ランプのいろいろ

寺田寅彦





 わずか数十年前の夜と今の夜とを比べると、正に夜と昼ほどの相違である。博覧会のイルミネーションを観て昔の行灯あんどん時代の事を想えば、今更のように灯火の進歩に驚かれる。
 瓦斯灯ガスとうでも従来の魚尾形をした裸火はだんだんにすたれて、白熱瓦斯、すなわちウェルスバッハ・マントルに圧倒されて来た。今日では場末の荒物屋芋屋でもこれを使っている。あのいわゆるマントルは布片にソリウム及びセリウムと名づける元素の化合物を浸したもので、これを瓦斯口の上に着せ火をければ、植物質は焼けてソリアの灰の網が出来る。これが瓦斯の焔に触れると真白な強い光を出す。近頃はまた瓦斯を下向きに噴き出して、普通電灯のように下方を照らすヤコブ灯というのが出来た。ちょっと見ると電灯かと思わせる。マントルについて一つ不思議な事は、これに浸す薬品がソリウムばかりでもまたセリウムばかりでも一向光らぬ、ただ前者の中に後者のごく微量を加えると、始めてあんな強い光を出す事である。
 アセチリン瓦斯も光が強いので、自転車のランプ、活動幻灯等に用いられているが、瓦斯の悪臭が如何にもいやなので、家庭用には面白くない。この瓦斯はカーバイドと称える人造の石塊に水をかければ発生するから、使用は軽便である。この原料を作るには水力電気を用いる。
 次に昔から強い光を得るために用いたドラモンド灯というものがある。酸素と水素あるいは灯用瓦斯と混じた焔を石灰の塊に吹き付けると眩しいような光を出す。また石灰の代りにザーコンというものを使ったのもあるが、これらは普通の灯用には用いられぬ。
 夜間写真などに金属元素マグネシウムの粉を燃やす事があるが、あれはただ短時間強い光を出すだけで、灯用にはならぬ。
 次には電灯であるが、一口に電灯と云っても今日では非常に種類が多くなった。先ず従来誰でも知っている白熱灯と弧灯アークとうでもずいぶんいろんなものがある。弧灯では、二本の炭の棒の尖端の間に強い電流を送ると、炭が摂氏三千五百度ほどに高熱して、その焔が弧状をなして炭の棒の間に橋を渡すようにしたものであるが、これにも色々あって、例えば弧光の周囲をガラスで密閉し、その中に空気以外の瓦斯、例えば窒素、一酸化炭素などを充たしたのがある。此方このほうだと炭の棒の消費が少ない。その他炭の棒やホヤや附属器械のパテントを一々数え立てたら限りがない。それからまた直通電流を用いるのと、交番電流を用いるのと、それぞれ区別があるが、要するに炭の棒の隙間を電気が通る時に炭の蒸気が出てこれが光る。電車の屋根から突き出ている棒と架空線との接触した処で青い光が出るのも同じ訳である。近頃は炭の棒の代りに金属を用いるのも出来た。弧灯は何万燭光などという強い光を出すので、探海灯、灯台用その他すべて戸外の灯用に適している。
(明治四十年七月十五日『東京朝日新聞』)


