、當てつけたやうに、あの子と一緒に江の島へ行つた、相模屋の御新造が、若旦那の留守中に殺されるなんて」
「――」
「あの子さへ居てくれたらねえ、本當に」
 あの子と言ふのは、申す迄もなく、三十男の馬の如くでつかい八五郎。それは宜いとして叔母さんの八五郎に對する期待きたいは、かくの如く重大だつたのです。


 町内の相模屋といふのは、くはしく言へば、佐久間町三丁目の古い酒屋で、近所に武家屋敷の常客とくいが多く、何代にも亙つて榮えましたが、先代榮右衞門の頃から左前になり、お向うの飼鳥屋敷の長屋門と、新し橋のたもとに居る乞食の鼻と共に、向柳原の『つぶれないものの三幅對ぷくつゐ』にされて居りましたが、五年前お吉といふ嫁が來てから、その持參金でメキメキと身上しんしやうを持ち直し、今では外神田から下谷へかけての、良い店になつて居りました。
 その大事の嫁、相模屋の大黒柱のやうな嫁のお吉が、二十八の働き盛りを、人手に掛つて――しかも夫の榮三郎の留守中にやられたといふことは、まことに以て容易ならぬ事件に違ひありません。
 叔母さんの説明を聽き乍ら、平次は佐久間町三丁目に向ひました。
「あ、錢形の親分」
 氣の良ささうな主人の榮右衞門。今は隱居同樣と言つても、六十そこ/\の耳は少し遠いが、見てくれは達者さうなしうとが迎へてくれました。一代に身上をいけなくして、一度は相模屋の身代限りを傳へられただけに、恰幅は立派でも、何處か、泣き出しさうな感じの老人でした。
「早速だが、現場を見せて下さい」
「どうぞ此方へ、――まだ駒込の嫁の親も參りません。生憎あいにく伜は留守で、たまに嫁一人だから、寢るだけ寢かしてやらうと、陽の高くなるまでつて置いたので、こんなことになつて居ようとは氣も付きませんでした」
「なるほど」
 店を入つて、中庭のやうな土間を拔けると二た間の離室はなれ、六疊と四疊半で、其處が、伜夫婦の部屋だつたのです。
 一と足入ると、四疊半の次の間をへだてて、中は一と眼です。嫁のお吉は一度起上がつたらしく自分の床の上に坐つたまゝ、喉笛を掻き切られて、横つ倒しに、血潮の中に、虫のやうに死んで居るではありませんか。
 見たところ、三十過ぎにも見えますが、それは氣性者きしやうものによくある線の堅さから來る感じで、二十八の豊滿な大年増、鼻も顴骨くわんこつも高くあごが開いて、決してみにくいといふ程でなくとも好感の持てる顏ではありません。その戰鬪的な感じのする女――まだ二十八の、充分に生活力の旺盛わうせいなのが、右の頸動脈けいどうみやくから喉をつらぬかれ、それを刺した脇差は、疊の上に突つ立つて居るのは恐ろしいことでした。
「伜の馬鹿野郎が、嫁に小言を言はれるのがつらさに、昨日きのふの朝早く拔け出して、八五郎親分と一緒に、江の島に行つたと、昨日の晝近くなつてから、近所の方や、八五郎親分の叔母さんに聽きました。――まるで夜逃げでもするやうに、近所の方に辨當まで拵へて貰ひ、草鞋わらぢやら脚絆きやはんまで、軒の下に用意して置いたんだと聽いては、腹も立ちません。呆れ返つた野郎で」
 主人の榮右衞門は、場所柄も構はず、平次をつかまへては愚痴ぐちを言ふのです。
「最初に見付けたのは」
「私でございました」
 細々ほそ/″\とした娘が榮右衞門の後ろから顏を出しました。お峯といふのださうで、主人榮右衞門の末の娘、若旦那の榮三郎の妹で、十八になる、病身らしいが、悧巧さうな少女でした。
「何處か戸は開いて居たのかな」
「いつにもなく遲いので表から聲を掛けて見ましたが、返事がございません。少し氣味が惡くなつて、離室をグルリと廻つて見ると、向う側の窓の戸があいて、見通しになつて居りました」
 お峯はその時のことを思ひ出したらしく、ゴクリと固唾かたづを呑むのです。
 今も開いて居る窓から、此慘憺さんたんたる樣子を覗いたとしたら、これは若い娘に取つては、恐怖以上のシヨツクだつたでせう。
「窓は中から締めて居たことだらうな」
「それはもう、申す迄もないことで。用心深い嫁でした」
 榮右衞門の言葉を聽いて、平次は、その開いて居たといふ窓を調べて居ります。
 が、その調べが進行するにつれて、平次の樣子は緊張きんちやうがひどくなり、恐ろしく念入りになつて行くのです。
「御主人は、この窓を調べて見たことはありませんか」
「伜夫婦に任せきりで、この五年越し離室を覗いたこともありません」
「この窓に心張棒はないので?」
