一、ペンネンネンネンネン・ネネムの独立
〔冒頭原稿数枚焼失〕のでした。実際、東のそらは、お「キレ」さまの出る前に、
そのわけ〔十七字不明〕ばけもの麦も一向みのらず、大〔六字不明〕が咲いただけで一つぶも実になりませんでした。秋になっても全くその通〔七字不明〕
その年は暮れましたが、次の春になりますと飢饉はもうとてもひどくなってしまいました。
ネネムのお父さん、森の中の青ばけものは、ある日頭をかかえていつまでもいつまでも考えていましたが、急に起きあがって、
「おれは森へ行って何かさがして来るぞ。」と
ネネムのお母さんは、毎日目を光らせて、ため息ばかり
「わたしは野原に行って何かさがして来るからね。」と云って、よろよろ家を出て行きましたが、やはりそれきりいつまで待っても帰って参りませんでした。たしかにお母さんもその天国に呼ばれて行ってしまったのでした。
ネネムは小さなマミミとただ二人、寒さと
するとある日戸口から、
「いや、今日は。私はこの地方の飢饉を
二人はまるで籠を引ったくるようにして、ムシャムシャムシャムシャ、沢山喰べてから、やっと、
「おじさんありがとう。ほんとうにありがとうよ。」なんて云ったのでした。
男は大へん目を光らせて、二人のたべる
「お前たちはいい子供だね。しかしいい子供だというだけでは何にもならん。わしと
ネネムもマミミも何とも返事をしませんでしたが男はふいっとマミミをお
「おお、ホイホイ、おお、ホイホイ。」と云いながら
何のことだかわけがわからずきょろきょろしていたマミミ〔一字不明〕、戸口を出てからはじめてわっと泣き出しネネムは、
「どろぼう、どろぼう。」と泣きながら
ネネムは泣いてどなって森の中をうろうろうろうろはせ歩きましたがとうとう
それから何日
ネネムはふっと目をあきました。見るとすぐ頭の上のばけもの栗の木がふっふっと湯気を
その幹に鉄のはしごが両方から二つかかって二人の男が登って何かしきりにつなをたぐるような
ネネムは起きあがって見ますとお「キレ」さまはすっかりふだんの様になっておまけにテカテカして何でも今朝あたり顔をきれいに
それにかれ草がほかほかしてばけものわらびなどもふらふらと生え出しています。ネネムは飛んで行ってそれをむしゃむしゃたべました。するとネネムの頭の上でいやに平べったい声がしました。
「おい。子供。やっと目がさめたな。まだお前は飢饉のつもりかい。もうじき夏になるよ。すこしおれに手伝わないか。」
見るとそれは実に立派なばけもの
「おじさん。もう飢饉は過ぎたの。手伝いって何を手伝うの。」
「
「ここで昆布がとれるの。」
「取れるとも。見ろ。折角やってるじゃないか。」
なるほどさっきの二人は一生けん命網をなげたりそれを
「あれでも昆布がとれるの。」
「あれでも昆布がとれるのかって。いやな子供だな。おい、
ネネムはかすれた声でやっと
「そうですか。おじさん。」と云いました。
「それにこの森はすっかりおれの森なんだからさっきのように勝手にわらびなんぞ取ることは
ネネムは大変いやな気がしました。紳士は又云いました。
「お前もおれの仕事に手伝え。一日一ドルずつ手間をやるぜ。そうでもしなかったらお前は飯を食えまいぜ。」
ネネムは泣き出しそうになりましたがやっとこらえて云いました。
「おじさん。そんなら
「ふん。そいつは
「いいか。こいつを延ばすと子供の使うはしごになるんだ。いいか。そら。」
紳士はだんだんそれを引き延ばしました。間もなく長さ十
「いいかい。こいつをね。あの栗の木に
紳士ははしごを栗の
「いいかい。今度はおまえがこいつをのぼって行くんだよ。そら、登ってごらん。」
ネネムは仕方なくはしごにとりついて登って行きましたがはしごの段々がまるで針金のように細くて手や、足に
「もっと登るんだよ。もっと。そら、もっと。」下では紳士が叫んでいます。ネネムはすっかり頂上まで登りました。栗の木の頂上というものはどうも実に寒いのでした。それに気がついて見ると自分の手からまるで
「そら、網があったろう。そいつを空へ投げるんだよ。手がぐらぐら云うだろう。そいつはね、風の中のふかやさめがつきあたってるんだ。おや、お前はふるえてるね。意気地なしだなあ。投げるんだよ、投げるんだよ。そら、投げるんだよ。」
ネネムは何とも云えず
「お前もいくじのないやつだ。何というふにゃふにゃだ。
「夕方になったら下へ降りて来るんでしょう。」
「いいや。そんなことがあるもんか。とにかく昆布がとれなくちゃだめだ。どれ
紳士はネネムの手にくっついた網をたぐり寄せて中をあらためました。網のずうっとはじの方に一寸四方ばかりの茶色なヌラヌラしたものがついていました。紳士はそれを取って
「ふん、たったこれだけか。」と云いながらそれでも少し笑ったようでした。そしてネネムは又はしごを上って行きました。
やっと頂上へ着いて又力一杯空に網を投げました。それからわくわくする足をふみしめふみしめ網を引き寄せて見ましたが中にはなんにもはいっていませんでした。
