Sの背中

梅崎春生





『猿沢佐介の背中には、きっと一つのあざがある。しかもそいつのまんなかに、ちぢれて黒い毛が三つ、生えているのに相違ない』
 いつからか、蟹江四郎は、そう思うようになっていました。思うというより、信じるといった方がいいかも知れません。思ったり信じたりするだけではなく、時には口に出して言ってみたりさえするのです。もちろん人前でではなく、こっそりとです。七五調の新体詩みたいな調子のいい文句ですから、つい口の端に出て来やすいのでした。
 ひとりで部屋でお茶を飲んでいる時とか、道を歩いている時などに、だから彼はふとつぶやいています。ちょいと呪文じゅもんのような具合なのです。
『猿沢佐介の背中には、節穴みたいな痣がある。そしてそいつのまんなかに……』
 それを呟くとき、蟹江四郎の顔はいつもややゆがみ、表情もいくらか苦渋くじゅうの色をたたえてくるようです。ふだんから突き出たような眼玉が、そんな時はなおのこと、ぎょろりと飛び出してくるように見えました。
 しかしこの七五調仕立ての文句は、その発想において、間違っていました。それは蟹江自身もよく知っていました。本来ならば、これは次のように言うべきなのです。
『三本の黒い縮れ毛の生えた、直径一センチほどの痣が、この世のどこかに存在する。誰かの背中にきっとりついているのだ。その誰かというのは、あの猿沢佐介に違いない』
 つまり、猿沢の背中に痣があるかどうか、ということが問題ではなく、痣があるのは猿沢の背中かどうか、ということなのです。言葉にすれば似たようなものですが、意味から言えばすこし違っているでしょう。
 蟹江四郎は、猿沢佐介の裸の背中を、まだ見たことがありません。いや、見たことはあるかも知れませんが、どうもその印象がおもい出せないのです。夏ともなれば、暑いのだから、猿沢佐介だって肌を脱ぐだろう。そうだ。衣服を脱いでパンツひとつになり、庭の草花に水をやったり、体操や縄飛びなどをしているところを、たしかに見たことがある。そう思って、その印象を憶い出そうとするのですが、まぶたに浮んでくるのは、猿沢の胸に濃く密生した胸毛の色とか、双腕もろうでのぐりぐり筋肉の形とか、そんなものばかりで、背中のことは全然浮んでこないのです。それはそうでしょう。人間というものは、交際や交渉の関係上、お互いの前面をしか眺めないもので、背面をしみじみ眺め合い、それを記憶にとどめ合うなどとは、めったにないことです。あるとすれば、しごく特別の場合でしょう。
 蟹江四郎が猿沢佐介と知合いになったのは、もうずいぶん以前です。かれこれ二年にもなるでしょうか。しかしそれは、知合いになるのが当然であって、しかも初めはなんとなく顔見知りになり、やがてある夜、あることを中心として突然近付きになったのです。この二人の男は、ごく近くに住み合っている、近隣同士の間柄なのでした。お互いの玄関まで、歩いて三分とかからない、まったく同じ恰好かっこうの、まったく同じ大きさの家に、この二人はそれぞれ居住していました。
 それは戦争中、某軍需会社の社宅だったという話でした。一面の畠のまんなかに、四角に土地を地均じならしして、そこに二十軒ばかりの同じ形の家が、行儀よく並んで立っています。敗戦後しばらくしてその会社はつぶれ、この社宅も売りに出されたという訳でした。だからここは今は、社宅時代とは全く異なり、素姓すじょうも違えば職業も違う、雑多な世帯や家族の群落なのです。同じ一郭に住んでいるというだけで、お互いに通い合うものもほとんどない人々が、なんとなく顔をつき合わせて暮している恰好でした。
 なにしろ畠のまんなかにぽつんと孤立した部落で、肉屋に三町、風呂屋に五町という不便なところですが、そうかといってこの部落の人々は、別段お互いによりそったり、団結したりする気持はないらしい。いつまで経ってもばらばらで、にがりを入れ忘れた豆腐みたいに、いっこうに固まる気配はないようです。結局それがお互いに気楽なのでしょう。そのくせ、近隣の動静に、全然無関心というわけではありません。表面では何気なにげない表情でも、かげでは妙に気を廻したり、こまかく神経を働かせていたりするのです。たとえば、どの家では今日牛肉の上等を百目買ったとか、どこの家では昨晩夫婦喧嘩げんかをやったとか、まあそんなことです。つまりこの部落の人々は、ことに女たちは、そのような毒にも薬にもならない噂話が、大好きなのでした。
 そんな噂話のひとつに、猿沢佐介のことがあります。猿沢佐介という男は、戦争前、ある小さなサーカス団長をやっていた。そういう噂なのです。噂というよりは、今ではもう、伝説といった方がいいかも知れません。当人もそれを否定しませんし、それらしく振舞っている傾向さえあります。団長らしい派手なジャケツを着て、むちのようなものを持ち、畠の中を悠々ゆうゆうと散歩したりするのです。部落の共同井戸端から、洗濯中の女たちがその姿を眺めて、
「ほんとに団長そっくりね」
「まったくね。あのだんだら模様のジャケツの色なんかもね」
 まさかその噂を助長させる目的で、そんな恰好をしているのでもないでしょうが、それでも時々、動物を調練する具合に鞭をヒュッと振ったり、口笛をピュウと鳴らしたりするのです。まったく板についた仕種しぐさでした。
「あの人の奥さんも、ひょっとすると、サーカス娘だったかも知れないわね」
「あ、そうだ。きっとそうよ。こないだあそこの独木橋まるきばしを、調子をつけてひょいひょいと渡ったわよ」
「ふん。じゃ綱渡りの要領というわけね」
 噂の発生とは簡単なもので、これで猿沢夫人の前身は、すっかり綱渡り娘ということになってしまうのです。
 猿沢夫妻の間には、子供が一人あります。まだ赤ん坊です。その赤ん坊に、近頃猿沢佐介は『おあずけ』を仕込んでいるという話でした。赤ん坊の眼の前にお菓子をおいて、そして猿沢がするどい声で、
「おあずけ!」
 と命令する。するとその赤ん坊は、出しかけた手を直ぐ引っこめて、おとなしくかしこまるということです。それを見た人がいるというのですから、本当なのかも知れません。この話に対して、部落の人々の間では、これは赤児の基本的人権の無視であるという非難と、さすがはサーカスの元団長だという賞讃と、二つの説に分れていました。賞讃説の方は、もっぱら女の方に多いようです。猿沢佐介は風采ふうさいも一応は立派だし、口もなかなかうまいので、女群から一般に好意を持たれているようでした。その反面、男たちからは、あまりよく思われていなかったかも知れません。
 猿沢佐介は、もう四十位になるでしょうか。しかしいつも派手な身なりをしているので、若々しく見えます。手足の皮膚もつやつやしていて、まるで青年みたいです。しかし顔だけは、つやつやと言うより、てらてらと赤く光っているのです。ことに鼻の頭などは、すっかりトマト色になっていました。これは言うまでもなく、酒焼けというやつです。猿沢佐介はおそらく部落きっての飲み手でした。毎晩酒のを、切らしたことがないという噂でした。家でも飲むし、もちろん外でも飲む。駅近くの飲み屋や屋台やたいで、とぐろを巻いている猿沢の姿を、蟹江はしばしば見かけることがありました。
