右門捕物帖 三十番手柄 帯解け仏法

山中貞雄




右門捕物帖 三十番手柄 帯解け仏法 寛寿郎プロダクション(サイレント)

原作   佐々木味津三
脚色     山中貞雄
撮影    吉田清太郎
監督     山中貞雄
キャスト
むっつり右門     嵐寛寿郎
おしゃべりの伝六  頭山桂之助
あばたの敬四郎    尾上紋弥
おふみ       山路ふみ子
兄伊吉       市川寿三郎
生島屋太郎左衛門   玉島愛造
敬四郎女房 お兼   別府花子
生島屋の娘 お類   泉 清子
敬四郎乾分 松公   嵐寿之助
奉行         嵐徳三郎
結城左久馬      春日 清
村井庄兵衛      菊本久男
[#改ページ]
1=(F・I)呉服屋生島屋太郎左衛門の表
 表の暖簾。娘のお類さん乳母をつれて今御出掛けです。乳母が履物をそろえてる間に彼女帳場の方をちらと見ます。手代の伊吉が忙しそうにそろばんを弾いている。

2=表
 お類その儘出て行きます。入れ違いにあばたの敬四郎の妻女お兼さんが店へ入ります。
 「いらっしゃいませ」と手代の伊吉。

3=生島屋の附近
 川端で土蔵の白壁が見えて居て柳の木が一本ある。お類此処まで来て立ち止る。人待ち顔。

4=生島屋店先
 お兼さんの前に伊吉反物を色々並べます。
 お兼中年増の図々しい、いやらしさで伊吉を見ます。余りしげしげ見られるんで伊吉一寸テレます。

5=附近
 お類待ってます。乳母に「お前見といで」と言ってます。

6=生島屋表
 お兼さん買物を済まして出て行きます。
 乳母が戻って来ると伊吉が得意先でも廻る恰好で出て来る。
 乳母が「早く」と目顔で……伊吉急ぎ足に近づく。乳母が「待ってらっしゃいますよ」と言って置いて日傘を取りに店へ戻る。背後の板塀に戯書がある。相合傘の下に、
 いきち、おるい
 その戯書の大写からO・Lして、

7=元のお類の待っていた処
 お類と伊吉のラブシーンです。
T「あんたとの事兄さんに話したら」
 とお類です。伊吉が、
T「許して下さいましたか?」
 お類が、
T「兄さんは、あんたの妹さんをお嫁に欲しいんだッて」
 えッと伊吉、
T「御主人様がおふみを?」
 伊吉返答に困った。
T「そうしたら妾をあんたのお嫁さんに呉れてやるって」
 伊吉困った。
 乳母が日傘持って帰って来た。伊吉それと見て話をやめる。お類が、
T「妹さんと相談しといてね」
 と乳母と共に去る。その前を一人の娘が通り掛った。
 よウ似てるけど、と言った顔で立ち止りました。
T「兄さんじゃ無い?」
 へッと伊吉。
 「おふみか?」
T「何考えてんの?」
 と伊吉、
 「いや何でも無いさ」
 その傍を通り掛かったお侍、結城左久馬(相当大身である)。供の若侍二人を見返って「あの女」と言う。おふみの事である。美人じゃ喃と言った顔で見惚れた。
(F・O)

8=(F・I)とある境内の茶店
 朝である。
 床几の隅に腰掛けておふみが考え込んで居る。
T「何を考え込んで居るんだい」
 おしゃべり伝六が立ち止って訊ねました。おふみ、
T「まあいい処へ、休んでいらっしゃいな」
 伝六腰を下ろした。
 結城左久馬、若侍五六を伴ってやって来たが、茶店の伝六とおふみを見て立ちどまる。左久馬供侍に、
T「あの女、虫がついている喃」
 その侍がハッ仰せの通り。左久馬が、
T「苦しうない、あの虫踏みつぶせ」
 若侍心得て去る。伝六におふみ話す。
T「あたし、はっきり断ってやったの」
 もったいねえと伝六。
T「しかし生島屋は金持だぜ」
T「嫌ね此の人は」
T「あたし金持は大嫌い」
 と言って、
T「それでね兄さんとても悲観していたわ」
 そうだろうと伝六。おふみが、
T「ひょッと兄さん変な気を起して」
T「川へはまるか首をつるか」
 成る程と伝六。
T「それが心配なの」
 とおふみが言ってる時、前を通り過ぎる娘二人、
T「厭なもんね土左衛門ッて」
 えッとおふみ胸騒ぎがします。伝六が、あのもしと呼び止めた。振り返った娘に、
T「見たんですか土左衛門を?」
 えーと娘が、
T「たった今其処の橋の下で」
 伝六が、その土左衛門、
T「男ですか?」
 えーと娘達――おふみ心配だ。伝六が慌て出した。
T「一ッ走り見て来るぜ」
 伝六走って――

