二つの失敗

徳田秋聲




 空の青々と晴れた、或る水曜日、青木は山の手の支那料理採蘭亭で、或るダンサアと昼飯を食べる約束があつたので、時刻を計つてタキシイで出かけた。町は到る処野球試合の放送で賑はつてゐた。素から知らない顔でもなかつた採蘭亭のマダムを、或晩或ダンスホールでそこのダンサアに更めて紹介されてから、紹介したそのダンサア達と一緒にそこで会食したのは、最近のことであつた。採蘭亭は崩壊した或る有名な実業家の豪奢な屋敷跡であつた。電車通りから少し入ると、埃がもや/\見えるやうな慵い暮春の街筋に黄色い壁が直ぐ目にいた。
 見知りの女中の顔が玄関に見えた。
「お一人でいらつしやいますか。」
「いや、女の人が後から一人……。」
 青木はこの前も通された、廻り縁の角にある一つの部屋に通された。薄日が縁側に差してゐた。彼は煙草をふかしながら、扁額の支那人の字を見てゐた。彼はこの頃現実の生活背景を考へる必要のない若い女と話すのが、一つの趣味になつてゐた。勿論ダンスガールにだつて生活背景のない筈はなかつた。生活戦線に立つてゐる以上、彼女達も亦他の職業婦人と同じく、何かしら生活をもつてゐるに違ひなかつた。彼等の一人々々の運命には、現代のあらゆる若い職業婦人と同じ悩みがあつた。彼女達の生命は短かつた。新しいダンサアが夫から夫へとホールに出現した。刺戟的な音楽と、群れてくる異性によつて彼女達の感情は荒び神経は摺り切らされた。
「華やかに踊りしあとの佗しさは、うつろなる我を見出せし時。」
 或る時或るダンサアがそんな歌を彼に書送つた。
 ダンサアの蔭には、他の職業婦人以上の寂しさが附纏つてはゐたが、しかし其日其日のホール気分が、それを胡麻化させてゐた。兎に角彼女達は、他の職業婦人に比べて、異性に媚びたり、小使に行詰つたりするやうな惨めさのないだけが見つけものであつた。
 女中と話してゐる処へ、マダムが現はれた。マダムはこの都会で何か一ト仕事をしてゐる総ての婦人に共通な、中性的な或気象と、近代的な生活意慾との持主らしかつたが、上品な感触は何うしても智識階級の人であつた。
「繁昌してますか。」
「お蔭さまでぽつ/\……有難いことには、私のところは御贔負の御定連さまばかりで、この界隈華族様方や政治方面の方々が多うございますので。」
「ダンスは……。」
「もと私も遣つたことはございますけれど、ワンステツプで体をゆすつたものですの。今は皆さんお上手で……。ホールへ行きますのは、大抵、お客様の御伴ですが、家の若い人達にも習はせておかうと思ひまして。時勢がかはりましたね。お料理だけでは、今のお客さまが来て下さらないのです。ヱロサアビスとやらでございませんと。」
「へえ! 一体みな話好きになつたからね。」
「私も銀座へ進出して大衆食堂を出したいと、思つてゐますけれど今のところそんな資本もございませんし……大したものは入らないんですけれど……。」
「お宅は何だか家庭的ですね。」
「え、」とマダムは莞爾した。みんな娘のやうでございますの。だから、この人達の先きのことを考へるだけでも大変でございますわ。私はこんなことをしてをりますけれど、寂しいことが大好きなんでございますの。食べていけさへすれば可い、もう何にもしないで、山の奥にでも引込んでゐたいと思ひますけれど、私が罷めればこの人達は行きばに迷ふでせうし、私一人の生活が私一人といふ訳に行かないやうなもので……。」
 オルドミス並みな影が、彼女にも差して来た。
「来ないやうですね。」青木は少し焦燥を感じて来た。
「さうですね、何うなすつたんでせう。」
「来ないんだろう。あんな連中は何をいふか。」
「でも、も少しお待ちになつたら……まだお早いんですの。」
「さうね。」
「何か召食つたら……。」
