あすは、明日は、

トゥルゲニエフ Ivan Tourguenieff

上田敏訳




 いかに、わが世の、あだなるや、くうなるや、うつろなるや。げに、人間のあとかたの覺束おぼつかなくて、數少なき。いたづらなるは月日なり。
 しかも萬人は生を惜む。いたく、性命を尊みて、これより、我より、當來より、なに物か、えまほしく、求めてやまず……あゝ、人は、當來に、豐なるたまものを望む。
 さはれ、なじかは、思はざる、當來また過去に似たらむを。
 げに、思はざるなり。考ふるを好まざるなり。此事眞に善し。
『さて、あすは、明日は!』人みな、この『あすは』をもて、自ら慰め、終におくつきの道に降らむ。
 而して、ひとたび、墳塋おくつきのうちに入らば、人の思はおのづからまむ。





底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「明星 三ノ二」
   1902(明治35)年8月
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2013年1月9日作成
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