ゆく春

萩原朔太郎




おきつ邊かつ鳴る海青なぎ
今手に動ずる胸をおせば
哀愁ことごと浮び出でて
たぎつ瀬涙の八千尋沼

ああ世は神祕の影にみちて
興ある歌もつ子等もあるに
何をか若きに眉根ひそめ
執着泣くべくえ堪へんや

例へば人あり花に醉ひて
秋雲流るる夕づつに
樂觀すぎしを思ふ如く
足ぶみせんなき煩ひかや

  信なき一人に戀しさで
  今年もさびしう春は行きぬ





底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房
   1977(昭和52)年5月30日初版第1刷発行
   1986(昭和62)年12月10日補訂版第1刷発行
入力:kompass
校正:小林繁雄
2011年6月25日作成
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