昼間陸地の表面に近い気層が日照のためにあたためられて膨張すると、地上一定の高さにおいては、従来のその高さ以下にあった空気がその水準の上側にはみ出して来るから、従ってそこの気圧が高くなる。すなわち同じ高さの海上の気層に比べて圧が高くなるから、この層の空気は海に向かって流れる。この流れが始まると、陸地の表面では上層の空気が他処へ流出するために圧が海上の同じ高さの点より低くなる。従って地面近くでは海のほうから陸へ向けて風が吹く、これがすなわち海風である。夜間は陸上の空気が海上のものよりも著しく冷却するから、これと反対の過程が行なわれて、上層では海のほうから陸へ、下層では陸から海へ微風が吹く、これがいわゆる陸風である。
これはすでによく知られた事実である。
上層と下層とで風向きが反対になる。この二層の境界面の高さは、場合により時刻によっていろいろになるわけであるが、通例海面から数百メートル程度のものである。航空者特に自由気球にでも乗る人はこの事実を忘れてはならない。
海陸風の原因が以上のとおりであるから、この風は昼間日照が強く、夜間空が晴れて地面からの
夕なぎというのは昼間の海風から夜間の陸風に移り変わる中間に、一時無風の状態を経過する、その時をさして言うのである。従って夕なぎが完全に行なわれるためには、低気圧による風や、また季節風のごときが邪魔をしない事が必要条件である。
夏期
夕なぎの継続時間の長短はいろいろな事情にもよるが海岸からの距離がおもな因子になる。すなわち海岸から遠くなるほどなぎが長くなるわけである。
東京では、夏の暑い盛りに天気のいい日だと夕方涼しい南がかった風が吹くので、瀬戸内海地方のような夕なぎの苦しみを免れている。八月ごろの東京の風の一日じゅうの変化を調べてみると、やはり海陸風に相当する規則正しい風の周期的変化があるが、ただ東京では日々変化の位相が著しくくずれているのと、夏期の南東の季節風がかなりよく発達しているために、夕なぎに相当する時刻にはこの季節風のほうが著しく現われて来るのである。
いったい地球の
要するに日本の沿岸ではいかなる季節でも、風の日々変化するのを分析すると、海陸風に相当する風の弛張がかなり著しく認められるが、実際にいわゆる海陸風として現われるのは、季節風の弱い時季か、あるいは特別な気圧配置のために季節風が阻止された場合である。
それで、各地方でこういう風の日々変化の習性に通じていれば、その変化の異常から天気の
以上は一通りの理論から期待される事であるが、実際の場合にどこまでこれが当たるか、各地方の読者の中で気象のほうに興味を持たれるかたがたの各自の研究をおすすめしたいと思うのである。
(大正十一年八月、科学知識)