アヒルの庭で

ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

矢崎源九郎訳




 ポルトガルから、一羽いちわのアヒルがやってきました。もっとも、スペインからきたんだ、という人もありましたがね。でも、そんなことは、どっちでもいいのです。ともかく、そのアヒルは、ポルトガルしゅと呼ばれました。卵を生みましたが、やがて殺されて、料理されました。これが、そのアヒルの一生でした。
 その卵から生れてきたものは、みんな、ポルトガル種と呼ばれました。ポルトガル種と言われるだけで、もうかなり重要なことなのです。
 さて、この一家の中で、今このアヒルの庭にのこっているのは、たった一羽きりでした。ここは、アヒルの庭とはいっても、ニワトリたちもはいってきますし、オンドリなどは、いばりくさって歩きまわっていました。
「あのけたたましい鳴き声を聞くと、気分がわるくなってしまうわ」と、ポルトガル種のおくさんは言いました。「でも、見たところはきれいね。それは、うそとはいえないわ。アヒルじゃないけどもさ。もうすこし、自分をおさえりゃいいのに。だけど、自分をおさえるってことは、むずかしいことだから、高い教養がなくちゃできないわ。
 でも、おとなりの庭の、ボダイジュにとまっている、歌うたいの小鳥さんたちには、それがあるわ。あのかわいらしい歌いかたといったら! あの歌の中には、なにかしら、しみじみとした調子があるわ。あれこそ、ポルトガル調よ! ああいう歌をうたう小鳥が、一羽でも、わたしの子供になってくれたら、わたしはやさしい、親切なおかあさんになってやるわ。だって、そういう性質は、わたしの血の中に、このポルトガル種の血の中にあるんですもの」
 こんなふうに、ポルトガル奥さんが、おしゃべりをしていると、その歌をうたう小鳥が落ちてきました。小鳥は、屋根の上から、まっさかさまに落ちてきました。ネコに、うしろからおそわれたのです。でも、羽を一枚折られただけで、げだすことができたのです。そうして、このアヒルの庭の中へ、落ちてきたのでした。
「そりゃあ、あのならず者の、ネコらしいやりかただよ」と、ポルトガル奥さんは言いました。「あいつは、わたしの子どもたちが生きていたときから、ああいうふうなんだよ。あんなやつが、大きな顔をして、屋根の上を歩きまわっていられるんだからねえ! ポルトガルなら、こんなことはないと思うわ」
 そして、その歌うたいの小鳥を、かわいそうに思いました。ポルトガル種でない、ほかのアヒルたちも、同じようにかわいそうに思いました。
「かわいそうにねえ」と、ほかのアヒルたちが、あとからあとからやってきては、言いました。
「わたしたちは、自分で歌をうたうことはできないけれど」と、みんなは言いました。「でも、からだの中に、歌の下地というようなものを持っているわ。わたしたちは、それを口に出して言いはしないけど、みんなそう感じてはいるのよ」
「それじゃ、わたしが言いましょう」と、ポルトガル奥さんは言いました。「わたしはね、この小鳥のために、なにかしてやりたいんですよ。それが、わたしたちの義務なんですもの」
 こう言うと、ポルトガル奥さんは、水桶みずおけの中にはいって、水をピシャピシャはねかしました。おかげで、歌をうたう小鳥は、頭から水をかぶって、もうすこしで、おぼれそうになりました。けれども、それは、親切な気持からしたことでした。
「これは、親切な行いというものよ」と、ポルトガル奥さんは言いました。「ほかのかたも、まねをなさるといいわ」
「ピー、ピー」と、小鳥は鳴きました。羽根が一枚折れているので、からだを、ぶるっとふるわすことはできませんでした。でも、親切な気持から、水をかけられたのだということは、よくわかりました。「奥さんは、ほんとにおやさしいかたですね」と、小鳥は言いましたが、もう、水をあびるのは、たくさんでした。
「わたしは、自分の気持なんて、考えてみたこともないわ」と、ポルトガル奥さんは言いました。「だけど、わたしは、どんな生き物をも愛しているわ。それは、自分でもよく知っていてよ。でも、ネコだけはべつ。わたしに、ネコを愛せと言ったって、それはだめだわ。だって、あいつは、わたしの家族のものを、二羽も食べてしまったんですもの。
