私は村の街道を若い母と歩いていた。この弟達の母は紫色の衣服を着ているので私には種々のちがった女性に見えるのだった。第一に彼女は私の娘であるような気を起こさせた。それは昔彼女の父が不幸のなかでどんなに
燕のいなくなった街道の家の軒には藁で編んだ唐がらしが下っていた。貼りかえられた白い障子に照っている日の弱さはもう冬だった。家並をはずれたところで私達はとまった。散歩する者の本能である眺望がそこに打ち展けていたのである。
遠い山々からわけ出て来た二つの
「まあ柿がずいぶん赤いのね」若い母が言った。
「あの遠くの柿の木を御覧なさい。まるで柿の色をした花が咲いているようでしょう」私が言った。
「そうね」
「僕はいつでもあれくらいの遠さにあるやつを花だと思って見るのです。その方がずっと美しく見えるでしょう。すると木蓮によく似た架空的な匂いまでわかるような気がするんです」
「あなたはいつでもそうね。わたしは柿はやっぱり柿の方がいいわ。食べられるんですもの」と言って母は
「ところがあれやみんな渋柿だ。みな干柿にするんですよ」と私も笑った。
柿の傍には青々とした
「ちょっとあすこをご覧なさい」私は若い母に指して見せた。背負い
「いまあの路へ人が出て来たでしょう。あれは誰だかわかりますか。昨夜湯へ来ていた娘ですよ」
私は若い母が感興を動かすかどうかを見ようとした。しかしその美しい眼はなんの輝きもあらわさなかった。
「僕はここへ来るといつもあの路を眺めることにしているんです。あすこを人が通ってゆくのを見ているのです。僕はあの路を不思議な路だと思うんです」
「どんなふうに不思議なの」
母はややたたみかけるような私の語調に困ったような眼をした。
「どんなふうにって、そうだな、たとえば遠くの人を望遠鏡で見るでしょう。すると遠くでわからなかったその人の身体つきや表情が見えて、その人がいまどんなことを考えているかどんな感情に支配されているかというようなことまでが眼鏡のなかへは
背負い枠の娘はもうその路をあるききって、葉の落ち尽した
「ご覧なさい。人がいなくなるとあの路はどれくらいの大きさに見えて人が通っていたかもわからなくなるでしょう。あんなふうにしてあの路は人を待ってるんだ」
私は不思議な情熱が私の胸を圧して来るのを感じながら、凝っとその路に見入っていた。父の妻、私の娘、美しい母、紫色の着物をきた人。苦しい種々の表象が私の心のなかを紛乱して通った。突然、私は母に向かって言った。
「あの路へ歩いてゆきましょう。あの路へ歩いて出ましょう。私達はどんなに見えるでしょう」
「ええ、歩いてゆきましょう」
腹立たしくなって私は声を荒らげた。
「ああ、そんなことはどうだっていいんです」
そして私達は街道のそこから