 蟹江四郎が猿沢佐介と口を利き合うようになったのも、駅近くのある飲み屋ででした。その飲み屋の名は『すみれ』というのです。その優雅な名前にも似ず、それはのきも傾いたような、ぼろぼろのきたない居酒屋でした。
 蟹江も酒は大好きでした。しかし安月給の身なので、毎日毎晩飲むというわけには行かない。五日に一度とか、一週間に一度とか、せいぜいその程度にしか飲めません。どんなに彼は毎晩飲みたかったことでしょう。しかしそれは出来ないことでした。歯を食いしばるようにして『すみれ』の前を通り過ぎ、暗い畠中道を黙々と家に戻ってくる。駅から彼の家まで、五六町ほどもあるのです。この道のりが、別の事情もあって、素面しらふのときには、仲々つらいのでした。
 それは、蟹江が猿沢と知合いになった頃、つまり今から二年ほど前のことです。
 その時分、そのような貧しい蟹江にとって、猿沢の存在がどう感じられていたか。もちろん近所同士ではあるし、目に立つような恰好をしているから、蟹江は猿沢の顔や名をよく知っていました。どんな職業に従事しているのか知らないが、いつも派手な身なりをして、そこらをぶらぶら散歩したり、しかも毎晩『すみれ』なんかで酒を飲んでいるようだ。得体の知れない、へんな男だな。その程度の感じだったとも言えましょう。しかし、あるいはその頃すでに、彼は猿沢に対して、もっと深い感じを持っていたのかも知れません。つまり、それは言い換えれば、漠然たるわだかまりといったようなものです。
 俺が飲むや飲まずの生活をしているのに、あいつは派手に毎晩飲んでいる。わだかまりの感じのひとつは、そういうことでもありました。すなわち、猿沢という男に対する、ぼんやりした隣人的嫉妬。そういう風に表現してもいいでしょう。この世に贅沢ぜいたくしている人は他にたくさんいるのに、隣人の猿沢にだけそんな感じを持つなんて、すこし可笑おかしな話ですが、もともと人間とはそういうものなのでしょう。大きな敵が前面に控えているのに、仲間同士で分裂していがみ合っている、そういう例はよく耳にするところです。人間の感覚というのは、身近なものに対してのみ、反応するものなのかも知れません。しかし無論蟹江のこの感じは、その頃はまだ茫漠ぼうばくとしていて、自分でもはっきりととらえがたい程度だったわけです。
 猿沢と初めて口を利いたのは、ある寒い冬の夜のことでした。その夜蟹江は『すみれ』の一隅に腰をおろして、ひとりちびちびと焼酎しょうちゅうのコップを傾けていたのです。その蟹江の卓の向う側に、毛皮のジャンパーを着込んだ猿沢佐介が、やはり静かに徳利をかたむけていました。この二人はこの店で、それまで度々顔は合わせているのですが、まだ口をきき合ったことは一度もないのでした。
 店の奥の椅子いすには、色の白い若い女がひとりひっそりと腰かけていました。これはこの店の給仕女で、久美子という女です。給仕女といっても、酒をあたためたりさかなを運んだりする、ただそれだけの役目でした。
 猿沢が飲んでいるのは、一級酒の銚子ちょうしでした。しかも肴を三四品並べたりして、なかなか豪勢な恰好です。これに反して蟹江の方の肴はたった一皿で、それも一番安いかれいの煮付けなのでした。表側はすっかり食べ終って、丁度いま裏にひっくりかえしてみたところです。
 猿沢はしずかにさかずきを唇に持ってゆきながら、さっきからちらちら眼を動かして、久美子の様子をぬすみ見たり、蟹江のコップの方を眺めたりしていましたが、ふとその皿に眼をおとして、突然独り言のようなことを言いました。
「裏白の魚なんて、おかしなもんだねえ」
 蟹江の酔った耳は、ふいとその呟きを聞きとがめました。それにいい加減酔いが廻って、話し相手が欲しくもなっていたので、彼はうっかりと顔をあげて問い返しました。
「なんだって。裏白の魚だって?」
「そうさ」と猿沢は、初めて蟹江の存在に気付いたような顔をよそおって、しごく鷹揚おうようにうなずきました。「それは鰈だろう。表が黒で裏が白。魚のくせに裏表があるなんて、奇怪な感じのものだねえ」
「そりゃ仕方がないさ。生れつきだもの」と蟹江は頬をふくらませて、鰈のために弁護しました。「僕なんかはこの魚が大好きだよ。味も良いし、やわらかだし、栄養も豊富だしさ」
「栄養たっぷりかも知れないが、顔が歪んでひねくれてるねえ」猿沢はライターを取出して、カチッと火をつけました。「うちでは、その魚は、もっぱら猫が食べる」
 その時奥の椅子で久美子が、かすかに笑ったような声を立てたものですから、蟹江は急に面白くないような気分になって、箸を置こうとしました。するとたばこの煙の向うから、猿沢はにやにやと笑って、あやまるようにをふりました。
「いや、失礼、失礼。べつに君の肴に、ケチをつけるつもりじゃなかったんだ」
「僕だって、ケチをつけられたとは、思っていないよ、猿沢君」
 ついうっかり相手の名を言ってしまって、蟹江は照れかくしにコップをぐいとあおりました。猿沢は笑いを浮べたまま、その動作をじっと見守っていましたが、やがて蟹江がコップを卓へ置くと、こんどは視線をそこに移して、コップの中で揺れる透明な焼酎の色を、もの珍らしそうに眺め始めました。その眼付や真赤になった鼻の色からしても、猿沢はもう相当に酔っているらしいのでした。
「ねえ」やがて猿沢は視線をそこに定めたまま、相談でももちかけるように、低い調子で口を開きました。「もしもだね、メチルで盲目めくらになったと仮定する。もちろん仮定だよ。その時君は、アンマになろうと思うかね。それとも琴を勉強して、その方面の師匠になろうと思うかね?」
 その時の猿沢の顔がへんにまじめな表情だったので、蟹江はふと返答にまごつきました。
「仮定の問題には、ちょっとお答え出来ないけれど――」なんだか圧迫されるような気分になりながら彼はどもりました。「な、なぜそんなことを聞くんだね?」
「いや、今ふっと思いついたのさ」と猿沢は視線をゆっくりともどしながら、妙な笑い方をしました。「二つのものから一つを選ぶということは、これはなかなか大変なことだからね。つまり、芸術家か、生活人か、という問題だ」
「じゃ君なら、どちらを選ぶ?」
 俺のコップを眺めながらそんなことを思い付くなんて、まるでこの焼酎がメチルみたいじゃないかと、やっとその時そう気がついて、蟹江はすこしちゅうぱらな調子で反問しました。
「僕かい? 僕はね――」
 猿沢はそこでふいに言葉を切り、自分の徳利をちょっと振ってみて、ずるそうににやりと笑いました。なにか魂胆ありげな表情なのです。そして奥へ顔をむけ、いやらしい猫撫で声を出して、久美子に呼びかけました。
「お久美ちゃん。お銚子をどうぞもう一本」