 ところで、おまえさん、自分の家にいるつもりで、らくになさいね。すぐ、なれるわよ。わたし自身は、外国生れなのよ。そりゃあ、おまえさんだって、わたしの身のこなしや、羽のぐあいを見れば、おわかりだろうけどね。わたしの夫は、ここの土地のもので、わたしと同じ血すじじゃないの。だからといって、わたしは、いばったりはしないけど。――もし、ここで、おまえさんの気持をわかってくれるものがあるとしたら、それは、わたしのほかにはいないことよ」
「あの奥さんの頭の中には、ほらき貝がはいってるのさ!」と、ふつうの、若いアヒルが言いました。このアヒルは、とんち者だったのです。ほかの、ふつうのアヒルたちは、「ほら吹き貝ポルトラク」という音が、「ポルトガル」に似ているので、それを、たいそうおもしろがりました。そこで、みんなは、しっこをして、ガー、ガー、このひとは、ほんとにとんちがあるよ、と言いました。それからは、みんなは、歌をうたう小鳥と、仲よしになりました。
「ポルトガル奥さんは、まったく話がうまいんだよ」と、みんなは言いました。「わたしたちのくちばしには、大げさな言葉はないけども、同情する気持においては、負けやしないよ。わたしたちは、あんたのために、なんにもしていないときは、だまっていることにしているんだよ。それが、いちばんいいことだと、わたしたちは思っているんだもの」
「おまえさんは、いい声をしておいでだね」と、みんなの中で、いちばん年とったアヒルが言いました。「おまえさんのように、ずいぶん大ぜいのひとたちを、よろこばせていたら、さぞかし、自分も楽しいだろうね。わたしにゃ、そんなことは、とってもできないよ。だから、わたしは、だまっているのさ。ほかのものが、ばかばかしいことを、おまえさんに言ってきかせるよりは、そのほうが、よっぽどましさ」
「その子を、いじめないでちょうだい」と、ポルトガル奥さんが言いました。「休ませて、看護してやらなくちゃならないのよ。ねえ、歌をうたう小鳥さん、もう一度水をあびせてあげましょうか?」
「いえ、いえ、それよりも、どうか、かわくようにさせてください!」と、小鳥はたのみました。
「水あびする、なおしかただけが、わたしにはきくんだけどね」と、ポルトガル奥さんは言いました。「気ばらしも、いいものよ。もうすぐ、おとなりのニワトリさんたちが、お客に来るわ。その中には、回教どれいとおつきあいしていた、中国のメンドリさんも、二羽いるわ。あのひとたちは、たいそう教育もあるし、それに、よその国からきたひとたちだから、つい、わたしは、尊敬したくなってしまうのよ」
 やがて、そのメンドリたちが、やってきました。オンドリも、やってきました。オンドリは、きょうは、失礼なふるまいをしないように、たいそうぎょうぎよくしていました。
「きみは、ほんものの歌をうたう小鳥だね」と、オンドリは言いました。「そしてきみは、そのかわいらしい声で、そのかわいらしい声にふさわしいことを、なんでもやっているんだね。しかし、男性であることを、ひとに聞いてもらうのには、もっと機関車のような力を、持たなくちゃだめだね」
 二羽の中国のニワトリは、歌うたいの小鳥をひとめ見ると、すっかり夢中むちゅうになってしまいました。小鳥は、水をあびたために、羽がくしゃくしゃになっていました。そのようすが、なんとなく、中国のひよこに似ているように思われました。
「まあ、かわいらしいこと!」と、ニワトリたちは言って、小鳥と仲よしになりました。そして、ひそひそ声で、上流の中国人たちの話す言葉をつかって、チーチーおしゃべりをはじめました。
「わたしたちは、あなたとおんなじ種類なのよ。あのポルトガル奥さんにしたってそうだけど、アヒルさんたちは、みんな水鳥なのよ。あなただって、もう気がついているでしょう。わたしたちのことは、あなたは、まだ知らないわね。もっとも、わたしたちのことを知ってるものが、いったい、どのくらいあるでしょう! そうでなくても、知ろうとつとめるものが、どのくらいあるでしょう! ひとりも、いやしないわ。メンドリたちの中にだって、そんなひとはいないわ。わたしたちは、たいていのニワトリよりも、高い横木にとまるように、生れついているんだけどねえ。――
 そんなことは、どっちだっていいわ。わたしたちは、ほかのひとたちのあいだにまじって、自分たちの静かな道を進んで行くのよ。ほかのひとたちは、わたしたちとは、考えがちがうわ。だけど、わたしたちは、いいほうばかりを見て、いいことだけを話しあうようにしているの。そうは言っても、なんにもないところに、なにかを見つけることは、できっこないけどね。