9=鳥居の処で
 出会い頭に衝突してひッくり返った。
T「無礼者ッ」
 と叫んだのが結城左久馬の連中。侍の一人が伝六の首筋掴んだ。
 あばたの敬四郎と子分の松公が通りすがりに之を見る。

10=茶店
 仕出しが二人三人口々に「喧嘩だ」と叫んで走って行く。
 其処へ敬四郎が来て腰を下す。おふみ「何ですの?」敬四郎が、
T「喧嘩さ」
 と言って、
T「可哀そうに伝六の奴」
 「へッ」
 おふみ驚いた。遠くワイワイ騒いでる群集(五、六カット程で)カメラ近寄ってその人垣の中から悲鳴が聞える。
T「お助け――」
T「人殺し――」
 おふみ心配で走って来た。敬四郎ものこのこ戻って来た。
 おふみ敬四郎に、
T「助けて上げてッ」
 敬四郎ニヤッとして、
T「ワシの言う事きいて呉れるか?」
 えッとおふみ、
T「どんな事?」
T「どんな事てそりゃお前」
 と敬四郎。
 その時――
 人垣が崩れて侍が一人フラフラにされて逃げて来る。続いて二人三人四人。後から向う鉢巻の伝六が大威張りです。
 おふみ喜んだ。
T「伝六さんよー」
 おふみ、
T「大丈夫?」
 伝六が、
T「心配すんねえこの伝六のうしろには」
T「右門の旦那が控えてなさらァ」
 その右門、結城左久馬を曳きずって現れた。左久馬散々な目にあって逃げて行く。
 大喜びのおふみ、ふと思い出して伝六に、
T「土左衛門は」
 伝六がアッ、
T「其奴忘れてた」
 で慌てて走り去る。
 (敬四郎のギャグを考える事)

11=橋の上
 仕出し二三人欄干から下を見て居る。川端に土左衛門が置かれてある。検視の捕方と仕出し若干、死体を取り巻いて立って居る。其処へ伝六走って来た。

12=茶店
 おふみと右門が待って居ます。
 伝六帰って来たおふみに、
T「土左衛門は船頭だったよ」
 と言う。右門が微笑んで、
T「河童の川流れか」
T「へッ」
 と伝六。右門が、
T「水の上でおまんま喰ってる船頭が」
T「違いねえ」
 と伝六。
T「船頭が水に溺れる筈がねえ」
 右門無言で立ち上る。
 傍でこれを聞いて居た敬四郎が又乾分の松と共に走り去る。
(F・O)

13=(F・I)以前の橋の処
 土左衛門を調べる右門主従と敬四郎。
 右門が、
T「絞め殺されたのだ」
 「えッ」と敬四郎吃驚する。
 人垣の背後で死体を覗き込んで居た一人の船頭がある。死体を一目見て、
 「アッ」
 と叫んだ。
T「罰が当ったんだ」
 その声に右門船頭を見る。船頭急ぎ去る。
 右門が伝六に、逃がすな、と言う。
 敬四郎も慌てて立ち上る。船頭、自分の舟に乗ろうとして居る。「伝六待てッ」と走って来た敬四郎伝六を突きのける。松公舟に飛び乗る。敬四郎続いて飛び乗ろうとして川へ落ちる。松公慌てて手を差し出す。その手を敬四郎掴んだ。
 松公も又ドブーン。船頭舟を出す。伝六慌てて「待てッ」船頭の舟逃げる。
 右門伝六に命じて別の舟で追っ掛ける。
 逃げる舟を追う右門の舟追っ掛け若干あって、

14=別の橋の附近
 伝六やいのやいの。
T「待てと言ったら待たねえか」
 逃げる船頭が、
T「人に喋るとあの男の様になります」
T「罰が当ります、罰が」
 その舟が橋の下へ来た時、
 橋の上の欄干に凭れた深編笠の侍が居る。
 その侍の足許の大きな石。
 船頭の舟がその真下を通る。
 侍が石を蹴落す。追って来た舟の上の右門「アッ」と叫んだ。船頭が顔中血だらけになってブッ倒れた。
 橋の上を――逃げる深編笠の侍。
 右門、伝六に追えと命じ、己れは船頭の舟に飛び乗る。川端を逃げる深編笠の侍。
 伝六舟を岸へ着けて川端を追う――
 右門船頭を抱き起した。船頭が断末魔。
T「罰が当ッたんです、罰が」
 と言った。
 川岸――
 逃げる深編笠を追う伝六。
 敬四郎と松公、裸で着物を乾して居る。