「はい」
 返事をして調理場に入ってゆく久美子の後姿を、猿沢の眼がじっと追っていました。なんだか妙に粘っこい眼付だと、蟹江はすこし厭な気持になりました。厭な気持になる理由が少しはあったのです。そして思わず、ぐふんと鼻を鳴らしました。すると猿沢は急に顔をこちらにむけ、まるで怒ったみたいな表情になり、押しつけるような低声でささやきました。
「君はお久美が好きなんだろ。え、蟹江君」
 ちゃんとこちらの名前も知っているのです。蟹江の肩はぴくりと動き、見る見る顔がまっかになりました。それはまったく図星だったからです。すると猿沢はにやりと顔をくずし、押っかぶせるように、わけの判らないことを言いました。
「それじゃ彼女も、二者択一というわけだ」
「それでさっきのメチルのことは――」
 蟹江はすっかりどぎまぎして、こんなとんちんかんなことを言いました。そこへ久美子が徳利を持って出てきたものですから、猿沢もにわかに態度をつくろって、それに調子を合わせるような言葉つきになりました。
「僕はアンマだね。まあそういうことだ。ところで君は芸術派なんだろう?」
 猿沢の盃にお酌する久美子の小麦色の横顔が、急にまぶしいような気がして、蟹江は黙って眼をぱちぱちさせました。すると猿沢は戸のきしるような声を立てて、意味もなく笑い出しました。その笑い声が、蟹江のかんにさわったのは、勿論のことです。その蟹江の前に、猿沢は右手をにゅっとつき出して、握手を求めるような恰好をしました。
「さあ。これを御縁に、君と友達になることにしよう。いいだろうね、蟹江君」


 その夜のことを考えると、蟹江はどうもうまくはかられたような、そんな気がしてならないのでした。ちゃんと会話のだんどりをつけ、こちらを充分混乱させ、そしてずばりと図星をさして来た。その老獪ろうかいなやり口を思うと、蟹江はまったく忌々いまいましい気分になってきます。しかしこれは忌々しがってばかりもいられないことでした。
『あいつも久美子にれているらしい』
 そのことを思うと、蟹江はいても立っても居られないような気持に、駆り立てられてくるのです。それはまだ、当の久美子にも打ちあけてないのですが、蟹江の胸中に、半年前からはぐくまれていた恋なのでした。それを今更、横合いからうまうまと奪い取られては、全くたまった話ではありません。
『早いとこどうにかしなければならない』
 と蟹江は本気で思う。どうにかしなければ、と言うのは、機会をとらえて久美子に結婚を申し込み、夫婦になってしまうということでした。つまり蟹江はその頃、独身だったのです。
 三十六歳にもなって独身だというのも、少々わけがありました。実は蟹江にもかつては妻があったのですが、兵隊で五年も外地に引っぱられ、やっとのことで復員してくると、妻は見知らぬ男と一緒に生活していたのです。復員姿のその蟹江にむかって、彼女は平然と言いました。
「なんだ、生きてたの。死んだとばかり思ってたのに。でも、もう遅いわ。ぜんぜん遅刻だわ」
 ぜんぜん遅刻だわとは何事だと、蟹江はたいそう腹を立てましたが、もう仕方がありません。そこでこの薄情な先妻を断念して、余儀なく独り身となったのです。独身生活も初めこそさばさばして、楽しいようなところもあったのですが、そのうちにだんだんわびしくなり、少々やり切れなくなってきたところへ、こんどは『すみれ』の久美子が現われたというわけなのでした。
 蟹江の勤め先は、ある私立図書館です。彼はそこの貸出係りでした。古ぼけて小さな図書館ですから、入館者の数もすくない。したがって貸出係りも、しごく閑散な仕事でした。貸出台の向うに坐って、一時間のうち一度か二度立って書庫に入るだけで、あとはただじっとして居ればいいのです。蟹江はこの職場が気に入っていました。ひまな時間がたくさんあって、しかも本が存分読めるからです。ただひとつの欠点は、月給が多くないということですが、仕事がらくなんだから、これは仕方がない話でしょう。書庫の万巻の蔵書がタダで読めることで、充分におぎないがつく。そう思って彼はあきらめていたのですが、『すみれ』に久美子が現われて以来、単純に諦めてばかりはおれなくなったふうです。久美子の顔を見るには、それ相当の飲みしろが必要だという訳でした。
 久美子は暖国の生れらしく、色のあさぐろい眼のぱっちりした女でした。顔立ちは面長で、多肉果実の種みたいにすべすべした肌をしています。しかも割に無口で、おとなしそうな感じなのでした。蟹江が久美子に好意を感じたのも、別れた先妻があまりおしゃべりでガラガラ女でしたから、反射的にそんな久美子に心が動いたのかも知れません。
『あんな女を女房にしたら、具合よくゆくかも知れないな』
 二三度『すみれ』に通ううち、もはや蟹江はそう思うようになっていました。平穏なる家庭的平和。蟹江がぼんやりと望んでいるのは、それなのでした。久美子に求婚し、家庭へ迎え入れる。それをさまたげる事情は何もないのに、半年も蟹江がためらっていたというのも、実は彼は自分の容姿その他に自信がなかったからでした。自分は背も低いし、その癖いかり肩だし、眼はぎょろりと飛び出ているし、あまり取り柄のない男ぶりだということは、彼もちゃんと自覚していました。だからその点において、『すみれ』における猿沢の存在は、彼の胸をおびやかすに充分なのでした。
『しかしあいつには女房がいるではないか。全くけしからん』
 相手の男に女房がいても、女心は動くものだろうか。小説なんかで見ると、動いたりすることも間々ままあるらしい、などと思うと、蟹江はじっと辛抱できないような気持になってきます。あいつは俺より背が高いし、身なりも派手だし、金離れもいいと来ている。しかも口もうまいらしい。しかし、そんなことに、あの聡明そうな久美子が動かされるだろうか。不安なような気もするし、また大丈夫のような気もする。でも久美子はやはり、女房持ちの男よりも、独身男に共感と関心を持つんじゃないかしら。
 蟹江がそう考えるのは、こんなことがあったからでした。メチル問答の夜から二十日ほど前、彼が『すみれ』でひとり飲んでいると、久美子が何を思ったのか彼の傍につかつかと近づいてきました。そして、しずかな声でこう言ったのです。
「あら、ボタンがとれかかってるわ」
 電車でもみくちゃにされて、れかかった外套のボタンを、久美子が眼ざとく見つけたらしいのでした。
「あたしが縫いつけてあげるわ」
 そして針と糸でつくろってくれる間、蟹江は身体があたたかくなるような気分で、久美子の指の動きを眺めていました。心がうきうきして焼酎がいつもの倍ほどもうまく感ぜられたくらいです。
「ありがとう。君は裁縫もうまいんだね」
 ほほほ、と久美子は笑いました。そして親しそうな調子で言いました。
「あなた、独身なの?」
「ああ、そうだよ」
「不便でしょうね、ひとりだと」
