我が祈り

小林秀雄に

中原中也




神よ、私は俗人の奸策かんさくともない奸策が
いかに細き糸目もて編みなされるかを知つてをります。
神よ、しかしそれがよく編みなされてゐればゐる程、
破れる時にはかへつて速かに乱離することを知つてをります。

神よ、私は人の世の事象が
いかに微細に織られるかを心理的にも知つてをります。
しかし私はそれらのことを、
一も知らないかの如く生きてをります。

私は此所に立つてをります!……
私はもはや歌はうとも叫ばうとも
描かうとも説明しようとも致しません!

しかし、ああ! やがてお恵みが下ります時には、
やさしくうつくしい夜の歌と
櫂歌かいうたとをうたはうと思つてをります……
(一九二九・一二・一二)





底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店
   1968(昭和43)年12月10日改版初版発行
   1973(昭和48)年8月30日改版13版発行
初出:「白痴群 第五號」東省堂
   1930(昭和5)年1月1日発行
入力:ゆうき
校正:きりんの手紙
2019年3月29日作成
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