久々に来た東京の友を案内して、奈良の新薬師寺から
麦刈の女の一人がつと立ち上つて、天を仰ぐやうに身を伸した。
私の昔の句に
麦刈が立ちて遠山恋ひにけり
といふのがあるが、この辺りは近くに春日山、高円山などの山々が迫り、その青い色が黄麦の色と照りあつてゐる。
「美しい麦ですね、向ふの麦は焦げたやうに濃いのに、こつちのは金色ね。」と、私はその人に声をかけた。
「ああ、これかね、白毛と黒毛のちがひですよ。」と愛想よく答へ、「どつちから来たね。」と聞いた。
「大阪から。お邪魔しないから刈るのを見せて下さいませんか。」
さういつて私達は、乾ききつた熟麦の中へ入つて行つた。ひらひらと白い蝶が飛んでゐる。そこには主人の農夫と息子がゐる。久留米ガスリのモンペを着けてゐるのは、若嫁だと思はれた。人々は強い風にゆれる麦を掴んでは鎌を入れる、そして大地に横たへる。そのさくさくといふリズムはかなりゆるやかである。
私ならばどうであらう。おそらくこの二倍の早さで刈ることだらう。そしてもうそれだけで息もつけないほど疲れ果ててしまうだらう。私は何をするにもせかせかといそがしい。いそがず怠らず――それは私にとつてなんとむづかしいことだらう。
すこし離れた山際に老爺が一人ゐる。近づくと、大地に腰をつけんばかりにかがんで麦を刈つてゐた。ヒバリの声がしきりにする。低い宙で翼をふるはせながら鳴きしきつてゐるのである。老人はその声になぐさめられ、怠らず麦を刈りつづけてゐた。
老麦刈ひばりは絶えず声与へ