「さうですね。昼は余り食べないことにしてゐますから、何か……。」
「え、軽いものを差しあげますわ。」
 マダムは出て行つた。
 慵い日が庭の芝草を照らしてゐた。いつもモダンボーイ達の包囲を喰つてゐるダンサア秋元安江嬢のことを、青木はぼんやり想像してゐた。気紛れな彼女が何処へ何うそれて行つたか、知れたものではなかつた。何か又今日の会食を重大視してゐるんではないかと、擽つたい氣持もした。しかし格別そんなことに拘はる必要はなかつた。
 小皿や箸やナプキンが並べられた。青木は縁側へ出て少し日南ぼつこをしてから、食卓に就いた。遅い鶯が崖のところに囀つてゐた。金釦の貴公子らしい兄弟の少年が庭下駄をはいて、池の鯉を見てゐた。もうちよつと前に、食事に来た四十四五の華族の子供であつた。彼等はこゝから斜かひに見える座敷に陣取つてゐた。
 来てから、もう一時間以上の時間がたつてゐた。青木はすつぽかされたことを、別に口惜しく思はなかつたけれど、その頃踊りつけのダンサアであつたゞけに、余り好い気持はしなかつた。
「え、どこへでも往つてよ。」踊りながら秋元ダンサアを誘つたとき彼女は答へた。
「何も意味はないんだから。」
「あつたつていゝわ。でも無くたつていゝのよ。」
「僕も度々の失恋で……。」青木は笑談を言つた。
 秋元ダンサアはステツプを止めて笑ひだした。
「失恋にはまだ早いわよ。」
「君はサアビスがうまい。」
「どう致しまして。」
「兎に角一度御飯を食べよう。」
「結構よ。」
 そこで約束が成立つたのであつた。
 青木はもう来ないものと決めてしまつた。そして食事がすむと、又十分ばかりマダムと話をして、帰ることにした。
「けど貴方どちらへ入らつしやいます? ホールへ?」
「さうね、ちよつと寄つてみようかと思ひますけれど……。」
「それでしたら、うちの車でお送りしませう。私歯医者へ行きますから、ホールまでお送りしますわ。」
「さう!」
 新らしいスチユドベヱカアが玄関先きに待つてゐた。「どうぞ」と運転士が慇懃に腰をこゞめた。
 そこへマダムもおりて来て、一緒に乗つた。マダムが何か買被つてゐるのではないかと青木は感ぐつて、空恐ろしいやうな気もした。
 やがてホールへ着けられた。
「有難う!」
「では又どうぞ。」
 青木はビールデイングのヱレベータアを昇つて、四階のホールへ入つて見た。時間がまだ早いので、客は沢山はゐなかつた。フラワの砥のごとくつる/\した昼間のホールは愉快であつた。彼はそれでも二十組ばかりある踊り手のなかに、彼女を探した。彼女の姿が直きに目についた。
 二三回のあひだ、彼は煙草をふかしてゐた。踊りながら彼女も彼を見つけて、目礼して通り過ぎて行つた。
 四回目の遅いトロツトが初まつたとき、青木はやがて彼女の方へ出て行つた。彼女も出て来た。
「今まで待つたんだけれど。」
「あら厭だ。あんた今日行つたの。だから私が、木曜は差支があるから、金曜にしませうつて、あれ程言つたぢやないの。ずゐぶん軽卒家そゝつかしやさんね。」彼女は調子つぱづれに言つた。


 青木は秋元と他のダンサアと交互に五回踊ると、ホールを出てしまつた。秋元ダンサアに、名もない或るヱロペーパアの記者が来て踊つてゐることを囁かれたので、青木はまた何か捏造ゴシツプのヒントでも与へはしないかと、神経質に考へたからであつた。凡そ現代で誰れ憚からず、最も無責任な嘘をつくものが、或る種類の新聞だといふことを、日頃彼は決めてゐた。
 外を歩くと、間服の背中が、少し汗ばむほどの陽気であつた。彼は足の裏の痛くなるまでペーブメントを歩いた。乗らう/\と思ひながら、つひ乗りそびれてしまつた。彼はこの頃少しヂヤヅに疲れ気味であつた。偶には頭脳のせい/\することもあつたが、ホール気分も大分鼻についてゐた。