「それ、しっかり投げろ。なまけるな。」下では紳士が叫んでいます。ネネムはそこで又投げました。やっぱりなんにもありません。又投げました。やっぱり昆布ははいりません。
つかれてヘトヘトになったネネムはもう何でも構わないから下りて行こうとしました。すると
そしてもう夕方になったと見えてばけものぞらは緑色になり変なばけものパンが下の方からふらふらのぼって来てネネムの前にとまりました。紳士はどこへ行ったか
向うの木の上の二人もしょんぼりと頭を垂れてパンを食べながら考えているようすでした。その木にも鉄のはしごがもう見えませんでした。
ネネムも仕方なくばけものパンを
その時紳士が来て、
「さあ、たべてしまったらみんな早く網を投げろ。昆布を一
ネネムは叫びました。
「おじさん。僕もうだめだよ。おろしてお
紳士が下でどなりました。
「何だと。パンだけ食ってしまってあとはおろしてお呉れだと。あんまり勝手なことを云うな。」
「だってもううごけないんだもの。」
「そうか。それじゃ動けるまでやすむさ。」と紳士が云いました。ネネムは栗の木のてっぺんに
その時栗の木が湯気をホッホッと
ところが今度の網がどうも実に重いのです。ネネムはよろこんでたぐり寄せて見ますとたしかに大きな大きな昆布が一枚ひらりとはいって居りました。
ネネムはよろこんで
「おじさん。さあ投げるよ。とれたよ。」
と云いながらそれを下へ落しました。
「うまい、うまい。よし。さあ綿のチョッキをやるぜ。」
チョッキがふらふらのぼって来ました。ネネムは急いでそれを着て云いました。
「おじさん。一ドル呉れるの。」
紳士が下の浅黄色のもやの中で云いました。
「うん。一ドルやる。しかしパンが一日一ドルだからな。一日十斤以上こんぶを取ったらあとは一斤十セントで買ってやろう。そのよけいの分がおまえのもうけさ。ためて置いていつでも
ネネムは実にがっかりしました。向うの木の二人の男はもういくら星あかりにすかして見ても居ないようでした。きっとあんまり仕事がつらくて
二、ペンネンネンネンネン・ネネムの立身
ペンネンネンネンネン・ネネムは十年のあいだ木の上に直立し続けた
「何か学問をして書記になりたいもんだな。もう投げるようなたぐるようなことは考えただけでも命が縮まる。よしきっと書記になるぞ。」
ペンネンネンネンネン・ネネムはお
着物が夜のようにまっ黒、縮れた赤毛が頭から
ネネムは
「ハンムンムンムンムン・ムムネの市まで、もうどれ位ありましょうか。」とペンネンネンネンネン・ネネムが、向うからふらふらやって来た黄色な影法師のばけ物にたずねました。
「そうだね。一寸ここまでおいで。」その黄色な
「あなたも片足をここまで出しなさい。」
ネネムは急いでその通りしますとその黄色な幽霊は、
「いいか。ハンムンムンムンムン・ムムネ市の入口までは、丁度この足さきから六ノット六チェーンあるよ。それでは
ネネムはそのうしろから、ていねいにお辞儀をして、
「ああありがとうございます。六ノット六チェーンならば、私が一時間一ノット一チェーンずつあるきますと六時間で参れます。一時間三ノット三チェーンずつあるきますと二時間で参れます。すっかり見当がつきまして、こんなうれしいことはありません。」と云いながら、もう一つ頭を下げました。赤毛はじゃらんと下に
そこでネネムは又あるき出しました。すると又向うから
「おい。お前は森の中の
ネネムはこれはきっと
「はい。私は書記が目的であります。」
するとその男は左手で短いひげをひねって一寸考えてから云いました。
「ははあ、書記が目的か。して見ると何だな。お前は森の中であんまりばけものパンばかり喰ったな。」
ネネムはすっかり
「はい実は少少たべすぎたかと存じます。」
「そうだろう。きっとそうにちがいない。よろしい。お前の身分や考えはよく
ネネムはそこでやっと安心してていねいにおじぎをして又町の方へ行きました。
丁度一時間と六分かかって、三ノット三チェーンを歩いたとき、ネネムは一人の百姓のおかみさんばけものと会いました。その人は遠くからいかにも不思議そうな顔をして来ましたが、とうとう泣き出してかけ寄りました。
「まあ、クエクや。よく帰っておいでだね。まあ、お前はわたしを忘れてしまったのかい。ああなさけない。」
ネネムは少し面くらいましたが、ははあ、これはきっと人ちがいだと気がつきましたので急いで云いました。
「いいえ、おかみさん。私はクエクという人ではありません。私はペンネンネンネンネン・ネネムというのです。」
するとその
「これはどうもとんだ失礼をいたしました。あなたのおなりがあんまりせがれそっくりなもんですから。」
「いいえ。どう
「まあ、そうでしたか。うちのせがれも丁度あなたと同じ年ころでした。まあ、お
「ね、おかみさん。あなたのむすこさんは、もうきっとどこかの書記になってるんでしょう。きっとじきお
さてそれから十五分でネネムはムムネの市までもう三チェーンの所まで来ました。ネネムはそこで
