金の羽根

PIUMA-D'-ORO

ルイージ・カプアーナ Luigi Capuana

田原勝典訳




 昔あるところに、月にもお日さまにも増して美しい一人娘をお持ちの王さまとお妃さまがおりました。娘はたいそうおてんばで、宮殿中の物をひっくり返しては大騒ぎをしていました。
 気まぐれでわがままなこの娘のことを、子供のすることだとして、両親は一つも叱りませんでした。娘が何をしでかしても、二人は笑って見ているのでした。
「おやおや、何ておてんばな娘じゃ! まあまあ、何ておてんばな娘なの!」
 そんなある日、二人に、娘を甘やかした報いに涙する出来事が訪れたのです! 王さまが狩りに行こうとした時、宮殿の正門の前に、ぼろぼろの服をまといひどく腰の曲がった老婆が、杖に寄りかかって立っていました。
「どうかしましたか、ご婦人?」
「王さまに、お目通りしたく」
「私が、その王じゃが」
 老婆は、王さまに丁寧なおじぎをすると、一通の手紙を差し出して言いました。
「これは、スペイン王の筆によるもの」
 手紙には、この老婆を一晩宮殿に泊め、思いのままに過ごさせてやってほしいとあり、そしてこう続いていました。
「どこから来て、どこへ行くのかと尋ねぬこと。決して、この方の礼節を無にすることなきよう」
 王さまは、からかっているのかと思い、家臣に命じて、老婆に屋根裏の小部屋と召使いたちと同じ食卓をあてがうよう計らいました。
「ありがたや、陛下さま」老婆は、言いました。
 そして、身をすぼめて屋根裏部屋に入って行きました。
 老婆が召使いたちの食卓の隅っこで、縮こまって食事をしていると、あの王女である一人娘が、塩入れと胡椒入れを傾けてここぞとばかりにスープの中へ塩と胡椒を流し入れました。
「どんなお味かしら!」
 召使いたちは、一様に笑って言いました。
「こりゃまた、お嬢さま! あれまあ、お嬢さまったら!」
 老婆は息をするのもおぼつかないまま、スープを口にしました。自身の思いとは裏腹に。
 王さまとお妃さまは、その話を聞くと、召使いたちと同じように笑って言いました。
「おやおや、何ておてんばな娘じゃ! まあまあ、何ておてんばな娘なの!」
 老婆が食卓から立ち上がり、杖を探そうとしますが見当たりません。暖炉の中に目を向けると、そこに半ば炎の回った杖があるではありませんか。あの王女の娘っ子が、身をよじって笑いながら言いました。
「暖かいわ、こうした方がいいと思って」
 すると、召使いたちが一様に笑って言います。
「こりゃまた、お嬢さま! あれまあ、お嬢さまったら!」
 老婆は、炎の中から取り出した杖に寄りかかり、台所を去って行きました。自身の思いとは裏腹に。
 王さまとお妃さまは、その話を聞くと、召使いたちと同じように笑うのでした。
 翌朝、立ち去ろうとする老婆は、階段の踊り場で待ち構える王女を見つけました。