「またやつて来た!」ヱレベータアを出て、踊り場へ入つていくと彼はいつでも憂鬱を感じた。判で捺したやうなステツプにも飽きあきしてゐた。
「このステツプももう飽きたなー。」足がもう機械的にしか動いてゐないことに気がつくと、彼は何かしら飽足りなかつた。それかといつて、ダンスが彼の生活に取つて、さう重大な位置を占めうる筈はなかつた。去年よりか今年は又新らしいステツプが踊る人のあひだに行はれてゐた。稀にしか見なかつたタンゴを踊る人もめつきり殖えて来た。パセドウブルなどの古い踊りが、又流行はやりだしたりしてゐたけれど、彼はさう一々新しいものを研究して行くほどの興味もなかつた。しかしホールへは矢張り入つて行つた。
 銀座をぶら/\してゐるうちに、ホールで時々顔を見る、不良少女の山根光子に出逢つた。彼は××ホールのバンドのピヤニストと一緒に歩いてゐた。光子はこの頃、銀座裏の或る特異なバアの二階に、女王のごとく着飾つて我張つてゐた。
 彼女は異国人が好きであつた。そのピアニストも美しいヒリツピン人の一人であつた。
「あすこは何うしたの。」と訊くと、彼女は嫣然して、
「止めてしまひましたの。」と言つて、紅い顔をして行きすぎた。
 青木は少し空腹を感じて来たところで、オリムピツクへ入つて休むことにした。もう電燈がついてゐた。よく子供と一緒に銀座を歩くS子にでも電話をかけようかと思つたが、さうすると又彼女の家まで送つて行つたりして、遅くなると思つた。彼は周囲の何の女にも何等新鮮味を感じなくなつてゐた。内面的な慾求が、何か新しい生活形式を要求してゐた。それは外部とは余り交渉のない、彼自身の心境に立籠ることであつた。それは又彼が絶えず摂取しつゝある外部生活を適度に統一することに他ならないものであつた。
「今日はお一人で……。」マネヱヂヤが傍へ来て挨拶した。
 青木は壁際のところへ来て椅子を取つた。そして牡蠣を註文した。
「牡蠣ももうおしまひですね。」
「は。それでも未だ来月一杯くらゐは……。」
 食事がすんでから、煙草を喫してゐると、階段をあがつて来た一人の婦人が、ふと放心したやうな彼の目を遮ぎつた。婦人は大柄であつた。水玉のスカートの長い洋服を着て、鍔広の帽子を冠つてゐたが、こつちを見たのか見ないのか、面を伏せて、彼の視線を擦りぬけるやうに、足を速めて奥の方のブウスのなかへ消えてしまつた。
 何うもそれが最近独逸から帰つた、社会評論家の大橋三四子であるやうに思へたが、姿だけで顔が見えなかつたので、分明はつきりしたことは判らなかつた。それが三四子なら、彼の前を擦りぬけて行く筈はなかつた。俯むいてゐたから、気がつかないのか知らとも思つた。
 青木はホテル舞踏会や、個人の家庭などの集まりで、三四子と踊つたことが度々あつた。素人としてはよく附いて来る方であつた。三四子はもう三十になつてゐたけれど、用心ぶかいのと、仕事に熱心なのとで、まだ独身でゐた。一年半ばかりの外国生活が、しかし臆病な彼女の感情を可なり変化させてしまつた。至い異性が彼女のサロンに集まつた。
「私この頃二人好きな人があるの。」
 或時彼女は青木に話した。三四子はもう長いあひだ青木と往来してゐた。
「さう、それはいゝね。どんな人? いつか来てゐたモダアンボオイ……あれ?」
「いゝえ。あれは雑誌社の人よ。あれは何でもないんだけれど、一人は迚も美貌なの。私矢張り美しい人好きですけれど考へてるの。その人には奥さんも子供もあるんですもの。結婚できないわ。」
「今一人は。」
「好い人なの。独逸文学に明るい人なの。だからお話は其の人の方がぴつたり来るんですけれど、年が若いのよ。」
「あゝ、さう!」
「お友達が言つてくれるの、奥さんのある方が長持がするし、却つて気安くていゝつていふの。若い方の人だつたら、そのうち誰かと結婚しないとも限らないから、その時私が苦しむだらうつて……。」