15=川端の寺のある処
 深編笠の侍は其処の土塀を飛び越えて姿を消す。伝六チラと其の姿を見て、続いて寺院の中へ忍び込む。

16=墓場
 伝六探し廻る。編笠が其処に落ちて居る。二三間離れて例の侍の着て居た羽織が落ちて居る。

17=本堂
 伝六本堂へ忍び込む。和尚が本堂の中央に黙然と坐して居る。伝六「もしッ」と声を掛けたが和尚返事もしないで黙祷を続けている。伝六少し怒って「オイッ御用だ」と叫ぶ。
 和尚ジロリと伝六をにらんだ。
 伝六十手を示して、
T「少しお訊ねしたい事があるんですがね」
 和尚が、
T「寺社奉行様への手続を踏んで参られたか」
 伝六返答に困った。
 和尚ニコッともせずその儘読経を続ける。伝六取りつく島も無い。
 その手には編笠と羽織。
(F・O)

18=(F・I)右門宅
 編笠と羽織を調べる右門。羽織の袂の裏を返すと隅に白糸三筋縫い込んである。右門伝六にそれを示して、
T「この羽織は生島屋の仕立だ」
 と言って、
T「あそこで縫った品ァこの通り」
T「袂の裏に白糸を三筋縫い込んである」
 成る程と伝六感心した。
(F・O)

19=(F・I)生島屋の店先
 表で敬四郎と松公が様子を窺っている。
 店先では右門と伝六が例の羽織を見せて、主人太郎左衛門や手代の伊吉に訊ねている。
 主人の太郎左衛門が、
T「確かに私どもで仕立てましたもの」
 右門が、
T「註文主ァ誰じゃ」
 伊吉が帳面を繰って、
T「八丁堀の村上様」
 右門が、
T「村上?」
 表で聞いて居た敬四郎と松公。
 それさえ聞けばとそろそろ歩き出す。
T「村上……と聞いた事のある名前ですが」
 ウンと敬四郎。
T「村上ケーシロー」
T「村上敬四郎?」
T「馬鹿」
 と敬四郎今気がついた。
T「わしじゃ、わしの名前じゃ」
 で、引き返す。

20=店
 伝六も思い出して大笑いです。
T「あば敬にも村上ッて歴とした苗字があるんですね」
 其処へ敬四郎が現れた。
T「身共買った覚えはないぞ」
 伊吉がいいえ、
T「村上様のお内儀様で御座います」
 「なんじゃ家内が?」
 と敬四郎、慌てた。
 右門が、
T「早速貴殿の奥方様にお目に掛りましょう」
 敬四郎が驚いて、
 「いいや」
T「身共の家内は身共が調べる」
 右門が、
 「では」
T「拙者もお立合致します」
 と言われては敬四郎も、
 「勝手にさッしゃい」という他なし。
(F・O)

21=(F・I)敬四郎宅内部
 敬四郎、妻お兼を調べて居る。敬四郎が例の羽織をお兼に突きつけて、
T「誰に断ってこんなものを買ったのじゃ」
 やいのやいのとせめられてお兼オロオロ泣き出した。泣かんでもよい。
T「誰に呉れてやったのじゃ誰にッ」
 お兼泣いて返事もしない。
T「何とか申さんか」
 お兼が、
T「喋ると罰が当ります」
 「罰が当る?」
 どうも敬四郎には合点がゆかぬ。
T「強情な奴出て行けッ!」
T「離縁じゃッ」
 まーと今迄泣いていたお兼さん怒った。
 シツレーなこの人はッ、
T「私のヘソクリで私が買ったのが何故悪いのです」
 形勢が逆転して来た。右門と伝六の微苦笑。
 お兼、
T「誰に差し上げようと私の勝手ですッ」
 敬四郎タジタジです。
 「そ、そう怒るな」
 「いいえ怒ります」
 とお兼。
T「出て行けと仰しゃれば出て行きます」
 たッた今出て行きます。で立ち上って次の室へ行く。
 敬四郎が心配して、
 「コレコレ怒るな」
 で後を追う。

22=隣室
 お兼、敬四郎のとめるのもきかず箪笥から着物を出します。
 右門と伝六そッと覗いて見ると、
 敬四郎、お兼の前にペコペコ頭を下げて、
 「ワシが言い過ぎた。謝る、謝る」
 ダラシない事此の上無い。
 右門伝六をうながして立ち上る。

23=玄関
 其処の土間に提灯が掛かって居るのにふと目を止めた。提灯には深川船宿於加田オカダと書いてある。右門、松公に、
 「あの提灯は?」
 と訊く。
T「お内儀さんが借りて来たんです」
 提灯の大写。
(F・O)

24=(F・I)舟宿於加田の表(夜)
 入口の行燈からO・Lして

25=内部の座敷
 生島屋太郎左衛門と例の寺へ逃げ込んだ浪人乾浪之助が密談して居る。
 太郎左衛門が、
T「其処をうまく頼む」
 「よしッ」
 と浪之助。
T「その代りお類の事を頼んだぞ」
 心得たと太郎左衛門。

