質物

徳田秋聲




 或る日捨三は或るところから届いた原稿料を懐ろにして、栄子の宿を訪問した。訪問といつても、彼に取つてはその宿の帳場の前を通つて行くことが、ちよつと極りのわるいことであつたゞけで、此の頃さう改まつた心持ではなくなつた。勿論最近まで、彼は栄子を訪問したことは、絶体になかつた。若し栄子を訪問するに適当な年輩であつたら、彼も或ひはこの三年間のあひだに、一度や二度くらゐは彼女を訪問したかもしれなかつた。しかし長いあひだ割合に頻繁に彼女の訪問を受けてゐる捨三が、その時々にあやしく変つて行く運命と共に、兎角揺られがちな彼女の弱い心から出る訴へを、可なり利己的な立場から、同情ある慰めの言葉で受けてゐたに過ぎなかつたくらゐなので、彼女を訪問しやうと思つたことは、嘗てなかつたと言つてもいゝのであつた。それは一つは捨三が妻に対して秘密をもてない性分であつたと同時に、少しでも他の女に心が動くやうに思はれるのが、迚も気恥かしいことでもあつたからであつた。それでも一度栄子の宿へ行く約束をしたことがあつた。それはその頃書いてゐた新聞の小説のヒロインが活動の女優であつたところから、女優生活の雰囲気を知る必要から、H――女優を訪問して話を聞かうと思つたのであつたが、最近その女優に栄子が逢つて来て家を知つてゐるので、一緒に行かうと言ふ約束をしたのであつた。
 H――女優は、捨三も以前よく知つてゐた。作品をもつて来たこともあつたし、舞台姿を見たこともあつた。無精な捨三は作品を預かりながらも、何一つ彼女のために心を労したこともなくて、ふとした第三者――それも捨三の極親しい親類の青年が、捨三と一緒に招待されて見たH――女優の舞台振だけなら未だいゝが、顔の印象について侮辱的な批評を書いたところから、極りわるかつたのか、怒つたのか、それきり捨三の家へは来なくなつてしまつた。栄子は田舎における結婚生活が破滅に陥つた時、良人の勧めで映画界に入らうとした時、その社会でも頭脳のしつかりしてゐるH――子を訪ねて、撮影所の裏面や、女優の生活を聴かされ、親切な助言を与へられたことがあるので、H――子に感謝してゐた。勿論栄子は撮影所へ入ることを、悉皆すつかり諦らめてしまつた。そして其から間もなく彼女は今迄の家庭生活を失ふと同時に、実生活の真中へ投り出されてしまつた。
 捨三は独りではちよつと極りがわるいので、栄子と一緒にH――子を訪問しようかと思つて、その意味を洩すと栄子もそれを悦んで日まで約束したのであつたが、彼は矢張り気が差した。栄子の生活雰囲気が悉皆かはつて、若い人達によつて取捲かれてゐるやうにも思はれたし、新しい恋人でも出来てゐるかのやうに思はれたので、つい遠慮するやうになつてしまつた。それに其日は雪が降つたりした。
「××に栄子と一緒にH――子を訪ねる約束をしたんだが……。」捨三は時々妻の前に洩してゐたが、妻の表情がそれを阻むやうに見えたことも、彼を躊躇させた一つの原因であつた。
 それから暫くして、栄子の感傷癖から書かれた手紙を受取つたが、わざ/\瀬戸の火鉢などを買つて待たれてゐたことは、この頃になつて漸と栄子の口から聴いたことであつた。栄子のために、その火鉢を買つてくれたのも、彼女に尤も好い意味の好意をもつてゐた文壇の或る大家であつたことも最近知つたことであつた。
 やがて世間へ公けにされた彼女の作品によつて、彼女に憧憬の情を寄せた或る美術家との同栖生活が、惨めな最後を遂げてから、長いあひだ慈母の許へ帰つて、生死の苦しみを苦しんでゐたあひだに、結婚問題について一度東京へ出たことがあつた。それは土地の資産家で、栄子の理解者なので、偶には東京へも出てこられるし、読んだり書いたりするだけの自由も与へてくれる筈だといふのであつた。
「結婚した方がいゝでせうね。貴女なぞが東京にゐれば益々苦しむばかりだから。」捨三は勧めた。
