中村仲蔵

山中貞雄




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中村仲蔵(未映画化)
――――――――――
原作並脚色 山中貞雄



[#改ページ]
 =(F・I)道
 鏝不付の半次が徳利持って一散に走って居る。
 (移動)
 (ヘッド・タイトルを道の移動にダブらしたらどうかと思います)
(速やかにF・O)

 =(F・I)松平帯刀の邸
 一人の旗本、斬られてダダーとのけ反った。
 入れ替りに一人がサッと斬り込む。
 斬り込んで来た奴を横薙ぎにして左刄高く振り上げた此村大吉、大見得切った形。
 殺陣開始――
 遂に大吉、帯刀を斬り倒す。
 其処へ半次が漸く駈け付けて来た。「ようよう死んでるぞ、死んでるぞ」と数多い死体を見て大喜び。
 大吉、ホッと一息付いた所へ半次も来て「旦那、酒だ!」と大吉に酒を渡し、
 「サテ、おきよさんは?」と、ある部屋の襖を開くと、
 縛られて居るおきよの後姿。
 半次、急ぎ彼女の許へ駈け寄って縄を解く。
 大吉は、悠々徳利のガブ呑み。
(静かにダブって)

T「そんな訳で
 とうとう鬼神組を
 皆殺しにして
 了ったんです」

 =江戸の町
 話して居るのは鏝不付の半次。
 ブラブラ歩き乍ら聞いて居るのが行安寺の五郎蔵親分です。
 半次歩き乍ら尚もベラベラ、
T「右腕の傷も、案外、軽く
 想う女を手に入れて
 天晴れ男ッ振りを
 上げたまでは
 まあいいんですがね」
 と半次が言えば、五郎蔵が「それから?」
 半次「ササ」
T「それからが
 なっちゃ居ないんです」
 「悪い事が続いたんです、先ず第一に」と半次。
T「大勢を手に掛けたとあって、
 錦糸堀五百石の御邸は
 御取り潰しになり……」
 「とうとう浪人生活」と云えば、五郎蔵「そりゃそうだろう」半次尚も、
T「その上、
 そのおきよって女が
 見掛けによらんあばずれでしてね」
 と話し続ける半次。
T「旦那に金がないと
 知ると、急に
 手の掌かえして
 水臭くなりやがって、
 果は情夫と手に手を
 とってドロン……」
(次の画面へダブル)
 =大吉の浪宅
 (前の字幕からダブって)
 遺されたおきよの書置き手に呆然自失、ドッカと座敷に坐った儘の大吉、
 やる瀬なくその手紙胸に抱いて、
T「おきよ!」
 悲痛な叫びです。フラフラと立ち上って、足許定まらず壁に凭れて項垂れる。
 室の隅っこに淋しく残された鏡台、とり散らかされた化粧道具、
(それが静かにダブッて)
 鏡台の辺りに転がって居る一升徳利、もう一つコロコロ転がって来て二つコツンと衝突しました。
 机に凭れた大吉(数日後の事です)酒呑むのも嫌だと云った形。
T「淋しいな」
 側の半次が相槌打った「淋しゅうござんしょうね」
T「今更、鬼神組と
 喧嘩した、あの頃が
 懐かしい」
 泌々と独り言云う大吉。
T「あの時、皆斬らずに
 せめて半分位
 残しときゃよかった」
 「惜しい事したわい」と半次に向って、
 大吉
T「何処かに
 喧嘩相手は
 ないかなァ」
 「さァね」と半次の困った顔、大吉の淋しい顔――
(ダブって)
T「その後は、自棄ヤケになって
 誰彼れの差別なしに
 片ッ端から、世間相手に
 安兵衛もどきの喧嘩商売」

 =元に戻って――
  歩き乍ら話す半次「落ち振れ果てたあげ句が……
T「とうとう
 今じゃ……」
 聞き手の五郎蔵親分がその後引き受けて、
T「此の五郎蔵の
 用心棒か」
 半次の苦笑。
 二人が、とある町角まで来た時、五郎蔵が此の筋を曲ろうと言い出した。半次が「親方帰るんじゃないんですかい?」五郎蔵笑って「一服して帰ろう」と先になって角を曲る。

 =茶店
 四ッ谷見附のお光の茶店。二三人休息して居る。茶店の女が三人ばかり(其の中にお光も居る)。
 道行く人を呼んで居る。
 と、中の一人が彼方見て「まァ親分が」
 と云えば他の二人も出て来て三人揃って「親分お久し振り」
 半次を伴った五郎蔵の親分然たるところ。
 縁台に腰下ろすと女共いそいそと茶なぞ運んで来る。
 半次がソッと五郎蔵に囁く、
T「もてますね」
 「いや、其れ程でもない」顔の相を崩して得意がる五郎蔵の助平面がジロリと横目で睨んだ。長い事見つめた儘。
 可憐なお光の姿。
 半次「ハハン」と五郎蔵の顔色読んだ。
 「親分一寸
T「いい女ですな」
 と、云われて「ウーン」見惚れて居る五郎蔵。
 半次が笑い乍ら「親分
T「マイってるんでしょう?」
 図星指された五郎蔵親分慌ててお光を見ていた眼を外して「いやなーに」とさりげなく言ってのけたが、半次、尚も「嘘ばっかし」
 遂に五郎蔵が「実はな半次
T「俺の方は
 別に何とも……」
 思っちゃ居ねえんだけれど……」と云って、へへへ、と嫌な笑い浮べた。自惚れ笑いッて奴。
T「女の方が、どうやら
 俺に気があるらしい」
 とうそぶいたものだから、ヘーンと阿呆らしくって、物云えぬ半次。
 五郎蔵尚も図々しく、
T「色男はつらい」
 と云われて半次は笑い度くなった。「よう、まあ其のツラで」と思ったが「そうですな」と相槌打つ。
 茶店の女の一人が、フト彼方見て、誰かを見とめたらしい。「まあー」とお光をかえり見て、
T「お光ちゃん
 仲蔵さんよ」
 「まあ、仲蔵さん」とお光いそいそと出迎える。
 五郎蔵と半次其の方を見れば、
 仲蔵とお光。お光が「まあお掛け」と二人仲良く茶店の縁台に腰掛けて、何やら楽しげに、ペチャペチャ、誰が見たって恋人同士の甘き囁き。
 見て居た五郎蔵、呆然たり。半次ニヤーと笑って、親分見れば、五郎蔵暫時見惚れて居たがハッと半次に気付いて気まずい思い。
 お光と仲蔵、尚もペチャペチャ喋言ってる。
 広言の手前もあって、五郎蔵のテレ臭い事。
 半次が皮肉な笑い浮べ乍ら一矢むくいた。
T「色男は
 つろう厶んすね」
 五郎蔵イライラした。「馬鹿!」と一喝。
 余りの大声に仲蔵とお光も吃驚して振り返る。
 他の女達驚いて出て来ると、五郎蔵プンプン怒って「帰る。茶代置くぞ」とブツブツ言い乍ら立ち去る。後から半次「おかんむりや」と続いて去る。
 訝し相に見送ってる茶店の女。
 お光が仲蔵に、
T「山崎街道の定九郎?」
 と問い返す。仲蔵が「うん」と頷いた。
 お光が淋しく、
T「つまらん役ね」
 と云われて仲蔵も淋しそうに溜息ついた。
 お光が、ソゾロに同情した。
T「仲蔵さんは
 立派な腕があるのに
 情けない役ばかり
 らされるのね」
 と泌々云われて、仲蔵も悲しくなった。自棄的な言葉が唇をもれる。
T「それは、私が
 捨子だからさ」
 「エッ?」とお光「捨子だったら何故、悪いの?」と云った顔。
 仲蔵なかば、独り言の様に、
T「立派な親が
 ないからだ」
 尚も強く、
T「立派な家柄がないからだ」
 遂に常日頃心の底に秘めて居た欝憤が涙と共に迸り出た。
T「芸は大根でも
 家柄のある奴は、親の威光で
 ドンドン出世する
 皆んな家柄のお蔭だ。けれども、私には……」
 と言葉をついで、
T「私にはそれが
 ないばっかりに」
 家柄が無いばっかりに仲間の奴にまで蔑まれ、
T「何ぞと云えば
 捨子の仲蔵と罵られて
 のけ者扱い……」
 後は言葉出でず、涙を呑んで項垂れた。
 お光が彼の肩に手を掛けて励まします。
 往来の人が空を見上げ乍ら足を早めます。
 茶店の女が空を眺めて、
T「雨らしい」
 お光も「ほんに降りそうなお天気」と立ち上ります。
 仲蔵も「じゃ私も帰ります」と立ち上った。
 お光が、
T「其処まで
 送るわ」
 と言って置いてイソイソと内へ入る。
 他の女達は慌てて縁台を片付けはじめる。
 お光前垂外して傘持って出て来た。
 朋輩に後を頼んで、仲蔵に「お待ち遠う」
 と二人並んで歩き出す。
  暗雲低迷する空――(F・O)
 =(F・I)雨の橋
 雨の降って居る河面―― ボヤッと橋の影が映ってる。
 欄干に凭れて河面眺めて居る仲蔵。
 お光が側から傘きせて居る。二人共物思いに沈んでる態だ。やがてお光が気をとり直して、
T「明日初日?」
 と聞く、仲蔵は淋しく頷く。
 お光が力付ける、
T「頑張ってね」
 と云われると、仲蔵自信ありげに、
T「頑張る」
 先程とは打って変って元気づいた。
T「今迄とは、コロッと
 変った定九郎見せて
 皆の奴をアッと
 言わせて見せる」
 「まあ――」頼もしいその言葉。お光も嬉しかった。
T「どんな、定九郎?」
 仲蔵はハタと困惑した。首振って「サー」
T「それが
 未だ分らないんだ」
 「そう――?」とお光も悲観した。
T「毎日 毎日
 考えてるんだけれど」
 「どんな定九郎を演ったらいいかなァ」と又力なく欄干に凭れる。
 二人が淋しくたたずむ時、
 彼等の背後を韋駄天の如く走り過ぎた侍がある。
 何の気なしに仲蔵がその男見送ると、
 蛇の目傘の浪人者(大吉)が跣足で走り去る(所謂定九郎の恰好よろしく)。
 じーっと見送って居た仲蔵の面に歓喜の色現れる。五六歩ヨロヨロと前へ出た。
 遠く走り去る大吉を見送って、
 雨の中の仲蔵狂喜する。
T「アレだ!」
 「アレだ、アレだ!」と尚も叫び続ける。
 訳の分らぬお光、傘持って呆然と立つ。
(F・O)
前代未聞の定九郎
いなせな定九郎
男ッ振りの善い定九郎よ
実に無類千両!
仲蔵は忽ち江戸中
人気の焦点となる。