「お婆さん、どこから来て、どこへ行くの?
お婆さん、記念に何か置いて行かないの?」

 老婆は、不満そうにぶつぶつ言いました。

「どこへ行くか、どこから来たかは、
雨次第、風向き次第。
おまえも風に吹かれ、
雨に打たれてさまようがいい」

 老婆は、王女に杖をちょんと当てると、階段を降りて立ち去って行きました。
 その日から、王女の体重が減り始めました。やせるわけでも、体形が変わるわけでもなく、すくすくと成長しているにもかかわらず、一、二か月の内に、体がすっかり軽く感じられるようになりました。十八の年になるころには、王女は、透き通る白い肌にふさふさの金色の髪をまとった美しい女性へと成長していました。ところが、体の重さが一枚の羽根よりも軽かったので、風が少しそよいだだけでどこかに飛んで行ってしまいます。
 王さまとお妃さまの落胆は、いかばかりだったでしょう。
 宮殿では、だれかが王女を外に連れ出し、王女が風の吹くままに飛んで行ってしまわぬよう、すべての窓が閉じられました。哀れな王女は、閉じ込められることに飽き飽きし、また王さまとお妃さまも、自分の娘が人々に迷惑をかけるのを嫌ったので、二人は娘を喜ばすために、日中はいつも娘の回りに息を吹きかけては、宮殿中の回廊や大部屋で娘を漂わせながら過ごしていました。
 その遊びはたいそう王女を喜ばせ、喜々として空中に浮かんでは大声で言いました。
「吹いて、陛下! もっとよ、陛下!」
 王さまとお妃さまは、娘を高く浮き上がらせるために、何度も息を吸い込まねばなりませんでした。けれども、高く上がれば上がるほど、王女の掛け声も大きくなります。
「吹いて、陛下! もっとよ、陛下!」
 王さまもお妃さまも、一日中息を吹きかけてばかりはいられませんでしたので、そんな時は、王女は膨れっ面をして涙を流すのでした。すると、その姿を目にした哀れな両親は、すぐさま王女の元に飛んで行き、代わる代わる息を吹きかけました。するととたんに王女は機嫌を直し、手を叩いて言います。
「吹いて、陛下! もっとよ、陛下!」
 王女が天井まで浮き上がると、二人はその後に付いて回廊を走り回り、王女の勢いが衰えぬよう息を吹きかけ、吹きかけ、吹きかけ、それもこれも、他に楽しみの無い王女のことを思えばこそのこと。そして、たくさん息を吹きかけた後、二人は息を切らしながら嘆くのでした。
「哀れな娘だ、一体何の因果でこんなことに?」
 王女は、昔あの老婆が返答の中で言った言葉を思い出し、尋ねました。
「あのお婆さんは、今どこにいるの?」
「どうしたんだね、いきなり?」
「こう言われたの」