それからなるべく心を落ちつけてだんだん市に近づきますと、さすがはばけもの世界の首府のけはいは、早くもネネムに感じました。
ノンノンノンノンノンといううなりは地の〔以下原稿数枚分焼失〕
「今授業中だよ。やかましいやつだ。用があるならはいって来い。」とどなりましたので、学校の建物はぐらぐらしました。
ネネムはそこで思い切って、なるべく足音を立てないように二階にあがってその教室にはいりました。教室の広いことはまるで野原です。さまざまの形、とうがらしや、
「それでその、もしも塩素が赤い色のものならば、これは最も明らかな不合理である。黄色でなくてはならん。して見ると黄色という事はずいぶん大切なもんだ。黄という字はこう書くのだ。」
先生は黒板を向いて、両手や鼻や口や
ネネムはそっと一番うしろの席に
「ね、この先生は何て云うんですか。」
「お前知らなかったのかい。フゥフィーボー博士さ。化学の。」とその赤いばけものは
「あっ、そうでしたか。この先生ですか。名高い人なんですね。」とネネムはそっとつぶやきながら自分もふところから
その時教室にパッと
「しからば何が
博士はみみずのような横文字を一ぺんに三百ばかり書きました。ネネムも一生けん命書きました。それから博士は俄かに手を大きくひろげて
「げにも、かの天にありて
学生どもはみんな興奮して
「ブラボオ。フゥフィーボー先生。ブラボオ。」と
「ブラボオ。」と叫んで堅く堅く決心したように口を結びました。この時先生はやっとほんのすこうし笑って一段声を低くして云いました。
「みなさん。これからすぐ卒業試験にかかります。一人ずつ私の前をお通りなさい。」と云いました。
学生どもは、そこで一人ずつ順々に、先生の前を通りながらノートを開いて見せました。
先生はそれを一寸見てそれから一言か二言質問をして、それから
書かれる間学生はいかにもくすぐったそうに首をちぢめているのでした。書かれた学生は、いかにも気がかりらしく、そっと肩をすぼめて
「よろしい。ノートは大へんによく出来ている。そんなら問題を答えなさい。
「四種類あります。もしその種類を申しますならば、黒、白、青、無色です。」
「うん。無色の
「風のない時はたての棒、風の強い時は横の棒、その他はみみずなどの形。あまり煙の少ない時はコルク
「よろしい。お前は今日の試験では一等だ。何か望みがあるなら云いなさい。」
「書記になりたいのです。」
「そうか。よろしい。わしの
ネネムは名刺を
ネネムはよろこんで
「もう
そこでネネムは教室を出てはしご段を降りますと、そこには学生が実に沢山泣いていました。全く三千六百五十三回、
元気よく大学校の門を出て、自分の胸の番地を指さして通りかかったくらげのようなばけものに、どう行ったらいいかをたずねました。
するとそのばけものは、ひどく叮寧におじぎをして、
「ええ。それは世界裁判長のお
ネネムはそこで一時間一ノット一チェーンの速さで、そちらへ進んで参りました。たちまち道の右側に、その粘土作りの大きな家がしゃんと立って、世界裁判長
「ご免なさい。ご免なさい。」とネネムは赤い髪を
すると家の中からペタペタペタペタ沢山の沢山のばけものどもが出て参りました。
みんなまっ黒な長い服を着て、
「私は大学校のフゥフィーボー先生のご
するとみんなは口をそろえて云いました。
「それはあなたでございます。あなたがその裁判長でございます。」
「なるほど、そうですか。するとあなた方は何ですか。」
「私どもはあなたの部下です。判事や検事やなんかです。」
「そうですか。それでは私はここの主人ですね。」
「さようでございます。」
こんなような訳でペンネンネンネンネン・ネネムは一ぺんに世界裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室の海綿でこしらえた
すると一人の判事が恭々しく申しました。
「今晩開廷の運びになっている件が二つございますが、いかがでございましょうお
「いいや、よろしい。やります。しかし裁判の方針はどうですか。」
「はい。裁判の方針はこちらの世界の人民が向うの世界になるべく顔を出さぬように致したいのでございます。」
「わかりました。それではすぐやります。」
ネネムはまっ白なちぢれ毛のかつらを
ネネムは正面の一番高い処に座りました。向うの
「ザシキワラシ。二十二
「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云いました。
「姓名
「相違ありません。」
「その方はアツレキ三十一年二月七日、伊藤万太方の八畳座敷に故なくして擅に出現したることは、しかとその通りに相違ないか。」
「全く相違ありません。」
「出現後は何を致した。」
「ザシキをザワッザワッと
「何の
「風を入れる為です。」
「よろしい。その点は実に公益である。本官に
「かしこまりました。ありがとうございます。」