「その人と貴女が結婚したら!」
「しないこともないでせうけれど、結婚したら評論家としての私の今迄の生活が、すつかり崩されてしまふでせう。またさうしなければ、現実に家庭生活がうまく行きよう筈はないでせう。私は家庭に凋んでしまふのも厭ですわ。」
「みんなさういふことを言ふね。」
「だから私迷つてるの。」
「しかし何処まで進んでゐるんだか……。」
「奥さんのある方の人は、私がお嬢さんなのに驚いてんの。」
 事実また三四子は気持も肉体も処女であつた。議論をする時の彼女は屡々男性を小ツぴどく遣りつけた。しかし個人としての異性には、誰に対しても小禽のやうに臆病であつた。
「その人を見ないことだから、僕は何ともいへない。まあ、今俄かに決定したり、一つを選択したりする必要はないんぢやないか。結婚となれば別だけれど。」
「それもさうね。だけど、私若い人不安だわ。年取つた人の方がいゝんだけれど。」
 それが二月ほど前のことであつた。彼女のサロンで、ストウブの側に椅子を並べながら、胡桃割でこわしてくれる胡桃を食べながら青木はその話をきいてゐた。
「あれから何うしたゞらう。」青木は今三四子らしい女を前にしながら思出してゐた。
 青木は給仕女に言つた。
「君、済まないが、あすこにゐる女の人のところへ行つてね。若しや貴女は大橋さんぢやないかと訊いてみてくれないか。」
 女給仕はその通りにした。
「大橋さんださうですが……。」
「あ、さう。」
 青木は帽子をつかんで、つか/\三四子の傍へ寄つて、向き合つて坐つた。
「あら!」
「どうもさうだと思つたんだけれど……。」
 しかし彼女が気着かないでゐたのではないらしい様子だつた。
「誰か待合す人があるんでせう。」
「えゝちよつと。だけど可いんですわ。」
「いつかの人?」
「全然違ひますの。何でもない人なんですけれど。」三四子は腕時計を見て、「八時といふ約束なんですけれど。」
「八時! もう八時ぢやないか。」
「え、もう来ますわ。赤阪に宴会があるんで、そこへ行つてるんですけれど、真面目な人ですから、芸者さんが来て、騒がれるのは厭だから、今夜一緒にホールへでも行つて遊びませうつて約束したものですから。」
「僕も今ちよつとAホールで三四回踊つて来たんだけれど、何だか踊り足りないやうだから、どこかへ行かうかと思つてゐたの。」
「なら、入らつしやいな。」
「邪魔だらう。」
「いゝえ。何でもないんですもの。」
「何する人?」
「何にもしてゐないんですわ。三田出ですけれど、田舎がいゝものですから。」
「しかし遅いね。」
「え。でも、もう少し待つてみませう。」
 言つてゐるところへ、脊のすらりとした、綺麗なおとなしやかな顔をした青年が近づいて来た。
 三四子は彼を青木に紹介した。青年はさして困惑したらしくもなかつた。
「どこにしたら可いでせう。私どこでも可いんですわ。」
「さあ、僕もどこでも可い。しかし帰つた方がいゝかも知れない。」
「でも……。」
 青木はそのまゝ別れたのでは、羞恥のふかい、ひそやかな二人を何か恋愛同士に取決めてしまふやうで、悪いやうな気もした。それにホールだつたら、一応は矢張附合つた方がいゝかとも思つた。
 外へ出ると直ぐタキシイを※(「にんべん+就」、第3水準1-14-40)つて、下町にあるGホールへ向つた。青木はこの青年を、どこかの踊り場で見てゐるに違ひなかつた。極く素直な顔と姿の持主だけに、さう目立ちはしないが、何だか初めて見た顔のやうな気がしなかつた。
 Gホールは割合に閑散であつた。でも行きつけの踊り場だけに、アトホームな感じがした。バンドと向き合つた、正面のところに三人は陣取つた。そして踊りはじめた。