どこへ行くか、どこから来たかは、
雨次第、風向き次第。
おまえも風に吹かれ、
雨に打たれてさまようがいい。

 老婆の消息がつかめたならば、王さまは十分な宝物を与えて王女への呪いを解かせたことでしょう。ですが誰がいったい、あの魔法使いの輝く瞳のありかを知っているでしょう?
 王さまとお妃さまは、相も変わらず金の羽根を空中高く吹き上げ続けていました。黄金の髪が、まるで金を紡いだようだったので、娘はそう呼ばれていたのです。金の羽根姫にとっては、そのようにして吹き上げられて楽しむのが、もはや当たり前になっていました。おいしい食事を取って体も成長し、たいへん美しくなりましたが、体重だけはどんどん減り続け、あたかも根本に付いたおもりでバランスを保っている一枚の羽根のようでした。大きな息で高く吹き上げても、金の羽根姫はそれで満足することは無く、王さまとお妃さまが息を弱めると、言いました。
「吹いて、陛下! もっとよ、陛下!」
 王さまもお妃さまも、もうへとへとでした。二年もの間一生懸命息を吹き続けたせいで、鼻の辺りがたるんできたように思えました。けれども、金の羽根姫の求めはますます強くなり、上へ上へと登りたがります。これが唯一の気晴らしとは言え、両親は、この先ずっと息を吹きかけ続けることができるでしょうか? もし二人が亡くなってしまったら、一体誰がこんな根気のいる行いを続けられましょう? 休む暇も無くです。
 そんなおり、この王女の美しさを聞きつけたポルトガルの王から、年ごろになった王子のお嫁さんに迎えたいと、使いが送られてきました。
 困ったことになりました。もし断れば、ポルトガル王の機嫌を損ね、戦争になるやも知れません。
 王さまとお妃さまは、丸一昼夜相談した後、結婚式まで一年の期間を置くことに決めました。
 ところが、もっと困ったことには、そう決めたとたん、未来の花嫁と近づきになるため自ら会いに行きたいという王子の手紙が届いたのです。そうなれば、王女の病を明かさねばなりません。それは、両親にとって耐えられることではありませんでした。息を吹いて娘を舞い上がらせる気力も無くした両親を見つめながら、王女は言いました。
「陛下、『おまえも風に吹かれよ』というお婆さんのお告げに従います。どうか、行かせてください。これが、私の運命なのですから」
 両親は、涙を流し、悲痛な叫び声を上げました。
「行かないでおくれ、我が娘よ! 行かないでおくれ!」
 しかし王女は、かたくなに言います。
「どうか行かせて。そうすれば、幸せな未来が訪れる気がするの」
 ついにあきらめた王さまとお妃さまは、北風が強く吹くある日、娘を神輿に乗せて山の頂に運びました。そして、娘と抱き合い、祝福の言葉を贈ると、娘の身を北風にゆだねました。
 王女は、瞬く間に舞い上がり、はるかかなたに吹き飛ばされて、程なく視界から消えていきました。
 皆、涙して、王女の後を追いかけました。
 王女も悲しみましたが、しばらく風にもまれると、空高く高く移動し、これまで経験したことの無い程の速さで前に進んでいるのが分かりました。王女は気持ちが晴れて来て、下の方をあちこち眺め始めました。何と言う眺めなの! 町、山、平野、河、森、いろんな物が王女の下を過ぎ去っていきます。まるで、止まっているのは王女のほうで、眼下にある物すべてが、瞬く間に後ろに向けて飛び去っていくかのようでした。
 風が弱まると、王女は弧を描きながら落下して、雲の上に放り出されます。それでも、前へ前へと進むので、始めて見る町や山や平地、うっそうとした森やゆったりと流れる河が、目の前を過ぎ去って行くがよく分かりました。すると突然、大地の姿が消えて無くなり、見たことも無い程の水、水、水、泡立った大きな波が打ち寄せ、そのまた後に、またもや大量の水が……海です。
 風の加減で下に落ちる度、金の羽根姫はぞっとしました。一度など、大波のしぶきをまともに顔に浴び、もう駄目かと思いました。でもまた、すぐに突風にあおられて、元の気流に押し戻されると……再び、水、水、水……!
 やがて、お日さまが海に沈み、夜のとばりが降りると、真っ暗な夜の空高くに星が輝き始めました。
 王女はどんどん心細くなり、とうとう泣き出してしまいました。そして、大声で叫びます。
