戦争

藤野古白

藤井英男訳




本舞台は全面の平舞台、背景に岩組みの張物を置く。岩には雪を真白に積もらせ、それから平舞台への橋懸かりにかけて一面に雪布を敷つめる。背後には碧空の張物に白雲の幕を垂らし、岩裾には枯薄や熊笹が生えて雪はまだらになっている。下手には同様に雪綿を被ったコーリャンが立ち枯れのまま袖垣のような有様。上手には檜や槇の立木があって日覆いから釣り枝を垂らすが、これに赤や青の旗の切れ端が絡みついて垂れ下がっている様子など、すべて先ほどまで激戦のあったこと、そしてそれにより清国内いずれかの光景であることが示されている。退却合図のラッパの遠音がして幕が開くと、清国兵五名が、泥まみれの地味な防寒外套を着た総督喬班の重傷を介抱している。遠くに響くラッパの音に耳を立て、
清兵一 ヤア、あのラッパの音は、
清兵二 こっちに向けても追いかけてきているに違いない!
清兵三 もしこんなところで倭兵と出くわしてしもうたら、
皆々 こりゃあ、こんなことをしていてはおられぬわい。
清兵一 命あっての物種、看護もこれまで、一刻も早く逃げねば!
清兵二 どこか道々の民家にでも、この……
清兵三 そうよ、この手負いはさ、
清兵一 どうしたって背に腹は代えられぬぜ。それ、倭兵が近づいてきたぞ!
皆々 逃げろ、逃げろ!
皆、喬班を舞台の適当な場所に置き捨てて上手に入る。日覆いから雪を降らし、退却のラッパの遠音が聞こえる。この時喬班、重傷に喘ぎながら目を開き、涙を払って悔しさに堪えぬ様子で、
喬班 ええ憎っくき下郎の振る舞い、恩ある上官がそこで重傷に苦しんでおるというのに、畜生のようにそれを横目に棄てて逃げるとは! 戦場ではこれまで金が目当てで背負っていたのか。ああ、あれは籠城の折であった。あのしょう卿が降伏すべしと進言するのを我は叱り飛ばし、怒りにまかせてあのような忠臣を鞭で打ってしもうた。今頃彼はどこでどうしていることであろう。我が運命もこれにて極まったか。我中華に生まれながら、今夷狄っぱらの侵略の目にあい、天の時も地の利も我が方にあったのに拘らず、主人見棄てて逃げるような下郎の輩どものせいでこの体たらくよ。己ほど悔しい恨みを残して死にゆく者が、古今どれだけあるものか。畜生め、我が身の定めが悔しいぞ!
負った手傷に苦しむ様子ながらも、屹と思い詰めたような風で懐より短刀を取り出し右手に持って、
喬班 倭兵が今ここにやって来たなら、必ずやなぶり殺されてしまうに違いない。辱めを受けて苦しみを重ねるくらいなら、むしろ我と我が手で…… だが、自分がこのような辺境で露と散り、骨を雪に埋めることになったと愛しい妻や家族が知ったなら…… ああ、かく死なねばならぬとは何と耐えがたい! ああ無念! あの者ら逃げて帰れば、我は戦場で敵と組み合って討ち死にしたとでも皆に欺き言い触らすことであろう。そんな部下を配下に持って、こんな恨み言を残していかねばならぬとは何と情けないことか。この喬班、甲族の家に生れ育ち、文武優れた一郷の長と仰がれておった者。常々自分が戦国の世に生れなかったことを悔しく思っていたところ、この度の夷狄ばらの襲来。中国の歴戦ほどにはあらずとも、この時こそ我が武名を鳴り響かせる機会と思ったのは一時の心の迷いであったか。さても人間の一生、過ぎてしまえば線香の灰のようなもの。いわんや民の財貨を掠め取るような不義の栄華などは、空に浮かんだ雲に同じ。いざ、われが歴史に名のみ残して死にゆく時は至った。妻よ、子よ、もはやこれまで!
短刀を持ち直し、覚悟を決めたようす。橋掛けよりバタバタのつけで芳谷與四郎騎兵伍長、方々破けた軍服でなりふり構わぬ様子でやってくる。手に血刀をげ、鮮血の雫を雪布に垂らしながら喬班の傍に駆け寄って、
與四郎 なんと、自害図るとは出過ぎたまねじゃ!
自らの血刀を右手に持ったまま少し立まわり、喬班の短刀を左手にもぎとる。喬班倒れる。與四郎、血の付いた自分の刀を手に持って見入りながら、
與四郎 人を斬り、骨を刻んでこぼれたこの我がやいば、これが大和の宝なのか。何という悲しさ、我が親を死に追いやっておいて!
ぱたとその刀を落して、空を仰いで涙を払いながら、
與四郎 何ごとも不運の重なってきたのがこの身の上、今更歎いても甲斐はない。国の為に死ぬからには、いまさら何を恨もうか。こやつ禽獣の如き敵でありながら、白刃を立てて自決しようとするとは、むむ、これは自分にとって天の知らせ。
與四郎、懐から一通の書状を取出し雪をかいてこれを埋め、もぎ取った左手の短刀をとり直して自分の胸を突き刺す。この少し前より下手のコーリャンの後から様子を窺っていた澤参謀少佐と小富騎兵大尉の両名が、階級に応じた身なりで走り出てきて、
澤 おおこれは! どうして自決なぞしようとする!
小富 おお、これは芳谷ではないか、何を早まって!
澤 解せぬのは何か雪に埋めたようなその様子じゃ。