 =(F・I)芝居小屋の内部
 蛇の目の傘を半開き、ダダッと駈けて、花道の七三で大見得切った仲蔵の定九郎。
 見物の喝采、いやもう物凄い人気。
 舞台の定九郎の演技。
 舞台に噛ぶり付いて瞬きせず仲蔵に見入って居る老いさらばえた浪人体の老武士がある。物部嘉助である。
(F・O)

 =(F・I)長屋・物部の浪宅内部
 何か頻りに話して居る嘉助老人の半身バストから始まります。
 聞いて居るのは、娘の雪枝。何か手内職して居ます(仕立物でも、団扇張りでも何でも結構)
 嘉助老人が「よく云うてあるわい」
T「親はなくとも、
 子は育つ」
 わしは昨晩つくづくそう思った。
T「今江戸中、
 人気の焦点マト
 評判男の中村仲蔵が……」
 「その仲蔵が……」と過去を想い起すらしく、
T「二十年以前、
 貧に窮して、
 おやじ橋に捨てた
 我子、仲蔵とは……」
 「わしはこんな嬉しい事はない」
 聞いてた雪枝が仕事の手を止めて、
T「今晩にでも、
 兄様に会いに行かれては?」
 老人慌てて「馬鹿な事申すでない」
 「何故で厶ります?」と、雪枝がきけば、
 老人、
T「落ちぶれたりとも、
 物部嘉助も、
 武士の端くれ」
 厳として言い放ち、
T「忰が河原乞食に、
 成り下ったと、
 世間へ知れては、此の嘉助、
 御先祖様に申訳立たぬ」
 と云えば、
 雪枝、まァと云った体。
 嘉助、暗然と涙声で、
T「仲蔵は、
 我子とは思わぬ」
 と云って、
T「雪枝
 そなたもあれを、
 兄とは考えるでないぞ」
 と云われて、雪枝が涙ぐんで承知して見せると、
 老人も泌々、
T「わしは、あれの
 素晴らしい評判を、
 聞くだけで、
 もう満足……」
 武家気質の老人が淋しい満足です。悲しい諦めです。
T「こんな極楽はない」
 老人の悲痛な叫び聞いては、雪枝もホロリとせざるを得ません。と、彼女の坐って居る背後の窓(障子が開けてある)から、向いの家が見えます。今しも、その向いの家の表に訪れる浪人がある、後姿(大吉らしい)。
T「半次、又来たぞ」
 雪枝がハッと振り返って、「まあー」と仕事放って窓の所へ。
 向いの家の表――半次の家です。
 内部から半次出て来て「よう、先生」と大吉を内へ入れる(大吉はたえず背後向き)。
 窓から雪枝うっとり見惚れてた。
 大吉の入った後から半次も続いて内へ入ろうとして、フト向いの家に気づく。
 見られて雪枝てれて視線外す。
 半次、エヘッと意味深の笑い残して内へ入るとカメラがスーと流れて、
 井戸端です。今しも長屋のお内儀二三人、ワイワイ話している。
 話の中心が一人の男(職人らしい)「話しだけじゃ分らねえ」と立ち上り、側に乾してある破れ傘持って、
 尻からげして天晴れ定九郎振りよろしく珍妙な大見得切る。
 お内儀連、キャッキャッ笑う。
 「笑うねえ!」と其の男、
T「その又、仲蔵の
 男ッ振りのいい事ッたら」
 と馬鹿に賞めて居るのを、
 窓の中で、嘉助老人嬉しそうに聞いて居た。
 側の雪枝はじーッと他の事考えて居るらしい。
(F・O)
大入満員
三日目の中村座

 =(F・I)芝居小屋
 幕閉って居る。
 大入満員の平土間。
 桟敷の女客。
(たらいに番附入れたのを肩に乗せ売って歩いている等芝居小屋の情景よろしく)
 平土間で「幕開けろ!」と怒鳴ってる、五月蝿いのもある。
 他の桟敷に五郎蔵親分来て居る。五郎蔵の側の蒲団が空いている。誰か立って行ったらしい。
 又他の桟敷には進藤甚助始め、旗本の連中五人何か話して居る。
 進藤が、他の若侍に、
T「聞かれたか
 仲蔵の定九郎?」
 と問えば、
 若侍の一人が「ウン兼々承知致す」
T「変っとるそうな」
 進藤会心の笑い「貴公等未だ御存知ない。その事では厶らぬわ、喃、貴公達、
T「御存じで厶ろう
 此村大吉?
 以前錦糸堀に居た?」
 他の若侍「ハアハア、あの大吉、どうか致したか」。進藤が、
T「何でも、仲蔵の定九郎
 あの大吉に
 そっくりとの事」
 他の若侍「左様か、此奴は初耳」
 進藤がヘヘンと笑って、
T「河原者風情に
 真似られるとは
 大吉奴、落ちぶれたわい」
 と、一同冷笑する。
 他の若侍が大きな欠伸した。
T「長い幕だなァ」
 と云う。
 平土間でパチパチ手を叩く奴がある。
 桟敷の五郎蔵「半次の奴、何をしてやがるんだろう」とじれったい顔。
 彼の側の主なき座蒲団。

 =楽屋
楽屋の入口の混雑は、何か事件があるらしい。役者も裏方も心配そうな顔付。
 小生意気な役者が(与市兵衛でも、勘平でも何でも結構)吐き出す様に、独り言。
T「仲蔵の奴
 下ッ葉の癖に
 出しゃ張った真似
 しやがるからよ」
 と云う。

