1998年2月19日
 青空文庫が動き出してから、いくつかの点で、自分が変わり始めたように思う。Windowsを使っている人の〈ぬくもり〉を、確かなものに感じるようになったのも、その一つ。現在、幕張で開かれているMacworld Expoというイベントに対する見方も、少し変化したようだ。

 私にとって電子本騒動の原点は、ハイパーカードを下敷きにした、初代のエキスパンドブックだった。ハイパーカードだから、もちろん対象はMacだ。
 続いて日本のチームが新たに書き起こした二代目エキスパンドブックも、まずはMac用のソフトとして生まれた。
 電子版初版の『パソコン創世記』は、エキスパンドブックがMacでしか作れず、Macでしか読めない時に出した。
 ボイジャーはこれらの新しい道具立てを、Macworld Expoというイベントに合わせて発表してきた。私自身も、このイベントを目標に据えて、いろいろと作業した。
 電子本発見の経緯を綴った『本の未来』は、紙で作ったから、コンピューターのイベントに合わせる必然性はない。けれど無理をして、Macworld Expo初日に出来上がりを持っていった。

 エキスパンドブックを使って自分たちの作品をまとめる、いわゆる〈横丁作家〉にとっても、Macworld Expoは大切な節目となってきた。ボイジャーが用意してくれる販売コーナーに並べるために、たくさんの人が、2月のこのイベントを目指して新作を仕上げてくる。
 インターネット上のエキスパンドブック書店、CyberBook Centerの古野さんは、去年今年と期間中仕事を休んで上京し、ボイジャーのブースに詰めて、横丁作品の販売拡張員として活躍している。(古野さんによる会場ライブレポートはこちらへ)

 エキスパンドブックをきっかけに、電子本に関心を寄せてきた人たちにとって、これまでMacworld Expoはとても大きな意味を持っていた。
 ところが一昨日、みずたまり用に書いた「Macworld Expo大宣伝」という一文を読み返しているうちに、このイベントにえらく熱を入れている自分が、少し浮いているような気がしてきた。

 青空文庫のスタート以来、たまたまWindowsを使うことになったたくさんの人たちと、繰り返し言葉を交わすようになった。
 Windows版のエキスパンドブックを使っているという、天然記念物的存在のLUNA CATさんを知り、WindowsのHelp機能を利用して、ハイパーテキスト化した作品を広く読んでもらおうとする長尾高弘さんの試みに、ほとほと感心した。HTMLによるウェッブページで作品を発表しているたくさんの人と出会い、PDFを利用する入谷芳彰さんの試みを、文庫に迎えた。
 たまたまMacを使うようになった私は、エキスパンドブックをきっかけとして、もう一つの〈本のあり方〉に思いを馳せるようになった。
 そこから、インターネットに出合い、ネットエキスパンドブックという橋が架かるのを見て、青空文庫を思い描いた。
 けれど、自分たちの作品をインターネットで読み手に届けようという発想は、Macで花開いたエキスパンドブックの独占物ではない。
 ウェッブページを作ろうとする意欲、WindowsのHelp機能を使おうとする奇想天外な発想、PDFを使って美しいプリントアウトを届けようとする選択のいずれも、根においては一つだ。
 そんな当たり前のことを、理屈ではなく寄せた肌の温もりとして、私もようやく感じるようになった。

 Macworld Expoが、つまらなくなったというのではない。
 けれどもう少し広い世界に、私自身は抜けたように重う。
 Expoは私にとって、より広い世界で起きる出来事の一つになった。(倫)



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