不可入性

中原中也




自分の感情に自分で作用される奴は
なんとまあ 伽藍なんだ
欲しくても
取つてはならぬ気もあります
好きと嫌ひで生きてゐる女には
一番明白なものが一番漠然たるものでした
空想は植物性です
女は空想なんです
女の一生は空想と現実との間隙の弁解で一杯です
取れといふ時は植物的な萎縮をし
取らなくても好いといへば煩悶し
取るなといへば闘牛師の夫を夢みます
それから次の日の夕方に何といひました
「あなたはあたしを理解して呉れないからいや……」
それから男の返事は如何でした
「兎に角俺には何にも分らないよ――
もつとお前盲目になつて呉れ……」
盲目メクラになつて如何するの」
「お前は立場の立場を気付き過ぎる」
「あゝでもあなたこそ理窟をやめて、盲目におなんなさい」
「俺等の話は毎日同しことだ」
「もう変りますまいよ」
「そして出来あがつた話が何時までも消えずに、今後の生活を束縛するだらうよ。殊に女には今日の表現が明日の存在になるんだ。そしてヒステリーは現実よりも表現を名称を吟味したがるんだ。兎に角おまへを反省させた俺が悪かつた」
「だつてあなたにはあたしが反省するやうな話をしかけずにはゐられなかつたんです」
「黙つてればよかつた」
「やつぱり何時かは別れることを日に日により意識しながら、もうそのあとは時間に頼むばかりです」
「恋の世界で人間は
みんな
みんな
無縁の衆生となる」
無縁の衆生も時間には運ばれる
音楽にでも泣きつき給へ
音楽は空間の世界だけのものだと僕は信じます
恋はその実音楽なんです
けれども時間を着けた音楽でした
これでも意志を叫ぶ奴がありますか!
だつて君そこに浮気があります
浮気は悲しい音楽をヒヨツと
忘れさせること度々です
空 空 空
やつぱり壁は土で造つたものでした。





底本:「新編中原中也全集 第二巻 詩※(ローマ数字2、1-13-22)」角川書店
   2001(平成13)年4月30日初版発行
※底本のテキストは、著者自筆稿によります。
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:村松洋一
校正:館野浩美
2018年9月28日作成
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