 =楽屋の中では
 定九郎の仲蔵や座長らしい大石役者や、其他がペコペコ謝っている。
 一同の前で啖呵切って居るのが半次。
 一人の座主らしいのが、オズオズ紙包(金子)を前へ出した。
 半次ジロッと其れを一瞥して「こりゃ何だ?」と言った顔で其の男を睨む。
 オズオズ口ごもる件の男。
 半次が大喝「馬鹿!」
 ウヘーとその男、平謝り。
 半次益々「よう聞いとけ」
T「金が欲しさに
 言ってるんじゃ
 ないわい!」
 ジロジロ仲蔵の定九郎を見て「ヤイコラッ」
 「ハイ」と仲蔵。
 半次「ウヌか? 仲蔵とか云うのは」
T「てめえのアゴの青髯
 に其の五分月代さかやき
 仲蔵ヘーイと自分のズラを気にする。
 半次尚も、
T「それから
 其の黒羽二重に
 朱鞘の長刀ダンビラ
 落し差して
 居る処……」
 と云われて仲蔵、恐る恐る「それがどうか致しましたか?」
 半次、ジロリと仲蔵を睨み、
T「何から何まで
 俺の先生そっくりだァ!」
 驚く仲蔵。半次詰め寄って、
T「誰に断って
 俺の先生の表看板
 横取りしたァ!」
 「御尤も」と一同謝る。
 半次中々承知しない。
T「兎も角、てめえ
 舞台に立つ事ならぬ!」
 最後の宣告である!
 仲蔵「そう仰言らず」と一同と共に頼むが、
 半次、断然啖呵切る。「誰が
T「何と言ったって
 幕は開けさせぬ!」
 「此の半次様が承知しねえ!」
 一同ホトホト困り果てた。
 その時、楽屋の表に一同にひっぱられて強そうな男(多分道具方らしい)やって来た。
 人掻き分けて前へ出て、
 半次の首筋ムズと掴んだ。
 半次眼を白黒。
 一同ヤッと安心する。
 強い男、半次を肩に担いでズドンと投げた。
 踏んで蹴って又投げつけて、
 格闘暫時――
 結局フラフラの半次を軽々と肩に乗せる。
 =桟敷
 五郎蔵親分「遅いな半次は?」と思ってる時に強い男、半次を引ッさげて幕の中より出て来て、
 「何処だ? 彼処か」
 と五郎蔵の席へ来て側の蒲団の上へ半次をドスン。
 投げられて気のついた、半次、夢中で「サー殺せ!」
 強い男が「何ッ!」と。
 半次、彼に気付いて、オホホと小さくなる。
 五郎蔵「ナニ」と強い男に向わんとするのを、
 半次、
 周章てて止めた。
 強い男セセラ笑って去る。
 後見送って五郎蔵「どうした?」
 半次が「あかん、強い奴や」と体の筋々が痛そうです。
 拍子木がチョンと鳴る。
 半次「アー幕が開く」
T「先生、早く来ねえかな」
 と大吉を物色して辺りを見廻す。
 平土間の客も幕が開くので落ちつく。
 進藤たちも雑談止める。
 女客も坐り直す。
 又拍子木チョンと鳴れば、
 半次悲観して五郎蔵に、
T「酔っぱらって
 来ないのじゃ、ないかな?」
 「困っちまうなァ本当に」と云ってる時、
 又チョンチョンと鳴る。
 半次耐らなくなって立ち上りキョロキョロ場内を見廻す。
 五郎蔵が独り言。
T「先生が来ると
 面白い芝居が見られるんだが」
 と云って居る時、
 又拍子木チョンとなる。
 半次尚もキョロキョロ。
 チョンッと拍子木一ツ鳴る。
 半次キョロキョロ。
 チョンと又一ツ。
 半次キョロキョロ。
(半次と拍子木のカットバックよろしく、追々急速になって遂に、フラシュバックになった時)
 拍子木チョンチョンチョンチョン……で幕が開いたらしい。
 半次遂に断念したかドッカと坐る。
 桟敷の女客が花道の方見る(仲蔵が其処から現れるからです)。
 旗本連も花道の方見る。
 五郎蔵も花道の方を見る。
 平土間の観衆、花道の方を見て居たが、ドッと喚声上る。
 花道――ダダと駈けて来た仲蔵の定九郎、七三でグッときまった。
 客の一人が「ナリコマヤ――」と怒鳴る。
 桟敷の女客が恍惚とする。
 半次チェッと舌打ちする。
 仲蔵花道で大見得切って置いて、舞台の方へ歩き出さんとした時である。
T「仲蔵引ッ込め!」
 仲蔵ドキンッとして立ちすくむ。
 土間の客「ナンヤロなァ」と声のした方キョロキョロ見る。
 半次も五郎蔵も「可笑しな具合」と顔見合わす。
 仲蔵、暫時棒立ちになってたが気のせいやろうと又歩き出さんとすれば、
T「引ッ込めッたら
 引ッ込めッ!」
 仲蔵吃驚して棒立ちになる。
 平土間の客、動揺して一斉に一方を見る。
 進藤等も「何で厶ろうな」と顔見合わす。
 女客も声のした方を訝しげに見る。
 半次と五郎蔵も見る。
 棒立ちの仲蔵。と又、
T「引ッ込ま無きゃ
 ひきずり下す!」
 桟敷の後の戸がガラリと開く。誰か立っている(下半身だけより見せない)。
 仲蔵、不審げに戸の開いた方見る。
 半次も見た。よろこんだ! 躍り上った。
T「先生!
 待ってました!」
 と大喜び。
 桟敷の女客の一人が、
T「まあ
 此村大吉よ」
 と相手の女に言う。
 それ聞いたか平土間の一人の客が「オホホ」
T「此村大吉」
 と眼見張る。
 進藤がそれを耳にした。
T「なに、大吉だ?」
 と、他の若侍と共に気色ばむ。
 一杯機嫌の此村大吉、ニタニタ笑い乍ら仲蔵を睨んでいたが、
 ノッシノッシ花道へ上って、
 震え上って居る仲蔵の傍へ寄り、
T「よくも、この大吉と
 定九郎とを
 一緒にしやがった」
 物凄い権幕に仲蔵蒼くなる。
 半次も大喜びで続いて花道へ飛び上る。
 平土間の客は愈々騒々しい。
 と、舞台の方から例の強い男、事件出態とばかりノシノシ出て来た。
 大吉の背後の半次小さくなる。
 強い男は、尚も仲蔵を責めて居る大吉の側へ寄って「コラッ」と胸倉掴んだ。大吉、二三度振り払ったが、尚もしつこく掴みに来るので逆に強い男の腕掴んで、二三間曳きずって物の見事に花道から、
 平土間へドスーンと投げつけた。
 投げられて強い人フラフラ。
 半次「どんな物でえ」と花道の上から先刻の仇とばかり強い男の頭をコツン!
 大吉、オドオドして居る仲蔵の所へ戻って、
 「ヤイコラ
T「仲蔵! ウヌ
 俺が命令する」
 断然と言い放ち、
T「此後断じて
 舞台に立つ事ならぬ!」
 仲蔵仰天した「そんな、無理な事」
 大吉「あかんちゅうたら、駄目だ」
 仲蔵「そう仰言らずに……」と必死に謝り頼む。
 桟敷の女客「ひどい人」と顔見合せる。
 進藤始め、若侍達も、いまいましそうな顔。
 仲蔵が尚も必死に頼むのを、大吉ニタニタ笑い乍ら聞き流して居たが暫時して、
T「ウヌ それ程
 舞台へ出たいか?」
 と問う。
 仲蔵「はい出とう厶います」と涙見せて頼む。
 大吉「汝がそれ程
T「出たけりゃ
 勝手に出ろ!」
 「エッ」と訳の分らぬ仲蔵、でも嬉しそうに、
 「あの出ても構いませんか?」
 大吉「ウーン、いいとも」と頷いて、さて改まって、
T「じゃが……」
 ジロッと凄く仲蔵睨んで、
T「素ッ首
 洗っとけよ!」
 仲蔵呆然たり。
 大吉刀の柄に手を掛けて、
T「舞台へ上る、その前に
 親兄弟に遺言
 して置く事、忘れるな!」
 エッと仲蔵絶望する。大吉冷笑す。
 と、平土間の一人の客が、
T「そんな無茶な!」
 と叫んだのをきっかけに、平土間の群衆騒然たり。ガヤガヤ、ワイワイ口々に、
T「横暴だ!」
T「大吉、退れ!」
T「無茶だ!」
T「ひどいぞォ!」
T「どん百姓、下りろ!」
 ガヤガヤ、ガヤガヤ喧しい事!
 大吉イライラして来た。観衆をハッタと睨み、
T「喧しいやい!」
 大刀ズラリと引ッこ抜く。
 平土間の観衆忽ち驚く。
 大吉「静かにせんかァ!」
 平土間やや静かになる。
 大吉花道から、大刀片手に大跨にヅカヅカと舞台へ来り、平土間に向って、
T「文句が有ったら
 上って来い」
 観衆睨み乍ら舞台の端を行ったり来たり「文句ある奴何奴だァ」と怒鳴って歩く。
T「平土間残らず
 俺が相手だ!」
 「誰でもいい、文句有ったら掛かって来い」
T「命の要らねえ奴は
 何奴だァ!」
 と大声に怒鳴って「貴様かッ?」と一人刀で指す。
 指された男「滅そうな」ブルブル。
 大吉、又、他の男に「貴様か」
 その男、震え上って小さくなる。
 大吉「誰も文句がないのか?」
T「仲蔵は、今日限り
 舞台へ上げぬぞ!」
 「いいか、皆承知だなァ」と叫んで、
T「文句、ほざく奴
 居ないのか?」
 「どうだァ!」と大刀振り上げる。
 進藤始め若侍「畜生!」と云った態。
 大吉、尚も舞台を歩き廻り乍ら平土間に、
T「此村大吉が芝居を
 滅茶苦茶に
 ブッ壊したんだ!」
 ジロリと、進藤等の方一睨して又群衆に向って、
T「むかつく奴
 居ないのか?」
 と怒鳴る。
 進藤たちウヌッと怒る。
 大吉尚も舞台の端を右左に歩き廻り乍ら進藤たちの方チラッと見乍ら、
T「天下の豪傑
 出て来ぬのか?」
 怒号する。五六歩横に歩いて又、
T「何奴も此奴も
 此村大吉が怖いのか?」
 遂に進藤「ウヌッ」と叫んで、
T「大吉!
 其処動くな」
 叫ぶと共に五名バラバラと桟敷より駈けて舞台へ飛び上った。
 大吉刀を収めて「ニヤー」と満足の笑。
T「待ってたんだ」
 と云って五六歩、後退り、へへへと笑い、
T「馬鹿野郎の
 飛び出すのをなァ」
 と云う。
 進藤たち怒って、ズラリズラリと抜刀した。
 大吉「ナニッ」
T「やるか?」
 「よーし、やるぞ!」と云う。
 半次、飛び上って喜んだ。走り出し、
 舞台の隅へ坐って平土間の客に向い、拍子木叩いて、
T「東西――
 東西――」
 「ベラベラベラ」何だか喋言り出す。
 平土間の客「面白うなったぞ」と固唾呑む。
 女客も不安乍ら見て居る。
 其処彼処の弥次馬連ワイワイ、ワイワイ騒々しい事!
 半次尚も、
T「演じまするは
 これ北辰一刀流
 名代の踊り手
 此村大吉が得意の壇上」
 拍子木をガチャガチャガチャ。
T「いで――
 三味や太鼓も賑やかに」
 「振り面白く踊り出だす……」
T「当世流行
 剣劇踊りの
 始まり
 はじまり」
 チョン、チョン、とやったものだ。
 大吉、笑い乍ら大刀抜く。
 進藤たちスワと身構える。
 大吉、刀を背向ける(背打ちにする覚悟らしい)。
 平土間固唾呑む。
 大吉「一人二人……五人か」
T「まず
 五から一引く」
 立廻り。
 一人殺られた(無論背打ち)。
 平土間ワッと喚声上げる。
 半次「一人……」と指折る。
 大吉、ニタニタ笑い乍ら、
T「四から一引く」
 立廻り。
 又一人殺られた。
 平土間の喚声。
 半次「二人……」と喜ぶ。
 大吉、悠々、
T「今度は
 三から二引く」
 立廻り。
 今度は二人一度にズバリ――
 平土間騒然たり。
 女客も「マァー」と鮮やかさに眼を見張る。
 半次「ホー四人だァ」
 大吉、ニタニタ笑い乍ら、
T「残った一つを
 二つにする」
 と云って背打ちにしていた大刀元に返す。
 進藤、オホホと蒼うなる。
 大吉、ジリジリ迫って、
T「縦に二つか?」
 進藤、ジリジリ下る。
 大吉、ジリジリ進み乍ら、
T「横に二つか?」
 進藤、ガタガタ震え出す。
 大吉、尚もジリジリ。
T「それとも
 斜めの袈裟がけか?」
 と云って笑って居た唇グッと引きしめた。
 進藤、生きた心地しない。
 大吉、サッと大刀振り上ぐ。
 進藤、ワーと叫んで大刀おッ放り出して其場にヘタヘタヘタ。
 大吉、気抜けした。
 平土間は大笑い。
(F・O)