 そこで二人は独身ということについて、少しばかり会話を交しました。店の中はこの二人きりで、他には誰もいなかったのです。そのせいで無口な久美子も、彼に話しかける気持になったらしいのです。言葉を交しているうちに、生憎あいにくとそこへがたがたと表の扉があいて、お客が一人入ってきたものですから、会話はそこで途切れて、久美子はそそくさと奥に引っこんでしまいました。蟹江はひどく残念な気持がしました。入ってきた客というのは、猿沢佐介だったのです。
『あの時、俺と久美子が親しげに話してるのを見て、猿沢は俺に因縁いんねんをつける気になったんだな』
 しかし猿沢が久美子に興味を持っていようとは、彼は別に思ってもいなかったものですから、あのメチル問答の夜のことは、蟹江には相当のショックでした。
 その夜以来、蟹江は二日か三日に一度くらいの割で、無理して『すみれ』に立ち寄るのですが、その度に必ず猿沢がでんと腰をおろしていて、章魚たこの刺身か何かで盃を傾けているのです。そして彼の姿を見ると、
「やあ、蟹江君」
 などと機嫌のいい、聞きようによっては勝ち誇ったような声で、あいさつをします。だから蟹江も自然と彼の傍にかける羽目となり、飲みながら世間話をするような恰好になってしまいます。しかし久美子のことについてはあの夜以来、一度も猿沢は口には出さないのでした。ただ態度でもって、蟹江を圧迫しようとする気配があるようでした。つまり蟹江の目の前で、久美子にむかって、わざとらしい親しげな口をきいてみたり、蟹江がかれいの煮付けだけで我慢しているのに、刺身だの酢の物だのをどしどし注文したり、まあ大体そんなことです。一種の神経戦術みたいなやり方でした。
 こういう具合ないきさつで、日が経つにつれ、蟹江がいらいらしたり不安になったりしてきたのも、その巧妙な戦術に引っかかったのかも知れません。
 昼間、貸出台に坐っていても、久美子と猿沢のことを考えると、彼は急に胸がどきどきしたり、背筋がつめたくなってきたりするのです。あの小麦色の久美子の肉体を、すでに猿沢のやつがものにしたかも知れないぞ、などと思うと、わっと叫び出したくなってくる程なのです。だからなるべくそんなことを考えまいとして、貸出台にしがみついて、面白そうな小説本などを読みふけってまぎらわそうとする。するとその小説が、近頃評判の新作家の姦通小説であったりして、とたんに久美子のことを思い出して、むしゃくしゃした気分になってしまう。
 久美子にたいする控え目な慕情が、猿沢の出現以来、しゃにむにといった具合の熾烈しれつな情熱に変化したのは、蟹江にとっても意外なほどでした。つまり競争意識というやつなのでしょう。奪い去られるかも知れないという危惧きぐが、一挙に蟹江の情熱をかき立てたに違いありません。今久美子を失えば、自分の人生はもう終りだ。まったくそんな感じなのでした。それにつけても、何はともあれ先ず猿沢に手を引かせること、それが蟹江にとっては第一の問題でした。
『よし』そんなある日蟹江ははっきりと心に決めました。『ひとつ談判して、あいつにすっかり手を引かせてやる』
 猿沢が素直に手を引くかどうか。それはいささか疑問でしたが、蟹江はいろいろ考えて、ひとつの切札のようなものを発見していました。それはあの、以前綱渡り娘だったなどと噂されている、猿沢夫人のことでした。
 猿沢夫人は痩せぎすの、敏捷びんしょうそうな身体つきの女性です。顔は美しいけれどもやや険があって、それは牝豹めひょうか何かを聯想れんそうさせました。蟹江はかねてから、この夫人は意地っぱりで嫉妬深い女ではないか、と見当をつけていました。きっと猿沢もこの夫人には頭が上らないに違いない。ねらいどころはそこだ。蟹江が考えついたのはそれです。これを効果的に利用して、猿沢の浮気心を粉砕しなければならぬ。
 この蟹江のねらいは、見事に成功したらしいのです。というのは、それから二三日後の夜のことでした。
 勤めの帰りに『すみれ』に立ち寄って見ると、やはりその夜も猿沢が横柄な恰好で、しきりに酒を飲んでいました。あの夜以来、猿沢はここに毎晩入りびたっているらしいふうなのです。もうすっかり酔っぱらっている様子で、顔をてらてらと赤くさせ、久美子をからかったりしているところでした。全くいい気なものだと、忌々いまいましげに唇を噛み、蟹江はその傍にそっと腰をおろしました。
 それから一時間ばかり、蟹江は猿沢といっしょに酒を飲みました。胸に一物いちもつあるので、蟹江はいつもよりコップの数を控え目にしました。さかなはもちろんかれいの煮付けです。この頃では、黙っていても、久美子はこれを運んでくるのでした。
 蟹江が猿沢にれいの談判を切り出したのは、その帰途、『すみれ』から二町ほど来た畠中道でした。彼はいきなりこう言ったのです。
「僕は久美子さんが好きなんだ。だから君は手を引いて貰いたい。だいいち僕の方が早いんだぞ」
 十三夜の月明の畠中道を、猿沢はふらふらと歩いていましたが、いきなりそう切り出されて、さすがにぎくりとしたように振り返りました。しかし声だけは元気に言いかえしました。
「どちらが早いか、どうして判るんだ」
「こちらは半年前からだぞ。それに僕は真剣なのだ。君のは浮気に過ぎんじゃないか」
「なんだな」と猿沢はぐいと肩をそびやかすようにしました。「君は僕の自由を束縛するつもりだな」
「束縛するつもりではない」そして蟹江は効果をはかるように、一語々々をはっきりと発音しました。「とにかく、僕は、このことを、君の奥さんとも、相談しようと、思うんだ」
 猿沢は黙って棒のように立っていました。しめた、と蟹江は思いました。すぐ返事が出来ないのは、相当にこたえたからに違いない。そうにらんだからです。しかし猿沢は、やがて気をとり直したように、大声で笑い出しました。気のせいか、それはなんだか虚勢をはったような響きでした。
「よろしい。君の真剣さは判った」と猿沢は笑いのあいまに言いました。「それほど言うなら、僕は手を引こう。しかしそれには、交換条件がある」
「どんな条件だ?」
「君たちが結婚するとき、僕を仲人なこうどに立てること。それがひとつだ」
「ふん。まだあるのか?」
「そうさ。僕の『すみれ』の借金かりを、君が全部払ってくれるということ。まあそれだけだな」
 こんどは蟹江が黙りこんで、月明りのなかに棒杭ぼうぐいのように突っ立ちました。しばらく二人の男の影は、つめたく乾いた畠土の上に、くろぐろと静止していました。長い方が猿沢の影で、短い方が蟹江の影です。やがてその短い方の影から、手の形の影がにゅっと突き出ました。
「よろしい。承知した」
 蟹江がためらっていたのは、その条件を呑んで、しかも久美子に求婚を断られたら、背負わされた借金額だけまるまる損になる、その計算を考えていたからでした。すると猿沢も手をにゅっと出して、二人の掌はひたと握り合わされました。猿沢は念を押すように言いました。
「借金の方は、大丈夫払って呉れるだろうな」
「払ってやる。その代りあそこには、もう足踏みするなよ」