26=同表附近
 附近に右門と伝六近附く。

27=表
 舟宿のお内儀に送られて来た太郎左衛門が浪之助に、
T「では明日の晩」
 「頼んだぞ」
 と言い残して去る。見送って浪之助、お内儀に、
T「船頭どもは大丈夫だろうな」
 お内儀が意味あり気に笑った。
T「人の喋ると罰が当ると言って居りますよ」
 と言う。和尚其処の河岸から舟に乗り込む。
 物陰から現れた右門と伝六舟を見送る。
 伝六が此の間の奴は、
T「あの侍ですよ旦那」
 右門お内儀を呼びとめて、
 十手を示して、
T「明日の晩どうかしたんですか」
 お内儀「いいえ」
T「其処のお寺で結構なお説教が御座います」
 と言ってお内儀は家の中へ――
 伝六、右門に、
T「あのお寺ですよ旦那」
 と言う。
(F・O)

28=(F・I)例の生島屋附近
 伊吉とお類のラブシーン。
T「そのお寺へ」
 お類が言った。
T「夜更けてこッそりお詣りすると」
T「必ッと願いが叶うんですッて」
 「そんな馬鹿な事」
 伊吉は信じない。
T「いいえ本当よ」
 とお類は真剣。ねえ、
T「今夜お詣りしない事」
 伊吉は気が進まなかったけれど仕方なく承知する。
 お類が、
T「今の話、人に喋ると罰が当るのよ」
 と言った。
(F・O)

29=(F・I)例の茶店で
 おふみさんが伝六に話して居る。
T「そのお寺へ」
 矢張り例の寺の話です。
T「あたし今夜お詣りするの」
 「お前がッ」
 おふみ、
T「兄さんとお類さんが是非一緒に来いッて言うんだもの」
 伝六が――
T「お詣りして何をお願いするんだい?」
 おふみが「あのね」
T「どうぞ私の願いが叶いますようにッて」
 アレッレッ、
 と伝六驚いて、
 さてはおふみちゃん、
T「誰かに惚れたね」
 「知らないわ」
 伝六が、
 「ハテ誰かな」
T「誰に惚れたんだい」
 「知らないッ」
 おふみちゃん、ちょいと赧い顔して立ち上る。
 伝六が、
T「誰だい? 言って呉れよう」
 おふみ知らないったらと逃げ出して、
T「あてて御覧」
 伝六考えて、
 「アッ解った」
T「えッ」
 とおふみ。
T「解ったよ」
 おふみ、
T「誰? 言って御覧」
 伝六へへと笑って、言えるもんか。
 おふみ、
T「言って御覧よう」
 伝六が、
T「あてて見ろ」
 落し咄です。
 やがて、帰るぜと伝六立ち去ろうとする。
 「アッ待って」とおふみ、
T「さっきのお寺の話ね」
 ふんと伝六。
 おふみが、
T「あれひとに喋ると罰が当ることよ」
 「えー?」と伝六。
(F・O)

30=(F・I)右門宅
 右門の前で伝六が、
T「人に喋ると罰が当るそうで御座んすがね」
 とすっかり喋って了った。
 右門考えていたが、
T「暮れる迄に寺社奉行様の手続を頼んだぞ」
 「それじゃ旦那」
 右門堅く決する処がある。
(F・O)

31=(F・I)夜の通り
 お類と伊吉とそれにおふみが例の於加田の提灯持ってお詣りに行きます。おふみが、
T「兄さん、お詣りするのに何故舟宿へ行くの?」
 お類が、
T「目立つと悪いから舟で行くんですって」
 おふみ変に思った。その手に提灯。
(O・L)

32=敬四郎の家表
 お兼さんが矢っ張り提灯持ってお詣りに出掛けます。敬四郎が頭巾で顔を隠してそっと尾行します。とその亦背後から覆面の侍が尾行します。(右門です)
(F・O)

33=(F・I)河
 舟宿於加田の舟に乗り込んだのは、お類伊吉におふみとお兼その他、男女十人ばかり。
 おふみは辺りを見廻して伊吉に、
T「何だか変ね」
 と言って居る。お兼はジロジロ伊吉を見ている。河岸を舟につないで敬四郎が行く。その後から悠然と覆面の右門。舟は岸へ着く。坊主が二三出迎えに来て居る。
 敬四郎は寺の裏手へ廻ります。右門も亦後に続く。