與四郎 ヤッ、見られてしまったか! かくなる上は、お二人には一期のお願いをいたすのみでございます。
澤 何とな。
與四郎 武人としての最後のお願い、この芳谷自害の様子、ぜひともご他言くださりませず、誓って心に納めておいてはくださいませぬか。これを見られてしまったのは我が一生の不覚、サア御返事を!
小富、雪の下から先の書状を掘り出し澤に向って、
小富 詳しくはきっとこの書状に書かれておることでしょう。何はともあれ軍医を、
と立ちかける。
與四郎 いやいや、そのようなことは全くご不要。自殺者になぜ医者の必要がありましょうや。見られてしまったこの上は、是非とも是非ともその手紙、火中にべてくださりますようお願い申し上げまする。
澤少佐、小富大尉の手より書状を受け取って読み始める。
澤 (読む)「先般のお前の手紙、拝見いたした。陣中に健在の由、先ずはよろしきことかと存ずる。しかしながら、遺憾千万なのは、寄こしてくるお前の手紙にも新聞紙上にもお前の武勲の知らせが今もって見えぬこと。父は朝夕向う隣りの孝助が平壌で手柄をを立てたという噂を聞くにつれ、やいばで胸を突かれるがごとき心地がしておるのだ。最早このようなことには我慢ならず、故郷にも居り辛きがゆえ、遂に家財ことごとく売り払い、一部は軍隊へと寄付してまいった。これよりは僅かの路銀を手元に故郷を後にして、行きつく先は山の奥か川の淵か、いずこにせよそこで身を果てる所存。この一文、父の遺書としてよくよく心底に刻みくだされ。
 そもそも我が家系は元亀天正以来、この地に引退した元は名のある武士の家柄。その後もこの地の郷士として名は遠くまで聞こえておる。中でも孝助の如き百姓風情とは家門別格。御維新いっしん以来、この父には金儲けの才もなく、貧しく落ちぶれてしまったとはいえ、元来由緒ある門地。しかも、折しもこの度外国征伐の時世と巡り会い、お前が丁度軍籍に入っておったこと、喜ばしいことこの上なく思ったのだ。これで祖先に対し奉り、家名回復、我が家を中興し、これまで商売下手と陰に陽に父を嘲けておった百姓、旧友どもを見返すことができると勇んでおった折も折、平壌攻めの折に百姓の孝助が不敵の武功をたてたとの新聞記事。わが村の者は言うに及ばず、近郷近在の者まで日々彼の留守宅に寄り集って、祝宴張るやら振舞いするやら、はたまた遠国各地から山のように贈物が届けられるやら。初めのうちは父も時に応じて彼の家を訪ねておったが、心待ちにするわが息子の勲功の知らせは一向に参らず、何事もなく在陣しておるゆえご安心くだされなどとある手紙が届いた時などは、ただ熱い涙を流すのみであった。孝助はもとより百姓のせがれ、尋常小学校在校中も一度たりとお前より上席となることもなく、また卒業後は学問の道に進むこともなくすきを手に生計を営んでおった者ではないか。ひきかえ、お前は高等科卒業の上、竹興翁の門下に入って経史を学び、さらに中学三年の学業を積んだのではなかったか。その上、彼は鋤を剣に持ち替えただけの一歩兵に過ぎぬのに比し、お前は階級も断然上の騎馬軍人ではないか。これは親の欲目で言っておるのではない。聞けば、彼は素行も悪く、兵営の勤めにあっても酒色に耽けっておったという。人士ならば交わりを避けるような輩ではないか。そんな彼に勲功あって、お前に無いのは何故か。武功は手をこまねいて待つようなものにあらず、自から進んで取りに行かねばならぬもの。お前は優柔不断なのだ。父は近辺の者が孝助の家で酒杯をあげた帰りに我が家に立寄るのに一々応対せねばならぬような目にはもう堪えられぬ。もうこの世に生きながらえる気力も失せ、ただこの一書を遺す。せめては敵の大将と組合って首でも掻いてくれるなら、父は地下においても嬉しく思うことであろう。
父より、與四郎殿へ」
小富 何と芳谷、お前の父は、
澤 わが息子の戦勲の無いことに憤って、
小富 自ら身を滅ぼすとあるこの書状、
澤 何とも無残な
二人 心じゃあないか。
感じ入ったように小富大尉、與四郎を介抱する。
與四郎 さてこの上は、我が父の無念を晴らすのはこの戦でと、心は勇み馬の手綱を緩めて駆け出したく思いはしたが、思うに任せぬは軍の規律。胸を叩き心を静めても、時機を窺う間はあぶみに拍車を置くこともできぬもどかしさ。鞍ごしに背伸びして屹と向うを見渡すと、何とそこに撃ち出でてきた数千の敵兵。向うの山陰には、旗手が旗を雲かとなびかせている。スハ突貫の号令かと聞いて忽ち馬躍らして敵を微塵と進んで行ったが、目指すはただ一人、敵の大将。ままよと乗り込み馬蹄の塵と雑兵らを蹴散らすが、もとよりそれらに用はなく、縛る軍律今はないと、一人脇手に乗り反らして駆け出したのは、逃げ足速い敵の大将を討ち漏らすものかという一心から。駆け抜けて迎え討たんと雪蹴り立てて、必死に馬追って敵陣に割り入ったが、そこは硝煙叢雲むらくものごとく立ち昇り、馬撃たれて為す術失ってしまった。その時挙がった勝鬨かちどきは確かに我が軍のもの。