「ああ、お母さん! ああ、お母さん!」
 風が優しく優しく体を揺すると、次第にまぶたが重くなって意識が遠のき、まるで自分のベッドの中にいるかのように眠ってしまいました。
 一体どのくらい眠ったでことでしょう? それは、誰にも分かりませんね?
 夜が明けて、まぶたを再び開けると、緑の大地が目に飛び込んで来たので、王女はほっと胸をなでおろしました。
 地上近くを飛んでいた金の羽根姫には、田舎町の町並みまでもがよく見えました。森、道、小川、そして、人込みはまるで蟻の集団のようでした。もっと地上に近づくと、農民たちが彼女を指差し、隣の人達に話しかけるその声もが聞こえます。
「何じゃ、あれは? 性悪鳥じゃろか?」
 お日さまはすでに高く、風も穏やかになり、金の羽根姫は、まるで空中で体を揺すって楽しんでいるように見えました。
 ほどいた髪は首元から舞い上がり、風にはためく服はまるで空中をはばたく翼のようでした。
 今や地上に舞い降りようとする金の羽根姫に、どんな運命が待ち受けているでしょう。幸運、それとも不幸でしょうか?……
 その内に、だんだんお腹が空いてきました。丸一日何も食べていないどころか、一滴の水も飲んでいなかったのです。さて、空の上でどうやって食べ物を見つけられるでしょう?
 鳥の群れがやってきたので、尋ねました。
「鳥さんたち、鳥さんたち、何か口に入れるものは無いかしら。お腹が空いて、死にそうなの」
「子供たちが、巣で待っているの。これは、その子たちの食べ物よ」
 そう言って、鳥たちは飛び去って行きました。風が、金の羽根姫を空高く吹き上げました。するとそこに、雲の連なりが現れたので尋ねました。
「雲さん、りっぱな雲さん、水を少しだけいただけないかしら。のどが渇いて、死にそうなの」
「この水は、種を育てるためのもの。急がなくちゃ」
 そう言うと、雲は過ぎ去って行きました。
 夕暮れが近づいたころ、はるか遠くの下の方に、岩肌に覆われた山が見えました。その頂には、白と黒の大理石でできた、まるで一つの町のように見事な宮殿が見えます。金の羽根姫は、少し元気を取り戻して思いました。
「せめて、あそこで休むことができたなら! ああ、お母さん、もう死んでしまいそう!」
 たいそう弱り切っていた金の羽根姫は、意識が遠のき、何も見えず何も考えられなくなっていました。そして、再び意識を取り戻したのは、先程遠くに見えた宮殿のテラスの上でした。
 誰かいないかと、屋内に続く小さな階段を降りてみましたが、人の姿はありません。
 部屋部屋の壁は白い大理石で作られ、戸口の枠や柱、それに屋敷を支える円柱は、灰色がかった大理石でできています。小さなテーブル、腰かけ、ベッドや調度品も、白か灰色っぽい大理石で作られた物ばかりです。そして、なぜかそこら中に、塩とこしょうのにおいが漂っています。
 戸棚を開けてみると、ごちそうの数々、丸パンに果物、それにお菓子が姿を現し、そのどれもが白か灰色がかった大理石で作られていて、その強烈なにおいにくしゃみが出そうです。
 でも、あまりにお腹が空いていた王女は、その作り物のごちそうを一つ取って、口元まで運びました。驚いたことに、それらはすべて、塩とこしょうでできていました。その時、金の羽根姫は、この宮殿全体が、よく磨かれた岩塩と、練ってこちこちに固められたこしょうの塊でできていることに気付きました。まるで本物の大理石そっくりです。
 金の羽根姫は、幼い頃、あのおばあさんのスープに塩とこしょうを流し入れたことを思い出して、言いました。
「おばあさん、あなたのお城なのね。だから、私をこんな目に」
 そして、泣きながら大声で言いました
「おばあさん、ああ、おばあさん! 何か食べさせて、おばあさん!」
 すると遠くの方から、やっと聞こえる程のかすかな声しました。
「そこに、いっぱいあるだろう。たんと味わうがいいさ!」
 お腹が空いてしかたがなかった金の羽根姫は、丸パンとりんごを手に取り、恐る恐るかじってみました。確かに、パンとりんごの味はするのですが、塩とこしょうがたっぷりと混ざっています!
 金の羽根姫は、泣きながら大声で言いました
「おばあさん、ああ、おばあさん! 何か飲ませて、おばあさん!」