 栄子はしかしさうなると気の進まないことを訴へた。捨三にもその気持がよく解るやうに思へた。彼女は今迄にない自由さで、それを語るのであつたが、美術家T――氏との同栖時代に失はれてゐた健康や、表情の暗やかさが、半歳ばかりの田舎生活ですつかり恢復されてゐた。それは何時の頃であつたらうか、季節には珍らしい花の大きな植込みなぞを持込んで来た。妹をつれて来たのも、その頃であつた。前の良人と一緒に、子供を一人つれて、初めて捨三の書斎に現はれた時分の派手でふくよかな美しさを捨三は久しぶりで彼女に発見した。心の悩みのほゞ癒えてゐることも想像された。
 捨三はしかし、田舎へ帰る前に、もう一度話を聴きたいやうな気がした。
「今度はいつ帰るんです。」
「明日帰らうと思ひます。」
「どこにゐるんです。」
「つひ御近所なんですけれど……。」
「私も一度おたづねしませう。」
「え、何うぞ。先生なぞのおいでになるやうなところぢやございませんけれど、何時でも是非。」
 しかし捨三は矢張り誰か来るんぢやないかと云ふ気がした。栄子は極力それを否定した。
「今度先生に結婚の御相談に上つたんですの。先生が行けと仰やれば行かうと思つてあつたんですけれど……。」
 立つたといふ前晩に、捨三は自分が行くかはりに土産ものをもたせて、妻をやつた。そして其れきりであつた。
 帰つてからの手紙には、用心ぶかい捨三も返辞を書かずにはゐられないほど、環境と妥協しがたい彼女の悩みが入染出にじみでてゐた。捨三の卓子のうへには彼女がおいて行つた植込みの草花が今を盛りと咲き乱れてゐた。それはちやうど来る度に残して行く彼女の雰囲気の象徴のやうな感じで、彼に淡い魅惑に浸らせるのであつた。

 その栄子の宿へ、彼はこの頃時々入りこむやうになつた。栄子は捨三の亡き妻の初七日に漸く間に合ふ頃に、再び田舎から出て来て、元の宿の奥まつた一室に閉籠つて、美術家のT――氏と同栖生活をするまでの径路や、その同栖生活が破滅に陥つて、到頭また田舎へ帰つて行くより外なかつた不幸な運命について、彼女自身の悩みと立場を明らかにすると共に、その刹那々々を生命の限り思ひ詰めて生きて来た、懐かしい愛の思出を筆にしようと思つて、熱心に創作の筆を進めてゐた。
 原稿紙やノートや、手紙や食料品などの散らかつた、彼女の部屋が今は捨三には昔し若いをり女の部屋で過したことのある放縦な生活を思ひ出させるやうに、親しいものとなつてしまつた。彼はこの頃栄子から得た材料で書きはじめた作品中に出る女学生などの会話を、大分彼女の助けによつて書くことが出来たので、その稿料を彼女に与へたく思つた。勿論栄子は栄子の傍へ来て執筆してゐた彼と、彼の家庭や子供たちを幸福にするために、もう可なりな金を使つてゐた。
 捨三が入つて行くと、栄子はまだ寝てゐたが、机の前の羽二重友禅の蒲団へ来て坐る彼を見て、※然につこり[#「口+焉」、U+5615、250-上-5]して白い手を差伸べた。
「ごめんなさいね、こんなに寝坊をして。今起きますわ。」
「いや、寝てゐてもいゝ。」
 栄子はやがて起出した。そして寝衣姿で火鉢の傍へ寄つて来た。
「私汚ないでせう。こんな頭髪して……。」栄子はさう言ひながら、本箱の蔭にある鏡台の前へ行つて、ちよつと顔を直して来た。
 捨三は大きな札を一枚出した。
「もつと上げてもいゝんだけれど。づゐぶん飲食ひをしたからね。」
「何うして、そんなことを仰やるの、それは何あに。私そんなもの入りませんよ先生。」栄子は西洋映画にあるやうな、苦悶の表情をした。
「可いぢやないか。僕だつてしようと思へば、もつと出来るよ。」
「それあさうですけれど、先生は芸術家ですもの。そんなお金は勿体なくて、迚も戴けませんわ。先生には物質的の要求は少しもしたくないの。たゞ先生の大きなお心で、愛してさへ下されば、それで私十分なの。」栄子は声に力を入れて言つた。「それは判つてゐるけれど、しかし僕にだつてその位のことはさしてもらつて可いぢやないか。」