34=門前
 坊主の案内で門内に入る善男善女達――

35=裏口
 小門から覆面の立派な侍や隠居風の町人が、続々と入って行く。敬四郎その中に交って入って行く。右門も亦それに続く。

36=本堂
 集まった男女。和尚が立派な風体で悠然と現れます。読経が始まる。

37=裏手
 坊主が縁側に控えて居る。側の三宝に貼紙がしてある。
  拝観料
 侍達はそれに小判を置いて室へ入る。
 敬四郎も紙入れを逆さにして拝観料を払う。右門も亦。

38=本堂
 和尚の読経、木魚の音。

39=秘密の廊下
 敬四郎其処から階段を上って二階へ上る。

40=二階の密室
 十人分程の膳部が並べてある。
 通された一同其処へ着座する。酒もあれば魚もある。わけの解らん敬四郎キョロキョロして居ます。覆面の侍の中に例の結城左久馬も居ます。

41=本堂
 読経を終った和尚が一同に、
T「では御婦人方は室へ退って御待ち下さい」
 と言って、
T「貴女がたの心に想う殿方がやがて」
T「貴女がたの眼の前に現れておいでになります」
 と小坊主に案内を命ず。で、お類やお兼や他に女三人立ち上って坊主の案内で去ろうとする。処が、おふみは其の方へ行こうとせず、ふいと立上るや、
T「妾帰ります」
 と来た。和尚、
 「何故帰りなさる?」
 おふみ、
T「だって妾の心に想ってる人は此処に居ないんですもの」
 と言った。和尚が
T「此処には居なくとも御仏の御力を借りて拙僧が」
T「必ッとその御方を貴女の眼の前へ御連れします」
 おふみ、
 「馬鹿々々しい」
T「お生憎さま、妾の想ってる御方ァね、和尚さん」
T「仏さまが鯱立ちして力んだって、こんなケチなお寺へは来っこないの」
 と云い捨てて、廊下へ出ようとする。和尚とめて、
T「貴女は奇蹟を信じませんか」
 傍からお類が、
T「嘘か本当か行って見なければ判らないわ」
 と云う。
 おふみちゃんも仕方が無いから他の女達と一緒に室に行く。

42=密室
 右門が前の御膳をソッと動かすと、床に四五寸程の穴があけてある。

43=下はおふみの室
 おふみが坊主に案内されて入って来た。
 勿論四畳半の感じです。傍にある鏡に右門の顔が映る。
 驚いておふみ上を仰ぐ。
 右門小柄を抜いて投げてやる。
 おふみその小柄を握りしめた。

44=お類の室
 此処も(屏風その他凝って下さい)
 勿論四畳半の感じです。お類待っています。

45=お兼の室
 お兼さん、室の隅の鏡を取り出して御化粧に余念が無い。

46=本堂
 和尚が今度は男達に、
T「拙僧が今、御教え致しました室に」
 と云って、
T「貴女の想う御婦人が、貴下の来るのを待って居られます」
T「御仏が御許しなされたのです」
T「勇敢に御進みなさい」

47=門前
 伝六の率いる捕方の一隊ひしひしと詰めかけた。

48=例のお類の室
 人の気配にお類固くなる。襖を開いて現れたのが和尚である。驚くお類。

49=お兼の室
 襖を開いて現われた伊吉、お兼を見て驚く。お兼は大満足です。

50=おふみの室
 覆面の侍(太郎左衛門)が襖を開いて入って来る。おふみそっと小柄を隠して、
T「遅いよ色男」
 「えっ」
 と驚く太郎左衛門。
 おふみが、
T「あたしのいい人、今現れてもう消えちゃったわ」
 と言って、
T「仏さまもまんざら嘘はつかないものね」
 太郎左衛門一寸出鼻をくじかれた態。

51=二階の密室
 「ではそろそろ」と一同御膳を横へ押しやると其処に穴がある。
 其処から覗くのである。
 敬四郎その通りやり出す。右門その間に立ち上って去る。
 敬四郎下を見ると、

52=お類の室
 和尚お類を口説いて居ります。
T「仏様が御決めなされたのじゃ」
 と云って、
T「拒むと罰が当りますぞ、罰が」
 と様々の手練手管を用いて居ります。

53=密室
 二階の敬四郎センセイ、
 「此奴は面白い」
 と大喜び。

54=玄関
 右門下りて来て門前に待たせてある伝六に合図する。

55=密室
 敬四郎今度は右門の去った後を覗くと、

56=おふみの室
 おふみに挑みかかる覆面の太郎左衛門、小柄で額を切られてアッとのけぞる。おふみ、室中の物を太郎左衛門に投げつける。

57=密室
 敬四郎この大活劇にすっかり有頂天で悦にいる。隣の奴に、
T「此処が面白う御座るぞ」
T「では交代致そう」
 で今度は隣を覗く。そこは、

58=お兼の室
 お兼が盛んに伊吉を口説く。
T「拒むと罰が当りますぞ」

59=二階
 敬四郎お兼とは知らずに大喜びで見て居ます。
 処が、お兼が此方を向いた。敬四郎、
 「アレッ」
 と驚く。
 「家内じゃ、女房じゃ」
 で慌て出した。
T「不義者ッ」

