ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke

堀辰雄訳




まだすこしもスポオツの流行はやらなかつた昔の冬の方が私は好きだ。
人は冬をすこしこはがつてゐた、それほど冬は猛烈で手きびしかつた。
人はわが家に歸るために、いささか勇氣を奮つて、
ベツレヘムの博士のやうに、眞つ白にきらきらしながら、冬を冒して行つたものだ。
さうして私たちの冬の慰めとなつてゐた、すばらしい焚火は、力づよく活氣のある焚火、本當の焚火だつた。
人は書きわづらつた、すつかり指がかじかんでしまつたので。
けれども、助力し合つて、夢みたり、失せやすい思ひ出をすこしでも引きとどめたりすることの、何んといふよろこび……
思ひ出はすぐそばにやつて來て、夏のときよりかずつとよくそれが見られたものだ。……人はそれに彩色までした。
かうして室内ではすべてが繪のやうだつた。

 それにひきかへ戸外では、すべてが版畫のおもむきになつてゐた。
 さうして樹々は、自分たちの家で、ランプをつけながら仕事をしてゐた……





底本:「堀辰雄作品集第五卷」筑摩書房
   1982(昭和57)年9月30日初版第1刷発行
底本の親本:「堀辰雄小品集・繪はがき」角川書店
   1946(昭和21)年7月20日
初出:「四季 第十四号」
   1936(昭和11)年3月10日
入力:tatsuki
校正:染川隆俊
2010年11月15日作成
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