「雨戸が嚴重に出來て居ります。印籠いんろうばめになつて居る上に、上下のさんがあり、心張にも及ぶまいと思ひますが、――私は耳が遠いので、戸締りや用心はやかましい方で」
 主人の榮右衞門は自分の財布さいふのやうに、この離室の締りを信用して居る樣子です。
「ところが、そのさんがきかなくなつて居るが」
「えツ?」
「敷居の穴には、この通り小石が一パイ詰つて居るし――おや、この小石は風で吹飛ばされたり、はうきき寄せられたものぢやない。わざ/\穴に詰めて上から叩いたものだが」
「そんなことが?」
 主人の榮右衞門は、一應不服らしいことを言ひましたが、實際敷居の穴を覗いて見て、平次の言葉を承服しないわけには行きません。
「そればかりぢやない」
 平次は窓の戸を二枚外して、念入りに調べて居りましたが、到頭大變なことを見付けてしまつたのです。
「何にかありましたか、親分」
 のぞく主人の前へ、上の方のさんのある、一枚の戸を見せました。
「この通り、上の棧は、のこぎりで切つてある。こいつは外からぢや細工は出來ない。一度雨戸を外した上の細工だ」
「すると?」
「内の者の仕事でなきや、誰か、家の者の氣のつかない時、此部屋に入つて細工をした者がある筈だ。心當りはありませんか」
「ハテ、そんな筈はないと思ひますが」
「これぢや、上の棧も下の棧もきかなくなつて居るから、締めたつもりでも何んにもならない。曲者は勝手なとき外から入つて、勝手なことが出來たわけだ」
こはいことですね、親分」
 主人の榮右衞門は本氣にふるへて居るのです。


「ところで、此脇差に見覺えはありませんか」
 平次が、無氣味な脇差を引つこ拔いて主人に見せました。
「それが、その」
 榮右衞門は妙に答を躊躇ちうちよすると、
「父さん、皆んな申上げた方が宜いでせう。どうせわかることだし、兄さんは一昨日をとゝひから居ないんだから」
 妹のお峯はそつとさゝやきます。
「伜のものでございますよ。聟入の時使つてそれつきり此部屋の箪笥たんすの引出しに投り込んでありましたが――」
 榮右衞門が答を澁るのはその爲だつたのです。蝋色塗ろいろぬりさやは、死骸の側に投り出されてありますが、脇差はなか/\の業物わざものらしく、一氣に嫁のお吉の喉笛を切つた上、疊に突つ立てた工合は、曲者の腕の力だけでは説明がつきません。
「昨夜、この離室はなれへ曲者が來たのは、眞夜中過ぎのやうだが、母家おもやの方で、氣のついた者はありませんか」
「何分此處から離れて居りますから」
 こんなことでは、一向らちがあきさうもありません。
「お父さん、駒込の父さんが――」
 娘のお峯が、そつと父親にさゝやくと、その後ろから、恐ろしく荒つぽい調子で、
「娘がどうかしたさうぢやありませんか」
 飛込んで來たのは、嫁の父親の駒込の長五郎といふ、良からぬ事で金を拵へたと言はれて居るが、兎も角も山の手一杯に顏を賣つて居る中老人でした。
「駒込のお父さん、飛んだことになりました」
 弱氣の榮右衞門は、惡戯いたづらが、惡戯を見付けられでもしたやうに小さくなるのです。
「飛んだことぢやありませんよ。誰が斯んなむごたらしいことをしたんです。相模屋さがみやさん」
「それがわからないので、錢形の親分に來て頂きました」
「聟の榮三郎はどうして居るんです」
「江の島詣りに、町内の人達と一昨日をとゝひの晩出かけましたよ」
「斯んなときに、配偶つれあひが居ないなんて」
 長五郎は憤怒ふんぬのハケ口に困つたらしく、何處へでも噛みつくのです。
「直ぐ迎ひの者を出しましたが、何分十何里も先のことだから、早くても明日の朝でなきや戻りません」
「戸締りは嚴重だと、日頃娘が自慢をして居たが、下手人はいづれ、家の中の者だらうね。錢形の親分」
 駒込の長五郎は、其處に集つてゐる、家中の者の顏を見比べて、最後に平次に問ひかけるのです。
「さうとも言へませんよ。戸締りは嚴重なやうだが、雨戸のさんに細工がしてあつて、内では締めたつもりでも、外から何んの造作もなく開くやうになつて居るから」
 平次は一應は辯解してやりました。娘の死に逆上のぼせあがつたこの強氣一點張りの男は、何を言ひ出すかもわからなかつたのです。
「それぢや、矢張り内の者の細工ぢやないか。江の島詣りと見せかけて、その晩そつと歸つて、窓から自分の部屋に忍び込むもある」
 駒込の長五郎の舌は、遠慮もブレーキもきかなくなつて來るのです。
「何を仰しやるんで? それぢや、まるで、伜が下手人だと言はないばかりぢやありませんか。いくらお吉の親御でも、聞き捨てになりませんよ」
