暗い天候

中原中也





こんなにフケが落ちる、
   秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる……
   お道化どけてゐるな――
しかしあんまりかなしすぎる。

犬が吠える、虫が鳴く、
   畜生! おまへ達には社交界も世間も、
ないだろ。着物一枚持たずに、
   俺も生きてみたいんだよ。

吠えるなら吠えろ、
   鳴くなら鳴け、
目に涙をたたへて俺は仰臥さ。
   さて、俺は何時死ぬるのか、明日か明後日か……
――やい、豚、寝ろ!

こんなにフケが落ちる、
   秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる。
   なんだかお道化てゐるな
しかしあんまり哀しすぎる。


このけがれた涙に汚れて、
今日も一日、過ごしたんだ。

暗い冬の日がはりや壁をめつけるやうに、
私も搾められてゐるんだ。

赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊するめ洟紙はながみや首巻や、

みんなみんな、街頭沿ひの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひ※(「風にょう+昜」、第3水準1-94-7)あがり舞ひ※(「風にょう+昜」、第3水準1-94-7)

ああ! はたして昨日が晴日おてんきであつたかどうかも、
私は思ひ出せないのであつた。





底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店
   1968(昭和43)年12月10日改版初版発行
   1973(昭和48)年8月30日改版13版発行
※第一節(「一」)がないのは底本通りです。第一節は「山羊の歌」に収録されている「冬の雨の夜」です。
入力:ゆうき
校正:木浦
2013年1月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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