「実に名断だね。どうも実に今度の長官は偉い。」と判事たちは
ザシキワラシはおじぎをしてよろこんで引っ込みました。
次に来たのは
「ウウウウエイ。三十五歳。アツレキ三十一年七月一日夜、表、アフリカ、コンゴオの林中の空地に於て故なくして
「よろしい、わかった。」とネネムは云いました。
「姓名年齢その通りに相違ないか。」
「へい。その通りです。」
「その方はアツレキ三十一年七月一日夜、アフリカ、コンゴオの林中空地に於て、故なくして擅に出現、
「全くその通りです。」
「よろしい。何の目的で出現したのだ。
「へい。その実は、あまり
「
「へい。全くどうも相済みません。
「うん。お前は、
「かしこまりました。ありがとうございます。」そのばけものも引っ込みました。
「実に名断だ。いい判決だね。」とみんなささやき合いました。その時向うの窓がガタリと開いて
「どうだ、いい裁判長だろう。みんな感心したかい。」と云う声がしました。それはさっきの灰色の一メートルある顔、フゥフィーボー先生でした。
「ブラボオ。フゥフィーボー博士。ブラボオ。」と判事も検事もみんな
そこでネネムは自分の
あとはあしたのことです。
三、ペンネンネンネンネン・ネネムの
ばけもの世界裁判長になったペンネンネンネンネン・ネネムは、次の朝六時に起きて、すぐ部下の検事を一人呼びました。
「今日は何時に公判の運びになっているか。」
「本日もやはり晩の七時から二件だけございます。」
「そうか。よろしい。それでは今朝は八時から世界長に
「かしこまりました。」
そこでペンネンネンネンネン・ネネムは、
ばけもの世界長は、もう大広間の正面に座って待っています。世界長は身のたけ百九十尺もある中世代の
ペンネンネンネンネン・ネネムは、恭々しく進んで
「ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長はおまえであるか。」
「さようでございます。永久に忠勤を
「うん。しっかりやって
「はい。恐れ入ります。」
「よろしい。どうかしっかりやって呉れ。」
「かしこまりました。」
そこでペンネンネンネンネン・ネネムは又うやうやしく世界長に礼をして、
ペンネンネンネンネン・ネネムも
ばけもの世界のハンムンムンムンムン・ムムネ市の
その時向うから、トッテントッテントッテンテンと、チャリネルという楽器を
ペンネンネンネンネン・ネネムは、行きあいながらふと見ますと、その赤い旗には、白くフクジロと染め抜いてあって、その横にせいの高さ三尺ばかりの、顔がまるでじじいのように
赤山のようなばけものの見物は、わいわいそれについて行きます。一人の若いばけものが、うしろから押されてちょっとそのいやなものにさわりましたら、そのフクジロといういやなものはくるりと振り向いて、いきなりピシャリとその若ばけものの
それからいやなものは向うの
フクジロがよちよちはいって行きますと、荒物屋のおかみさんは、
「おかみさん。フクジロ・マッチ買ってお呉れ。」
おかみさんはやっと気を落ちつけて云いました。
「いくらですか。ひとつ。」
「十円。」
おかみさんは泣きそうになりました。
「さあ買ってお呉れ。買わなかったら
「買います、買います。踊の方はいりません。そら、十円。」おかみさんは青くなってブルブルしながら
「ありがとう。ヘン。」と云いながらそのいやなものは店を出ました。
そして今度は、となりのばけもの酒屋にはいりました。見物はわいわいついて行きます。酒屋のはげ頭のおじいさんばけものも、やっぱりぶるぶるしながら十円出しました。
その
「これはいかん。実にけしからん。こう云ういやなものが町の中を勝手に歩くということはおれの
「こら。その方は自分の顔やかたちのいやなことをいいことにして、一つ一銭のマッチを十円ずつに家ごと押しつけてあるく。悪いやつだ。
するとそのいやなものは泣き出しました。
「巡査さん。それはひどいよ。
ネネムが云いました。
「そうか。するとお前は毎日ただ引っぱり
「そうだよ、そうだよ。僕を
そこで
「あの車のとこに居るものを引っくくれ。」とネネムが云いました。丁度出て来た巡査が三人ばかり飛んで行って、車にポカンと腰掛けて居た黒い硬いばけものを、くるくるくるっと
「こら。きさまはこんなかたわなあわれなものをだしにして、一銭のマッチを十円ずつに売っている。さあ監獄へ連れて行くぞ。」
親方が泣き出しそうになって口早に云いました。
「お役人さん。そいつぁあんまり無理ですぜ。わしぁ一日
「ふん、そうか。その親方はどこに居るんだ。」
「あすこに居ます。」
「どれだ。」
「あのまがり角でそらを向いてあくびをしている人です。」
「よし。あいつをしばれ。」まがり角の男は、しばられてびっくりして、口をパクパクやりました。ネネムは二人を連れてそっちへ歩いて行って云いました。
「こらきさまは悪いやつだ。何も文句を
「これはひどい。一体どうしたのです。ははあ、フクジロもタンイチもしばられたな。その事ならなあに私はただこうやって