 柔和な榮右衞門も、さすがに腹をゑ兼ねた樣子です。
「ま、ま、待つて下さい。佛を前に置いて、親同志の喧嘩は大人氣おとなげない。相模屋の若旦那には、八五郎が一緒について、江の島へ行つた筈です。昨夜宿をあけたかあけないか、人をやつてけばすぐわかることです」
 平次も見るに見兼ねて、二人の老人の仲に割つて入りました。強氣の長五郎は言ふ迄もなく、弱氣で柔和な榮右衞門もすつかり興奮こうふんしてしまつて、何をやり出すかわからない樣子だつたのです。
 兎も角も、平次は駒込の長五郎をさそつて庭につれ出し、あとは近所の人が寄つて、とむらひの仕度になりました。主人の榮右衞門は駒込の長五郎にカキ立てられた憤怒がなか/\納まり兼ねる樣子ですが、手代の時松ときまつ、妹娘のお峯、隣りの主人多之助の弟で、多見治たみぢなどに慰められて、どうやら葬ひの仕度に打ち込む氣になつた樣子です。
 佐久間町三丁目では、大した廣い庭のある筈もありませんが、平次は母屋おもやの裏へ廻つてどうやら人目から遠ざかりました。物置のえんに腰をおろして、扨てと訊くのです。
「駒込の長五郎親分が、あんなところで言ひ合つちや、見つともないぢやありませんか」
 地位にも金にも顏にも不足はなく、山の手で親分扱ひをされてゐるボスの親方は、江戸で高名な御用聞の平次を、物の數とも思つては居ない樣子です。
「さうは言ふが、錢形の親分。俺は娘一人を捨てたと思ふと、腹が立つて腹が立つて、たまらないのだよ」
 長五郎は何やら忿々ぷん/\として、わき上がるやうな憤怒を抑へかねて居る樣子です。
「何が一體氣に入らないんで?」
「聽いてくれ、錢形の親分。娘のお吉が、相模屋の息子の榮三郎に惚れて、我儘わがまゝを言つて此處へ嫁に來たのが五年前だ。親分も知つてるだらうが、榮三郎は歌舞伎役者のやうな好い男だ。その時の持參金が三百兩、それから五年の間に、五十兩百兩とみついだ金が、千兩ではきかないだらう」
「――」
「相模屋の店は立ち直つた。つぶれかけた身上が直つたばかりでなく、近頃は外神田から下谷へかけて指折りの店になつた、――娘のお吉は氣性者だから、働きのないしうとむこを追ひ廻して、何時の間にやら相模屋を一人で切り廻し、身上しんしやうは肥るばかりだ――が、女は悧巧りかうなやうでも、妙なところに手ぬかりがある。紅白粉の化粧も忘れ、身上しんしやう第一と眞つ黒になつて働いてゐるうちに、聟の榮三郎が浮氣を始めた」
「――」
「相手は藝子あがりのおあさといふ女。それは綺麗だといふことだが、三味線堀にかこつて三日に一日は家をあけるといふことだ。今になつては、俺も腹を立て、當人の娘も後悔こうくわいしたが、此方から追ん出ると、注ぎ込んだ千兩以上の金は、一文も戻らないことになる、――さて、此んな有樣で、夫婦もしうとよめも、いがみ合ひになつて居るとしたら、大方下手人はわかるぢやないか。ね、錢形の親分」
 駒込の長五郎は、一流の達辯でまくし立てるのです。
 この推理は極めて簡單ですが、一番疑はしい筈の夫の榮三郎が、江の島に行つて居り、昨夜ゆうべ八五郎と一緒に呑んで居たとすれば、長五郎の疑ひは、全くりどころのないものになつてしまひます。
 念のため、家中の者に逢つて、聽くだけは聽いて見ましたが、殺された嫁のお吉は、男のやうな氣性の女で、浮いた噂などは一つもなく、手代の時松は、昨夜横川町の親類へ法事があつて行き、一と晩泊つて今朝戻つて來たことがわかつて、全く疑ひから除かされてしまひました。
 父親の榮右衞門は恰幅こそ立派ですが、病身で弱氣で、その上、嫁が死んでしまへば、駒込の長五郎からの援助ゑんじよが絶たれるので、何より身上が大事の榮右衞門は下手人である筈もなく、さすがの平次もハタと閉口しました。
 下手人はあらかじめ窓の戸に細工をして、外から入つたとしても、相模屋は貧乏酒屋だつた昔から、世間の評判の良い店で、人にうらまれる筈もなく、一番よく相模屋の世話をして居る隣りの地主で、喜の屋多之助といふ中年男は、相模屋の榮三郎や、八五郎などと一緒に江の鳥に行つて留守。その弟の多見治は、これは良い男ですが、二十七の獨り者で、兄嫁のお若と、早くからやつて來て、何彼と働いて居りますが、男つ振りが好いくせに、足が惡くて世間並の力仕事も出來ず、手傳ひをすると言つても大したことが出來る筈もなく、皆んなの邪魔にならないやう、隅の方に引つ込んで、氣をくばつて居るだけのことです。


