わずか数十年前の夜と今の夜とを比べると、正に夜と昼ほどの相違である。博覧会のイルミネーションを観て昔の
アセチリン瓦斯も光が強いので、自転車のランプ、活動幻灯等に用いられているが、瓦斯の悪臭が如何にもいやなので、家庭用には面白くない。この瓦斯はカーバイドと称える人造の石塊に水をかければ発生するから、使用は軽便である。この原料を作るには水力電気を用いる。
次に昔から強い光を得るために用いたドラモンド灯というものがある。酸素と水素あるいは灯用瓦斯と混じた焔を石灰の塊に吹き付けると眩しいような光を出す。また石灰の代りにザーコンというものを使ったのもあるが、これらは普通の灯用には用いられぬ。
夜間写真などに金属元素マグネシウムの粉を燃やす事があるが、あれはただ短時間強い光を出すだけで、灯用にはならぬ。
次には電灯であるが、一口に電灯と云っても今日では非常に種類が多くなった。先ず従来誰でも知っている白熱灯と
(明治四十年七月十五日『東京朝日新聞』)
室内用として最も広く用いられるのはやはり白熱灯である。ガラスの球の中の空気を抜き、中に炭の細い線を入れ、これに電流を通じて光らせるのである。空気を抜いておかぬと炭線がすぐに燃え切れてしまう。しかし空気を抜いておいてもだんだん炭線が損じガラスの内面が汚れて暗くなる。それで何か炭素に代る都合のよい物質はないかと調べた結果、色々の発明が出来た。オスミウムという金属を用いたオスラム灯というのが出来たがあまり用いられぬ。また近頃タンタラムという金属の線を代用したのがぼつぼつ用いられる、この針金を糸枠のようなものに巻きつけてある。ただ困る事は少し長く使っていると針金に凹凸が出来て使えなくなるので、今のままでは急に従来の炭素線を圧倒する勢いはない。次に近頃出来たタングステン灯というのはこれらに比してよほど有望だという事である。タングステンというはクロム属の金属元素で、これまではごく硬い鋼鉄を造るに用いられていた。これを針金にして白熱灯の炭素線に代用すると大変に電力の経済になる。普通の炭素ランプでは一燭光につき三・五ワットくらいの電力を要するのがこのランプではわずか一ワットで足りる。すなわち約七割の利益になる。この点から云えば非常に得なランプであるが、ただこの針金が脆くて折れやすいのが欠点である。しかし追々広く用いられる見込みだという事である。こんな脆い金属だから普通の方法では針金にする事が出来ぬ。それでこの針金を作る方法が色々工夫された、例えば細粉にした金属を
ある金属の酸化物例えばマグネシアのごときものは普通の温度では電気を通さぬが、熱せられると電流を通じ、そのために灼熱して強い白光を出す。これを利用したのがすなわちネルンスト灯である。ネルンストとはこれを発明したドイツの物理学者の名をそのまま取って付けたのだ。始めにある温度まで熱してやらぬと電気が通らぬから、これを熱するため小さいコイルが附属してある。始めに電流がこのコイルを通ってこれを熱すると、その中にあるマグネシアの線が熱して導体になり光り始める。このランプはかつて新橋の
次には水銀灯である。これは長いガラスの管の両端に電極を付け、一端にある小さい壺に水銀を入れ中の空気を抜いたものに過ぎぬ。これもそのままでは電気は通らぬが、始めにこの管を傾けて水銀を管の一端から他端へ流し、電極の間に橋をかけると電流が通じ始める。すると水銀が蒸発して管の中はこの蒸気が充ちその中を電流が通じるようになるから管を旧位置になおし水銀を一端に返しても電流は続いて通る、この時に水銀の蒸気は強い
ついでに灯火の色についても近頃色々研究されている。一体物の色というのはそれを照らす光の色に依るので、例えば染物類を昼日光で見たのと夜石油ランプで見たのと全くちがう場合が多い。先ず今日の処では炭の棒を使った弧灯の光が一番日の光に近いものだと云うから、呉服屋などではこれを使ったらよかろうと思うのである。それから色の不完全な灯光を始終使っていると遂には一種の色盲になる恐れがあると心配している人もある。これはあまりの取越苦労かも知れぬが、とにかく灯火の色という事は実用上重要で研究すべき問題だと思う。
ランプと云えば無論灯用が主になっているが、近年は特別な医療の目的にも用いられるそうである。すなわちルプスという皮膚病は弧灯の強い光で長く照らすとだんだんに治癒するそうである。
(明治四十年七月十六日『東京朝日新聞』)