「ふん。どうも実にいやな事件だ。よし、お前の監督はどこに居るか、云え。」
「向うの電信柱の下で立ったまま
「そうか。よろしい。向うの電信ばしらの下のやつを
「
十人ばかりの検事と十人ばかりの巡査がふうとけむりのように向うへ走って行きました。見る見る監督どもが、みんなペタペタしばられて十五分もたたないうちに三十人というばけものが一列にずうっとつづいてひっぱられて来ました。
「一番おしまいのやつはこいつか。」とネネムが緑色の大へんハイカラなばけものをゆびさしました。
「そうです。」みんなは声をそろえて云います。
「よろしい。こら。その方は、あんなあわれなかたわを使って一銭のマッチを十円に売っているとは一体どう云うわけだ。それに三十二人も人を使って、あくまで自分の悪いことをかくそうとは実にけしからん。さあどうだ。」
ところが緑色のハイカラなばけものは口を
「これはけしからん。私はそんなことをした覚えはない。私は百二十年前にこの方に九円だけ貸しがあるので今はもう五千何円になっている。わしはこの方のあとをつけて歩いて毎日、
するとその赤色のハイカラが云いました。
「その通りだ。私はこの人に毎日三十円ずつ
「その通りだ。わしは毎日五十円ずつ払う。そしてわしはこの前のお方に二百年前かなりの貸しがあるのでそれをもとでに毎日ついて歩いて百円ずつとるだけなのだ。」
指されたその前の黄色なハイカラが云いました。
「そうだ。その通りだ。そしてわしはこの前のお方に昔すてきなかしがあるので、毎日ついて歩いて三百円ずつとるのだ。」
「ふうん。大分わかって来たぞ。あとはもう貸した年と今とる金だかだけを云え。」とネネムが申しました。
「二百五十年五百円」「三百年、千円」「三百一年、千七円」「三百二年、千八円」「三百三年、千九円」「三百四年、千十円。」
ネネムはすばやく勘定しました。
「もうわかった。第三十番。電信柱の下の立ちねむり。おまえは千三十円とっているだろう。」
「全くさようでございます。ご明察恐れ入ります。」
その時さっきの角のところに立って、あくびをしていた監督が云いました。
「どうです。そうでしょう。私は毎日千三十円三十銭だけとって、千三十円だけこの人に納めるのです。」
ネネムが云いました。
「そうか。すると一体
「私にはわかりません。私にはわかりません。」とみんなが一度に云いました。そこでネネムも一寸
「よし。そんならフクジロのマッチを売っていることを知っているものは手をあげ。」
硬い黒いタンイチはじめ順ぐりに十人だけ手をあげました。
「よろしい。すると十人目の貴さまが一番悪い。監獄にはいれ。」
「いいえ。どういたしまして。私はただフクジロのマッチを売っていることを遠くから見ているだけでございます。それを十円に売るなんて、めっそうな、私は一向に存じません。」
「どうもこれはずいぶん
硬い黒いタンイチからただ三人でした。
「するとお前だ。監獄にはいれ。」とネネムが云いました。
「それはさっきも申しあげました。私はただ命令で見ていただけです。」
「するとお前は十円に売ることは知っている、けれどもただ云いつかっているだけだというのだな、それから次のお前は云いつけてはいる。けれども十円に売れなんて云ったおぼえもなし又十円に売っているとも思わない、ただまあ、フクジロがよちよち家を出たりはいったりして、それでよくこんなにもうかるもんだと思っていたと、こうだろう。」
「全くご名察の通り。」と二人が一緒に云いました。
「よろしい。もうわかった。お前がたに云い
「かしこまりました。ありがとうございます。」みんなはフクジロをのこして赤山のような人をわけてちりぢりに
見物人はよろこんで、
「えらい裁判長だ。えらい裁判長だ。」とときの声をあげました。そこでネネムは
それから少し行きますと通りの右側に大きな
「一寸はいって見よう。」と云いながらネネムは
ケンケンケンケンケンケン・クエク警察長
と書いてあります。ネネムは
「はてな、クエクと、どうも聞いたような名だ。一寸突然ですがあなたはこの近在の農家のご出身ですか。」と云いました。
すると警察長はびっくりしたらしく、
「全くご明察の通りです。」と答えました。
「それではあなたは無断で家から逃げておいでになりましたね。お母さんが大へん泣いておいでですよ。」とネネムが云いました。
「いや、全く。実は昨晩も電報を打ちましたようなわけで、実はその、逃げたというわけでもありません。丁度一昨昨日の朝、一寸した用事で家から大学校の小使室まで参りましたのですが、ついそのフゥフィーボー博士の講義につり込まれまして昨日まで三日というもの、
「ハッハッハ。そうですか。それは結構でした。もう電報をおかけでしたか。」
「はい。」
そこでネネムも全く感服してそれから警察長の家を出てそれから又グルグルグルグル巡視をして、おひるごろ、ばけもの世界裁判長の官邸に帰りました。おひるのごちそうは
四、ペンネンネンネンネン・ネネムの安心