 窓の外には一つも足跡はなし、平次も此上は、せんさくのしやうもありません。證據といふのは、嫁のお吉を刺した脇差わきざしだけ。それも夫の榮三郎の持物では問題にならず、此上は、世間の噂を集めて、何にか暗示をつかむ外はなかつたのです。
 裏口からフラリと出ると、
「錢形の親分さん」
 後ろから小さい聲で呼ぶ者があります。振り返ると、足は惡いけれど、好い男の多見治たみぢ、それは隣りの裕福な地主の弟と平次も知つて居ります。
「何んだえ、多見治さん」
「少し親分さんのお耳に入れ度いことがありますが」
「どんな事でも、話して見てくれ」
 平次も足をよどませました、何にか人に聽かれ度くない話がありさうです。
「親分さんは、とうに氣が付いたでせうが、お隣りの御新造を殺した曲者は、そとから入つたに違ひありませんね」
「私も、多分そんなことだらうと思つてるよ」
「今日は九月の十三夜、昨夜も良いお月樣でした。私は曉方近くフト目をさまして、どうも寢つかれさうもないので、雨戸を開けて縁側から外へ出て見ました。月に浮かれたやうな心持で、路地へ出ると、そこは相模屋さがみやさんの裏口と差向ひになつて居ります。と、その裏口から、人が飛出して、私が居るとも氣がつかずに、あたらばしの方へスタスタ行つてしまひました。恐ろしく背の高い男でございました。と、後から若い女が、裏門の中で、それを見送つて居るやうで御座いました」
「待つてくれ。背の高い男といふと、相模屋の手代の時松ではないか」
「さア、私の口からは、しかとしたことは申されませんが」
「見送つて居た女といふのは、すると、相模屋の妹娘のお峯かな」
「さア、そこまでは」
「二人は仲が良いといふのだらう」
「それも、私にはわかり兼ねますが」
 平次は多見治と話し乍ら、何時の間にやらその家の庭木戸を入つて居りました。
「入らつしやいまし」
 聲をかけられて、フト顏を擧げると、多見治の兄の多之助の女房、これもなか/\に美しいお若といふのが、愛想あいそよく迎へて居ります。
「それぢや、氣の毒だが、此處へ相模屋の手代の時松を呼んでくれないか。おとむらひの仕度の最中、十手を振りまはすでもあるまい」
「それでは、私が告げ口をしたやうで、はなはまづいことになりますが」
「それは大丈夫だ。お前の名前は出さないやうにするから」
 平次は散々に説いて、漸く多見治をやりました。多見治はどう言ひこしらへたか、間もなく手代の時松をつれて來たことは言ふ迄もありません。
「おや、錢形の親分」
 時松は何んと言はれてさそひ出されたか、平次の顏を見ると、さすがにギヨツとした樣子です。
「少し訊き度いことがあつて此處に呼び出して貰つたが、隱さずに皆んな打ち明けて話してくれ」
「へエ」
「第一番に、お前は昨夜ゆうべ横川町の親類の法事で出かけ、一と晩泊つて今朝歸つたと言つたが、――それに間違ひはないだらうな」
「へエ」
 時松はひどくオドオドして居ります。
「お前の姿は、人目を忍ぶにしては、ノツポ過ぎて、恰好がつかないよ。つまらねえ隱しだてをすると、大變なぎぬを着なきやならないが――それも覺悟をして居るだらうな」
「――」
「お前が夜中に兩國橋を渡つて、この家へ來たのを、見たものがあるとしたらどうだ」
「――」
「お峯と逢引したならしたと、眞つ直ぐに言はないと、飛んだことになるよ」
「相濟みません、親分さん、――うちに居るとかへつて人目がうるさく、とりわけ御新造さんがやかましいので、私は時々外へ泊つて、此家へ通つて、お峯さんと逢ふことにして居ります」
 それは不思議な逢引でした。わざと他所よその家へ泊つて、自分の家へ忍んで來て、逢引をするといふ、若い男女の細かい苦心は、平次には想像がつきません。
「誰が一體、お前とお峯さんの仲を割かうとして居るんだ」
「家中の者皆んなでございます。主人は若旦那の御婚禮で味をしめて、私のやうな貧乏人のところに、一人娘のお孃さんを嫁にくれる筈もなく、若旦那樣も私とはそりが合はず、殊に御新造樣はやかましい方で、私とお孃さんが、親しく口をきいても目にかどを立てます。私とお孃さんは、思案に餘つて、私が外へ泊つた晩、そつと通つて來て、横の路地から入つて、お孃さんに戸を開けて貰ひ、お孃さんの部屋で逢引をすることにして居ります。幸ひと申しては變ですが、旦那樣はお耳が遠くて、少しくらゐのことでは氣がつかず、若旦那樣方のお部屋は離室はなれで、ぐつと遠くなつて居ります」
「離室の窓から入るやうなことは無いのか」