 わたしたち二羽と、オンドリさんのほかには、才能があって、しかも正直なひとなんて、わたしたちのトリ小屋には、だれもいなくってよ! このアヒルの庭には、そんなひとは、ひとりもいやしないわ。
 ねえ、歌うたいの小鳥さん。あなたに忠告しておくけど、あそこにいる、しっぽなしさんを信用しちゃいけないわよ。あのひとったら、ずるいんだから。それから、あそこの、羽に、ゆがんだ点々のある、まだらさんはね、ものすごいりくつやで、おまけに負けん気なのよ。それでいて、言うことは、いつもまちがいだらけだわ。――
 あのでぶっちょのアヒルさんは、なんについてもわるく言うのよ。わたしたちの性質は、そういうのとはまるっきり反対よ。いいことが言えないんなら、だまっているべきだと思うわ。ポルトガル奥さんだけがすこしは教養もあって、つきあってもいいひとなのよ。だけど、あのひとは、すぐにかっとなりやすいし、それに、ポルトガルのことばっかし話しているんですもの」
「あの中国のニワトリさんたちは、ずいぶんひそひそ話をしているねえ」と、アヒルの夫婦ふうふが言いました。「まったく、うんざりするよ。わたしたちなんか、あのひとたちと、まだ一度も話したことはないけど」
 そこへ、おすのアヒルが、やってきました。そして、歌をうたう小鳥を見ると、スズメだと思いこんでしまいました。
「うん、区別ができんね」と、おすのアヒルは言いました。「とにかく、どっちにしても、おんなじことさ。つまりは、おもちゃみたいなものだよ。そして、おもちゃは、やっぱり、おもちゃなのさ」
「あのひとの言うことなんか、気にしないでいらっしゃい!」と、ポルトガル奥さんがささやきました。「あれで、仕事にかけちゃ、なかなか感心なひとなのよ。なにしろ、仕事をいちばんだいじにしているんだからね。さてと、わたしは、ひと休みするとしよう。わたしたちは、まるまるふとらなくちゃならないんだからね。そうすりゃ、死んでからリンゴとスモモをつめて、ミイラにしてもらえるのよ」
 こう言うと、ポルトガル奥さんは、日なたにころんで、かたほうの目をパチパチやりました。寝ごこちはたいへんよく、気分もたいへんよく、そのうえ、たいへんよくねむれました。歌をうたう小鳥は、折れたつばさをそろえると、自分をまもってくれる、奥さんのそばにすりよって、寝ました。お日さまは、暖かく、キラキラとかがやいていました。そこは、ほんとうにすてきな場所でした。
 おとなりのニワトリたちは、そのへんを歩きまわっては、地面をひっかいていました。このニワトリたちは、ほんとうは、ただえさがほしくて、ここへやってきていたのです。そのうちに、中国のニワトリが、まず出ていき、つづいて、ほかのニワトリたちも出ていきました。あのとんち者の、若いアヒルは、ポルトガル奥さんのことを、あのおばあさんは、もうすぐ、また「アヒルっ子」になるぜ、と言いました。すると、ほかのアヒルたちが、おもしろがって、ガー、ガー、さわぎたてました。
「アヒルっ子か! あいつは、まったくとんち者だよ」
 それから、みんなは、また前のじょうだんの、「ほら吹き貝」をくりかえしました。そのようすは、ほんとにおもしろそうでした。それから、アヒルたちは、寝ころがりました。
 みんなは、しばらくのあいだ、じっとしていました。と、とつぜん、なにか食べ物が、アヒルの庭に投げこまれました。バチャッ、と音がしました。すると、いままで眠っていた連中が、みんないっせいにはね起きて、羽をバタバタやりました。ポルトガル奥さんも、目をさまして、ころげまわりました。そのひょうしに、歌をうたう小鳥のからだを、いやというほど、ふみつけました。
「ピー、ピー!」と、小鳥は鳴きました。「いたいじゃありませんか、奥さん」
「なんだって、通り道なんかに、寝ているのさ!」と、奥さんは言いました。「そんなに神経質じゃだめだよ! わたしだって、神経はあるよ。でも、わたしは、一度だってピーなんて鳴いたことはないよ」
「おこらないでください」と、小鳥は言いました。「ピーって、つい、くちばしから出ちゃったんです」
 ポルトガル奥さんは、もう、そんなことは聞いてもいませんでした。いそいで食べ物のほうへかけて行って、おいしいごちそうをひろいました。奥さんが食べおわって、また横になったとき、歌うたいの小鳥がそばへやってきました。そして、かわいらしいと言われるように、いっしょうけんめい歌をうたいました。

ピー ピー ピー!
