清作は、さあ日暮れだぞ、日暮れだぞと
そのときはもう、
いきなり、向ふの
「
清作はびつくりして顔いろを変へ、
ちやうどかしはばやしの前まで来たとき、清作はふいに、うしろからえり首をつかまれました。
びつくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、
「何といふざまをしてあるくんだ。まるで
清作はもちろん弁解のことばなどはありませんでしたし、面倒臭くなつたら
「赤いしやつぽのカンカラカンのカアン。」とどなりました。するとそのせ高の画かきは、にはかに清作の首すぢを放して、まるで
「うまい、じつにうまい。どうです、すこし林のなかをあるかうぢやありませんか。さうさう、どちらもまだ
清作はすつかりどぎまぎしましたが、ちやうど夕がたでおなかが
「えつ、今晩は。よいお晩でございます。えつ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。ごめんなさい。」
と言ひました。
ところが画かきはもうすつかりよろこんで、手をぱちぱち
「おい君、行かう。林へ行かう。おれは
画かきはにはかにまじめになつて、赤だの白だのぐちやぐちやついた汚ない絵の具箱をかついで、さつさと林の中にはひりました。そこで清作も、
林のなかは浅黄いろで、
ところがどうも、どの木も画かきには
一本のごつごつした柏の木が、清作の通るとき、うすくらがりに、いきなり自分の脚をつき出して、つまづかせようとしましたが清作は、
「よつとしよ。」と云ひながらそれをはね越えました。
「どうかしたかい。」といつてちよつとふり向きましたが、またすぐ向ふを向いてどんどんあるいて行きました。
ちやうどそのとき風が来ましたので、林中の
「せらせらせら清作、せらせらせらばあ。」とうす気味のわるい声を出して清作をおどさうとしました。
ところが清作は
「へらへらへら清作、へらへらへら、ばばあ。」とどなりつけましたので、柏の木はみんな度ぎもをぬかれてしいんとなつてしまひました。画かきはあつはゝ、あつはゝとびつこのやうな笑ひかたをしました。
そして二人はずうつと木の間を通つて、柏の木大王のところに来ました。
大王は大小とりまぜて
画かきは絵の具ばこをカタンとおろしました。すると大王はまがつた腰をのばして、低い声で画かきに云ひました。
「もうお帰りかの。待つてましたぢや。そちらは新らしい客人ぢやな。が、その人はよしなされ。前科者ぢやぞ。前科
清作が怒つてどなりました。
「うそをつけ、前科者だと。おら正直だぞ。」
大王もごつごつの胸を張つて怒りました。
「なにを。証拠はちやんとあるぢや。また帳面にも
「あつはつは。をかしなはなしだ。九十八の足さきといふのは、九十八の切株だらう。それがどうしたといふんだ。おれはちやんと、山主の
「そんならおれにはなぜ酒を買はんか。」
「買ふいはれがない」
「いや、ある、沢山ある。買へ」
「買ふいはれがない」
「おいおい、喧嘩はよせ。まん円い大将に笑はれるぞ。」
見ると東のとつぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしい桃いろの月がのぼつたのでした。お月さまのちかくはうすい緑いろになつて、柏の若い木はみな、まるで飛びあがるやうに両手をそつちへ出して叫びました。
「おつきさん、おつきさん、おつつきさん、
ついお
あんまりおなりが ちがふので
ついお
「こよひあなたは ときいろの
むかしのきもの つけなさる
かしはばやしの このよひは
なつのをどりの だいさんや
やがてあなたは みづいろの
けふのきものを つけなさる
かしはばやしの よろこびは
あなたのそらに かゝるまゝ。」
「うまいうまい。よしよし。夏のをどりの第三夜。みんな順々にこゝに出て歌ふんだ。じぶんの文句でじぶんのふしで歌ふんだ。一等賞から
清作もすつかり浮かれて云ひました。
「さあ来い。へたな方の一等から九等までは、あしたおれがスポンと切つて、こはいとこへ連れてつてやるぞ。」
すると
「何を云ふか。無礼者。」
「何が無礼だ。もう
「そんならおれにはなぜ買はんか。」
「買ふいはれがない。」
「いやある、沢山ある。」
「ない。」
「またはじまつた。まあぼくがいゝやうにするから歌をはじめよう。だんだん星も出てきた。いゝか、ぼくがうたふよ。賞品のうただよ。
一とうしやうは 白金メタル
二とうしやうは きんいろメタル
三とうしやうは すゐぎんメタル
四とうしやうは ニツケルメタル
五とうしやうは とたんのメタル
六とうしやうは にせがねメタル