其の夜も更けた。

 =(F・I)川端
 柳の木の下に悲恋に泣く男女の姿。
 お光が涙の面で、
T「では、どうあっても
 明日演るの?」
 決然として仲蔵が答えた。
T「演る!」
 涙を呑んで、
T「私も男……」
 耐られなくなって柳の木に面伏せた。
 お光も悲しかった。
 仲蔵が健気に言ってのけた。
T「役者が、舞台で死ねたら
 本望……」
 勇ましや、恋人の言葉! お光も嬉しかった。
 仲蔵が、
T「お光ちゃん」
 二人相抱いて、暫時声無し。仲蔵が、
T「私と云う男は
 何処までいじめられる
 んだ!」
 夜は更けて風粛々、二人の嗚咽の声のみ高し。
(F・O)

 =(F・I)物部の家
 表障子ガラリと開いて嘉助老人打ち沈んで帰って来た。
T「駄目だ!」
 行燈の灯影の許、雪枝と向い合って坐った。
 暗い空気があたりを包む。
 老人が、
T「仲蔵は、明日も
 舞台へ上るとの事」
 驚く雪枝。老人が、
T「出れば
 きっと殺される!」
 と言い放ったきり、老人は凝っと一点を見つめた儘動かない。
 雪枝が、
T「憎いのは
 此村大吉とか仰しゃる
 御武家様……」
 弱い者が強い奴への果敢はかない反抗です。
 「いくら、いくら……
T「酔狂にも
 程がある……」
 悲痛な叫びは老人の胸を掻きむしった。
T「可哀そうな兄さんの
 出世の道
 妨げたばかりか」
 雪枝尚も叫ぶ。
T「妾達親娘の
 たった一ツの幸福まで
 ブッ壊して……」
 後は涙に声もなし。
 嘉助老人の眼光の鋭さは何事か決心する所あるらし。
(F・O)

翌朝――
猿若町に櫓の太鼓
鳴り響けば

 鳴り響く櫓太鼓――

 =(F・I)お光の茶店(朝まだき)
 駕籠が一丁待っている。茶店の戸を開けてお光に送られ飛び出した仲蔵。
T「名残りは尽きぬ!
 随分達者で……」
 サッと駕籠に乗る。
 見送るお光の涙顔。
(急速にF・O)

 =(F・I)物部の家
 嘉助老人おっとり刀で飛び出さんとするのを雪枝が縋って「何処へ?」
 老人が「何処へとは知れた事
T「老いさらばえた
 此の命
 伜の役に立てて来る!」
 雪枝を振り切って二三歩、尚も縋り付くのを足蹴にし、
 老人土間へ飛び下りて、
 雪枝を振り返り、
T「此村大吉と
 刺し違える!」
 叫ぶと見るや表へ飛び出した。取り残されオロオロする雪枝。
(急速なるF・O)

 =(F・I)ある街角
 進藤甚助やって来ると、昨日の若侍と剣士日下部典六の面々とバッタリ出会った。若侍の一人が「オオ
T「いい所へ、進藤氏
 中村座へ行こう」
 進藤、震え上って「馬鹿な事」
 若侍が、
T「日下部先生をお頼み
 したから
 今日は大丈夫」
 成程、強そうな日下部典六の一党。けれど進藤、心配だ。
T「拙者、今朝がたより
 腹痛を覚え……」
 と急に腹をおさえる。
 若侍も「それでは致し方厶らぬ」と、進藤と別れ一同急ぎ足に走る。
(急速なるF・O)

 =(F・I)半次の家
 鉢巻で尻掛げした半次、勇ましく飛び出した。
T「面白うなって来たぞ!」
 雀躍こおどりして喜んだ。
T「先生、引ッ張って
 来なくちゃ……」
 と慌てて去る。
(急速なるF・O)

 =(F・I)道――
 急ぎ足に歩いて居る日下部典六の一行。典六が、
T「日下部典六、一党
 引き連れ乗り込むと
 聞いたなら
 大吉奴、驚くぞ」
 と云えば、若侍が「左様
T「震え上って
 よう来ぬかも知れぬ」
 云い乍ら一同歩いて居る。
(急速なるF・O)

 =(F・I)他の道――
 途上で半次はバッタリ子分連れた五郎蔵親分と出会った。
 半次は息せき切って、
T「先生知りませんか
 先生を?」
 五郎蔵が「先生?」
T「先生なら
 俺の家で酒呑んで居る筈」
 半次喜んだ! それじゃと一同そろって走り出す。
(急速なるF・O)

 =(F・I)物部の家
 仏前に雪枝が、父の無事なる事を一心に念じて居る。
(急速なるF・O)

 =(F・I)柳島の妙見には――
 恋人の無事なる事、神かけて祈るお光の姿がある。
(急速なるF・O)

 =(F・I)道――
 走る嘉助老人。
 走る仲蔵の駕籠。
 急ぎ足の典六等の一行。
 走る半次と五郎蔵達。
以上のカットバック追い追い急激に物凄きスピードとなり、
結局――

 =五郎蔵の家の表
 バラバラと半次の一行、飛び込んで行く。
(F・O)

中村仲蔵死を決して
出演し
日下部典六一党率いて
繰り出したと聞けば
此村大吉たる者亦
登場せざるべからず。
三ツ巴の大波瀾を
予期した江戸ッ児連が
中村座に雪崩
れ込んで……

 =(F・I)芝居小屋
 大人気大入の平土間。(O・Lして)
 大入満員と書いた札。
(F・O)

