僕の同棲者の
かの女の前身は外人相手の娼婦なので、魑魅子には東洋の古典の絵巻にあるような繊細なこころは、あいにく持っていなかったが、女取引所にあらわれる体温によって花咲いた男性の
「――………どうかしよって? うん。」
僕は腕時計に
「――………うん。」
「――………浮気しよって?」
すでに、僕のこころの秘密撮影をすまして、魑魅子はラーフェンクラウを小指にはさんで、どうや、と、云うような朗らかな顔をしている。
「――……うん、浮気しよった!」
そこで、かの女は蓮の花がひらくように、僕のこころの迷彩のなかでわらいだす。その、わらい声が妖しくもある
僕は立ちあがると合廊下に出て電話の受話器を外した。都会と郊外の境界線にある中流のホテル、時刻は東京駅を十時五十五分の神戸行急行列車の発車すこしまえの混雑時だった。
★
前夜のこと、………
シャンデリヤにネオンサインが
そして、
ふと、僕は気がつくのであった。この湿気のある踊場風景のなかに、赤色ジョウゼットの夜会服をつつんだ、
たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの
浮舟のようにネオンサインにブルウスの曲目があらわれると、ジャズ・バンドが演奏を始めた。すると、恋を語るには千載に一遇のこの曲に立ちあがる男女、………そして、僕も立ちあがると、馴染みの踊子のアストラカンの裾を踏むようにして、
「――あの、栗鼠の毛皮の外套をつけた女を知ってる?」
すると、僕のパートナーは陽気な鼻声をだして、
「――………気に入った。」
「――………うん。」と、うなずくのを、踊りながら好色的な上眼づかいに見て、かの女は僕の背中にエピキュリアン同志のする暗号をつたえると、
「――お世話しましょうか?」と、小声で、そっと
「――たのむ。」
「――その御礼は?………………」
「――その、今月分の衣裳屋の仕払いを引うけるよ。」
すでに、かの女は栗鼠の毛皮をつけた女を
「――いいわ、こんどのワルツの曲のとき、あんた、あのレデーに申込むのよ。それまでに話しつけとくわ。……」
そして、ふたたびダンス場の桃色の迷宮のなかで僕は、
イタリアンとの混血児の
また、あらゆるものは
前髪に蝶結びのリボンを巻いた踊子の意気姿、かの女はもとよりショウト・スカウト、ハイヒール、流行色の
waltz
ダンス・ホールの
「――僕は、あなたを、どう解釈したらいいんでしょう?」
「――そんなこと、ご自由だと思いますわ。」
不可思議な女の声にあらわれるメロデイを感じて、
「――そんなら、僕と、ホールからお出掛けになりますか?」
「――あたし、お供したいんですわ。」
「――何処へ?」
「――あたしのこと、なにもかも、あなたにお
「――………しかし。」
「――………おいや。」
妖しい
辻待自動車のなかであった。
「――僕は、あなたに恋愛をするかも知れませんよ。」
「――あたし、そんなこと、好きでなくってよ。」
「――いや、僕にはそれ以外のことはつまらないことなんだ。」
「――あら、なぜ、そんなに
裏街を行く車窓にメインストリートの上層の華美な電飾が反映していた。
「――……接吻しますよ。」と、僕が云った。
「――……いやです。」と、云う栗鼠の毛皮の外套をつけた女の真珠貝のような耳垂が、センネットの場合の感覚をもって…………――――。
★
下町の袋小路にあるホテルの一室ヘ、僕は僕の恋心を監禁してしまった。
そして、僕は酔ったときの癖で、鍵穴に秘めた最期の
だが、そこには栗鼠の毛皮の外套をつけた、僕にたいする
「――……どうしようと、お思いになるの。」
「――……あなたを娼婦として、僕はおつき合いしたいんです。」と、云いながら、僕は外套を
「――いくら?…………」
「……………………………」
「――僕は、あらゆるものをあなたのために失くしてもいいんです。」
しかし、彼女は青磁のリノリウムに花の浮いた波浪をつくると、突然、
その、彼女の涙の洪水に、僕の不徳が押し流されてしまうのだった。
僕は黙って立上ると、鍵穴を埋めた冷やかなものに触れた。妙に官能的な音がした。
「――………お帰えんなさい。」と、甘美な気分のなかで僕が云った。
「――……ええ。」
「――あたし神戸だわ、でも明夜の十時五十五分の列車で
「――さようなら。」
「――……さようなら。」
★
とつぜん、受話器を外した電話を衝撃する音が、僕と魑魅子のこころをときめかした。
一瞬間、