 こうして話合いは成立したのです。つめたい夜気のなかで、瞬間蟹江は英雄的な感激をさえ覚えました。この男もなかなかいい奴だ。友達になってやってもいいな。そんなことを本気でちらと考えたりした程です。頭上の暗雲が吹き払われたような、久しぶりに晴れ晴れとした心持でした。
 さて、その翌晩のことです。『すみれ』に立ち寄ってコップを傾けながら、さりげなく、猿沢の借金額を訊ねてみると、なんと一万二千円もたまっているというのです。せいぜい千円か二千円と予想していた蟹江は、すっかり動転して、箸ではさんだかれいの煮付けを、とたんに土間におっことしてしまいました。
「一万二千円だって?」
「ええ、そうよ。この頃毎晩なんですもの」と久美子はいぶかしげに答えました。「何故そんなことを気にするの。他人のことじゃないの」
「それが、まったく、ひとごとじゃないんだ」
 と蟹江は眼をぎょろぎょろさせて、唇をかるく噛みました。その唇の端にふき出た唾の泡を見ながら、久美子は再びやさしく訊ねました。
「なぜひとごとじゃないの。あなたが払うとでも言うの?」
「実はそうなんだ」
「どういうわけなの、それは」
 蟹江は困惑した風にうつむいて、黙り込んでしまいました。しんとした沈黙がきて、夜風が軒をわたる音だけが、さらさらさらと鳴っています。うつむいた蟹江の視線は、うすぐらい土間におちていました。そこには先刻取落した鰈が、ぐしゃっと潰れたようなみじめな顔付で、蟹江をしずかに見上げているのでした。
 腹の中が急に熱くなるような気がして、蟹江はぐいと顔を上げました。そして背後から駆り立てられるみたいに、勢いこんで顔を充血させ、ぺらぺらとしゃべり始めました。
 その夜遅く、蟹江四郎は日記帳に、次の如く書き込みました。
『夜すみれにおもむき、久美子に予が衷情ちゅうじょうを打ち明く。久美女それをりょうとせり。帰来、いささか虚脱を感ず。幸福とはかくの如きものか』
 実際なんだかがっかりしたような気分でした。なんでそんな気分になるのか、自分でもはっきりしないのでした。それから彼は、しきりに考え考えしながら、更につづけて書き入れました。
『思うにこの世は仮の世なり。約束の上においてのみ成立するものなり。すなわち人生は演技なり。それには舞台装置も少々必要とするなり』
 なんだか妙にむずかしくなって、何を書いているのか我ながら判らなくなってきたものですから、彼は舌打ちをして、日記帳をばたりと閉じました。そしてうっとうしい顔付になって、大きく背伸びをしました。実はこの日記文の古風なスタイルは、某文豪の日記の文体の模倣もほうなのでした。彼はそれを頃日けいじつ貸出台で読みふけり、すっかり影響を受けてしまったという訳です。しかしどうもこういう文体では、現代的な憂愁を表現するのは、ちょっと至難なことのようですな。
 それから日が経って、すこしずつ暖かくなってきました。
 あれ以来、猿沢佐介は感心にも約束を守って、『すみれ』ののれんをくぐらない様子でした。それと同時に蟹江四郎の姿も、ひと頃ほどしげしげとは出入りしなくなったのです。それは猿沢の借金を支払うために、勤め先で金を借りたものですから、月々の給料からそれをさし引かれ、飲み代が捻出ねんしゅつできなくなったからでした。
 やっと春になって、二人はめでたく結婚式をあげました。結婚といっても、行李こうり一個と共に久美子の身柄が、『すみれ』から蟹江の家に移動しただけの話です。しごくお手軽なものでした。結婚式も蟹江家でおこない、近所の人を小人数招き、約束通り猿沢が仲人に立ちました。猿沢佐介は『高砂や』はど忘れしたというので、その代りに『鞍馬天狗』をうたいました。『花咲かば告げむと言ひし山里の』というあのくだりです。なかなか音吐朗々たる声で、なみいる者は皆すっかり感服したらしい様子でした。
 こうして蟹江と久美子の生活が始まったわけです。しかしその生活も、一年半ほどつづいただけで、突然ぴたりと終りを告げました。と言うのは、久美子が秋口の風邪をこじらせて、とうとう肺炎をおこし、はかなくも死んでしまったからです。
 この非運に際して、もちろんのこと蟹江は嘆き悲しみました。涙がはてしなく流出して咽喉のどが乾くので、彼は水を飲んでは泣き、水を飲んでは泣き、一日中とめどもなく虫のように泣いていました。久美子が死んだことも無論悲しいが、安穏な家庭的平和がすっかり自分から去ってしまった、そのことが彼の胸をきりきりとかきむしってくるのでした。蟹江という男は、その真底においては、このように自己中心的な感じ方をする男なのです。彼はその風貌において貧しいのに、どこかしたたかな感じがするのも、おそらくその為なのでしょう。
『おれも良き夫であったが――』と悲しみの底で彼はしみじみつぶやきました。『久美子もおれの良き伴侶はんりょだった』
 悲哀がいつか疲労にかわり、その味気ない疲労にもやがて慣れ、そして一箇月ほど過ぎました。
 ある日曜の昼間、久美子の遺品を整理していると、行李の中から、一冊の帳面が出てきました。表紙を見ると、『かりそめ日記・蟹江久美子』と書いてあります。久美子の日記帳らしいのでした。その字を見ると、蟹江はとつぜん涙が出そうになってきて、あわてて天井を向いたり、外の景色を眺めたりしました。そして二三分して、やっとその頁をめくり始めました。
 ある頁までくると、いろいろ動いていた蟹江の表情が急にったように固まり、視線も同じところを何度も往復するようでした。やがて疑惑と困惑のいろが、彼の顔面にぼんやりとただよい始めました。


『私はSを愛している』
 とその頁には書いてあるのでした。
『Sは私の不幸をなぐさめて呉れる。そのなぐさめによって、やっと私は生きている』
 蟹江は胸に不吉な鼓動をかんじながら、先に読み進みました。
 すると次の頁の中頃に、日付がかわって、
『七月十五日。本日は晴天なり。
 昼間よその黒猫が来て、台所からかれいを盗って逃げる。あの猫に盗られるのも、これでもう三度目だ』
 そして一行あけて、
『あたしはSの背中が好きだ。Sの背中は広くてがっしりしている。
 その背中のまんなかあたりに、小さな茶色のあざがある。直径は一センチメートル位かしら。そこにちぢれた毛が三本生えている。抱くと私の指がそれに触れる。その感触。
 痣には表情がある。悲しい表情。うれしい表情』
 また一行あけて、こんどは詩みたいな形式で、
『痣は背中のまんなかだ。
 痣は背中の定紋じょうもんだ。
 あたしの愛の表章だ』
 胸がわくわく鳴り、背筋がじんじんしびれてきたものですから、蟹江は思わず視線を宙に浮かせました。眼がぎょろりと不安げに光って、それはまったく沈鬱な表情でした。それからなにかおびえたように部屋中をぐるりと見廻しました。
『どうも俺には理解できないようだ』と彼は口の中でもそもそ呟きました。『S。Sとは何だろう?』