ばけもの世界裁判長、ペンネンネンネンネン・ネネムの評判は、今はもう非常なものになりました。この世界が、はじめ一
シャァロンというばけものの高利貸でさえ、ああ実にペンネンネンネンネン・ネネムさまは名判官だ、ダニーさまの再来だ、いやダニーさまの発達だとほめた位です。
ばけもの世界長からは、毎日一つずつ位をつけて来ましたし、
そこでネネムは、ある日、テーブルの上の
「一寸君にたずねたいことがあるのだが。」
「何でございますか。」
「
検事はしばらく考えてから答えました。
「それはばけもの
「そうか。そして、そんなやつらは一体世界中に何人位あるのかな。」
「左様。一昨年の調べでは、奇術を職業にしますものは、五十九人となって
「そうか。どうもそんなしんこ細工のようなことをするというのは、この世界がまだなめくじでできていたころの遺風だ。一寸視察に出よう。事によると禁止をしなければなるまい。」
そこでネネムは、部下の検事を
ネネムは、検事と
「仲々
そのうちにとうとう、一人はバアと音がして
斬った方は肩を
すると倒れた方のまっ二つになったからだがバタッと又一つになって、見る見る傷口がすっかりくっつき、ゲラゲラゲラッと笑って起きあがりました。そして頭をほんのすこし下げてお辞儀をして、
「まだ傷口がよくくっつきませんから、
ボロン、ボロン、ボロロン、とどらが鳴りました。一つの白いきれを
「フォーク!」と椅子にかけた若ばけものがテーブルを
「へい。これはとんだ無調法を致しました。ただ今、すぐ持って参ります。」と云いながら、その給仕は二尺ばかりあるホークを持って参りました。
「ナイフ!」と又若ばけものはテーブルを叩いてどなりました。
「へい。これはとんだ無調法を致しました。ただ今、すぐ持って参ります。」と云いながらその給仕は、幕のうしろにはいって行って、長さ二尺ばかりあるナイフを持って参りました。ところがそのナイフをテーブルの上に置きますと、すぐ刃がくにゃんとまがってしまいました。
「だめだ、こんなもの。」とその椅子にかけたばけものは、ナイフを床に投げつけました。
ナイフはひらひらと床に落ちて、パッと赤い火に燃えあがって消えてしまいました。
「へい。これは無調法致しました。ただ今のはナイフの広告でございました。本物のいいのを持って参ります。」と云いながら給仕は引っ
するとどうもネネムも検事もだれもかれもみんな
「テン・テンテンテン・テジマア! うまいぞ。」
「ほう、
テジマアと呼ばれた皿の上の大きなばけものは、顔をしずかに又廻して、椅子に座ったわかばけものの方を向きました。そして二人はまるで二匹の
「テジマア! 負けるな。しっかりやれ。」
「しっかりやれ。テジマア! 負けると食われるぞ。」こんなような大さわぎのあとで、こんどはひっそりとなりました。そのうちに椅子に座った若ばけものは
その時給仕が、たしかに
「今度の
その時「バア」と声がして、その食われた筈の若ばけものが、床の下から
「君よくたっしゃで居て
「テジマア、テジマア!」
「うまいぞ、テジマア!」みんなはどっとはやしました。
「バラコック、バララゲ、ボラン、ボラン、ボラン」と変な歌を高く歌いながら、幕の中に引っ込んで行きました。
ボロン、ボロン、ボロロンと、どらが又鳴りました。
舞台が月光のようにさっと青くなりました。それからだんだんのんびりしたいかにも春らしい桃色に変りました。
まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て
「おキレの角 はカンカンカン
ばけもの麦はベランべランベラン
ひばり、チッチクチッチクチー
フォークのひかりはサンサンサン。」
とばけもの世界の農業の歌を歌いながら畑を耕したり種子をばけもの麦はベランべランベラン
ひばり、チッチクチッチクチー
フォークのひかりはサンサンサン。」
「おキレの角はケンケンケン
ばけもの麦はザランザララ
とんびトーロロトーロロトー、
鎌 のひかりは シンシンシン。」
とみんなはばけもの麦はザランザララ
とんびトーロロトーロロトー、
「おキレの角はクンクンクン
ばけもの麦はザック、ザック、ザ、
からすカーララ、カーララ、カー、
唐箕 のうなりはフウララフウ。」
みんなはいつの間にか棒を持っていました。そして麦束はポンポン叩かれたと思うと、もうみんなばけもの麦はザック、ザック、ザ、
からすカーララ、カーララ、カー、
舞台が俄かにすきとおるような
うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な
「ケテン! ケテン!」とどなりました。
女の子は笑ってうなずいてみんなに
黒いばけものはみんなで麦の粒をつかみました。
女の子も五六つぶそれをつまんでみんなの方に投げました。それが落ちて来たときはみんなまっ白な
「さあ、投げ。」と云いながら十人の黒いばけものがみな
女の子は笑って何かかすかに