60=下の室
 お類と伊吉、その声にキョロキョロと辺りを見廻す。
 敬四郎尚も大声で、
T「離縁じゃ、今日限り離縁する」
 下ではウロウロして居ります。その時

61=玄関
 雪崩れ込む捕方の一隊、寺中は大混乱の巷と化します。
 結局、
 結城左久馬と坊主の浪之助とお類、覆面の太郎左衛門、おふみ等は到々逃げてしまう。馬鹿を見たのは敬四郎夫婦です。
 ふん捕まって「違う俺だ俺だ」
 と叫んで居る。
 伊吉は逃げて行く浪之助とお類の姿を見て後を追う。
(F・O)

62=(F・I)舟宿於加田の表――
 浪之助に連れられたお類が逃げ込む。追って来た伊吉続いて入ろうとして、お内儀にとめられた。
T「お類さんがッ」
 「来ている筈だ」
 「そんな御方は来て居りません」
 「いま見たんだ」
T「早く帰らぬと御主人様が心配なさる」
 とお内儀を押しのけて入る。

63=内部
 一室の襖がガラリと開くと室の中には浪人浪之助。宿の着物を借りて坐って居る伊吉が、
 「お前さんは?」
 浪之助が、
 「今の寺の和尚様さ」
 伊吉ふと室の隅にぬいであるお類の着物を見て、
T「お類さんを何処へ隠したんだ」
 浪之助が「冗談言うねえ」
T「隠しゃしねえよ」
 風呂へ入ってらァ、
 と云う。
 伊吉
T「お類さんを返して呉れ」
 「返す? 馬鹿な事」
 と浪之助。
T「あれァ俺の女房さ」
 伊吉次ぎの室に入ろうとする。浪之助引戻して蹴倒しさんざんな目に会わす。其処へ風呂上りのお類入って来て、
 「おや何うしたのさ」
 「お、お類さん」と伊吉。
T「この青二才がお前を返して呉れとよ」
 お類がフンと冷笑する。伊吉呆然。
T「嫌な奴ね」
 と、お類浪之助にしなだれ掛かる。伊吉怒って立ち上る。又蹴られた。

64=表
 伊吉蹴り出された。無念の涙で立ち上り、とぼとぼと帰る。窓格子の障子が開いてお類が呼び止めた。冷笑を浮べ乍ら、
T「いいお湯が沸いてるよ」
T「一風呂浴びてお帰りよ色男」
 伊吉口惜し涙。笑うお類と浪之助。
(F・O)

65=(F・I)生島屋
 まだ戸が閉って居る。朝です。取り乱した姿の伊吉が帰って来る。入口の戸を開けようとすると、主人の太郎左衛門が首を出す。
 伊吉ハッとなる。
 (額に傷をして居る)
 太郎左衛門、
 「伊吉でないか」
 伊吉恨めしそうに太郎左衛門を見る。
 太郎左衛門が、
T「お類が昨夜から帰らぬが……」
T「お前何処かへ連れて行ったな」
 伊吉、
 「そんな馬鹿な事」
 いいやと太郎左衛門、
T「怒りはしないよ」
T「お前の女だ好きな処へ連れて行きなさい」
 違うんです、伊吉が云えば、
 太郎左衛門は、
T「その代り約束だから」
 「えッ」
 と伊吉が驚くも道理。
 太郎左衛門が、
T「お前の妹のおふみさんは私が貰うよ」
 伊吉が、
 「いいえ」
T「お類さんは勝手に逃げたんです。私は知りません」
 太郎左衛門、
 「そんな事わしは知らぬ」
T「おふみさんを返して欲しくばお類を連れて帰って下され」
 伊吉、
T「連れて帰ります」
T「きっと連れて帰ります」
 と言い捨てて走り去る。見送って太郎左衛門が意味ありげに笑います。
(F・O)

66=(F・I)街道
 旅の夫婦と云う恰好で、乾浪之助とお類が行きます。浪之助がお類に、
T「馬鹿を見たのは伊吉の奴さ」
 と言えばお類も、
T「きっと追ッ掛けて来るわ」
 浪之助が笑って、
T「思う壺さ」
 お類も笑う。
(F・O)

67=(F・I)街道
 急ぎ足に行く伊吉。往来の旅人の女連れと見れば、先へ廻ってその顔を見て歩く。眼はもう血走って居る。
(F・O)

