何が気に入らないのか、
黙りこくってむっつりしている。
訊いてもいっては
呉れないで、
渋い顔をするばかり。
従って
家内中で
腫ものにでも触るような態度を取り、そばを歩くに、足音さえも
窃むようになる。こういう性質は神経衰弱その他生理的な病気が
伏在している
為めに来ることもあれば、当人の
我儘から来ることもある。病気なれば気の毒、
早速医者の手にかかるがいいが、もし我儘だったらあんまり
卑屈にへいへいしていると、
却って
増長させていけない。正しいことは相当主張し、
快闊に、はたからその不機嫌を吹き散らしてしまうがいい。不機嫌は当人も持てあましているのだから、はたからのひょっとした誘いで気が
取直せ、当人も助かることがある。
しじゅう
イライラしてちょっとのことに
カンシャクを
起す。この性質に二つある。外では猫のようにおとなしく言うべきことも胸に
畳み、そのシコリを家へ
持越して爆発させるものと、もう一つはどこでも短気で
カンシャクを起すのとである。前の方のは
臆病で気の毒な性質の人ゆえ、まあまあ
我慢して家で
カンシャクを起さしてやるのが愛だが、後のは
持前の性質ゆえ
修養とか信仰とかを勧めて、根本的に直すのが愛である。
一たい短気な人は
速力が気に入るのだから何でも手っ取り早く先手を打って、先に望むことをしてやれば
悦ぶものだ。
痼疾のあるのは別だが、そうでなくて年中あっちが悪い、こっちが悪いとぐずぐずしている人がある。多くは神経質で思い
過しの人に多い。
一しょになって心配してやらねば不親切だといって
ヒガむし、そうかといって心配すれば
キリが
無いし、
仕末に悪い。
心機一転ということもあるから、
朗かに
奮闘的な気持ちになれるよう、思い切って生活を
革新するとか、強い
刺撃を与えて心境を変化させるとか、妻自身
確信と元気を持って
助勢するがいい。
硝子窓がちょっと
曇っていても気にし、
障子の
サンに
ホコリが
溜ってやしないかと、指の腹で
擦ってみる。ひどいのになると一日に五六度オキシフルか、
昇汞水で手を消毒しないと、
落付いて仕事が
出来ぬというようなのがある。悪いことではないが
兎に
角うるさい。また精神上の潔癖家として
無暗に人を
毛嫌いするものもある。あいつはオベッカ者だからとかあいつは
ウソ吐きだとかいって、口も
利かぬ。そんなことをいった日には世間が
狭くなるばかりだから一つ気を大きく持たせるべし。
どうせ
見透され
尽すのですから、なまじい夫に対する心のつくりかざりをせず、正直に
無邪気にともに
暮すべし。
交際下手な夫を持った妻は、相手の人が夫の
気象を
呑み込むまで、妻自身がまめまめしく客にかしずき、その場の調和をたもつこと。
学者は日常他人に
教示する
癖をもって
暮す。その気持ちのリズムに
添うて、暮さなければ夫の
心情を荒らす。妻も
大方のことは生徒になりたる態度をもって、夫に
対侍すべし。
いっそ親や親類に悪く
云われても仕方がない。まあなるたけ主人の気のやすまるよう
遠のいて、
身辺の平和を守るか(この際
扶養の責任あらば、それだけは物質だけでも
果すべし)、さもなくば、妻は身をもって円満に
尽し、親、親類に夫の
折合い
悪しき部分を
補うべし。
妻の身の自分が内職でもして家計を立てようとする努力とともに、失業状態にある夫の心は、とかく
ひがみ易くなっていますから、妻は平常より
寧ろ夫を
敬愛する態度に
出でよ。夫は心明るく次の職業を探す勇気に
向えましょう。
何かほかの
嗜好物に転換させるか、もし
万不可能な時は、妻自身大酒をのむか、
但しはのみたる
振りで
酔っぱらって困らせて見せるか、知人の大酔家を、夫の
しらふの時に夫の眼の前へ連れて来て見せしめにするかです。
正当に
警戒し、
懇願して見ても
駄目でしたら、妻自身も移り気の振りをして見せしめてやりなさい。それでもだめならあきらめるか、別れるか、どちらでも。
家にばかり夫がいて困るのでしたら、散歩や活動に妻が誘って
御覧なさい。嫌だと云ったら妻一人、夫を家へうっちゃって出て寂しがらせて御覧なさい。手のない家でしたら、盛んにお使いでもおたのみなさい。
家事に口を出し過ぎる夫に困ったら、一週間
位そら病気をして、夫に家事
万端の世話をやかせ、負担に
堪えない経験をさせたらどうですか。お客の前などで、だしぬけにあれを出せ、時ならぬ
時分にこれはないかと、
喰べものなど主婦の予算以外な注文をする夫をこらしめるためには、あとでその時の費用を
誇張し、また労力の
超過をしめすため、
そら病気でもして見せます。
職業婦人の夫はそれこそ妻に思いやり深くなくてはいけません。そして自身も職業を持つならば、
退け時刻の早い方が遅く帰る方を待ちうける用意をして置きなさい。朝、出かけの早い方を遅い方が送って上げるのも同様です。この際昔風な夫、妻、の観念を除き、同じ労力を
分って家事を分担する友、恋人同志であり同時に普通の夫婦以上、妻は夫に与える所の多い女性として尊敬して、夫たる男性の手に適するかぎり家事の労力なども妻の助けとなるべきです。
但し
呉々も妻は己の職業に
慢心して大切にして
貰う夫に
狎れ、かりにも
威張ったり
増長せぬこと。月並の
戒のようなれど、
余程の心がけなくてはいわゆる女性の
浅はかより、この
弊に
陥り
易かるべし。