あなたの心のやさしさを、
大空高く飛びながら、
いつもわたしはうたいます。

「わたしはね、これから、食後のひと休みをするところなんだよ」と、奥さんは言いました。「おまえも、ここの習慣をおぼえなけりゃいけないよ。さあ、わたしは、ひと眠りしよう」
 歌うたいの小鳥は、すっかりびっくりしてしまいました。だって、自分では、すごくいいことをしたつもりでいたんですもの。しばらくして、奥さんが目をさますと、小鳥は、自分で見つけてきた、小さなムギのつぶをくわえて、立っています。そして、それを、奥さんの前に置きました。ところが、奥さんは、まだたっぷり、寝ていなかったものですから、気分がいらいらしていました。
「そんなものは、ひよっこにでも、やったらいいじゃないの」と、奥さんは言いました。「そんなところにつっ立って、わたしのじゃまをしないでおくれ」
「奥さんは、ぼくをおこっているんですね」と、小鳥は言いました。「ぼく、なにかしたんでしょうか?」
「したって!」と、ポルトガル奥さんは言いました。「そういう言いかたは、じょうひんじゃないよ。気をつけるんだね」
「きのうは、ここには、お日さまが照っていたのに」と、小鳥が言いました。「きょうは、灰色にくもっている。ぼくは、悲しくてたまんない」
「おまえは、時のかぞえかたも知らないんだね」と、ポルトガル奥さんは言いました。「まだ、一日たっちゃいないんだよ。そんなまぬけな顔をして、つっ立ってるもんじゃないよ」
「奥さんが、そんなにおこって、こわい目つきで、ぼくをにらむところは、ぼくがこの庭の中へ落っこちたときに、にらんだ目つきにそっくりですよ」
「はじ知らず!」と、ポルトガル奥さんは言いました。「おまえは、このわたしを、あのけだもののネコとくらべる気かい! わたしのからだの中にはね、わるい血なんか、一てきも、ありゃしないんだよ。わたしは、おまえをひきとったんだから、おぎょうぎも、ちゃんと教えてやらなくちゃならないんだよ」
 こう言うと、奥さんは、小鳥の頭をつっつきました。小鳥はたおれて、死んでしまいました。
「おやまあ、どうしたんだろう!」と、ポルトガル奥さんは言いました。「これっぱかしのことで、死んでしまうなんて! ほんとに、こんなことじゃ、この世の中には、むかないわね。わたしは、この小鳥にとっては、母親のようなものだった。それは、わたしも知っているわ。だって、わたしには、こころというものがあるんですもの」
 そのとき、おとなりのオンドリが、アヒルの庭の中に頭をつっこんで、機関車のような力で鳴きました。
「あなたの、その鳴き声を聞くと、命がちぢまるような思いがしますよ」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「こんなことになったのも、みんな、あなたのせいなんですよ。この子は、気をうしなってしまったんです。わたしだって、もうすこしで、そうなりそうでしたよ」
「そんなのがたおれたって、たいして場所を取りはしないさ」と、オンドリは言いました。
「もっと、ていねいな言いかたをしてください」と、ポルトガル奥さんは言いました。「この子は、声を持っていました! 歌を持っていました! 高い教養も、持っていました! そして、やさしくって、かわいらしい子でしたよ。こういうことは、動物にも、人間と呼ばれるものにも、ふさわしいことですわ」
 まもなく、アヒルたちが、一羽のこらず死んだ小鳥のまわりに、集まってきました。アヒルたちは、はげしい情熱を持っています。いつも、ねたみか、同情かの、どちらかを、持っているのです。今、ここには、べつに、ねたむようなことは何もありませんので、みんなは、同情の気持をいだきました。あの、二羽の中国のニワトリたちも、やっぱりそうでした。
「こんなかわいい歌うたいの鳥は、もう二度と、わたしたちの仲間になることはないわ。この子は、まるで、中国のニワトリのようだったわ」
 こう言って、二羽とも、泣きました。そして、クックッと言いました。すると、ほかのニワトリたちも、みんな、クックッと言いました。けれども、アヒルたちは、目をまっかにして、歩きまわっていました。
「わたしたちは、こころを持っている」と、みんなは言いました。「それは、だれも、うそだとは言えない」
「こころ!」と、ポルトガル奥さんは言いました。「そうよ、わたしたちは、こころを持っているわ。――ちょうど、ポルトガルで持っているのと、同じくらいに」
「さあ、なにか食べ物でもひろうことを、考えようじゃないか」と、おすのアヒルが言いました。「そのほうが、ずっとだいじだからな。おもちゃの一つぐらい、こわれたって、そんなものは、まだいくらでもあるさ」





底本:「人魚の姫 アンデルセン童話集※(ローマ数字1、1-13-21)」新潮文庫、新潮社
   1967(昭和42)年12月10日発行
   1989(平成元)年11月15日34刷改版
   2011(平成23)年9月5日48刷
入力:チエコ
校正:木下聡
2021年2月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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