68=(F・I)茶店
 生島屋太郎左衛門がおふみを口説いて居る。
T「お前の兄さんはお類を連れて逃げて了った」
T「約束通り今日からお前さんに私の処へ来て貰います」
 「そんな事」とおふみ拒む。
 しかし、太郎左衛門、
T「兄さんが承知したんだから」
 これこれ駕籠屋さんと、駕籠の用意までしてあるのだ。
 おふみ
 「嫌です」
 と頑張る。
 太郎左衛門が、
T「お前さんも昨夜あの寺へ行ったんだろう」
 ハッとするおふみ。
 太郎左衛門、
T「お上では昨夜逃げた者をきつい御詮議」
T「わしが奉行所へ訴人すれば」
T「伊吉もお前さんも後ろへ手が廻るぜ」
 その時、
T「ついでにお前さんもなァ」
 と云う声に振り返ると右門と伝六です。
 「何を仰しゃいます」
 伝六が傍から、
T「此の女をどうしようと言うんだ」
 太郎左衛門が、
 「放っといて下され」
T「此の女の兄と、ちゃんと約束がしてあります」
 間違いないなと右門。太郎左衛門が、
T「私は生れつき物覚えのよい方で」
T「一度聞いた約束は滅多に忘れません」
 右門が、
T「ところがこの俺も」
T「生れッつきやけに物覚えがいい方でなァ」
 「一度見た面ァ滅多に忘れねえッ」
 「おッ大将」
T「お前の額のその傷ァ何だい?」
 「えッ」となる太郎左衛門。
 逃げんとする腕を捻じ伏せて右門は、
 おふみに、
T「おふみさんこの面をよッく御覧なせえ」
 おふみ不審そうにその顔を見る。

69=昨夜の
 覆面の侍は太郎左衛門ではないか。
 アッ、
 と驚くおふみ。
 右門が、
T「最初から皆共謀だったんだ」
 と言う。
(F・O)

70=(F・I)番所
 漸く釈放されたお兼と敬四郎は迎えに来た松公と共に帰る。お兼はオカンムリジャジャ曲りだ。
T「あなたがボンヤリして居るからこんな恥を掻くのです」
 敬四郎済まん済まんと謝ってる。
 お兼がポンポン叱りとばす。
T「愚図々々してないで早くあの坊主を捕えていらっしゃい」
 「しかし何処に居るのか分らんじゃ無いか」
 「馬鹿ねえこの人は」
 とお兼。
T「甲州街道へ女を連れて逃げたんです」
 敬四郎喜んだ。
T「右門はまだその事を知るまいね」
 「何言ってんのさ、あの人はもうとッくに出発しましたよ」
 それは大変と敬四郎と松公慌てて走り去る。
 「本当に仕方が無いね」
 とお兼が見送った。
(F・O)

71=(F・I)街道
 右門と伝六とおふみ呑気そうに旅に出た。
 道傍に小供が五六人集まって何か悪戯をして居る。何んでしょうと伝六覗きに行こうとするのを右門はそのまま先に行く。
 「一寸待って下さいよ」
 伝六覗き込んでワーと叫んで逃げ出した。
 小供は蛇をオモチャにして居たんです。
(F・O)

72=(F・I)街道
 敬四郎と松公が行く。
(F・O)

73=(F・I)結城左久馬邸内
 左久馬が十人ばかりの若侍を呼んで、
T「昨夜の事、お上に知れては身共の首が危ない」
 と言って、
T「右門を殺して呉れ。頼む」
(F・O)

74=(F・I)街道
 右門暗殺十人組が道を急ぐ。
(F・O)

75=(F・I)宿の一室
 お類と浪之助今着いたばかり。
 お類が
T「兄さんから金が来る迄当分此処で逗留ね」
 浪之助風呂へ行くべく立ち上って、
T「その間に伊吉の奴を片付け無くちゃ」
 と言い乍ら廊下へ出る。

76=廊下
 ばッたり出会った浪人客は昔馴染みの村井庄兵衛です。
 ようようと言う事になって彼の部屋に行くと昔の仲間が四人居る。
T「久し振りだなァ」
 と坐り込む浪之助。
 「時に」
T「御身たち江戸へ行くのか」
 「いかにも」
 「そうか、それなら実はな」
T「頼み度い事があるんだ」
 と話し出す。
(F・O)

77=(F・I)宿の表
 朝、二階の手すりから浪之助とお類が見送る。
 五人の浪人者去って行く。
 浪之助はお類に、
T「これで伊吉の方は大丈夫だ」
 と言う。
(F・O)