七とうしやうは なまりのメタル
八とうしやうは ぶりきのメタル
九とうしやうは マツチのメタル
十とうしやうから百とうしやうまで
あるやらないやらわからぬメタル。」
柏の木どもは大王を正面に大きな
お月さまは、いまちやうど、水いろの着ものと取りかへたところでしたから、そこらは浅い水の底のやう、木のかげはうすく網になつて地に落ちました。
「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいゝよ。」
そこで小さな柏の木が、一本ひよいつと環のなかから飛びだして大王に礼をしました。
月のあかりがぱつと青くなりました。
「おまへのうたは題はなんだ。」画かきは
「馬と
「よし、はじめ、」画かきは手帳に書いて云ひました。
「
「ちよつと待つた。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちよつと削るうち待つてくれ。」
そして画かきはじぶんの右足の靴をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ
「いや、客人、ありがたう。林をきたなくせまいとの、そのおこゝろざしはじつに
ところが画かきは平気で
「いゝえ、あとでこのけづり
と返事したものですからさすがの大王も、すこし
ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉快さうに、
「さあ、はじめて
柏はざわめき、月光も青くすきとほり、大王も機嫌を直してふんふんと云ひました。
若い木は胸をはつてあたらしく歌ひました。
「うさぎのみゝはながいけど
うまのみゝよりながくない。」
「わあ、うまいうまい。あゝはゝ、あゝはゝ。」みんなはわらつたりはやしたりしました。
「一とうしやう、白金メタル。」と画かきが手帳につけながら高く叫びました。
「ぼくのは
また一本の若い
「よろしいはじめつ。」
「きつね、こんこん、きつねのこ、
月よにしつぽが燃えだした。」
「わあ、うまいうまい。わつはゝ、わつはゝ。」
「第二とうしやう、きんいろメタル。」
「こんどはぼくやります。ぼくのは猫のうたです。」
「よろしいはじめつ。」
「やまねこ、にやあご、ごろごろ
さとねこ、たつこ、ごろごろ。」
「わあ、うまいうまい。わつはゝ、わつはゝ。」
「第三とうしやう、水銀メタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんなにぐずぐずしてるんだ。」
「わたしのはくるみの木のうたです。」
すこし大きな柏の木がはづかしさうに出てきました。
「よろしい、みんなしづかにするんだ。」
柏の木はうたひました。
「くるみはみどりのきんいろ、な、
風にふかれて すいすいすい、
くるみはみどりの
風にふかれて ばらんばらんばらん、
くるみはみどりのきんいろ、な、
風にふかれて さんさんさん。」
「いゝテノールだねえ。うまいねえ、わあわあ。」
「第
「ぼくのはさるのこしかけです。」
「よし、はじめ。」
柏の木は手を腰にあてました。
「こざる、こざる、
おまへのこしかけぬれてるぞ、
霧、ぽつしやん ぽつしやん ぽつしやん、
おまへのこしかけくされるぞ。」
「いゝテノールだねえ、いゝテノールだねえ、うまいねえ、うまいねえ、わあわあ。」
「第五とうしやう、とたんのメタル。」
「わたしのはしやつぽのうたです。」それはあの入口から三ばん目の木でした。
「よろしい。はじめ。」
「うこんしやつぽのカンカラカンのカアン
あかいしやつぽのカンカラカンのカアン。」
「うまいうまい。すてきだ。わあわあ。」
「第六とうしやう、にせがねメタル。」
このときまで、しかたなくおとなしくきいてゐた清作が、いきなり叫びだしました。
「なんだ、この歌にせものだぞ。さつきひとのうたつたのまねしたんだぞ。」
「だまれ、無礼もの、その方などの口を出すところでない。」
「なんだと、にせものだからにせものと云つたんだ。生意気いふと、あした
「なにを、こしやくな。その方などの分際でない。」
「ばかを云へ、おれはあした、山主の
「そんならなぜおれには買はんか。」
「買ふいはれがない。」
「買へ。」
「いはれがない。」
「よせ、よせ、にせものだからにせがねのメタルをやるんだ。あんまりさう
お月さまの光が青くすきとほつてそこらは湖の底のやうになりました。
「わたしのは清作のうたです。」
またひとりの若い
「何だと、」清作が前へ出てなぐりつけようとしましたら
「まあ、待ちたまへ。君のうただつて
「清作は、一等卒の服を着て
