正兵衛といえるはこの村にて
それでは東北に大海嘯 があったため三万の人が亡くなったというのだね、まあまあ近辺でなくて僥倖 だった、何百里とあるのだから、とんとさしさわりがなくて安心というものだ。
と余念なく豆の葉の虫を
それですから義捐金を集めて、遺族を劬 わろうというので、多少に係わらず戴きたいものです、新聞でも御存知の通り、惨状は目もあてられぬ次第ですから、惣兵衛、甚造、太郎作、次郎兵衛など、その日その日をようよう細い烟 に暮らす小作人まで、それ相応に涙を揮 うて財布の底払いをする訳ですから、貴下 なぞはうんと御奮発を願いたい。
俺 ん許 ではお寺の建立があろうが、学校の修繕があろうが、堤防の修築があろうが、先祖代々から一文半厘 も出した先例がないので、村のことでさえそういうわけだから、たかが東北の果 に災害があったって、いちいち銭を出す訳にはゆかない。
助役は
たとい地面は千万里隔っていても、同じ日本国の同胞が、親も兄弟も亡くして路頭に迷い、子も孫もなくしてうろうろしたり、可愛い妻に別れ夫に死なれ、家も蔵も田地も金銀もなくして、生命 一つを繋ぎ兼ねるものがごろごろ幾何 あるか知れない、悪いことをした罰では決してない、天災というものは、例えば貴下のような正直漢 でも用捨なく引 さらうのだから、救って遣 らなければ何 うすることも出来ない、救わないのは人情を知らないというものでしょう。
いやいやそうも言われぬ、去年洋行帰りの大学者が演説には、西洋では勲功のあったものが難儀をすれば義捐をする、難儀をしなくとも、勲功さえあれば相応の敬礼とか褒美とかを遣るといったが、天災で難儀するものを救っていた日には、仕方がないだろう、こちらの利益にもならぬものに、難儀をなさるだろうといっていちいち挨拶をしていたら際涯 がないだろう、それよりか、俺は俺の田地の減らぬようせっかく倹約をする方が、相方 厄介なしで心安いというものだ。
では貴下方に海嘯があって田も畑も一切流されて、生命だけ助かったと思召 せ、誰か救ってくれれば好いとは思いませんか。
そんなことはないはずだ、こんなに倹約をして溜めた金を流されて堪 るものか、また大切な金を流して活 きていて堪るものか、俺は寝る時でも倉の鍵はちゃんと枕元に置いて寝るし、一晩に二三度は倉から家の周囲 を夜廻りする位だから、おめおめ金を流して助かる様な馬鹿は見ない、要心が宜しくないから、人様に迷惑をかけるので、俺のように心掛 が宜 かったら、地震があろうが、海嘯があろうが、生命より大事の金を流すようなことは毛頭ないはずだ。
でもそういう余裕 があれば誰も好んで、自分の親や子を流しはしませぬ、海嘯というのは寝耳に水で、煙草一服する暇にもう一面大海となるのだから、なかなかそんなやさしいことはいっていられないです、どうか理屈は後刻 承わりますから、応分の義捐金を願います。
いやいやそうも言われぬ、去年洋行帰りの大学者が演説には、西洋では勲功のあったものが難儀をすれば義捐をする、難儀をしなくとも、勲功さえあれば相応の敬礼とか褒美とかを遣るといったが、天災で難儀するものを救っていた日には、仕方がないだろう、こちらの利益にもならぬものに、難儀をなさるだろうといっていちいち挨拶をしていたら
では貴下方に海嘯があって田も畑も一切流されて、生命だけ助かったと
そんなことはないはずだ、こんなに倹約をして溜めた金を流されて
でもそういう
とすかせど正兵衛は、刀豆の顔ばかり見ていて。
俺はまだこの年になれど他 に藁一筋の合力 を願った覚えのないものだ、だから、鐚 一文でも他に遣るのは胸糞が悪くてとても出来ない、こういうことはやはり、太郎作、次郎兵衛のような、不断 から人様の合力で飯を喰ってるものにさせるが宜い、長いようでも日脚は早い、こんなことをいってると刀豆が段々虫に喰われて了 うようだ、やれやれ。
と取合う気色も見えぬに、茶一杯