 =(F・I)五郎蔵の家の一室
 此村大吉の半身位、大吉カメラの方を向いて、ワハ……と愉快そうに笑う。
T「皆、一杯
 喰わされやがった」
 聞いた半次や五郎蔵呆れた。
 半次が、
T「冗談じゃねえ
 先生、本当に
 行かないんですか」
 大吉半次の方見て、
T「行かないよ」
 半次が何か言わんとするのを大吉、
T「今も言った通り
 行き度くないから
 行かぬのだ」
 半次が「でも先生
T「昨日、あれだけ
 仰有っとき乍ら」
 「今更になって……」と言うのを
 大吉、空うそぶいて、
T「昨日は昨日
 今日は今日」
 半次が尚もしつこく、
T「でも
 武士の言葉に……」
 大吉が半次をジロッと見て、
T「二言ないと
 申すのか」
 半次がうなずくと大吉改まって、
T「半次よ
 貴様俺が武士に
 見えるか?」
 半次、「阿呆な事、見えるかって、武士じゃ厶いませんか?」
T「大吉が俺がまこと武士なら
 先祖伝来の千五百石
 戴いて、錦糸堀に
 くすぶってるわ」
 と言い放ち、更に、
T「有難い事に
 俺は武士じゃない」
 半次が「武士でなかったら何ですい」
 大吉、
T「自由気儘の
 悪たれ小僧よ」
 言い度い事言って了うと大吉出掛けようとするので、
 五郎蔵がとめた。
T「先生はそれでよいかも
 しれませんが
 此の五郎蔵の腹の虫
 が収まらぬ」
 と本気になって怒り出した。
T「仲蔵はきっと
 五郎蔵がとっちめて
 お見せします」
 大吉、簡単に、
T「お託せする」
 と立ち上り、
 半次も続いて立ち上る。
 襖の所で大吉振り返って五郎蔵に、
T「じゃが、親分
 いかい御熱心?」
 五郎蔵、図星さされてグッと詰ったがテレ隠しに「ナー
T「先生が、他人事の様
 に放って置くからよ」
 と言うのを大吉の傍の半次が、
T「とか何とか言って
 其の実は……」
 大吉が「其の実は?」
 半次が、
T「叶わぬ恋の
 意趣晴らし」
 五郎蔵「馬鹿!」と怒る。
 半次慌てて去る。大吉も笑い乍ら出て行く。

 =五郎蔵の家の表
 大吉と半次格子戸をガラリと開くと、
 バラバラと五六人の通行人急ぎ、
 走り去る。続いて又数人、口々に「喧嘩だ」
 と言っているらしい。
 大吉、半次を振り返って、
T「喧嘩らしい」
 と二人急ぎ足に去る。

 =附近――
 大吉と半次来て見ると成程喧嘩らしい。群衆ワイワイ言っている。
 一人の旗本、数名の浪人者の立廻り。何と言っても数の少ない方が危い。
 既に斬り伏せられんとした時、大吉飛び出して来た。
 旗本を後にして、
T「友人の誼
 助勢致す!」
 と叫ぶや、長刀ズラリ引っこ抜く。
 立廻り。
 結局、浪人者サンザンの態にて逃げ去る。
 大吉が刀収めた時くだんの旗本、
T「いずれの御人か
 存ぜねど
 千万忝けない」
 と礼を述べてから、負け惜しみに、
T「尋常ならば
 彼奴等如きの
 五人六人」
 「束になって参ろうとも……ビクとも致す、拙者では厶らぬが」
T「何分にも
 病気上り……」
 と言うのを大吉が、
T「弱って居られて
 御幸せ」
 「エッ」と旗本訝しそう。
 大吉が、
T「拙者、強い方を
 叩き斬る」
 面喰って居る旗本を尻目に大吉尚も、
T「貴殿が御強よう
 厶ったら、今頃
 貴殿の其の首は
 まさか胴には……」
 「着いちゃいまいテ」と大笑する。
 旗本、オホホと首をおさえた。
(F・O)

翌る朝――

 =(F・I)お光の茶店
 進藤甚助と昨日の若侍とが休息して居る。進藤は若侍から昨日の事聞いたらしい。
T「さもあらん
 さもあらん」
 とうなずく。
 若侍が、
T「日下部先生お出で
 と知って、よう出て
 来ぬとは大吉も
 案外情けない奴」
 と言えば、
 進藤が、
T「と思って居られる
 から、御貴殿は
 未だ若い」
 若いと言われて若侍訝しそう。
 進藤威張り返って、
T「大吉は
 身共が怖くて
 よう来なかったのじゃ」
 独りで威張って居る。
 茶店の柱に凭れて居たお光が彼方を見てオヤッと言った顔(大吉を見とめたからだ)。
 進藤が話して居る背後の床几に大吉が腰下した。
 若侍、オヤッと思ったが、
 進藤は平気な物。
T「大体身共は内気な
 方で厶って喃」
 若侍手真似で「アカンアカン」云うが、
 進藤一向構わず、
T「生得、大勢の人中へ
 出ると気がボー
 と致す性質」
 大吉背後でジッと聞いて居る。
 若侍泣き相になった。
 進藤知らずに尚も、
T「尋常の勝負ならば
 断じて大吉如きに」
 大吉が後を続けた。
T「ヒケとらぬと
 仰しゃるか?」
 ゲーと進藤飛び上った。背後見て二度吃驚慌てて五六歩逃げたがハタと立ちどまる。
 床几の上に残って居た進藤の大刀を大吉が取り上げる。
 進藤振り返って之を見て泣き相な顔。
 大吉ニヤニヤ笑って刀を弄って居る。
 進藤のベソ掻いた面。若侍の方は、五六間向うで早く逃げようと言って居る。
 大吉、進藤の刀持ってスックと立ち上る。
 進藤飛び上って驚いた。後をも見ずに一目散。
 大吉、笑って件の刀、ポイと上へ投げる。
 茶店の屋根上へ落ちる刀。
 はるか彼方の木蔭で様子を見て「アッアッ」
 と云った顔の進藤と若侍。
 大吉が又床几に腰掛けて茶を飲まんとした時、急ぎ足に半次が現れた。大吉を見て「先生」
 と近寄る。
 大吉「半次か、まあ掛けろ!」と言って、
T「五郎蔵親分
 見事、仲蔵を
 とっちめたかい!」
 仲蔵と聞いてお光はハテと聞耳立てる。
 半次が「ソソそれが大変ですよ」
 大吉「どうかしたか」と訊く。
 半次、
T「昨夜、芝居が
 果ててから
 帰りを急ぐ仲蔵
 の駕籠を……」
(此のタイトル次の画面にO・Lして)

 =深夜の街
 帰りを急ぐ駕籠一丁。
 突然、バラバラと現れた五郎蔵一味が駕籠を囲んだ。
 五郎蔵が、
T「仲蔵出ろ!」
 駕籠からは一向出て来そうもない。
 背後の方で半次見て居る。
 五郎蔵ヅカヅカと駕籠に寄り、垂れを上げんとした時、アッと叫んで蹴飛ばされる。
 一同スワと身構えれば、
 駕籠の中より現れた日下部典六。
 一同二度吃驚。
 典六驚いて居る五郎蔵を投げ飛ばし、
 その首筋掴んで、
T「帰ったら大吉に
 申して置け」
 一同が斬り付けんとするのを一喝して置いて、
 五郎蔵に、
T「日下部典六が怖くて
 よう来ぬのなら
 怖う厶いますと
 両手をついて
 詫びに来い!」
 と、首筋掴んだ儘、五郎蔵を曳きずり起し、
T「さすれば
 命だけは助けて
 やるとなァ」
 と叫んでドンと突けば、
 五郎蔵二三間コロコロと転がった。
 せせら笑う典六。
 呆然たる半次。
(F・O)

 =(F・I)元に返って
 話して居る半次。
T「第一捨て台詞が
 気に喰わねえじゃ
 厶んせんか、ねえ
 先生」
 大吉笑って居る。
 お光はまだそっと聞いて居る。

 =茶店の横手
 進藤甚助と例の若侍が梯子掛けて進藤が屋根へ上る。刀をとるつもりらしい。
 大吉ニヤニヤ笑い乍ら、
T「日下部典六
 可愛いい奴」
 半次面喰った。
T「可愛いい奴……
 と言って
 放って置くんですか」
 大吉問題にしない。
T「当分喜ばして
 置くサ」
 半次「当分喜ばして置いて」
 大吉、
T「気が向いた時
 出掛けて行って
 冥途へ送ってやる」
 「なーる程」と半次。
 大吉「出掛けよう」と手を叩く。
 お光ハッとして急ぎ大吉の方へ。
 屋根の上で――
 進藤、刀を拾わんとして前へよろめいて、
 アッアッアッと言ってる中にコロコロと転がって、
 大吉たちの前へドスンと落ちて、驚いて立ち上ったが腰が抜けてヘタヘタ。
(F・O)

   其の夜
仲蔵をとっちめると云った
五郎蔵の言葉が
実現した

 =(F・I)夜の町
 お光が急ぎ足に歩いて来る。
 五郎蔵一味、息を殺して待って居る。
 五郎蔵がソレッと合図した。
 一同バラバラとお光を囲む。
 驚いたお光、アッと叫んで逃げんとする。
 背後から抱きつく奴――
(F・O)