「飛んでもない。離室は鬼門きもんのやうなもので」
昨夜ゆうべは、何刻なんどきに來て何刻に戻つた」
「横川町を出たのは宵のうち、――夜半に此處へ着いて、曉方近く戻りましたが」
「二人一緒に外へ出なかつたか」
「あんまり月がよかつたので、路地から表通りへフラフラと新し橋の邊まで出かけました」
「誰にも逢はなかつたのか」
「家へお孃さんを送り込んで、いざ別れようといふ時、妙なものを見ました」
「妙なもの」
「私もお孃さんも、あれは唯の人間ではあるまい。おばけか、物のか、惡靈あくりやうのやうなものかと、暫らくきもをつぶして立留りましたが、それが何處ともなく姿を隱したので、お孃さんは家の中へ、私は横川町へ戻りました」
「どんなものだ」
「人をおどかすやうな、をどりを踊るやうな、背が高くなつたり低くなつたり――」
 時松の話はこれで全部でした。平次は其處に時松を留め置いて、相模屋さがみやに引つ返し、娘のお峯を呼出して、耻かしがるのを、いろ/\なだめすかし乍ら訊き出すと、この話も、符節ふせつを合せたやうに、時松の話と一致します。
 尚ほも下つ引を二人走らせて、横川町の時松の親類と言ふ家に訊かせましたが、時松は店に用事があると言つて宵のうちに戻り、夜が明けてから又横川町に來たといふ、時間の關係もピタリとして居りました。
 平次は尚ほも、三味線堀のお朝といふ女のところも覗いて見ました。が、これはすつかり當てが外れてしまつたのです。といふのはお朝はもう相模屋の若旦那榮三郎に捨てられて、次のパトロンを見付けて居り、
「あんな薄情な人はありませんよ。聽くと近頃は、お隣の御新造と仲がよくなつて居るんですつてね」
 などとすつぱくのです。
「お隣の新造といふのは誰だえ」
「金貸しとか地主とかのお神さんで、商賣人も及ばない派手はでな人ですつて」
 それは多分、榮三郎などと一緒に、江の島へ遊びに行つて居る、多之助の女房お若のことでせう。あの女の水々しさとあだつぽさ、き通るやうな青ずんだ美しさを思ひ出して平次は妙に思ひ當るものがあるのでした。
 尤もさう言ふお朝といふ女は、ふとじしで赤ら顏で、充分色つぽくはあるだらうが、何んとなく小汚こぎたない感じのする中年増です。


「わツ、驚いたの驚かねえの」
 八五郎が飛込んで來たのは、その翌る日のまだ朝のうちでした。
「どうした八、お前の留守に、お膝元ひざもとの佐久間町で、飛んだ騷ぎがおつ始まつたぞ」
 平次は朝飯が濟んだばかり、これから向柳原へ出かけようといふ時でした。
昨夜ゆうべ宵のうちに、急の使ひをもらひましたよ。一度江の島を訪ねて、それから片瀬と聽いて廻つたとかで、思ひの外使はおそくなつたやうですが、生憎あいにくあつしは釣船つりぶねに乘つて沖へ出て居て、片瀬の宿へ戻つたのは夜中近くなつてからでせう、――ところが、片瀬の宿は、引つくり返る騷ぎです」
 夜通し江戸へ飛んで來たにしても、八五郎のあわてやうは尋常ではありません。
「片瀬で何が始まつたんだ」
「地主の多之助が死んだんですよ」
「何んだと?」
「相模屋の隣りの大地主、下谷から外神田へかけて一番と言はれた、綺麗な女房を持つて居る男ですがね。金があつて女房が美人で、果報負くわはうまけがしたんだらうと言ふけれど、あんな綺麗なのをのこして死んぢや、多之助も浮ばれませんね」
「まア、くはしく話せ。話がこんがらからないやうに、お前の下手な談議なんか拔きにして先づ筋を通せ」
 平次はそなへを立て直しました。事件の底に、容易ならぬものを感じたのです。
「沖へ釣に行つたのはほんの三、四人、あとは宿で呑んで居ましたよ。すると、江戸からの急の使ひで、相模屋の御新造が殺されたといふ手紙でせう。殺されたお吉さんのをつと――相模屋の若旦那の榮三郎は、すぐ仕度をして江戸へ歸りました」
「たつた一人か」
「あつしは釣に出かけてまだ戻らず、あとは醉つ拂つて居て役に立たなかつたさうで、現に地主の多之助などは、つぶれてしまつて、裏の六疊で休んでゐたさうですよ。それから一ときほど經つて、あつしと釣仲間は歸り、その話を聽いて放つても置けません。兎も角も、役目のあるあつしだけでもと、仕度をして裏の座敷で一人で寢て居る多之助のところへ挨拶に行くと――」
「多之助は死んでゐたといふのか」
 平次は少し八五郎の話術がもどかしさうでした。
「こんな驚いたことはありませんよ。地主の多之助は、自分の首に丈夫な細引を卷きつけ、その端つこを自分の足に縛つて、足を伸ばせば自分の首が獨りで締められるやうに仕掛け、首をくゝつて死んで居るぢやありませんか」