ペンネンネンネンネン・ネネムはその女の子の顔をじっと見ました。たしかにたしかにそれこそは妹のペンネンネンネンネン・マミミだったのです。ネネムはとうとう
「マミミ。マミミ。おれだよ。ネネムだよ。」
女の子はぎょっとしたようにネネムの方を見ました。それから何か叫んだようでしたが声がかすれてこっちまで届きませんでした。ネネムは又叫びました。
「おれだ。ネネムだ。」
マミミはまるで頭から足から火がついたようにはねあがって舞台から飛び下りようとしましたら、黒い助手のばけものどもが麦をなげるのをやめてばらばら走って来てしっかりと
「マミミ。おれだ。ネネムだよ。」ネネムは舞台へはねあがりました。
幕のうしろからさっきのテジマアが黄色なゆるいガウンのようなものを着ていかにも落ち着いて出て参りました。
「さわがしいな。どうしたんだ。はてな。このお方はどうして舞台へおあがりになったのかな。」
ネネムはその顔をじっと見ました。それこそはあの
「
「それは大へんよろしい。それだからわしもあの時男の子は強いし
「しかしお前は
「いや。いやいややや。それは実に
「するとお前の
「
「いや。お前は
「いいとも。連れて行きなさい。けれども本人が望みならまた
「うん。」
どうです。とうとうこんな変なことになりました。これというのもテジマアのばけもの格が高いからです。
とにかくそこでペンネンネンネンネン・ネネムはすっかり安心しました。
五、ペンネンネンネンネン・ネネムの出現
ペンネンネンネンネン・ネネムは独立もしましたし、立身もしましたし、
大抵の裁判はネネムが出て行って、どしりと
さて、ある日曜日、ペンネンネンネンネン・ネネムは三十人の部下をつれて、銀色の
クラレという
部下の判事や検事たちが、その両側からぐるっと
「どうだい。いい天気じゃないか。
ここへ来て見るとわれわれの世界もずいぶんしずかだね。」ネネムが云いました。
みんなの
「ちかごろは
判事たちの中で一番位の高いまっ赤な、ばけものが云いました。
「そうだね全くそうだ。しかし昨日サンムトリが大分鳴ったそうじゃないか。」
「ええ新報に出て居りました。サンムトリというのはあれですか。」
二番目にえらい判事が向うの青く光る三角な山を指しました。
「うん。そうさ。
「ええ。」
上席判事やみんなが
それから
「ああやったやった。」
とそっちに手を延して高く叫びました。
「やったやった。とうとう噴いた。」
とペンネンネンネンネン・ネネムはけだかい
その時はじめて地面がぐらぐらぐら、波のようにゆれ
「ガーン、ドロドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」と耳もやぶれるばかりの音がやって来ました。それから風がどうっと
「裁判長はどうも実に偉い。今や
二番目の判事が云いました。
「実にペンネンネンネンネン・ネネム裁判長は
みんなが一度に
「ブラボオ、ネネム裁判長。ブラボオ、ネネム裁判長。」
ネネムはしずかに笑って居りました。その得意な顔はまるで青空よりもかがやき、上等の
「ガーン、ドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」
それから風がどうっと吹いて行って、火山弾や熱い灰やすべてあぶないものがこの立派なネネムの方に落ちて来ないように山の向うの方へ追い
「おれは昔は森の中の昆布 取り、
その昆布網 が空にひろがったとき
風の中のふかやさめがつきあたり
おれの手がぐらぐらとゆれたのだ。
おれはフウフィーヴオ博士の弟子
博士はおれの出した筆記帳を
あくびと一しょにスポリと呑 みこんだ。
それから博士は窓から飛んで出た。
おれはむかし奇術師のテジマアに
おれの妹をさらわれていた。
その奇術師のテジマアのところで
おれの妹はスタアになっていた。
いまではおれは勲章 が百ダアス
藁 のオムレツももうたべあきた。
おれの裁断には地殻も服する
サンムトリさえ西瓜 のように割れたのだ。」
その昆布
風の中のふかやさめがつきあたり
おれの手がぐらぐらとゆれたのだ。
おれはフウフィーヴオ博士の
博士はおれの出した筆記帳を
あくびと一しょにスポリと
それから博士は窓から飛んで出た。
おれはむかし奇術師のテジマアに
おれの妹をさらわれていた。
その奇術師のテジマアのところで
おれの妹はスタアになっていた。
いまではおれは
おれの裁断には地殻も服する
サンムトリさえ
さあ三十人の部下の判事と検事はすっかりつり込まれて一緒に立ち上がって、
「ブラボオ、ペンネンネンネンネン・ネネム
ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。」
と叫びながら踊りはじめました。ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。」
「フィーガロ、フィガロト、フィガロット。」