「先生さういふ風にお取りになるの。私の気持がおわかりにならないの。それあ先生のお心持は有難いんですけれど、先生のお金なんか迚も勿体なくて。」
「僕もさう余計なことは出来ないよ。しかし君の生活を好くするためには、僕自身にもしなければならないことがあると思ふ。僕の金が勿体ないなら、生活を質素にしてね。」
「質素にしますとも。私もう何にもいらない。着物なんかちつとも慾しいとは思はない。こんな宿屋生活なんかも、つく/″\厭になつた。先生のお宅へ行くと、ほんとに落着いた気持になれる。先生のお傍でお仕事の邪魔をしない程度で、編物をしたり本を読んだりして静かに暮らせるやうな日が来たら、私何んなに幸福でせう。私この此頃[#「この此頃」はママ]余所から帰つて、この部屋へ入つてくると、つく/″\厭になつて来るの。今までの生活が呪はしくなつて来るの。」
「世間はさうは思つてゐないやうだね。」
「一と頃はそれは私も自暴自棄になつてゐましたから、仕方がないわ。」
「僕が若し牛込時代に、もうちよつと何とか出来たらばね。一度でもあの宿を訪ねてゐたら、何うにか出来たかも知れなかつたけれど、何しろ若くて美しい人なんだし、家内が敏感なんで、無い腹を探られるのが[#「探られるのが」は底本では「探られのが」]厭だつたから。」
「あの時先生がおいでになるといふので、Kさんがこの火鉢を買つて下すつたんだわ。あの方だけよ、真実の好い意味で私を見て下すつたのは。」
「それが何うして可けなくなつたんだらう。」
 栄子は捨三の追窮に逢ふと、何もかも言つてしまはずにはゐられないほど、正直な弱い心の持主であつた。しかし捨三はそれだけは深く追窮することを好まなかつた。その他のことについては、辛辣な彼の追窮に逢ふと、何もかも打明けてしまはなければならなかつた。「先生は悪い方へばかりお取りになるのね。づゐぶんお茶目さんね」栄子はいつでもさう言つて笑つた。「このくらゐ言つても、まだお解りにならないのね。この真実がおわかりにならないやうなら、先生もづゐぶん御不幸ね。」栄子はさう言つてじれたりした。
 兎に角出した金は、捨三も引込ませることは出来なかつた。
「ぢや僕の金なら何うしても貰へないといふんだね。」終ひに捨三は真剣むきになつて見せた。
「さういふ訳ぢやないんですけれど……。」栄子もひるんで来た。
「ぢや取つておいたら可いぢやないか。僕の金は少しでも大切な金なんだから。何を買つてあげても可いんだけれど、同じことだから。」
 栄子は仕方なし承諾した。
「ぢや兎に角取つておきますわ。使はずに何時までも大切に仕舞つておきますわ。」

 或日もまた捨三は栄子の部屋へ入つて行つた。栄子はその頃、時々捨三の家へ来て、子供を相手に編みものをしたり、捨三の食べものを拵へたりしてゐた。子供は栄子が帰ると寂しかつた。栄子が来ない日は、彼女の部屋へ行つて遊んでゐた。
「おばさんは。」小さい梅子はよく捨三にきいた。
「おばさんとこへ行つてもいゝ。」
「あゝ可いとも。」
 家へ来てゐる栄子が帰りさうにすると、梅子は彼女の手提袋を、どこへか隠してしまつたりした。彼女は栄子なしにはゐられなかつた。幼いものゝ微妙な感情が、敏感な栄子の心に絡はりつくのであつた。母を失つて、父にまつはりつく梅子に、栄子のやつて来てくれたことは、たゞそれだけでも捨三に取つては何んなに有難いことだか分らなかつた。裏表のない潔い栄子なら、梅子をあづけておいても、少しも神経をつかはずにゐられることが彼には解り切つてゐた。彼は子供のこと――殊に幼い梅子のことでは、神経が共通してゐるかと思はれるほど、痛切な愛を感じてゐた。しかし栄子と一緒にゐる梅子は、彼の神経から全く安全であつた。
