おとら
「とっこべ」というのは名字でしょうか。「とら」というのは名前ですかね。そうすると、名字がさまざまで、名前がみんな「とら」という狐が、あちこちに住んでいたのでしょうか。
さて、むかし、とっこべとら子は大きな川の岸に住んでいて、夜、網打ちに行った人から魚を
「あいや、しばらく待て。そちは何と申す」
「へいへい。私は六平と申します」
「六平とな。そちは金貸しを
「へいへい。
「いやいや、
「へい、御冗談、へいへい。御意の通りで」
「拙者に少しく不用の金子がある。それに遠国に参る所じゃ。預かっておいてもらえまいか。もっとも拙者も数々敵を持つ身じゃ。万一途中相果てたなれば、金子はそのままそちに遣わす。どうじゃ」
「へい。それはきっとお預かりいたしまするでございます」
「左様か。あいや。金子はこれにじゃ。そち自ら
ははあ、こいつはきっと泥棒だ、そうでなければにせ金使い、しかし何でもかまわない、万一途中相果てたなれば、金はごろりとこっちのものと、六平はひとりで考えて、それからほくほくするのを無理にかくして申しました。
「へい。へい。よろしゅうござります。御意の通り一応お改めいたしますでござります」
蓋を開くと中に小判が一ぱいつまり、月にぎらぎらかがやきました。
ハイ、ヤッとさむらいは千両
「どうじゃ。これだけをそち一人で持ち参れるのかの。もっともそちの持てるだけ預けることといたそうぞよ」
どうもさむらいのことばが少し変でしたし、そしてたしかに変ですが、まあ六平にはそんなことはどうでもよかったのです。
「へい。へい。何の千両ばこの十やそこばこ、きっときっと持ち参るでござりましょう」
「うむ。左様か。しからば。いざ。いざ、持ち参れい」
「へいへい。ウントコショ、ウントコショ、ウウントコショ。ウウウントコショ」
「豪儀じゃ、豪儀じゃ、そちは
さむらいは銀扇をパッと開いて感服しましたが、六平は余りの重さに返事も何も出来ませんでした。
さむらいは扇をかざして月に向って、
「それ一芸あるものはすがたみにくし」と何だか謡曲のような変なものを低くうなりながら向うへ歩いて行きました。
六平は十の千両ばこをよろよろしょって、もうお月さまが照ってるやら、
「開けろ開けろ。お帰りだ。大尽さまのお帰りだ」
六平の娘が戸をガタッと開けて、
「あれまあ、父さん。そったに砂利しょて何しただす」と叫びました。
六平もおどろいておろしたばかりの荷物を見ましたら、おやおや、それはどての普請の十の砂利俵でした。
六平はクウ、クウ、クウと鳴って、白い
「とっこべとら子に、だまされだ。ああ
みなさん。こんな話は一体ほんとうでしょうか。どうせ昔のことですから
どうしてって、私はその偽の方の話をも一つちゃんと知ってるんです。それはあんまりちかごろ起ったことでもうそれがうそなことは疑いもなにもありません。実はゆうべ起ったことなのです。
さあ、ご覧なさい。やはりあの大きな川の岸で、
平右衛門は今年の春村会議員になりました。それですから今夜はそのお祝いで親類はみな呼ばれました。
もうみんな大よろこび、ワッハハ、アッハハ、よう、おらおととい町さ行ったら魚屋の店で
小吉はさっきから怒ってばかりいたのです。(第一おら、
平右衛門が、
「待て、待て、小吉。もう一杯やれ、待てったら」と言っていましたが小吉はぷいっと
空がよく晴れて十三日の月がその
それは竹へ半紙を一枚はりつけて大きな顔を書いたものです。
その「源の大将」が青い月のあかりの中でこと更顔を横にまげ眼を
そして又ひとりでぷんぷんぷんぷん言いながら二つの低い丘を越えて自分の家に帰り、おみやげを待っていた子供を
ちょうどその頃平右衛門の家ではもう酒盛りが済みましたので、お客様はみんなでご
縁側に出てそれを見送った平右衛門は、みんなにわかれの
「それではお気をつけて。おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」
お客さまの中の一人がだらりと振り向いて返事しました。
「ハッハッハ。とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」
その
「わあ、出た出た。逃げろ。逃げろ」
もう大へんなさわぎです。みんな泥足でヘタヘタ座敷へ逃げ込みました。
平右衛門は手早くなげしから
平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の
みんなもこれに力を得てかさかさしたときの声をあげて景気をつけ、ぞろぞろ
さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見ては怖さが
たしかに手ごたえがあって、白いものは薙刀の下で、プルプル動いています。
「仕留めたぞ。仕留めたぞ。みんな来い」と平右衛門は叫びました。
「さすがは畜生の悲しさ、もろいもんだ」とみんなは
ところがどうです。今度はみんなは
その古い狐は、もう身代りに
みんなは口々に言いました。
「やっぱり古い狐だな。まるで眼玉は火のようだったぞ」
「おまけに毛といったら銀の針だ」
「全く争われないもんだ。口が耳まで裂けていたからな。
「心配するな。あしたはみんなで川岸に油揚を持って行って置いて来るとしよう」
みんなは帰る元気もなくなって、平右衛門の所に泊りました。
「源の大将」はお顔を半分切られて月光にキリキリ歯を喰いしばっているように見えました。
夜中になってから「とっこべ、とら子」とその沢山の可愛らしい部下とが又出て来て、庭に