 =(F・I)五郎蔵の家の一室
 五郎蔵が嫌にニタニタ笑って居る。
 お光、鷲の前の小鳩と云った形。
 半次や二三人の児分が控えて居る。
 大吉は隅で独酌でチビリチビリ。時々五郎蔵の方ジロリと見ては、嬉しそうに笑って居る。
 お光は案外、落ち着いたもの。
 五郎蔵が、
T「仲蔵の命は
 俺の手の中にあるんだ」
 「よっく考えて見ろよ」と五郎蔵、
T「殺そうと生かそうと
 お前の心一つ……」
 云われてお光ニコッと笑って、
T「古臭いわねえ
 其の手は……」
 五郎蔵エッと意外の面。
 お光、
T「一昔前なら
 そんな嚇しも
 利いただろうにね」
 とせせら笑って五郎蔵を見て、
T「此の間の晩
 大川端でお武士に
 投げ飛ばされて
 ギュッと言わされたのは……
 親分、あれは一体
 誰でしたっけねえ?」
 グッと詰って眼を白黒さす五郎蔵、怒って、
T「ドドどうするか
 覚えてろ!」
 と、カンカンに怒る。
 お光はフンと鼻であしらう。
 大吉ニヤニヤ笑い乍ら酒を呑んで居る。
(F・O)

此頃の嘉助老人は
伜の評判の素晴らしさに
聞き惚れて居る
だけでは、どうにも
我慢が出来なくなった

 =(F・I)嘉助の家
 雪枝がイソイソと帰って来た。
 嘉助老人はボンヤリ室に坐って居る。
 雪枝が嬉しそうに「父上様
T「よい事
 聞いて参りました」
 嘉助が「何だ?」と問う。
 雪枝が、
T「兄さんは毎晩
 芝居が済んでから
 柳島の妙見様へ
 お詣りになるとの事」
 「成程」と老人の面に喜色浮ぶ。
 雪枝も嬉しそうに、
T「其処で
 人知れず親子の
 対面なされたら……」
 「ウンウン」と老人。
 雪枝が、
T「それなら、まさか
 お父上様の武士も
 廃りは致しますまい」
 聞いた老人元気よく、
T「そうだ、今夜
 柳島の妙見へ」
 包み切れぬ喜悦、面に浮べ老人が言いました。
 雪枝も父の笑顔見て嬉しそう――
 と、ツト立って表の間へ。
 障子の破れから、外見て居る。

 =長屋――
 半次の家から今日も大吉と半次ブラリと出掛ける。
(F・O)

 =(F・I)附近の道
 大吉と半次歩いて居る。
 半次が、
T「どうやら向いの
 雪枝さん、先生に
 気があるらしい」
 大吉聞き咎めて、半次の方振り向く。
 半次、へへへと意味深長な笑。
 大吉苦笑して、
T「俺の鼻の下、も少し
 長かったら、或いは
 そんな言葉に
 有頂天になったかも
 知れぬ」
 「エッ?」と半次の意外そうな顔。
 大吉、半次には構わず黙々として歩く。
 半次も黙って歩く。
 大吉、やがて、
T「女…………か」
 どうやら彼はおきよの事想い出したらしい。
 半次も悪い事言ったと思った。
 大吉の独り言。
T「俺がおきよに
 恋したのは
 命懸けだった!」
 遂に昔の古傷に触れた。
T「女と云う奴
 命懸けで恋する事
 知らぬ」
 と半次の方振り返って、
T「親分の想って
 居る女だってそうだ」
 半次「あのお光とか云う女」
 大吉が、
T「親分の口説き方は
 なってない」
 半次が「何故?」と問えば、
 大吉、
T「俺だったら、長刀
 抜いて嚇しつける」
 「ホー」と半次が感心する。
 大吉再び言った。
T「女と云う奴
 命懸けで
 恋する事知らぬ」
 何だか二人の間湿ッぽくなった時、
 バタバタと二三人の人が慌ただしく二人を追い越して走る。
 大吉立ち止って前方凝ッと見て居たが、半次の方振り向いて、
T「喧嘩らしい」
 ズカズカと走って、
 群集掻き分け前へ出て、
 立ち廻りして居る武士達の中へ進み出て、
 一人の方の武士を背後にかばって仁王立ち。
T「友人の誼
 助太刀致す!」
 長刀ズラリと引ッこ抜く。
(F・O)

 =(F・I)五郎蔵の家
 五郎蔵が、長火鉢の前で煙草吹かして居ると、児分の甲、慌ただしく帰って来て、
 五郎蔵に向い、
T「親分!
 いい事、聞いて
 来ました」
 と五郎蔵の傍へ寄ってポシャポシャ。
 五郎蔵聞いて「そうかよしッ!」
T「仲蔵を
 ブッタ斬るんだ!」
 と力強く叫んで、
T「今夜
 柳島の妙見で――」
 と言って会心の笑を浮べた。
(F・O)

其の夜の
柳島妙見――

 =(F・I)柳島の妙見の附近
 嘉助老人と雪枝が物蔭で仲蔵の通りかかるのを待って居る。
 駕籠が来る――
 雪枝が見止めて「アアあれ」と指さす。
 老人も「そうじゃ」と云う。
 駕籠は二人の近くでとまった。
 仲蔵が出て来て駕籠屋に待って居て下さいと云って置いて、
 二人の前を通り過ぎた。
 嘉助は声掛けんとしてよう呼びかけ得ぬ。
 その間に仲蔵は妙見の境内へ。
 二人も後からソッと従う。

 =境内――
 仲蔵が通り過ぎる背後から嘉助老人思い切って、
 「アもし」
 仲蔵、訝しそうに振り返ると、
 老人が、
T「仲蔵殿とやら
 申されぬか?」
 と云って雪枝と嘉助、按じる様に仲蔵見た。
 仲蔵「ハイ、私奴が仲蔵で……」
 嘉助「オオ」
T「矢ッ張り………」
 と狂喜の如く仲蔵の傍へ。
 訳の分らぬ仲蔵、少し後退する。
 其の時、突然、
T「仲蔵、待て!」
 ハッと仲蔵や嘉助や雪枝が其の方見れば、
 五郎蔵始め、一味の奴が現れた。
 驚く仲蔵。
 五郎蔵が、
T「黙って居りゃ
 いい気になって
 よくも俺達の面に
 泥塗って呉れた」
 逃げんとする仲蔵の襟がみとって引き戻す。
 雪枝も驚いたが、
 嘉助老人スワとばかり、
 五郎蔵をドンと突いて仲蔵を背後に庇って刀に手を掛けた。
 五郎蔵怒った。
T「老耄れ
 邪魔すな!」
 ソレッとばかり一同は嘉助と仲蔵に討って掛かる。
 ハラハラする雪枝。
 立廻り若干。
 仲蔵は逃げる。二三人は後追う。
 続いて追わんとする奴等を防ぐ嘉助。

 =附近――元の場所
 逃げて来た仲蔵は、其処に待って居た駕籠に乗る。追って来た児分、駕籠の棒掴む。
 と、其の時、バタバタと駈けて来た武士。日下部典六である。

 =境内
 嘉助は五郎蔵の一太刀、肩先に受けアッと言って倒れる。
 驚く雪枝。
 父の死体に取り縋ったが流石は武士の娘、父の太刀握って五郎蔵の背後から斬りつけたが、刀落され、弱腰ドウと蹴られて倒れた。
 五郎蔵が、
T「娘さん
 俺の所為セイじゃ無えぜ」
 「馬鹿な事しちゃ困る」と云って、
T「恨むんなら
 先生を恨みな
 此村大吉をな」
 と言い残して仲蔵の方へ行かんとした時、
 児分連、典六に追われて逃げて来た。
 典六追って来て身構える。
 雪枝は父に取り縋って泣く。
 五郎蔵、相手が悪いと見て「逃げろ」とばかり一同散ずる。
 典六見送ってせせら笑い、フト雪枝に気附く。
 今、嘉助老人断末魔。
T「仲蔵……」
 声段々細って遂にガックリなる。
 ワッと泣き伏す雪枝の姿。
 凝ッと見つめた典六の面に嫌な笑が浮んだ。
(F・O)

 =(F・I)五郎蔵の家
 長火鉢の前に坐って、御機嫌斜めの五郎蔵親分ブリブリ怒って居る。
 次の室で、
 捕われのお光――冷笑浮べて居る。
 長火鉢の前。
 五郎蔵、次の室のお光の事思うとムカついてならぬ。
 児分の甲がソッと五郎蔵の傍へよる。
 五郎蔵が「何か用か」と問えば、
 児分甲が、
T「親分、こうなりゃ
 一層の事、日下部典六
 とグルになっちゃ
 どうですい?」
 五郎蔵の「そんな事出来るかい」と云った顔。
 児分甲が会心の笑。
T「典六は親分が憎くて
 仲蔵に味方するんじゃ
 ないんでしょう」
 五郎蔵、成る程と頷く。
 甲は、
T「典六の喧嘩の相手は
 此村大吉」
 「そうでしょう親分」
T「だから、典六と
 グルになって仲蔵の奴を
 殺し、其の代り
 大吉の方も親分が
 何とか骨折って……」
 聞いて居た五郎蔵、何か思い当る事あるらしくポンと膝を叩いて「成る程、それがいい」
(F・O)

