敵
萩原朔太郎
鶉や鷓鴣の飛びゆくかなたに
ふたたび白堊の城は現はれ 風のやうに消えてしまつた。
人夫よ はやく夏草を刈りつくせ
狼火をあげよ 烟を空にたなびかせよ
空想の陣幕を野邊にはつて
まぼろしの宴樂をほしいままにせよ。
ああこのばうばうたる白日の野邊を訪ねて行つても
むかしの失はれた幸福に出逢ひはしない。
大風の吹く城の向うで
化猫草の穗のゆらゆらとうごいてゐて
なにものか
かなしい追憶の敵が笑つてゐる。
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