78=(F・I)街道の茶店
 おふみと右門と伝六が休んで居る。
 伝六モチをむしゃむしゃ喰い乍ら話している。
 処へ駕籠で来た敬四郎と松公とは、右門を見て茶店の片隅へ隠れてそッと盗み聞く。
 伝六は右門に、
T「おふみちゃんの想ってる男ッて誰でしょうね」
 おふみ、
 「まァそんな事言ッちゃ嫌」
 伝六尚も、
T「旦那御存じですか」
 「いいや」と右門おふみを見る。
 おふみ恥ずかしい。
 伝六が、
T「あっしには解ってますよ」
 「ホホー」
T「誰だい?」
 と右門。
 伝六、
 「ヘヘン、中々言えませんよ」
 右門が、
 「誰だ、言えよ」
 伝六、
 「へ……」
T「当てて御覧なさいよ旦那」
T「誰だか言って御覧なさいよ」
 右門が、
T「当てて見ろ伝六」
 「アッ、嫌ンなっちゃうな」
 と伝六。おふみちゃん大笑い。
 蛇が餅の皿の中へニョロニョロ這い込む。
 その蛇を餅のつもりで伝六掴んで口の所へ持って行って、ワーッと放り出す。
 それが又片隅に居た敬四郎の背中にひッかかって敬四郎飛び上って逃げ出す。足踏み辷らして崖へ落ちて木へブラ下がる。
 右門等駕籠に乗って崖の上を走り去る。木に下がっている敬四郎。
T「助けて呉れ――」
T「人殺し――」
 その二尺程下は小川のせせらぎ。
 松公ジャブジャブ走って来る。
(F・O)

79=(F・I)街道
 右門と伝六とおふみの前に何と敬四郎が道の真中で土下座して両手をついてペコペコ頼んで居る。
T「今度の捕物にもし失ぱい致すとなれば」
T「一生家内に頭が上りません」
T「何卒武士の情を持ちまして」
T「この手柄は拙者におゆずり下さい」
 と頼み込んでいる。
(F・O)

80=(F・I)峠の頂上
 五人組が腰打ち掛けて待って居る。

81=遙か下から
 上がって来る伊吉。
 村井庄兵衛が「アレらしい」
 と言う。

82=下の道
 右門伝六おふみに敬四郎と松の一行が来る。おふみが前方を見て、
T「兄さんだわ」
 と言う。
 遙か遠方に伊吉。
 伝六がオーイ、
 と呼ぶが聞えない。

83=そのまた下の道を
 暗殺十人組が来る。

84=頂上
 伊吉が通り過ぎるのを呼び止めた庄兵衛が、
T「貴様伊吉と言うんだろう」
 「へッ」と伊吉。
 そうか、で庄兵衛大刀を抜く。
 「あッ」
 と驚く伊吉。

85=下の道
 伝六が旦那大変だと叫ぶ。右門それと見て走る。頂上、逃げ廻る伊吉。右門が駈け附けた時、伊吉足踏み辷らし谷川に落ちる。
 逆流――
 右門助けに走る。暗殺十人組が来る。
 右門と伝六に敬四郎と松の立廻りよろしく。
 結局、右門逆流に飛び込んだ。
 (此の辺相当興行価値をつけるつもりです)
(F・O)

86=(F・I)宿の一室
 お類と浪之助。
T「兄さん金を送る事を忘れたんじゃ無いかしら」
 「そんな事あるまい」と浪之助。
T「宿を間違えてんじゃ無い?」
 とお類。
T「此処だと確かに言って置いたんだ」
 と浪之助。
T「兎も角遅いなァ」
 言って居る時女中が、
T「只今江戸から飛脚が」
 二人飛び起きた。
 その儘ドカドカと階下へ下りる。

87=表
 飛脚は敬四郎の乾分松公です。下りて来た二人に「御用ッ」とばかりとび掛かる。
 夕方の宿場の混乱の中に遂に二人を捕えると、宿の二階を見上げて、敬四郎ペコペコ頭を下げて、
T「これで嬶ァに威張れます」
 浪之助とお類、上を見ると宿の二階の手摺りに右門と伝六おふみに伊吉。右門が、
T「いいお湯が沸いてますよ」
T「一風呂浴びて帰ったら何うですお二人」
(F・O)

88=(F・I)街道
 右門と伝六とおふみと伊吉、江戸へ帰ります。
 蛇のギャクを用いまして、
T「蛇が居るわ」
T「何故その様に見共の荷物を持ちたがる」
T「何故でしょう」
T「当てて御覧」
 のハッピー・エンドです。
(F・O)





底本:「山中貞雄作品集 全一巻」実業之日本社
   1998(平成10)年10月28日初版発行
※原作は、右門捕物帖シリーズとは別の、佐々木味津三「帯解仏法」です。
※冒頭のキャスト、スタッフ一覧は、ページの右下に二段組みで組まれています。
※(F・I)は「フェード・イン」、(F・O)は「フェード・アウト」です。
入力:野村裕介
校正:伊藤時也
2000年3月9日公開
2011年12月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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