「待つてくれ、八、大地主の金持の、内儀が下谷一番綺麗な多之助は、何が不足で首なんかくゝつたんだ。そんなに首を縊り度きやはりにブラ下がるもあるのに」
「それがわからないので、皆んな評議しましたよ。どう考へたつて、多之助は首を縊る男ぢやない。金があつて、身體が丈夫で、酒が強くて、――あばたで、力自慢で、あまり女の子には持てませんがね」
「隨分醉つて居たのか」
「朝からの酒びたりで、二三升は呑んだことだらうと思ひます。ベロベロに醉つてしまつて、二三人で裏の小座敷に引摺ひきずつて行つたといふから」
「首にかけた繩の結び目はどうなつてゐたんだ」
わなになつて居ましたよ。グイと足をのばせば、首の罠が締つて、そのまゝくびれ死ぬやうに」
「他に變つたことはなかつたのか」
あつしが見付けたときは、すつかり息が絶えて、冷たくなりかけて居ましたが、死に際に、餘つ程ひどくよだれを流したと見えて、あごの下のあたりから、首の後ろのわなの結び目へかけて、グツシヨリれて居ました」
「他に?」
「すぐ側に、鳥のはねが一枚落ちて居ました。百姓家が近いから、風に飛ばされて入つて來たのかも知れませんが、親羽毛ばねで、なか/\確かりしたものでした」
「――」
 平次はすつかり考へ込んでしまひました。
「細引でわなこさへて自分の首をくゞらせ、足を伸ばして自分で首をめるといふのは、新手ですね」
首縊くびくゝりの新手なんかつまらないぢやないか。そんなに死に度きや、何んだつてはりにでもブラ下がらなかつたんだ、――ところで、話はそれつきりか」
「それつきりですよ。兎も角も、地主の多之助の家へ知らせなきやならないから、あとのことは他の人に頼んで、あつしは片瀬から飛びましたよ。駕籠なんかやとつて居るより、あつしの足の方が餘つ程早いんで」
「――」
「藤澤へ來ると、相模屋といふ茶店のおもて通に五六人の人が立つて騷いで居るぢやありませんか。覗いて見ると、店の障子が二枚、モロに折れて、酒樽さかだるが引つくり返つて、呑口のみくちが飛んだと見えて、店中が酒の洪水こうずゐだ、――訊いて見ると、一刻ばかり前、江戸の人が通りかゝつて、のどかわくからと、冷で一杯所望し、それを呑むうち、樽にもたれて突つ轉がし、どんなはずみか呑口を拔いて、障子を二枚モロに折つたが、文句を言ふ隙もなく、俺は江戸の佐久間町のもので、同じ暖簾のれんの相模屋を名乘る者だ。それもこれも何んかの縁、すまねえがこれを取つて置いてくれと、小判を三枚抛出はふりだして、逃げるやうに江戸の方へ行つたといふことで」
「相模屋榮三郎だな、あの男は酒を呑むのか」
「道樂者のくせに、酒は呑みません」
「それから」
遊行寺ゆぎやうじの前を戸塚の宿の方へ拔けようとすると、道傍に一人の男が休んでゐるぢやありませんか。夜更けのことだし、物騷でもあると思つて、ヒヨイと顏を覗くと、それは相模屋の若旦那榮三郎ぢやありませんか」
「――」
 平次は默つて先をうながしました。
「おや、若旦那ぢやありませんか、どうして斯んなところに。お前さんは、一ときも前に藤澤を通り過ぎた筈だが――といふと、八五郎親分、飛んだ縮尻しくじりをしましたよ。元氣をつけるつもりで、馴れない冷酒を呑んだは宜いが、糟臭かうじくさい地酒だつたせゐか、惡醉がして一と足も動けません。此草の上に寢轉がつて、一刻ばかり醉のめるのを待つて居りました。生憎あいにく夜更けで、駕籠も通りません、――と言ふから、抱き起した上、引抱へるやうにして歩いたが、足元もしやんとして居るし、第一少しも酒臭くないのもしやくにさはるぢやありませんか」
「妙なものが癪にさはるんだね、――尤もお前の方が酒臭かつたかも知れないぜ」
「飛んでもない。あつし釣船つりぶねから這ひ上がつたばかり、酒なんか呑んぢや居ません、――考へて見ると、相模屋の若旦那は、夜道が淋しくなつて、あつしの追ひつくのを待つて居たんですね」
「お前が、後から來るとわかつて居たのかな」
「さうとでも思はなきや、辻褄つじつまが合ひませんよ、――其處から少し行くと、空駕籠を擔いだ二人の人足に逢ひましたが、二人の人足は若旦那の顏を見て、おや旦那は一刻も前に戸塚の方へ行つて、間もなく、藤澤の先へ引返したやうでしたが、忘れ物でもしたんですかえ――と言ふぢやありませんか。若旦那の榮三郎は少しあわてて、――そいつは人違ひだらう、私は引返した覺えはない――と言ひましたが、月は良いし、人通りはなし、物馴れた雲助が、旅人の顏を間違へる筈もありません。あれは矢張り、後から來る私を、一刻以上も道を往つたり來たりし乍ら待つて居たんですね」