 するとまた、遠くの方から、やっと聞こえる程のかすかな声がしました。
「そこに、いっぱいあるだろう。たんと味わうがいいさ!」
 瓶を一本手に取りコップに注ぐと、水は濁っていました。けれども、のどが渇いたてまらなかった金の羽根姫は、構わず一気にそれを飲み干しました。何てこと! それもまた、塩とこしょうのたんまり入った水だったのです。
 こうして幾日かの間、金の羽根姫は、広い宮殿の中で人っ子一人出会うことなく過ごしたのでした。庭の木々や、花や草までもが、塩とこしょうでできていました。金の羽根姫は、何度も何度もくしゃみが出て、涙が止まりませんでした。
 さて国では、ついにポルトガルの王子が王女との接見に訪れていました。
 王さまとお妃さまは、とめどなく涙を流しながら話すのでした。
「王女は、風に吹かれて飛んで行ってしまったのです!」
 最初はからかっているのかと思った王子でしたが、その後、金の羽根姫の身の上を聞くと言いました。
「王女を、探しにまいります」
「一体、どこまで行くというのです?」
「地の果てまでも。必ずや、王女さまを探し出してみせます」
 王子は馬に乗ると、たった一人っきりであらゆる所を尋ね歩きました。
「お聞きしますが、風に吹かれて空を飛ぶ美しい娘を見ませんでしたか?」
 大方の者は、王子のことを気がおかしな人だと思い、相手にしませんでした。
「教えてください、風に吹かれて空を飛ぶ美しい娘を見ませんでしたか?」
「ああ見たよ。飛んで、飛んで、まるで性悪鳥のようじゃった」
「それで、どっちの方へ?」
「真っすぐに、前へ前へ」
 王子は、馬を駆って進みました。すると、また別の住人たちに会ったので聞きました。
「お尋ねしますが、風に吹かれて空を飛ぶ美しい娘を見ませんでしたか?」
「ああ見たよ。飛んで、飛んで、まるで性悪鳥のようじゃった。それから、風に吹き上げられて、雲の合間に消えて行ったよ」
 それを聞いてがっかりした王子が元来た道を戻ろうとすると、目の前の茂みに、くわを持ち、白いあごひげがひざまで伸びた一人の老人の姿がありました。
「立派な騎士さん、ここで何をお探しかな?」
「金の羽根姫という王女を探しております。風に吹かれて飛んで行ってしまったのです。この辺りを飛んで行きはしませんでしたか?」
「鳥たちに食べ物を、雲たちに飲み物をねだったようでしたが、雲も鳥も何も与えず去って行きました。歩めば達し、追えば必ずかなう。励むことです、立派な騎士さん」
「ところで、あなたはどなたですか?」
「哀れな老人です。そこにある根株を掘ろうと思うのですが、力が無くて掘れません」
「くわをお貸しなさい。私が掘って差し上げましょう」
 王子は、馬を降りて掘り始めました。
 掘っても、掘っても、いくら掘っても、根株は土の下から出て来ませんでした。
「しっかり、立派な騎士さん! 追えば必ずかないます」
 老人の励ましのかい無く、根株は土に埋もれたまま抜けません。
 王子は、汗まみれになり、腕の力も衰えてきました。
「しっかり、立派な騎士さん! 追えば必ず…… ありがたや! 抜けたぞ!」
 そう叫ぶと老人は、土まみれの根株に手を伸ばしました。
「この笛を、お持ちなさい」老人は、続けて言いました。「何か願い事がある時に、これを吹くといい。くれぐれも、無くさないように。この世に、二つと無い宝物じゃからな」
 王子はお礼を言うと、再び馬に乗って旅を続けました。
「王女を探し出せる者さえ、いてくれたなら!」王子は、思いを巡らします。
 そして、ポケットの笛をつかみ出すと、一か八か叫んでみました。
「わしよ、わしよ。使いとなり、我が命に従え!」
 笛を吹くと、そこに大きな両の翼を広げたわしが、空から舞い降りて来たではありませんか。
「わしの使いよ。飛び立って、我が王女の知らせを持ち帰れ。我、ここで待つ」
 わしは、すぐに地上を離れると、二日の間姿を見せませんでした。
 そして、三日目のこと、くちばしに一通の手紙をくわえて戻って来ました。
 それは、王女の手によって書かれたものでした。
『魔女によって、塩とこしょうの宮殿に閉じ込められています。人里離れた場所に』
 その時王子は、以前お婆さんが言い残したという言葉を思い出しました。

