菖蒲湯

幸田露伴




 五月といつても陽暦と陰暦とでは一月ほど差がある。しかし五月といへば、たとへそれが今のは昔のの四月に当るにしても、木の芽は張りきれ、土の膏はうるほひ溢れ、そらの色はあたゝかみと輝きとを増して、万物に生長と活動とを促がし命ずるやうな勢を示してくる、爽快な季節である。
 新緑の間に鯉のぼりのはためく、日の光に矢車のきらめく、何と心よいものではないか。のきの菖蒲こそ今は見えぬが、菖蒲湯のすが/\しい香り、これも一寸古俗に心ゆかしさを感じさせられる。しかし何も彼も更新の時である、菖蒲も煮くたしたやうになつては野暮だ、清らな新湯へ、さつと菖蒲を打込んだ其わづかの間に、湯烟の中から、すいとした、もたれつ気の無い※(「鈞のつくり」、第3水準1-14-75)におい[#「※(「鈞のつくり」、第3水準1-14-75)に」はママ]浸されるところに嬉しい、新しみの強い、いき/\した、張りのあるいゝ気持をおぼえるのだ。
(昭和八年五月)





底本:「花の名随筆5 五月の花」作品社
   1999年(平成11)年4月10日初版第1刷発行
底本の親本:「露伴全集 第三〇巻」岩波書店
   1954年(昭和29)年7月
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2023年7月17日作成
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