野原に行つて、ぶだうをたくさんとつてきた。
と
「ホウ、ホウ。」柏の木はみんなあらしのやうに、清作をひやかして叫びました。
「第
「わたしがあとをつけます。」さつきの木のとなりからすぐまた一本の柏の木がとびだしました。
「よろしい、はじめ。」
かしはの木はちらつと清作の方を見て、ちよつとばかにするやうにわらひましたが、すぐまじめになつてうたひました。
「清作は、
砂糖を入れて
おい、だれかあとをつゞけてくれ。」
「ホツホウ、ホツホウ、ホツホウ、」
清作はもうとびだしてみんなかたつぱしからぶんなぐつてやりたくてむずむずしましたが、
「第八等、ぶりきのメタル。」
「わたしがつぎをやります。」さつきのとなりから、また一本の柏の木がとびだしました。
「よし、はじめつ。」
「清作が 納屋にしまつた
順序たゞしく
みんなはじけてなくなつた。」
「わつはつはつは、わつはつはつは、ホツホウ、ホツホウ、ホツホウ。がやがやがや……。」
「やかましい。きさまら、なんだつてひとの酒のことなどおぼえてやがるんだ。」清作が飛び出さうとしましたら、画かきにしつかりつかまりました。
「第
ところがみんなは、もうしんとしてしまつて、ひとりもでるものがありませんでした。
「これはいかん。でろ、でろ、みんなでないといかん。でろ。」画かきはどなりましたが、もうどうしても
仕方なく画かきは、
「こんどはメタルのうんといゝやつを出すぞ。早く出ろ。」と云ひましたら、柏の木どもははじめてざわつとしました。
そのとき林の奥の方で、さらさらさらさら音がして、それから、
「のろづきおほん、のろづきおほん、
おほん、おほん、
ごぎのごぎのおほん、
おほん、おほん、」
とたくさんのふくろふどもが、お月さまのあかりに青じろくはねをひるがへしながら、するするするする出てきて、柏の木の頭の上や手の上、肩やむねにいちめんにとまりました。
立派な金モールをつけたふくろふの大将が、上手に音もたてないで飛んできて、柏の木大王の前に出ました。そのまつ赤な眼のくまが、じつに奇体に見えました。よほどの
「今晩は、大王どの、また高貴の客人がた、今晩はちやうどわれわれの方でも、飛び方と
ついてはこれから
「たへなるうたのしらべだと、畜生。」清作が叫びました。
「よろしうござる。しごく結構でござらう。いざ、早速とりはじめるといたさうか。」
「されば、」
「からすかんざゑもんは
くろいあたまをくうらりくらり、
とんびとうざゑもんは
あぶら一升でとうろりとろり、
そのくらやみはふくろふの
いさみにいさむものゝふが
みゝずをつかむときなるぞ
ねとりを襲ふときなるぞ。」
ふくろふどもはもうみんなばかのやうになつてどなりました。
「のろづきおほん、
おほん、おほん、
ごぎのごぎおほん、
おほん、おほん。」
かしはの木大王が
「どうもきみたちのうたは下等ぢや。君子のきくべきものではない。」
ふくろふの大将はへんな顔をしてしまひました。すると赤と白の
「まあ、こんやはあんまり怒らないやうにいたしませう。うたもこんどは上等のをやりますから。みんな一しよにをどりませう。さあ木の方も鳥の方も用意いゝか。
おつきさんおつきさん まんまるまるゝゝん
おほしさんおほしさん ぴかりぴりるゝん
かしははかんかの かんからからゝゝん
ふくろはのろづき おつほゝゝゝゝゝん。」
かしはの木は両手をあげてそりかへつたり、頭や足をまるで天上に投げあげるやうにしたり、一生けん命踊りました。それにあはせてふくろふどもは、さつさつと銀いろのはねを、ひらいたりとぢたりしました。じつにそれがうまく合つたのでした。月の光は真珠のやうに、すこしおぼろになり、柏の木大王もよろこんですぐうたひました。
「雨はざあざあ ざつざゞゞゞゞあ
風はどうどう どつどゞゞゞゞう
あられぱらぱらぱらぱらつたゝあ
雨はざあざあ ざつざゞゞゞゞあ」
「あつだめだ、霧が落ちてきた。」とふくろふの副官が高く叫びました。
なるほど月はもう青白い霧にかくされてしまつてぼおつと円く見えるだけ、その霧はまるで矢のやうに林の中に降りてくるのでした。
冷たい霧がさつと清作の顔にかゝりました。
霧の中を飛び術のまだできてゐないふくろふの、ばたばた
清作はそこで林を出ました。柏の木はみんな踊のまゝの形で残念さうに横眼で清作を見送りました。
林を出てから空を見ますと、さつきまでお月さまのあつたあたりはやつとぼんやりあかるくて、そこを黒い犬のやうな形の雲がかけて行き、林のずうつと向ふの沼森のあたりから、
「赤いしやつぽのカンカラカンのカアン。」と画かきが力いつぱい叫んでゐる声がかすかにきこえました。