おまえも風に吹かれ、
雨に打たれてさまようがいい。

「そういうことか」謎が解けました。
 すぐに王子は、ポケットの笛を取り出し、
「雲よ、雲よ。我が命に従え!」
 すると、笛の音に答えるかのように、大量の雨を含んだ黒雲が、四方の空を覆いました。
「わしよ、わしよ。使いとなり、我が命に従え!」
 笛の音とともに再びわしが現れて、王子の足元に降り立ちました。
「進め進め、我がわしよ! 我を連れて行くのだ、塩とこしょうの魔女の宮殿へ。雲よ、我に付いて来い!」
 王子は、馬に乗るかのようにわしにまたがりました。わしは、翼を広げて空高く舞い上がると、王子と共に飛び去って行きました。その後ろには、もくもくと沸き起こった分厚い黒雲が、日の光を遮りながら、遅れを取るまいと続きます!
 宮殿のテラスから、向かって来る黒雲を目にした魔女は、危険を察知し、部屋に閉じ込めていた海風を解き放ちました。
 海風は、途中で黒雲と鉢合わせると、強い風でその行く手をふさぎました。争いは長く続き、わしと黒雲は、手のひらほども前に進めません。風を送り続けて疲れた海風は、最後の力を振り絞って、さらなる風を吹き付けます。
「持ちこたえよ」そう言うと、王子はポケットの笛を引き抜き、
「北風よ、北風よ。我が命に従え!」
 笛の音が響くやいなや、激しい北風が背後から吹き寄せて、ものすごい勢いでわしと黒雲を前えと押しやりました。気が付くと、皆あの魔女の塩とこしょうの宮殿まで吹き飛ばされていました。
「風よ、治まれ。雲よ、雨を放て!」
 王子が再び笛を吹くと、いくつもの蛇口を一気にひねったかのように、突然大雨が降り出しました。雨は、塩とこしょうの宮殿を溶かしながら流れ下り、山ひだの渓谷を濁流となって海へと進んで行きます。
 雨は、七日七晩降り続き、魔女の宮殿を跡形も無く押し流しました。

「おまえも風に吹かれ、
雨に打たれてさまようがいい」

 そう言い残すと、岩にしがみつく王女を残して、魔女は姿を消しました。
 王子はわしの背に乗り、金の羽根姫を抱き上げようとしました。ですが、どうしたことでしょう! 来る日も来る日も塩とこしょうを口にしたせいで、王女の体は元の重さに戻ってしまい、わしには二人分の重さを背負って運ぶ力がありません。
「頼む。わしよ、耐えてくれ」
 地上に降り立ったわしは、やっとのことで重荷から解放されました。
 王女は、うれしさのあまり何も言葉にできませんでした。王子の方は、その間にポケットから笛を取り出して、
「装備した馬よ、現れよ。我が命である!」
 笛を吹くと、馬具を着けた二頭のみごとな馬が地面からはい上がり、二人の前でひづめをかきました。
 王子が笛をポケットにしまいかけると、そこに再びあの、笛を王子にくれた、白いあごひげがひざまでかかった老人が姿を現して言いました。
「王子よ、その笛はもうあなたの役には立たないので、お返しください。神さまが、あなた方を家まで送ってくださいましょう」
 王子は、どうにもその笛を手放す気になれませんでした。こんなに、役に立つものを!
「試してごらんなさい」老人が、言い添えました。「あなたの手の中では、笛はもう鳴りはいたしません」
 そのとおり、笛はもう音を出しませんでした。王子は、老人に笛を返すと言いました。
「改めてお礼を申します、ご老人」
 それから一月の間、王子と王女は旅を続け、病気もせず無事宮殿にたどり着きました。
 二人は、盛大な結婚式を挙げて、幸せに暮らしました。ですが王女さまは、子供のころの悪行を肝に銘じるため、塩もこしょうも生涯口にしなかったということです。
 金の羽根の話は、これでおしまい。





翻訳の底本:“Piuma-d'-oro”(1894). Il Raccontafiabe. (『物語りおじさん』より)
原作者:Luigi Capuana (1839-1915)
   上記の翻訳底本は、日本国内での著作権が失効しています。
翻訳者:田原勝典
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際 ライセンス」(https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja)の下で公開されています。
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2022年12月28日作成
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