 と、八五郎の甘さ。平次はそれを、默つて聽いて居りました。


「ところで、榮三郎はお前と一緒に江戸へ歸つて來たのか」
 暫く經つて、平次は顏を擧げました、何んとなく屈托くつたくした調子です。
「戻つて來たのは、今朝の卯刻半むつはん(七時)近かつたでせう。隨分骨を折りましたよ」
「若旦那の榮三郎は、何んか話さなかつたか」
「戸塚から問屋場の駕籠に乘つて品川まで通し、品川から駕籠を換へて、佐久間町の相模屋まで乘りつけたんですもの、口を利くひまなんかありやしません」
「――」
「相模屋に着くと大變だ『俺が居さへすればこんなむごい目に逢はせなかつた』と、若旦那の榮三郎はお吉さんの死骸に取すがつて、男泣きの大泣きでしたよ。氣の強い駒込の長五郎――嫁の親父の、あの祿ろくでもなしも、聟の榮三郎の愁嘆場しうたんばきもを潰して、マアマアと慰め方に廻つたのは、變な圖でしたよ」
「お前は地主の多之助の死んだのを知らせる筈ではなかつたのか」
「飛んで行きましたよ、相模屋の方は宜い加減にして。すると弟の跛足びつこ多見治たみぢは、――たうとうやつたのか――と變なことを言ひました。美しい内儀のお若さん、あれは大した女ですね。亭主の死んだことを聽くと、思はずニツコリして、――『御苦勞樣、――でもねえ、私はどうしませう』と、いきなり泣き出したのには弱りました。何しろ、私の胸倉をつかんで、グイグイやり乍ら、大きな聲を張り上げるでせう。お隣りの榮三郎も變なら、地主の御新造も正氣ぢやありませんね」
「厄介なことだな、八」
 話を聽くうちに、平次は次第に沈鬱ちんうつになつて、深々と考へ込んでしまつたのです。
「もう一つありますよ、親分」
「何があるんだ」
「三輪の萬七親分が出しや張つて、お吉殺しの下手人を擧げたさうですよ」
「誰だ、その下手人といふのは?」
「相模屋の手代の時松と、あの榮三郎の妹のお峯」
「なんだと」
「二人は前から出來て居たんですつてね。町内のあつしに氣取らせないくらゐだから、今の若い人は、大した手柄で」
もつとも、お前なら、出來ないうちから吹聽ふいちやうして歩く」
「まア、そんなことで、――それは兎も角、あの晩も二人は逢引して居たと、本人達が言ふんだから、嘘ぢやないでせう。時松とお峯の二人をかうとしたのは兄嫁のお吉で、お吉が邪魔になつてならないから、――時松は横川町の親類の法事に行つたことにして、夜中に佐久間町に歸り、お峯の手引で、兄嫁のお吉を殺した、――とういふことになるわけださうですよ」
「待つてくれ。そんなら、お吉の窓の戸に細工をしたのは誰だ、――お峯に引入れて貰ふくらゐなら、あんな手のんだ細工は無駄ぢやないか」
「へエ」
「それから、横川町の親類の家から拔出ぬけだす時も、あの男は大手を振つて出て居るぜ」
「?」
「俺は下手人は外にあると思ふよ。時松とお峯が、外で逢引して居た時、――主人の榮右衞門は耳が遠い。嫁のお吉が殺されるのも氣がつかなかつたに違ひない」
「だが、――最初は、窓の戸の細工をした人間と、お吉を殺した人間と、同じ野郎だと思つたからわからなかつたのだ、――片瀬の宿屋で、地主の多之助が殺されたと聞いて、始めて本當のことが解つたよ」
「多之助は殺されたんですか」
「當り前よ、そんなにベロベロに醉つて、細引にわなこさへたり、結び目をしめしたり、足を伸せば首が縛るやうにしたり、――鳥の羽毛はねくすぐつて、前後不覺に醉つた者が足をグイと伸ばして自分で自分の首を締めるやうな仕掛をしたり――そんな器用なことが自分で出來るものか」
 平次の説明は次第に事件の核心かくしんに觸れて行きます。
「すると、親分には、下手人はわかつて居るんですか。相模屋の嫁のお吉と、地主の多之助を殺した奴が――?」
「わかつたつもりだ」
「どうして縛らないんで?」
「憎い奴等だ。地獄の釜の中へ、逆樣さかさまに叩き込み度いほど憎い奴等だが、仕組みが巧過うますぎて、手も出せない――口惜しいがになる證據が一つも無いのだよ」
「誰です、それは?」
「待て/\、俺はきつと縛つてやる。こんなたちの惡い人間を、そのまゝ許しては置けない」
 錢形平次は日頃にもなく躍起やつきとなるのです。
        ×      ×      ×