 九時すぎると、さすがに踊り場らしい華やかな気分が漂つて来た。青木は何か初な恋人同士のひそやかな気分で、三四子と青年の踊り出して行くのを二度も三度も見送つた。青年のステツプは生方流だと思はれたが、他の多くの生方の弟子ほど目立つ癖をもつてゐなかつた。踊りはなごやかで、お上品であつた。青木はぴつたり青年の胸に顔を埋めて陶酔したやうにホールをすべつて行く三四子を見て、心から祝福した。
 二人で何か私語いてゐると思ふと、三四子が青木の方へ向きなほつた。
「この方お肚がすいたんですつて。何も食べないで来たんださうですの。」
「あゝさう、ぢや出ませう。僕も帰らうと思つてゐたんだから、どこか其処いらでお茶でも飲んで別れませう。」青木は椅子を立つた。
「いゝえ、いゝんです。」
 青年も両手をひろげて、止めた。
「僕一人で何か食べて来ますから、どうぞ其まゝ。」
 青木は強く言張れなかつた。
「ぢや、二人で行つていらしたら……。」
「いゝんですよ。一人で行つて来ますから。」
 青年はフラワの縁を拾つて出て行つた。
 ところで青木が或ダンサアと次ぎのブルウスを踊りをはつて、席へ帰つて来て煙草をふかしてゐると、今行つたばかりの青年が心急こゝろせきの体で引返して来た。
「何うしたんです。」
「いや、ちよつとやつて来ました。近所のお鮨屋で間に合はしました。」
「さう。それにしても早いな。」青木は笑つたが、気にも止めなかつた。
 青木は何だか別れる汐を見出しえないのに、内心少しいら/\して来た。
 青年はダンサアと踊つてゐた。
「大変いゝぢやないか。」青木は三四子にさゝやきかけた。
「え、好いお坊つちやんよ。」
「あの人だつたら、十分結婚してもいゝぢやないか。」
「えゝ。」三四子はにつこりした。
 青年はやがて又三四子を踊りにつれ出した。三四子はステツプを教はつてゐるやうにも見えた。
 踊り場の気分が、段々高調に達して来た。やがてラストのバンドになつた。
 青木はラスト近くの、あわたゞしい気分を余り好かなかつたけれど、到頭ゐることになつてしまつた。
「ラスト!」バンドマンが高らかに叫んで、急テンポのトロツトをやりはじめた。
 青木は踊りつけのダンサアのところへ行つたし、三四子は青年と踊りだした。
 やがて勇ましく曲がをはつた。ぱち/\と拍手がおこつた。
 青木は出ようと思つて、三四子たちを探した。
「今入口へいらつしやいましたよ。」
 ダンサアが青木に教へてくれた。
 青木は急いで入口へ出て見た。入口は混乱してゐた。しかし三四子の姿も青年の姿もみえなかつた。
 青木はヱレベータに乗つた。そして降りて見たけれど、二人はもう影も形も見えなかつた。
 神経の鈍い青木にも、初な二人の困惑してゐたことが、漸とはつきり判つた。
(昭和6年11月「創造」)





底本:「徳田秋聲全集 第16巻」八木書店
   1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「創造 十一月号」
   1931(昭和6)年11月1日発行
初出:「創造 十一月号」
   1931(昭和6)年11月1日発行
※「気持」と「氣持」の混在は、底本通りです。
※下記の括弧の不整合は、底本通りです。(頁数-段-行数は底本のものです)

 315頁-下段-19行 行かないやうなもので……。」【始まりの「なし】
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:久世名取
2018年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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