一夜の中に父を失い
独りぼっちの雪枝の
家へ日下部典六が
訪れて来たのは
その翌る日の事

 =(F・I)嘉助の家(夜)
 俗名物部嘉助の位牌の前。
 訪れて来た日下部典六が、雪枝に何か話して居る。
 親を失った非嘆の涙、乾き切れぬ雪枝が哀れな姿。
 典六が一膝進めて、
T「何と言っても
 相手は音に聞えた
 此村大吉」
 「とても女の腕に立つ筈が厶らん」と云って、
T「御見受け申す所
 他に縁者とて
 厶らぬ御様子」
 と言われて雪枝はやる瀬なさそうに見える。
 此処ぞと典六、
T「身共も武士
 次第に依っては
 御助勢致す」
 エッと喜んで雪枝、典六を見る。
 典六「御助勢申すとも」
 雪枝「有難う存じます」と其の場に嬉し泣きに泣き伏す。
 典六ニヤニヤ笑い出した。辺りを見廻し雪枝の肩に手を掛けて、
T「御助勢致す
 その代り……」
 と言ってギュッと雪枝を抱き締めんとする。
 アッと驚いて振り払う雪枝。
 段々獣的になる典六の顔。
 雪枝に不安の色。
 典六の手振り放して跣足の儘表へ――
 典六も後から、

 =家の前(長屋)
 半次の家の表を大吉開けんとしたが鍵がかかって開かぬ。「留守らしい」と思った時、
 雪枝が吾が家から飛び出して来た。
 続いて典六も。
 大吉、女を庇って立った。
 典六、怒って、
T「日下部典六と知って
 手向うか?」
 大吉聞いて、
T「ナニ、典六?」
 半次から聞いた話思い出してニッコリした。
 雪枝に逃げろと言う。
 典六ウヌと抜刀する。
 雪枝去る。
 大吉と典六の立廻り若干――
 結局、サンザンな目に遭った典六、其の場におさえつけられた。
 大吉、典六の刀※(「てへん+宛」、第3水準1-84-80)ぎ取って、突きつける。
 典六、命許りは……と頼む。
 大吉、せせら笑う。
T「怖いのなら
 怖う厶いますと
 双手をついて
 詫びて行け」
 「エッ」と典六不思議そうな顔。
 大吉、
T「さすれば
 命だけは助けてやる」
 と云われて典六「さては半次」と立ち上らんとするが、
 大吉に刀突き付けられ、
 仕方なく両手をついて詫びる。
 大吉大笑して刀を投げてやる。
 それを拾って、コソコソと逃げる典六。
 後見送る大吉の側へ雪枝が来て礼を述べる。
 大吉、凝ッと礼を言って居る雪枝の顔見て居る。
(F・O)

 =(F・I)夜の町
 惨々な目に遭って節々の痛みに足を引き摺り乍ら帰って来る典六。
 物蔭から五郎蔵が出て来て呼び止める。
 振り返った典六「オオ、五郎蔵」と身構える。
 五郎蔵が「まァまァ」ととどめ、
 典六、不思議そうにするのを、
 五郎蔵が「話が厶りますれば」と心易く典六に近附く。
(F・O)

 =(F・I)物部の家
 相当の時間が経過した後らしく、大吉と雪枝は親しげに話して居る。
 兼ねてより心に恋い焦れし男、前にして雪枝の面は嬉しさ包みきれぬ。
 大吉は真面目くさって、
T「すると、其の
 此村大吉と云う奴が
 御身の父御の敵」
 「成る程」と仔細らしく打ちうなずき、
T「なれば、身共
 喜んで、御身に
 助太刀仕まつろう」
 雪枝「まァ」と喜んだが思い返し、「イエイエ
T「その大吉とやらは
 稀に見る武芸達者
 との事に厶りますれば」
 と言うを大吉が「イヤイヤ
T「譬え、身共が一命
 其奴の為に捨て
 申そうとも」
 意外の言葉! 雪枝が「何と仰しゃいます?」
 大吉、
T「御身の為なら……」
 雪枝の声が震えて来た。
T「わたくしの為なら?」
 大吉が情熱的な声で、
T「御身の為になら
 身共喜んで
 一命捨て申す」
 大吉の此の言葉は雪枝を歓喜の絶頂に押しやった。感極まってワッと泣き伏す。
 大吉慌てて「どうなされた」と雪枝を宥める。
 雪枝、暫く泣いていたが、涙の顔上げて、
T「わたくし
 ウウ嬉しゅうて……」
 後は声無く又、大吉の膝に泣き伏した。
 その姿見下ろす大吉の顔に一種残酷な、所謂悪魔的な微笑と云う奴が浮んだ。
(F・O)

 =(F・I)五郎蔵の家
 日下部典六を上席に五郎蔵と児分甲が酒飲んで居る。
 室の隅の方に捕われのお光の姿、不安そうに三人の方見て居る。
 典六が「よし心得た」と五郎蔵に、
T「では、明日芝居が
 果てたら仲蔵を
 柳島の妙見へ
 誘き出そう」
 お光の驚き!
 五郎蔵、ニヤッと笑ってお光を見る。
 お光、気強くツンと横向いたが流石に涙ぐんで居る。
 五郎蔵が今度は典六に、
T「じゃわっしは
 馴染みの町与力に
 頼んでお上の手で
 大吉の野郎を……」
 と言えば典六「お頼み申す」
 お光は独り不安な顔。
(F・O)

一夜が明けた――

 =(F・I)長屋の朝
 半次が我が家から出て来た。一つ大きな欠伸する。雪枝は自分の家の表にボンヤリ立っています。
 何か物想いに沈んでる。
 半次が独り言。
T「先生、昨夜
 何処へ行ったんかね?」
 其の声に雪枝フト半次に気附く。
 半次尚も独り言。
T「親分の家へも
 帰らなかったと云うし」
 聞いた雪枝、何か言わんとしたが幾度か※(「足へん+寿」、第4水準2-89-30)躇したが遂に思い切って「若し」
 「何です?」と半次。
 雪枝、言いにくそうに、
T「柏木先生なら
 たった今、親分の
 処へと仰有って……」
 半次が不審そうに、
T「柏木先生……?
 と云うんじゃ
 ないでしょう」
 雪枝も不審そうに、
T「確か昨夜
 柏木と仰有ったが」
 聞いた半次愈々訳分らぬ。
 雪枝が、
T「何時も貴方と
 御一緒の……」
 「こんな頭で、こんな顔の」雪枝が言えば、
 半次「そうそう
T「あの先生なら
 此村大吉」
 ゲーッ? と雪枝の驚愕。
T「ココ此村……」
 殴られた様にフラフラと我が家の入口に凭れる。
 半次、愈々不審そうな顔。
 雪枝耐らなく、サッと家の中へ入る。
 半次、後にのこって感心する。
T「何とかかんとか
 言ってて先生
 早い事……」
 「早い事いっちまったんかな」と言い乍ら半次は去る。

 =家の内部
 位牌の前に泣き崩れた雪枝。
T「知らなかった
 知らなかった」
 泣の眼で父の位牌に、
T「お許し下さいませ
 お父上様」
 生ける者に言うが如く、
T「雪枝は
 雪枝は不孝者
 で厶ります」
 果は自分を叱る様に、
T「憎い敵とも知らず
 身も心も捧げた
 雪枝の愚かさを
 お叱り下さいませ」
 決心した物の如く、
T「お詫びは……
 お詫びは
 きっと致します!」
 と叫んで又其の場に泣き伏した。
(F・O)

 =(F・I)道――
 大吉がブラブラ来る。後から叫ぶ声に振り返ると半次が駈けて来た。追い付いて、
 二人並んで歩き出す。
 半次が先刻の事思い出した「先生!」
 「何だ?」と大吉。
 半次、
T「先生、昨夜
 何処へ行ってました」
 大吉、一寸微笑んで、
T「昨夜か?」
 無表情に簡単に、面白くなさそうに、
T「昨夜は面白かった」
 半次は、大吉の答えが余り呆気ないので、
T「面白かった?」
 と意外そうに問い返せば、
 大吉依然として一向面白くなさそうに「ウン
T「面白かった」
 半次が再び問う。
T「それだけ
 ですかい?」
 大吉が微苦笑浮べて、
T「昨日の事は
 昨日の事サ」
 と言って黙って了う。半次ももう問わない。
 と前方に当って群集がワイワイ。
 一人の浪人者と、二人の若い旅侍の果し合い。
 大吉、半次を振り返り、
T「喧嘩らしい」
 とズカズカと群衆の方へ。
 今しも浪人者は若侍の一太刀受けてあッと倒れる。
 其処へ大吉、飛び出して来て、
T「友人の誼
 助太刀致す!」
 長刀ズラリ引ッこ抜く。
 二人の旅侍何か言わんとしたが、その隙を与えずに大吉は斬り込んで行く。
 半次見ている。
 二人相手に大吉の立廻り若干。
 とど、二人共に一太刀ずつ浴びてドウと倒れた。
 大吉笑い乍ら血刀拭う。
 虫の息の三人。と旅侍二人の中の一人が突然刀を杖にヨロヨロと立ち上り、
 大吉「未だ来るか!」と身構えると、
 其の侍は大吉には眼も呉れず、這う様にして先に倒した浪人の傍へ寄り、苦しい声で、
T「父の……
 カッカッ」
 と叫んでとどめ刺さんと大刀振り上げたが力尽きてバッタリ倒れた。けれど尚起きんと努力する。
 大吉、じーと其の侍見下して居た。動かない。
 やがて静かに頭上げた。
T「敵討ちか」
 悲痛な面で呟きました。そしてフラフラ歩き出す。
(F・O)