 突然耐えがたくなってきたものですから、蟹江は大あわてで日記を閉じ、それを行李の中にもどしました。そして行李を押入れの中に入れてしまうと、また部屋のまんなかに戻ってきて、肩をそびやかして大あぐらをかきました。そうしても何だか不安で、追い立てられるような気持はやみませんでした。
『結婚。結婚とは何だろう。何だったのだろう?』
 彼は苦しそうにうめきました。四五日前、図書館で読んだ哲人の書物のなかに、結婚とは人間のグレガリアスハビット(群居性)の一形式に過ぎない、とあったのを、ふと思い出したのです。それから突然立ち上って、部屋の隅の机の引出しから何かを取出し、またそこにへたへたと坐りこみました。それは蟹江自身の日記帳でした。
「たしか七月十五日だったな」
 そう呟きながら、彼は自分の日記帳をぺらぺらと忙しくめくりました。七月十五日のところをあけると、彼はじっとそこに眼をえました。そこにはこう書いてありました。
『七月十五日。晴。暑き日なり。
 帰途、電車の中にて、臼井君と一緒になる。あいたずさえて駅を降り、畠中道を家路に急ぐとき、一陣の風来たりて、臼井君のカンカン帽を吹き飛ばす。臼井君大いに周章狼狽しゅうしょうろうばいしてそれを追う。
 予すなわち抱腹絶倒せり』
 俺が何も知らずに抱腹絶倒などしていた同じ日に、久美子はSの背中の痣をまさぐったりしたのだな。悲痛な色をうかべて、蟹江はそう思わざるを得ませんでした。するとあのおとなしそうな、あさぐろい久美子の顔が、今までとは違った印象として、胸に浮び上ってきました。その顔は彼の想像のなかで、にこやかにわらっているのでした。悲嘆と憤怒ふんぬと哀憐の念が、嵐のように彼の心をみたしました。哀憐の念というのは、久美子に対してと言うより、おもに裏切られた自分自身に対してです。
 それ以来彼は、ぼんやりしている時とか、印刷物の中にSという活字を見た時などに、ふとそのことを思い出して、そっと唇を噛むのでした。誰かに相談したり、打ち明けたりする訳にも行かないのです。それは自分の愚かさを相手に知らせるだけだからです。とにかく自分だけで、Sの正体を糺明きゅうめいしなければならぬ。Sとは何か? それにしきりに考え耽っていて、つい電車を乗り越すことさえありました。Sとは何か?
 こうして、猿沢佐介の存在が、ふたたびひとつのわだかまりとして、彼の胸に登場して来たわけでした。
 何時からSという字が、猿沢佐介の影像とむすびついたのか、蟹江にもよく判らないのです。ふと気がついてみると、彼は心のなかで、猿沢佐介をSという字に代置して、ぼんやりと考えているのでした。あるいはそれは夢の中でむすびついて、それがそのまま起きている意識に、引きつがれたのかも知れません。いつかの夜、そんな夢を見たような気がする。そう思って、いろいろ記憶を探ってみるのですが、どうも憶い出せない。はっきりしないのでした。
『しかしそれが結びついた以上――』と彼は考えたりするのです。『俺はいつの瞬間か意識の奥底で、猿沢佐介をはっきりと想定したに違いない』
 想定した根拠は判然しないとしても、考えてみると、いろいろ疑わしい怪しいようなふしもある。第一猿沢佐介という名前は、その発音の響きからしても、Sのかたまりみたいな名前だ。まったくS的な名前ではないか、と蟹江は思います。それに重大なのは、猿沢佐介がかつて久美子に惚れていた、ということでした。あの縮れた毛の三本生えた、厭らしい温泉マークみたいなあざは、あの猿沢佐介の背中に貼りついているのではないか?
 仲人をして貰った関係上、蟹江夫妻は猿沢夫妻とかなり親しくなり、お互いの家にも訪問し合うようになっていたのでした。土曜日の夜などは、必ず、猿沢家を訪問して、麻雀マージャンの卓を囲むのが例になっていた程です。少額の金を賭けてやるのですが、蟹江は下手なので、いつも負けてしまう。ところが久美子はなかなか上手で、上手というより運が良くて、いつもトップか二位を占める。だから蟹江家としては、損することより、得することの方が多かったくらいです。
 猿沢夫妻は、ことに猿沢佐介は、久美子にたいして大層親切でした。久美子がトップになると、猿沢は愉快そうに笑ったり、お見事お見事とほめたりするのです。ところが、蟹江がまぐれ当りして一位になっても、猿沢は決してほめたり笑ったりしない。ふん、といった顔をするだけなのです。
 仲人になって貰って以来、親しくつき合うようになっても、今思うと、猿沢佐介はどうも蟹江に対して、妙な隔てがあるようでした。つまり、わだかまりみたいなものが、猿沢にはあったようです。その頃は、蟹江は、それをあまり気にかけていませんでした。照れくさがっているのだろう、と思っていたのです。まさか俺を嫉妬したり、憎悪したりするわけはないだろう。ちゃんと借金も払ってやったのだからな。しかも一万二千円も!
 ところがその猿沢佐介が、久美子が死んで以来というものは、彼に妙に親切めいた言葉をかけたり、慣れ慣れしく動作したりするようになったのでした。あの久美子が死んだ日も、猿沢は彼の家にやってきて、泣いている彼の背中をたたきながら、
「ああ、泣くがいい。泣くがいい。泣いて悲しみをすっかり流してしまえばいいんだよ」
 などと、猫撫で声でなぐさめて呉れたのです。その言葉に刺戟しげきされて、彼はなおのことしくしくと泣きむせんだのですが、今思うと、どうもあの言葉の調子は、勝ち誇ったものが打ちひしがれたものに対する、ある優越感がこもっていたような気がする。しかもその優越感の底に、ある意地悪さがかくされていたようだ。
『どうもこいつは怪しいぞ!』
 勤め先の貸出台に坐っていても、そんなことを考えてばかりいるものですから、さっぱりと読書の能率もあがりません。そして口の中で、もぞもぞと呟いていたりするのです。
『猿沢佐介の背中には、きっとひとつの痣がある。しかも縮れた毛が三本……』
 自分が信じていた幸福が、全部虚妄きょもうになったのに、猿沢佐介の方はいっこう不幸にもならず、楽しそうに暮している。それが漠然と憎らしく、またねたましいのでした。つまり対人感情から言えば、『すみれ』で知り合った頃の状態に、蟹江はすっかり戻ったわけです。一方猿沢の彼に対する態度も、結婚中とは異って、妙に慣れ慣れしく横柄になってきたようでした。すなわち知り合った頃のそれと、ほとんど同じ態度です。鷹揚に見せかけて鼻であしらったり、老獪な冗談じょうだんろうして彼を困らせたりする。それが蟹江のかんにさわるし、また漠然たる疑惑をうえつけたりするのでした。これはあるいは老いたる独身者の、意味もないヒステリー状態とでも言いますか。しかし久美子の日記の中の『S』の字は、今や万鈞ばんきんの重みをもって、彼の全生活を押えつけているのでした。
『とにかく一度こいつの背中を見ねばならぬ』
 ある土曜日、猿沢の家で酒の馳走になりながら、彼は強くそう思いました。久美子の死後も、それまでの慣習上、彼は毎土曜猿沢家を訪問し、夕飯や酒を御馳走になっていたのでした。