この機を逸してなるものかと、敵の大将いずこと必死に走り回ったが、辺り一面、硝煙の雲や雪煙。逃げる敵を追って斬りつけた相手に自分も手傷を負わされ、終にはいずれにも逃げられて、取り残されたのは我唯一人。雪に立つ一本の松陰でしばし息をつけば悲しいかな、戦いはすべて終わっていた。故郷のあの友と競い合うべき手柄は無い。そんな手柄もあげられず、我が父上は泥にまみれていかなる最後を遂げられたであろう。幼くして母とは死に別れ、父上は、たとえ貧しく我が家畠売り払うことになろうとも、お前の修行の学資となるなら厭わぬと日頃から諭してくだされておったのに…… ああ父上、お許しくだされ。人に知られることもなく外国の雪にむくろを埋める最期を迎えることになったこと、これも国の為、君の為。ただ、エエィ愚な願いとも思われましょうが、万一我が父が生きながらえており、もし今後どなたか父を孝養くださりましたら、その御恩は決して忘れはいたしませぬ。
小富 何と哀れなその述懐。もし幸いにしてお前の父上が生きておられたならば、
澤 我々二人が引き受けて、お前に代わって父御の孝養してやるゆえ、決してこの世に心残したまうなよ。ああ、何と痛ましい最期か。お前のような者があってこそ、この皇戦みいくさは勝てるのだ。死なずともよい命であるのに、その重傷ではもう助かりはすまい。おおそうだ、與四郎、先の書状にあった平壌の戦で軍功のあった孝助とは綱山孝助のことではないか? もしそれならば、三日前の進軍中に一人隊列を離れ、河の氷を踏み砕いて凍え死んだという者がおったが、それが綱山だ。
與四郎 ああ、ならば綱山の孝助、凍った河で勇み過ぎ、それで最期を遂げたのか! では後に残った彼の母はいかにお嘆きになられるであろう。それにつけても恥ずかしくも隠しておきたいのは、この我、腑甲斐なくも戦場において自害しようとしたこと。
澤 お前のその武勇、何で隠し立てせねばならぬことがあろうか。我ら二人が申し伝えてやるが、何か言い残しておきたいことはないか。
與四郎 敵の首取らずに死なねばならぬこと口惜しくはあっても、敵といえど同じく人として父母ちちははから生を受けた者。それをあやめて今更どうこう言うことはありませぬ。嬉しい限りはお二人のご厚情。この二十四年の生涯のごうも、今こそ晴れる。ああ、嬉しいわい!
澤 かくも大功立てることなく死んでいく心情、いかほどのことか。
喬班 アイヤ待られい。我がその大功の一端ともなってやろう。この首ねて手柄とせよ。
喬班、むっくと起き上がり、泥だらけの防寒外套を脱ぎ棄てると、その下から見事にきらびやかな綾絹の衣装が現れる。
 仁義人倫によって立つ中華人のこの我だが、イヤこの壮漢の語った話を聞くにつけ、ほとほと我が身を恥じたぞ。方々音にも聞かれよ、山東の総督にして喬班といい、あざなを宏伯というのは我のこと。我、先程の戦いで脇腹に弾丸を受けたが、それはこの丈夫の銃から発されたものかと思う。中国の人間が不義の部下を率いていたと言われるのは恥ゆえに、我が今ここにいることとなった経緯は申しはせぬ。イザ壮漢よ、我が首を刎ねよ。
小富 おお芳谷、これでお前も戦勲を父に捧げることができるというものじゃ。さすが天晴な敵将の言葉。その首討てば、それこそよい土産。だが傷ましいことに、お前のその重い傷ではもうどうもできぬか。イヤ、ならばわしが代わって首打ち落せばお前が討ったのも同然。
小富、刀を抜く。
與四郎 いやいや、それはなりませぬ! 私がここに持った短剣は、その持ち主なるこの喬班が、正にこの場で自決しようとした際に小生が駆けつけもぎ取ったもの。その志に反して首を刎ねるような辱めを与えることをしましては!
小富 よし、ならば儂のこの剣で喬班の胸を刺せ! さすれば、二人が剣で差し違えたのと同じこと。
澤 敵とはいえ喬班名誉に死すか。
小富が自分の剣を手渡そうとするのを振りほどき、
與四郎 どうか喬班、よっく聞け! 汝の国の兵士どもは畜生にも例えられようが、これ元来彼らが人倫の教えを受けていないことによるのだ。我、その教えある国に生まれ、教えによって人となった者。今死に臨んで我が受けた教えを汝に伝えてやる。そもそも教えある国の者、仁義礼智信の五徳を弁えて、残虐非道の敵兵であろうとも、捕えられたものを辱めるようなことはせぬ。毫といえどそれを犯すものではないのだ。汝、親御はおるか、父はおるか、妻はおるか、子はおるか。汝囚われの身となったとはいえ、罪を犯したものではないのだ。しばらく忍べ。やがて氷も融け春も来ることであろう。ひきかえ我は消えゆく雪の原、罪に汚れてはおらずとも、融けてしまえば元はどこの誰とも分からぬよう消えていくのが身の定。これにて方々、さらば、さらば!
喬班 ああ何と深い人情の、
三人 立派な武人よ!
與四郎くずれ落ち、これを引っ張りの見得とする。遠くに軍楽が鳴るなか幕。
[#改ページ]

