時代色

――歪んだポーズ

岡本かの子




 センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄だき軽蔑けいべつされるようになったが、世上せじょう一般にロマンチックな気持ちには随分ずいぶんあこがれを持ち、この傾向は追々おいおい強くなりそうである。
 飛躍する気持になりい。何物かにうて恍惚こうこつとした情熱にわれを忘れたい。大体だいたいこういう気風である。だが、世上一般の実状はその反対をしいている。それだけ人々はかえってそれをっするのかも知れない。
 世上一般の実状が人々に強いるものはリアリズムである。如何いかに苦しくみにくい現実でも青眼せいがんに直視せよと言うのである。しからざれば生活の足を踏みすべらす。
 リアリズムの用心深い足取りで生活の架け橋を拾い踏み渡りながら、眼は高い蒼空そうくうの雲に見惚みとれようとする。ゆがんだポーズである。この矛盾むじゅんが不思議な調子で時代を彩色いろどる。
 純情な恋の小唄こうたを好んで口誦くちずさむ青年子女にいてみると恋愛なんか可笑おかしくって出来できないと言う。家庭に退屈した若い良人おっとが、ダンス場やカフェ這入はいりを定期的にして、しかもそれに満足もしない。肯定と否定とが一人の人の中に同棲どうせいしている。そして、そのような矛盾のままで性格が固定し切っているかと思えば、そうでない。気分の動きにつれて肯定と否定の両頭りょうとうみ合いを始める。今日の都会の青年子女について、気持ちの話になって、はっきり一つの意味の言葉を言切いいきる者はすくない。必ず意味ににごりを打つか取消しの準備を言内に付け加えている。これは相手に向っての用心ばかりでなく、恐らく自分自身に向っても保証し切れないからであろう。
 しかし、この矛盾にえぬものは現代の落伍者らくごしゃである。たくましい忍耐をもって、このゆがんだポーズに堪え、根気よく真に魅力ある理想を探って行きい。





底本:「愛よ、愛」パサージュ叢書、メタローグ
   1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第十二卷」冬樹社
   1976(昭和51)年9月20日初版第1刷発行
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2004年3月30日作成
2013年10月5日修正
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