 だが、錢形平次もこれほど、重大な縮尻しくじりをしたことはなかつたのです。お吉殺しの下手人も、多之助殺しの下手人もつかまらず、――いや、下手人は解り過ぎるほどよく解つても證據が無いために擧げられず、全くの無實と知り乍ら、三輪の萬七の縛つた、時松とお峯を救ふ手もなく、悶々もん/\として七、八日は日が經つてしまひました。
 お吉と多之助の初七日が過ぎたある日の朝。
「わツ、親分、大變ツ」
 八五郎の大變が、髷節まげぶしを先に立てて、平次の家へ飛込んで來たのです。
「どうした、八。地主の多之助の後家がどうかしたのか」
 平次は先をくゞりました。
「あの色後家は氣が變になつただけだけれど、相模屋の若旦那の榮三郎と、多之助の弟の多見治は、お互に斬合つて、共斃ともだふれに死んでしまひましたよ。地主の家は血の海、あんな物凄いのをあつしは見たこともない」
 さすがの八五郎もふるへあがつて居るのです。
「たうとうそんなことになつたのか」
 平次は仕度もそこ/\八五郎と一緒に飛出しました。佐久間町三丁目、地主多之助の家、初七日あけたばかりのその家の中を、斑々はん/\たる碧血へきけつに染めて、隣の相模屋の若旦那榮三郎は、縁側の下に幾十とも知れぬ傷を負うて斬り殺され、多之助の弟で――今は此家の主人あるじの多見治は、居間の八疊に、相手の一と突きを、胸のあたりに受けてこと切れて居りました。
 その慘憺さんたんたる有樣を眺めて、多之助の女房だつた、妖艶無比のお若は、部屋一パイに飛散る血を、滿山の花とでも思つたか、雛毛氈ひなまうせんを敷いて、冷酒をあふり乍ら、相好さうがうを崩してゲラゲラと笑つて居るのです。
「八、俺が愚圖々々して居たので、天道てんたう樣がさばいて下すつたよ」
「これは一體どういふことなんです、親分」
「榮三郎と多見治は、大變な約束をしたのだよ。榮三郎は多見治の兄の多之助をさそひ出して、旅先で殺す代りに、多見治は、榮三郎の女房のお吉を殺す約束をしたのだ、――榮三郎は女房のお吉の部屋に、外から入れるやうに窓の戸に細工をし、江の島へ行つて自分に疑ひのかゝらないやうにし、その留守に多見治は、榮三郎の部屋に忍び込んで、お吉を殺した。少しくらゐ音を立てても時松とお峯は留守。主人の榮右衞門は耳が遠い」
「へエ」
「榮三郎は旅先で多之助を殺すつもりだつたが、機會をりがなくて愚圖々々して居るうちに、多見治の方がお吉を殺してしまつたと聽いて、江戸へ引返すと見せて、戸塚から引返し、片瀬の宿で、醉つ拂つた多之助に仕掛けをしてくびり殺し、二人共ぬからぬ顏でをりを待つて居たのだ」
「へエ、太てえ奴等で」
「多見治はお吉を殺すわけがなく、榮三郎は多之助を殺すわけがない。こいつは百年經つてもわかりつこはないと安心して居たことだらう。ところが、榮三郎はお吉を殺して貰つたのは、多之助の女房のお若に氣があるからで、多見治は、兄の身上しんしやうも欲しいが、それよりも兄嫁あによめが欲しかつた」
「あ、なるほど」
獲物えものの分け前で、二人は氣のふれたおほかみのやうになつた、――そして、お互に死ぬまでやり合つたのだらう」
こはいことですね」
「それを見て、浮氣で勝手な女だが、お若はさすがに氣がへんになつた。二人の男の爭ひは何んとも言ひやうもないほど凄かつたに違ひない」
「歸りませう、親分。こいつは不氣味で見ちや居られませんね」
 八五郎は口にも柄にも似ず氣の弱いところがあつたのです。
「お前は大番屋おほばんやへ行つて、御係の方に申上げ、時松とお峯を救ひ出して來い。あの惚れ合つた二人を助けたら、少しは氣が晴れるだらう」
「親分は?」
「俺はあとの始末をする。十手を持つ者の罪亡ぼしだ」
 平次はさう言つて、二人の死骸を片手拜みにするのです。





底本:「錢形平次捕物全集第二十一卷 闇に飛ぶ箭」同光社
   1954(昭和29)年2月15日発行
初出:「オール讀物」文藝春秋新社
   1953(昭和28)年10月号
※題名「錢形平次捕物控」は、底本にはありませんが、一般に認識されている題名として、補いました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:門田裕志
2016年12月24日作成
2017年3月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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