春の詩集

河井酔茗




あなたの懐中くわいちうにある小さな詩集を見せてください
かくさないで――。

それ一さつきりしかない若い時の詩集。
かくしてゐるのは、あなたばかりではないが
をりをりは出して見せたはうがよい。

さういふ詩集は
だれしも持つてゐます。

をさないでせう、まづいでせう、感傷的かんしやうてきでせう
無分別むふんべつで、あさはかで、つきつめてゐるでせう。

けれどもうたはないでゐられない
さびしい自分が、なつかしく、かなしく、
人恋しく、うたも、涙も、一しよにた頃の詩集。

さういふ詩集は
誰しも持つてゐます。

たとへ人に見せないまでも
大切にしまつておいて
春が来るごと
春の心になるやうに
自分のくるしさを思ひ出してみることです。

詩集には
過ぎて行く春のなやみが書いてあるでせう。
ふところふかめて置いて
そつと見る詩集でせう。

併し
季節きせつはまた春になりました。
あなたの古い詩集を見せて下さい。





底本:「ふるさと文学館 第三三巻 【大阪※(ローマ数字2、1-13-22)】」ぎょうせい
   1995(平成7)年8月15日初版発行
底本の親本:「酔茗詩抄」岩波文庫、岩波書店
   1973(昭和48)年
初出:「紫羅欄花」東北書院
   1932(昭和7)年
入力:大久保ゆう
校正:Juki
2016年3月4日作成
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