『それも早急にだ。来年の夏まで待つというわけには行かない』
 食卓のそばでは猿沢夫人が、子供を寝巻に着換えさせていました。もうそろそろ夜は寒いので、それはネル地の寝巻です。猿沢好みの派手な柄でした。その時ちらと子供の背中が見えたのです。すべすべと柔かそうな、しみひとつない小さな背中です。それから直ぐ猿沢佐介の背中を聯想れんそうして、蟹江はそう考えたのでした。
「背中が出たよ。早く着せなさい、風邪を引いてしまう」
 と猿沢が盃をふくみながら、夫人に注意をしました。猿沢が『背中』という言葉を発音した時、蟹江はかすかな身慄いをかんじました。
 少し経って、蟹江はわざとらしくせきばらいをして、掌を肩にあてぐりぐりみながら言いました。
「どうも近頃、肩がってねえ」
「揉んで呉れる人がいなくなって、気の毒だね」
 と猿沢はかるく受けました。猿沢の顔は、鼻を中心として、もう相当あかくなっていました。そろそろ酔っている証拠です。
「背中ってやつは、どうも厭だよ。ほんとに意味がない」
 と蟹江は遠過しに背中に話題を持ってゆきました。
「なぜだい?」
「なぜというとだね――」蟹江はちょっと考えて「背中ってものは、人間の身体のなかで、一番広い面積を占めているだろう。人間の表面積の四分の一はあるだろうね」
「そう言えばそうだね。地球におけるシベリヤみたいだね」
「それだのに、だ」と蟹江はすこし勢い込みました。「背中というものは、ほとんど人間の役に立たない。僕たちが背中を使用するのは、椅子によりかかる時と、寝る時位なものだ。それも、椅子なんかに腰かけないで、坐れば済むことだし、寝る時も、横向きに寝れば、背中は使わずに済む。そいじゃ背中というのは、何のためにあるんだ?」
「しかしだね」と猿沢は年長者らしい落着きを見せて言いました。「背中がないと、人間は困りはしないかな。胃や肝臓や肋骨ろっこつが、うしろから丸見えになったりして」
「ほんとに意味ないよ、背中というやつは」と蟹江は横眼を使って、猿沢の様子をじろりとうかがいました。「たとえばさ、腹にはおへそというものがあって、しめくくりがあるだろう。ところが背中はのっぺらぼうで、中心が全然ない」
 猿沢夫人が傍でくすくすと笑いました。そこで蟹江は追い討ちをかけるように、言葉をつぎました。
「もっとも人によっては、あるかも知れないね。たとえばホクロみたいな――」
「そりゃあるかも知れないね」と猿沢は退屈そうに小さく欠伸あくびをしました。「それはそうと、君は近頃すこし痩せたようだね。やはり自炊では、充分栄養がとれないのかな」
 もう一息というところで、話題がそっちに行ってしまったものですから、背中のことはお流れになってしまいました。蟹江はすこし残念でした。あの猿沢夫人のくすくす笑いはどうも意味ありげだったな。ひょっとすると、亭主のあざを思い浮べたんじゃないかな、などと思ったりしたのです。
 この夜あたりをさかいとして、蟹江の生きている情熱は、はっきりとひとつの形の目標にそそがれるようになったようです。つまり、猿沢の背中に痣があるかないか、その一点なのでした。人間の生活の情熱というものは、あちこちに分散する傾向よりも、ひとつの核にまとまりたがる傾向が、強いのではないでしょうか。たとえば真珠貝の体液が、なにか異物をとらえて、真珠玉を形づくりたがるような具合です。しかもその異物は、砂利じゃりであろうとガラスのかけらであろうと、とにかく形があるものでありさえすれば何でもいいのです。どんなばかばかしいことにも、人間が情熱をそそぎ得るのは、一体にそういうからくりではないでしょうか。Sの痣は、蟹江にとって、まさしくそういうものなのでした。亡妻への追慕、虚妄化された幸福、今の味気ない日常、世俗的な幸福への漠然たる嫉妬、それらの混然たる総量が、幻の痣を核としてぎっしりと凝集ぎょうしゅうしてしまったというわけでした。この痣のことさえ解決すれば、同時にすべてのことが解決する。まあ言ってみれば、そんな気分なのです。まったくそれは一種の宗教的情緒みたいなものですな。
『とにかく一度、猿沢の背中を見ねばならぬ』
 しだいに冬が近づくし、そうすればだんだん厚着になるし、裸の背中をのぞき見る機会は、ますますなくなってくるのです。その点において、蟹江は一種のあせりを感じていました。あるいは彼は、自分でも意識しないところにおいて、そのあせりを楽しんでいたのではないでしょうか。知ってしまえばそれまでで、すべては終ってしまうのです。だからこそ蟹江の胸には、猿沢の背中を見たくないような気持も、うすぐろいかげのようにぼんやりとうごいているのでした。しかしそれはやはり、見なければならないものなのでした。出来るだけ機会をつくるべく努力しなくてはならないのです。情熱が指し示す通りに。
 平穏に、無事に、日々が過ぎて行きました。
 ある土曜日の夜九時頃、猿沢家の居間の長火鉢をはさんで、猿沢夫妻がこんな会話を交しておりました。
「蟹江さんも、奥さんがなくなってから、すこし変ね。なんだか気味が悪いわ」
「そうだね。元からちょいと変な男だったが、この頃はとくに妙だね」
「あんまりガッカリしたので、頭のねじが狂ったんじゃないかしら。時々突拍子もないことを言い出したりしてさ」
「あのぎろぎろした眼付が、第一おかしいね。しばらく相手にしないがいいかも知れないな」
「だって向うからやって来るんですもの」
「だからサービスを悪くするんだな。あの男はすこし甘えているよ。世の中はそんな甘くないことを教えた方がいいと思うね」
 そこへ玄関ががらがらとあいて、ごめん下さいと言う声と共に、当の蟹江四郎が入ってきました。それはすこしばかり浮き浮きしたような声でした。そのままのこのこと居間にあがってきました。すこし酔っているようです。
「あら、いらっしゃい」
 と猿沢夫人は愛想いい口調で答えました。猿沢はちょっと会釈えしゃくしただけで、だまって爪楊枝つまようじをしきりに使っていました。これは主に、食事がもう終ったということを蟹江に示すためです。
「寒いね」と蟹江はにこにこしながら長火鉢に手をかざしました。「しずかな淋しい晩だねえ」
「そうだね。久美子さんでもいれば」と猿沢は爪楊枝を襟につきさして答えました。「麻雀でもやるところだが」
「三人ではねえ」と夫人は残念そうに口をそえました。「麻雀もできないし」
「ほんとに残念だ」と蟹江が相槌あいづちを打ちました。「じゃ五目並べでもやろうか」
「やりたいけれど」と猿沢。「碁盤がないんでねえ」
「あっ、そうか。じゃ君は将棋は指せるだろう」
「そりゃ指せるさ。そう言えば、君とはまだ指したことがないな。ひとつ指してみたいもんだねえ。でもねえ――」
「駒も盤も実はないんですのよ」と夫人が引きとりました。「買っとけばよかったですね」
「駒は僕が持ってきたよ」