「先生、私考へたことがございますの。先生にお話して、若し可いと、仰やれば、さうしたいと思ふんですけれど、可けないこと!」栄子はその時、あらたまつて、しかし軽い気持で言ひ出した。
「何んなことさ。」
「先生にいたゞいたお金ね。」
「何だ、あれつぱかしの物に、いつまで拘泥こだはつてゐるんだらう。」
「まだお話しもしないうちに、そんな事を仰つちや可けないわ。」
 そして栄子は話しだした[#「話しだした」は底本では「話だした」]
「あのお金をかういふことに使ひたいと思ふわ。T――さんと同栖時代に、私着物を少しばかり質へ入れたことがあるの。それを出さうと思つて、御母さんからお金ももらつたんですけれど、いつもお金があると使つてしまつて、出せないでゐたんですの。私いけない女ね。先生のお金はつかひたくないんですけれど、折角ですから、それを出さうと思ふの。みんな派手なものばかりで、着られないかもしれませんけれど、先生に見ていたゞいて、若し着られるものがあつたら着たいと思ふわ。駄目なら御母さんとこへ送りますわ。」さう言つて彼女はちよつと表情をかへて、
「ねえ先生、私の田舎では古着が相当いゝ値で売れますのよ。着られないものは、御母さんに売つてもらつても可いと思ふわ。」
「東京だつて皆んな飽きの来たものは売つて、新しいものを買ふのさ。」
「とにかくあのお金で出して来ますわ。先生さへお気持わるくなければ、そのなかで若し、とし子さんに似合ふやうなものがあつたら、一枚でも二枚でも着ていただければ、私何んなに嬉れしいか。」
「さう。とし子にも羽織を拵へてやる約束なんだけれど。あれは和服といつては、何にもないからね。僕が作らせなかつたんだ。」
「皆さんさうですわ。卒業間際に作るんですの。私なんぞも矢張りさうでしたわ。」
 栄子はそれから、前の縁家先が破産したので、なくされた振袖や、晴着や、箪笥や、鏡台のことを思ひ出した。
「振袖だけはお金さへもつて行けば、取返せないことはないんですけれど、他のものと一つになつてゐるから、それだけ抜くとなると、大変高いものについてしまふんですつて。」
 捨三は時々結婚当時の話を、栄子から聴されてゐた。栄子が何うして三人の子供まで取られたうへに、実家からさへもうとまれて独りで世のなかの真中たゞなかおよぎ出さなければならなかつたかと云ふ事情が、段々明かになつて来た。学窓を離れて五年ばかりの甘美な結婚生活にひたつて、憧憬あこがれ空想くうさうのほか、何一つ世間のことを知る機会のなかつた彼女が、いきなり生活を失つたときの頼りなさと哀れさを想像しないではゐられなかつた。果して彼女はあつちこつち運命に小突こづきまはされた果、田舎への体面上、第二の結婚へと急がせられたのであつた。そして脆くもそれに躓いたのであつた。祖母が死んだと云ふ田舎の裏の川で、幾度か死うと[#「死うと」はママ]思つたほど、悩み苦しんだのも、栄子としては無理のないことだと思はれた。
 とにかく質を出さうといふ金の使途つかひみちには、捨三も同感であつた。
「それあ可いだらう。しかし其だけで足りるかね。」
「ちやうど其の位だつたと思ふわ。」
「質屋へ自分で行くの。」
「えゝ、東京では何でもありませんわ。でもさう度々行つたことはないの。番頭さんは私が行くと皆んな笑つてゐるの。」
「僕も以前は三軒もの質屋とお馴染なじみだつた。質屋から足を洗つたのは、つひ此の六七年からのことですよ。」
 やがて栄子はそわ々々と出て行つた。
「直ぐ帰つて来ますからね。」
 捨三は壁際に横になつて、しばらく待つてゐた。すると三四十分ほどたつてから、栄子が帰つて来た。両手に食料品や草花の鉢などをうんと抱へてゐた。
「お待たせしてすみません。少し買ひものをして来たものですから。」
「何だかこて/\買つて来たもんだね。」
