迷つてゐます

中原中也




筆が折れる
それ程足りた心があるか
だつて折れない筆がありますか?

聖書の綱が
性慾のコマを廻す

原始人の礼儀は
外界物に目も呉れないで
目前のものだけを見ることでした

だがだが
現代文明が筆を生みました
筆は外界物です
現代人は目前のものに対するに
その筆を用ひました
発明して出来たものが不可なかつたのです
だが好いとも言へますから――
僕は筆を折りませうか?
その儘にしときませうか?





底本:「新編中原中也全集 第二巻 詩※(ローマ数字2、1-13-22)」角川書店
   2001(平成13)年4月30日初版発行
※底本のテキストは、著者自筆稿によります。
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:村松洋一
校正:hitsuji
2020年3月28日作成
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