 室内用として最も広く用いられるのはやはり白熱灯である。ガラスの球の中の空気を抜き、中に炭の細い線を入れ、これに電流を通じて光らせるのである。空気を抜いておかぬと炭線がすぐに燃え切れてしまう。しかし空気を抜いておいてもだんだん炭線が損じガラスの内面が汚れて暗くなる。それで何か炭素に代る都合のよい物質はないかと調べた結果、色々の発明が出来た。オスミウムという金属を用いたオスラム灯というのが出来たがあまり用いられぬ。また近頃タンタラムという金属の線を代用したのがぼつぼつ用いられる、この針金を糸枠のようなものに巻きつけてある。ただ困る事は少し長く使っていると針金に凹凸が出来て使えなくなるので、今のままでは急に従来の炭素線を圧倒する勢いはない。次に近頃出来たタングステン灯というのはこれらに比してよほど有望だという事である。タングステンというはクロム属の金属元素で、これまではごく硬い鋼鉄を造るに用いられていた。これを針金にして白熱灯の炭素線に代用すると大変に電力の経済になる。普通の炭素ランプでは一燭光につき三・五ワットくらいの電力を要するのがこのランプではわずか一ワットで足りる。すなわち約七割の利益になる。この点から云えば非常に得なランプであるが、ただこの針金が脆くて折れやすいのが欠点である。しかし追々広く用いられる見込みだという事である。こんな脆い金属だから普通の方法では針金にする事が出来ぬ。それでこの針金を作る方法が色々工夫された、例えば細粉にした金属をにかわでこねて糊状にし、これを糸にした後、膠だけ焼いて取るとか、またこの金属の酸化物をこねて糸にした後これを還元させるとかする。コロイド・ランプという名で売出しているのもやはりタングステン灯の一種である。弧灯と白熱灯の外に、なお素人しろうとのあまり知らぬ有用な電灯が二種ある。すなわちネルンスト灯と水銀灯である。
 ある金属の酸化物例えばマグネシアのごときものは普通の温度では電気を通さぬが、熱せられると電流を通じ、そのために灼熱して強い白光を出す。これを利用したのがすなわちネルンスト灯である。ネルンストとはこれを発明したドイツの物理学者の名をそのまま取って付けたのだ。始めにある温度まで熱してやらぬと電気が通らぬから、これを熱するため小さいコイルが附属してある。始めに電流がこのコイルを通ってこれを熱すると、その中にあるマグネシアの線が熱して導体になり光り始める。このランプはかつて新橋の停車場ステーションで使っていたと思う。
 次には水銀灯である。これは長いガラスの管の両端に電極を付け、一端にある小さい壺に水銀を入れ中の空気を抜いたものに過ぎぬ。これもそのままでは電気は通らぬが、始めにこの管を傾けて水銀を管の一端から他端へ流し、電極の間に橋をかけると電流が通じ始める。すると水銀が蒸発して管の中はこの蒸気が充ちその中を電流が通じるようになるから管を旧位置になおし水銀を一端に返しても電流は続いて通る、この時に水銀の蒸気は強いあおい光を出す。このランプの利益な点を挙げてみれば、先ず電力の経済が出来、それから光る部分が大きいから物の影が少なくなって室内が昼のようになる。またこの光は写真の種板によく感じるからこれを使えば夜間でもほとんど昼間同様の写真が撮れる。こんな長所はあるが惜しい事にはこの光には赤い色を含んでいないから、赤いものをこのランプの光で見ると黒く見える。人の顔でも手でも青みを帯びた不快な黄色に見え、唇などはまるで死人のようになる。それで衣服でも器具でも室内のものはほとんど皆本来の色を失うてしまうから家庭用には用い難い。写真用の外には工場の灯用などに用いられている。劇場で幽霊などの場に使ったら面白いだろうと思われる。前に新橋の停車場の天井に一つ使っていたが今はどうだか知らぬ。水銀灯の不快な色をなおす工夫も色々研究された。例えば水銀の中に他の金属を入れてアマルガムにすると赤い色も出す事が出来るが、そうするとまた電力の利益が少なくなるといったような訳でまだ成効の域には達していぬ。
 ついでに灯火の色についても近頃色々研究されている。一体物の色というのはそれを照らす光の色に依るので、例えば染物類を昼日光で見たのと夜石油ランプで見たのと全くちがう場合が多い。先ず今日の処では炭の棒を使った弧灯の光が一番日の光に近いものだと云うから、呉服屋などではこれを使ったらよかろうと思うのである。それから色の不完全な灯光を始終使っていると遂には一種の色盲になる恐れがあると心配している人もある。これはあまりの取越苦労かも知れぬが、とにかく灯火の色という事は実用上重要で研究すべき問題だと思う。
 ランプと云えば無論灯用が主になっているが、近年は特別な医療の目的にも用いられるそうである。すなわちルプスという皮膚病は弧灯の強い光で長く照らすとだんだんに治癒するそうである。
(明治四十年七月十六日『東京朝日新聞』)





底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店
   1997(平成9)年11月21日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
   1986(昭和61)年1月7日第2刷発行
初出:「東京朝日新聞」
   1907(明治40)年7月15日・16日
※初出時の署名は「禿の頭」です。
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2022年4月27日作成
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