「でも皆んな必要品ばかりですわ。この花好いでせう。先生のお宅の床の間におくの。それからこれは藤なの。私藤の花が大好きなんですの。好いもんぢやありませんか。」栄子はさう云つて、藤の切花を、机のうへの大きなコツプに生けた。
「これは何といふ花だつけ。」捨三は多分百合科だらうと思はれる、長い葉と茎をもつた、くろみと赤みの強い、鉢植の花を眺めた。それはいくらか毒々しさのある色であつた。
「何でしたつけ、今聞いて来たんですけれど。[#「来たんですけれど。」は底本では「来たんですけれど、」]ちよつと好いでせう。そんなに高くはないんですわ。」栄子は言訳するやうに言つた。
「この花なら、そこの窓ぎわにおくといゝ。赤いカアテンによく移るぢやないか。」
「でも此処では水をやらないから、花が可哀さうよ。」
 行李がそこへ持込まれた。栄子は急いでふたを取つた。さうして無雑作に、派手な模様の小袖や羽織や帯や、紅い長襦袢などを引張りだした。そのなかには、栄子がはじめて良人や子供と捨三を訪問したとき締めてゐた、黒襦子くろじゆすに草花の刺繍ししうのある帯などがあつた。
「その帯はおぼえてゐるな。」捨三はその時のおほらかな、そして虚飾や臆病さのない彼女の表情や態度を懐かしく思ひ出した。
「M―夫人時代から見ると、変つたものだね。」
「さうですつてね。あの時分ほんとうにぽつとして可かつたけれど、今は目が鋭くなつたつて、御母さんがよくさう言ひますわ。」
「その羽織にも覚えがあるな。」
「え、これもあの時分着てゐたものですわ。たしか先生のところへも着て行つたと思ふわ。だけど、私あの時分から見ると、可けなくなつた?」
「いゝや、そんな事はない。箇性が出て来たんだらう。顔が近代的になつて来たんだ。しかし僕は夫婦で入つて来たとき美しい夫婦が、僕の汚ない書斎へ入つて来たものだと思つて、目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつたものさ。M―さんは寧ろ君よりも美しかつた。」
「あの人の姉さんは、評判の美人だつたんですのよ。」
「僕としては、君をM―さんのところへ引張つて行くのが、一番僕らしい仕事なんだがな。」
「まだあんな事を言つていらつしやる。いくら言つたつて駄目なことは判つてゐるぢやありませんか。でも先生と一度北海道へ行きたいわ。余所ながらも美津子を見たいと思ふわ。」
 栄子はさう言つて、声を沈ませた。
「みんな派手なものばかりだな。」
「さうね。」栄子はさう言つて、草花模様の海茶色の[#「海茶色の」はママ]小袖と、それよりか少しぱつとした色気の、矢筈絣の着物とを、そこへ取出した。
「これとし子さんに何うでせう。私きつと似合ふと思ふわ。」
 それから又刺繍模様の帯を取出して、
「私これ重くて困るの。物は好いんですけれど、多分二百五十円ばかりだと思ふわ。これを二つに切つて、とし子さんに半分締めていたゞきたいと思ふわ。いけない!」
「いけないことはないが、いくら派手でも、子供には少し可笑しくはないか、まあ切らずにおきなさい。」
 やがて二枚の着物と草花と、食料品とをもつて、二人は宿を出て、いそ/\捨三の家へ帰つて行つた。
(大正15年5月「文芸春秋」)





底本:「徳田秋聲全集 第15巻」八木書店
   1999(平成11)年3月18日初版発行
底本の親本:「文芸春秋 第四年第五号」
   1926(大正15)年5月1日発行
初出:「文芸春秋 第四年第五号」
   1926(大正15)年5月1日発行
※誤植を疑った箇所を、初出の表記にそって、あらためました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:きりんの手紙
2021年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について

「口+焉」、U+5615    250-上-5


●図書カード