 蟹江はにこにこしながら、ポケットから紙箱を取出しました。見ると、それは玩具屋おもちゃやなどで売っている、あのお粗末な将棋の駒でした。そしてもう卓の上にがさがさと紙の盤をひろげてしまったのです。
 猿沢夫妻はちょっと顔を見合わせました。しかし蟹江がぱちぱちと駒を並べ始めたものですから、猿沢もやおら体を動かして、蟹江に向き合いました。
「さて、いくら賭けるかな」
 決心をつけたと見えて、猿沢がそう言いました。いどむような声でした。
「そうさねえ。金を賭けるのも、もうきたねえ」と蟹江は並べ終ってじろりと猿沢の顔を見ました。「今夜はなにか変ったものでも賭けようか」
「変ったものって、何だね?」
「たとえばだね」蟹江はちょっと考え込むふりをしながら、やがてぽつんと言いました。「負けた方が裸になって見せる、なんていうのはどうだろうね」
「裸?」猿沢はにやりと笑いました。とたんに蟹江の裸の恰好かっこうでも想像したのでしょう。「そりゃ面白そうだね。それで踊るのかい?」
「いや、寒いから踊らなくてもいいだろう。そこらを一廻りするだけにしよう」
「お止しなさいよ。ばかばかしい」と猿沢夫人がきんきんした声でさえぎりました。「あんた方の裸を見たってぜんぜん面白くないわ。それよか、やはり一局二百円ということにしなさいよ」
「うん。それにしよう」
 蟹江が口を開く前に、猿沢がそう言ってしまったものですから、蟹江は口をもごもごさせて、不承々々黙ってしまいました。顔がぽっとあかくなって、なんだかとたんに面白くなくなったような表情です。
 それでも先ず蟹江が角道かくみちをあけ、猿沢が飛車先のを突いて、戦いが始まりました。両方とも黙々と口をつぐみ、しきりに駒を動かしています。駒組が変化してゆくにつれ、しだいに両者の闘志もたかまってゆくらしいのでした。ことに蟹江は肩をそびやかし、見るからに力闘という恰好になってきました。
 猿沢夫人は編棒をとり出して来て、傍で編み物を始めていました。部屋の中はしんとして、駒を動かす音だけが、時々さらさらとひびくだけです。ふとその音が途絶えたので、夫人が顔を上げて見ると、猿沢佐介は困惑と口惜しさを押しかくした老獪な微笑をたたえ、じっと盤面をにらんだり、蟹江の手許に置かれた持駒をにらんだりしていました。どうも形勢が悪いらしい風でした。
 やがて猿沢は、蟹江の持駒にじろりと一瞥いちべつをあたえながら、初めて低い声で言いました。
「蟹江君。君のその桂馬けいまを、三十円で売って呉れないか」
 蟹江はびっくりしたように顔を上げました。それから盤面を見渡して、何かしきりに計算している様子でしたが、しばらくして思い切ったように答えました。
「よかろう。その代り、現金だよ」
 そこで猿沢は十円札を三枚ぱっと出して、桂馬を買い取り、それをパチッと盤面に打ちました。
 それから少し経って、猿沢はまた現金を出して、蟹江の銀と歩を買いました。それからまたまた、香車きょうしゃを二十円で買ったりしました。蟹江は現金がどしどし入るものですから、にこにこして持駒を手渡ししました。
 それから三十分ほど経ちました。編み物をしていた夫人がまた顔を上げると、こんどは蟹江が深刻な顔をして考えふけっていて、見ると猿沢の手許には、十枚余りの持駒がうずたかく積まれているのでした。猿沢は得意げに天井を向いて、たばこの煙の輪をふうっとはき出したりしているのです。
「猿沢君」やがて蟹江はいくらか口惜しげな調子で言いました。「桂馬をひとつ、ゆずって呉れないか」
「ああ、いいだろう。五十円だよ」
「五十円?」と蟹江は眼をぎょろりとさせました。「そりゃすごく高いな」
「うちじゃそんな値段なんだよ」
 と猿沢は平気な声で言いました。蟹江はすこしためらっていましたが、しぶしぶ五十円出して、桂馬を受取りました。
 それからも形勢はあまり良くならないと見えて、蟹江はしきりに身もだえして、その度に香車を買ったり歩を買ったりしました。それにもかかわらず、猿沢の持駒はますます多くなるふうで、彼はそれを整理して一列に並べ、歩などは三個一山に積み重ねたりしていました。これは、歩は一山三十円だというわけでした。
 それから盤面がどしどし変化し、二十分後には、駒をいくつも買った甲斐もなく、蟹江の王様はほとんど裸になってしまいました。蟹江は唇を噛んだり、低くうなってみたり、すっかり頭が充血して、あたりもはっきり判らないような風でした。盤面をぎろりと睨みつけたまま、うめくような声で訊ねました。
きんはいくらだね?」
 蟹江の王様は王手がかかっていて、なにか強力な合駒が必要なのです。猿沢はちょっと考えて、そして落着いた声で答えました。
「金は、すこし高いよ。百十五円ぐらいかな」
「そりゃあ高いなあ。ちょっと高すぎるよ」
「でもそんな相場なんだよ」
「それじゃ訊ねるけれど、角なんかは?」
「角は百四十円で、飛車は、そうだねえ、百六十五円だ。王様は、これは持駒じゃないが、もし売るとすれば、二百五十円ぐらいに負けとこう」
「なに。二百五十円?」
 そう言いながら、蟹江は猿沢の王様を、にくにくしそうに見詰めました。見詰めているうちに、その王将の駒が、ふと猿沢の顔に見えてきたのです。その王将をつまみ上げ、その背中をしらべてみたい、そんな衝動がちらと蟹江の胸を走って、ふっと手が出そうになったのです。その時猿沢の落着いた声がもどってきました。
「そう。二百五十円だね。なにしろ王様だからね」
 よっぽど二百五十円を出して、敵の王様を買い取ってやろうかと蟹江は思ったのですが、なにしろ勝負の賭け金が二百円ですから、その損得を考えて、やっと踏みとどまったのです。
 傍で猿沢夫人が、大きなあくびをしながら、うんざりしたような声を出しました。
「まだ勝負がつかないの。ずいぶん長い勝負ねえ。あたしお先にやすませていただこうかしら」
 ――蟹江と猿沢の土曜日の会合は、近頃は大体こんなものです。こんな調子ですから、蟹江が猿沢の背中を見るのは、ちょっと何時いつのことになるか判りません。
 でも、もう蟹江は、猿沢の背中は見ない方が、いいのではないでしょうか。猿沢の背中にあざがあっても、蟹江は不幸になるし、ないとすれば、なおのこと不幸になるに違いありません。考えたり空想したりするだけで、実際には見ない方がいいようなものが、この世の中にはたしかにあるのです。『Sの背中』も、もはやそのひとつでしょう。そう私は思います。





底本:「ボロ家の春秋」講談社文芸文庫、講談社
   2000(平成12)年1月10日第1刷発行
底本の親本:「梅崎春生全集 第3巻」新潮社
   1967(昭和42)年1月10日発行
初出:「群像」講談社
   1952(昭和27)年1月
入力:kompass
校正:酒井裕二
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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