登場人物

芳谷與四郎 騎兵伍長、本篇の主人公。
澤 参謀少佐。
小富 騎兵大尉、與四郎の隊長。
喬班 あざなは宏伯、山東省の清国総督。
その他、清兵五名 喬班の部下達。

訳注

一、底本では、本文開始前に初出紙「早稲田文学」(明治28年(1885) 5月刊、通巻87)の記者による次の紹介文が掲載されている:
「本篇は故湖泊子が病中其の友と探題して咄嗟作せるもの。「人柱築島由来」に比ぶれば波瀾はやゝすくなきに似たれど、なき人の形見としてこゝに世間に紹介す。」(句読点、振り仮名は訳者による)
二、底本本文の後には、作者による以下の備考が付されている:
「(二十八年二月二十一日五時間急稿)」
 なお、同明治二十八年四月十二日、作者古白は本篇主人公の與四郎と同じく二十四歳にてピストル自殺で死去している。





翻訳の底本:「明治文学全集 第八十六巻 明治近代劇集「藤野古白篇」」筑摩書房
   1989(昭和64)年2月20日第5刷
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
翻訳者:藤井英男
   2016年10月28日初訳
   2016年11月5日改訳
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」(https://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)によって公開されています。
2017年2月6日作成
青空文庫収録ファイル:
このファイルは、著作権者自らの意思により、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)に収録されています。




●表記について


●図書カード