クラレの花がきらきら光り、クラレの「ガアン、ドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」
「フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長
その威 オキレの金角とならび
まひるクラレの花の丘に立ち
遠い青びかりのサンムトリに命令する。
青びかりの三角のサンムトリが
たちまち火柱を空にささげる。
風が来てクラレの花がひかり
ペンネンネンネンネン・ネネムは高く笑う。
ブラボオ。ペンネンネンネンネン・ネネム
ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。」
その時サンムトリが丁度第四回の爆発をやりました。ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長
その
まひるクラレの花の丘に立ち
遠い青びかりのサンムトリに命令する。
青びかりの三角のサンムトリが
たちまち火柱を空にささげる。
風が来てクラレの花がひかり
ペンネンネンネンネン・ネネムは高く笑う。
ブラボオ。ペンネンネンネンネン・ネネム
ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。」
「ガアン、ドロドロドロドロ、ノンノンノンノンノン。」
ネネムをはじめばけものの検事も判事もみんな
「フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
風が青ぞらを吼 えて行けば
そのなごりが地面に下って
クラレの花がさんさんと光り
おれたちの袍 はひるがえる。
さっきかけて行った風が
いまサンムトリに届いたのだ。
そのまっ黒なけむりの柱が
向うの方に倒 れて行く。
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
ブラボオ、ペンネンネンネンネン・ネネム
ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。
おれたちの叫び声は地面をゆすり
その波は一分に二十五ノット
サンムトリの熱い岩漿 にとどいて
とうとうも一度爆発をやった。
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。」
ネネムは踊ってあばれてどなって笑ってはせまわりました。風が青ぞらを
そのなごりが地面に下って
クラレの花がさんさんと光り
おれたちの
さっきかけて行った風が
いまサンムトリに届いたのだ。
そのまっ黒なけむりの柱が
向うの方に
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
ブラボオ、ペンネンネンネンネン・ネネム
ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。
おれたちの叫び声は地面をゆすり
その波は一分に二十五ノット
サンムトリの熱い
とうとうも一度爆発をやった。
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
フィーガロ、フィガロト、フィガロット。」
その時どうしたはずみか、足が少し悪い方へそれました。
悪い方というのはクラレの花の咲いたばけもの世界の野原の
「あっ。裁判長がしくじった。」
と
すぐ前には本当に
どこにたった今歌っていたあのばけもの世界のクラレの花の咲いた野原があったでしょう。実にそれはネパールの国からチベットへ入る
ネネムのすぐ前に三本の
ネネムはそれを見て思わずぞっとしました。
それこそはたびたび聞いた
ところがすぐ向うから二人の
巡礼たちは早くもネネムを見つけました。そしてびっくりして地にひれふして何だかわけのわからない
ネネムはまるでからだがしびれて来ました。そしてだんだん気が遠くなってとうとうガーンと気絶してしまいました。
ガーン。
それからしばらくたってネネムはすぐ耳のところで
「裁判長。裁判長。しっかりなさい、裁判長。」という声を聞きました。おどろいて眼を明いて見るとそこはさっきのクラレの野原でした。
三十人の部下たちがまわりに集まって実に心配そうにしています。
「ああ僕はどうしたんだろう。」
「
上席判事が
「ああ、ありがとう。もうどうもない。しかしとうとう僕は出現してしまった。
僕は今日は自分を裁判しなければならない。
ああ僕は辞職しよう。それからあしたから百日、ばけものの大学校の
ネネムは思わず泣きました。三十人の部下も一緒に大声で泣きました。その声はノンノンノンノンと地面に波をたて、それが向うのサンムトリに届いたころサンムトリが赤い火柱をあげて第五回の爆発をやりました。
「ガアン、ドロドロドロドロ。」
風がどっと吹いて折れたクラレの花がプルプルとゆれました。〔以下原稿なし〕