其の夜が更けて
柳島の妙見では――

 =(F・I)柳島の妙見
 五郎蔵一味の日下部典六の一党が集合して居る。五郎蔵が典六に、
T「わッしの家から
 縄付きを出したくは
 ありませんから
 役人に半次の家に
 張り込んでる様
 言って置きました」
 「左様か」と典六。五郎蔵、
T「あの野郎、日に一度
 はきっと半次の家へ
 行きますから
 行ったが最後」
 「一ぺんにフン縛られます」てな事言って居ます。
(F・O)

今朝の旅侍の事が
大吉の頭から
何うしても
離れない

 =(F・I)五郎蔵の家
 皆出て行って、ガランとして居る室の片隅に只一人坐して考えに沈む大吉。
 半次は長火鉢の前で、之も黙って煙草吹かして居る。
 行燈の灯、淋し。
 大吉の心愈々重い。
 と、襖慌ただしく開いて留守番の児分、
T「大変だ!
 お光が……」
 半次何事ならんと児分と共に次室へ、
 大吉、眼の玉一つ動かさず、まだ何事か考えて居る。

 =次室
 舌噛んで死んだお光。
 半次と児分お光を抱えて呆然。
 美しき、余りにも美しきお光の死顔。
(O・L)

 =元の室
 大吉尚沈んで居る。と暫時して半次がニューと首出した。
T「お光は
 舌噛みましたよ」
 大吉ガクリと項垂れた。半次が尚、
T「あの女は命懸けで
 惚れてましたね」
 その言葉に大吉ギクとした。スックと立ち上る。
 半次、慌てて問うた。
T「何処へ?」
 大吉振り返る事もせずに、
T「昨日の女の事
 気にかかる」
 と言い残して其の儘スーと去る。
 半次も続いて立ち上った。
(F・O)

 =(F・I)長屋
 張り込んで居る役人大勢。
 見張りの者が、ソレ来たと合図した。
 一同バラバラと四散する、或る者は半次の家の中へ隠れる。
 其処へ駈けて来た大吉と半次、雪枝の家の中へ飛び込む。

 =家の内部――
 大吉中へ入ったが誰も居ない様子。
 座敷へ上って――
 次の室の襖ガラリ開いて二人共アッと叫んだ。
 父の位牌の前に喉突いて倒れて居る雪枝。
 大吉驚いて彼女を抱き上げ、
T「どうしたと
 云うのだ?」
 と雪枝の耳許で叫ぶ。
 雪枝フト気附いて大吉を見「おお貴方は……」
 大吉「どうした?」と聞く。
 雪枝苦しげに、
T「仲蔵を……」
 大吉「確っかりしろ!」雪枝尚も、
T「兄さんを……」
 「何?」と大吉、雪枝必死に声を絞って、
T「タッ、タッ頼みます!」
 と云ってガックリなる。大吉暫時雪枝の名を呼んだが遂に息絶えたと知ると静かに其処に寝かし、今更後悔の念に絶えず、
T「心得た!
 仲蔵は、拙者が
 親分に頼んで
 きっと無事に
 舞台へ立たせてやる」
 と言ってスックと立ち上る。「半次行こう」と今しも大吉、
 表の戸開けた時「御用」と一人の役人うって来る。
 大吉其奴を蹴り倒し、ピシャリ戸を閉めて、
T「人違いすな
 此村大吉、御用と
 呼ばれる覚えない」
 と外の役人の一人が、
T「五郎蔵の訴えにより
 罪状明白じゃ
 神妙にしろ!」
 聞いた内部の二人、
T「ナニ五郎蔵?」
 大吉、ウヌ――サテハと白眼むいて怒った時!

 櫓に芝居の果てを知らせる太鼓が鳴り響く。
 大吉、オーと叫んだ。
T「南無三
 芝居が果てた!」
 「時遅れては」と半次、次に大吉、ドッと表へ飛び出した。

 =道――
 駕籠が一丁走って居る。
 中には仲蔵が乗って居る。

 =他の道――
 逃げる大吉と半次、追う役人との立廻り。
(両者カットバック適当に)

 =柳島の妙見――
 見張の児分「来た!」と手を上げた。
 ソレと用意する一同。
 其処へ駕籠が到着する。
 バラリ取り囲む一同。

 =道――大吉と半次の立廻り
 半次が一人踏み止まり、大吉は逃げる。
 半次の立廻り――(捕えられるなと殺されるなと其処所よろしく)。
 =妙見――
 仲蔵を囲んで一同刀突きつける。
 生きた心地せぬ仲蔵。
 五郎蔵、大刀振り上げてキッと斬り下す。

 =道
 走って来た大吉の手に
 捕縄が掛ったので、
 大吉引き戻されてバッタリ倒れた!

 =妙見
 仲蔵、五郎蔵の刃を逃れて、逃げ出さんとする。
 一同「ドッコイやらぬ」と立廻り――

 =道――
 大吉、縄持ってた奴をズバリ斬って、
 其処に現れた数名の捕吏と立廻り。

 =妙見――
 仲蔵、バッタリ倒れる。
 児分の連中、仲蔵の両手両足おさえる。

 =道――
 大吉、捕吏を倒して走る。

 =妙見
 倒れている仲蔵。
 その上で太刀逆手に振り上げる五郎蔵。

 =道――
 走る大吉。

 =妙見――
 五郎蔵、グサッと太刀突き下す。
 走る大吉。
 五郎蔵の刀は仲蔵の首とスレスレに土に突き刺さされている[#「突き刺さされている」はママ]。抜かんとするが中々抜けぬ。走る大吉――
 五郎蔵、刀を土から抜いて又振り上げた。駈け付けた大吉!
 児分の間駈け抜けて、五郎蔵の傍へ寄り、五郎蔵をドンと突く。
 日下部「オオ大吉」と叫ぶ。
 大吉、仲蔵を抱えて身構え乍らジリ退る。
 一同大吉を取り囲む。
 大吉、仲蔵を連れて突然走る。
 一同後追うと、
 大吉は仲蔵を境内の安全な場所へ置き、再び戻って来た。
 典六と五郎蔵「おのれ大吉」
 大吉、笑い乍ら、
T「長い事
 待ったろうなァ?」
 エッ? と呆気にとられた二人。
 大吉は、
T「主役が来なくちゃ
 幕も開けられまい」
 と云って「サアサア
T「此村大吉、登場した
 愚図々々せずと
 幕開けろい?」
 訳の分らぬ二人始め児分。
 大吉が怒鳴る。
T「幕開けろと云ったら
 開けねえか?」
 愈々面喰う一同。
 大吉「よーし
T「ウヌ等、よう開けぬ
 のなら、俺が
 斬って落すぞ」
 と叫んで太刀大上段に振り上げ、
T「此村大吉が
 柳島の妙見に
 一大乱闘の幕
 切って落すぞ」
 と叫んで一同の中へ斬り込む。
 一大殺陣の開始となる――
 遂に典六も五郎蔵も倒されたが、
 大吉も肩先深く斬られてしまった。
 仲蔵が恐る恐る出て来た。
 大吉「おう仲蔵か」
 仲蔵、恐る恐る「はい」と答える。
 大吉が、
T「仲蔵!
 貴様、武士の切腹
 見た事あるまい」
 と言う。
 仲蔵「ハイ見た事厶りませぬ」
 大吉、微笑んで、
T「今見せてやる
 よッく見て置け!」
 エッと驚く仲蔵。
 大吉、太刀逆手にグサッと横腹を……
(急速なるF・O)

 =(F・I)芝居小屋
 花道をダダッと駈け出た仲蔵の定九郎。
 七三でグッと極った時。
(F・O)





底本:「山中貞雄作品集 全一巻」実業之日本社
   1998(平成10)年10月28日初版発行
底本の親本:「山中貞雄シナリオ集 下巻」竹村書房
   1940(昭和15)年9月20日発行
※(F・I)は「フェード・イン」、(F・O)は「フェード・アウト」、「T」はテロップ/タイトル(字幕)、「O・L」はオーバー・ラップです。
※表題は、底本の親本編集時に与えられたものです。
入力:平川哲生
校正:米田
2014年8月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




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