蜘蛛と、銀色のなめくじとそれから顔を洗ったことのない狸とはみんな立派な選手でした。
けれども一体何の選手だったのか私はよく知りません。
一体何の競争をしていたのか、私は三人がならんでかける所も見ませんし学校の試験で一番二番三番ときめられたことも聞きません。
一体何の競争をしていたのでしょう、蜘蛛は手も足も赤くて長く、胸には「ナンペ」と書いた蜘蛛文字のマークをつけていましたしなめくじはいつも銀いろのゴムの
けれどもとにかく三人とも死にました。
蜘蛛は
一、赤い手長の蜘蛛
蜘蛛の伝記のわかっているのは、おしまいの一ヶ年間だけです。
蜘蛛は森の
あんまりひもじくておなかの中にはもう糸がない位でした。けれども蜘蛛は
「うんとこせうんとこせ」と
夜あけごろ、遠くから
蜘蛛はまるできちがいのように、葉のかげから飛び出してむんずと蚊に食いつきました。
蚊は「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」と
蜘蛛はそして葉のかげに
「ここはどこでござりまするな。」と云いながらめくらのかげろうが
「ここは宿屋ですよ。」と蜘蛛が六つの眼を別々にパチパチさせて云いました。
かげろうはやれやれというように、
「さあ、お茶をおあがりなさい。」と云いながらかげろうの
かげろうはお茶をとろうとして出した手を空にあげて、バタバタもがきながら、
「あわれやむすめ、父親が、
旅で果てたと聞いたなら」
と哀れな声で歌い出しました。
「えい。やかましい。じたばたするな。」と蜘蛛が云いました。するとかげろうは手を合せて
「お
蜘蛛もすこし哀れになって
「よし早くやれ。」といってかげろうの足をつかんで待っていました。かげろうはほんとうにあわれな細い声ではじめから歌い直しました。
「あわれやむすめちちおやが、
旅ではてたと聞いたなら、
ちさいあの手に
いとし
もうしご
かどなみなみに立つとても、
非道の蜘蛛の網ざしき、
さわるまいぞや。よるまいぞ。」
「小しゃくなことを。」と蜘蛛はただ一息に、かげろうを食い殺してしまいました。そしてしばらくそらを向いて、腹をこすってからちょっと眼をぱちぱちさせて
「小しゃくなことを言うまいぞ。」とふざけたように歌いながら又糸をはきました。
網は三まわり大きくなって、もう立派な蜘蛛の巣です。蜘蛛はすっかり安心して、又葉のかげにかくれました。その時下の方でいい声で歌うのをききました。
「赤いてながのくぅも、
天のちかくをはいまわり、
スルスル光のいとをはき、
きぃらりきぃらり巣をかける。」
見るとそれはきれいな女の蜘蛛でした。
「ここへおいで。」と手長の蜘蛛が云って糸を一本すうっとさげてやりました。
女の蜘蛛がすぐそれにつかまってのぼって来ました。そして二人は夫婦になりました。網には毎日
子供らは網の上ですべったり、
ある日夫婦のくもは、葉のかげにかくれてお茶をのんでいますと、下の方でへらへらした声で歌うものがあります。
「あぁかい手ながのくぅも、
できたむすこは二百
めくそ、はんかけ、蚊のなみだ、
大きいところで
見るとそれは大きな銀色のなめくじでした。
蜘蛛のおかみさんはくやしがって、まるで火がついたように泣きました。
けれども手長の蜘蛛は云いました。
「ふん。あいつはちかごろ、おれをねたんでるんだ。やい、なめくじ。おれは今度は虫けら会の相談役になるんだぞ。へっ。くやしいか。へっ。てまえなんかいくらからだばかりふとっても、こんなことはできまい。へっへっ。」
なめくじはあんまりくやしくて、しばらく熱病になって、
「うう、くもめ、よくもぶじょくしたな。うう。くもめ。」といっていました。
網は時々風にやぶれたりごろつきのかぶとむしにこわされたりしましたけれどもくもはすぐすうすう糸をはいて
二百疋の子供は百九十八疋まで
けれども子供らは、どれもあんまりお互いに似ていましたので、親ぐもはすぐ忘れてしまいました。
そして今はもう網はすばらしいものです。虫がどんどんひっかかります。
ある日夫婦の蜘蛛は、葉のかげにかくれてお茶をのんでいますと、一疋の旅の蚊がこっちへ飛んで来て、それから網を見てあわてて飛び戻って行きました。
すると下の方で
「ワッハッハ。」と笑う声がしてそれから太い声で歌うのが聞えました。
「あぁかいてながのくぅも、
あんまり網がまずいので、
八千二百里旅の蚊も、
くうんとうなってまわれ右。」
見るとそれは顔を洗ったことのない狸でした。蜘蛛はキリキリキリッとはがみをして云いました。
「何を。狸め。一生のうちにはきっとおれにおじぎをさせて見せるぞ。」
それからは蜘蛛は、もう一生けん命であちこちに
それは蜘蛛暦三千八百年の五月の事です。
二、銀色のなめくじ
丁度蜘蛛が林の
その頃なめくじは林の中では一番親切だという評判でした。かたつむりは
「なめくじさん。今度は
するとなめくじが云いました。
「あげますともあげますとも。さあ、おあがりなさい。」
「ああありがとうございます。助かります。」と云いながらかたつむりはふきのつゆをどくどくのみました。
「もっとおあがりなさい。あなたと
「そんならも少しいただきます。ああありがとうございます。」と云いながらかたつむりはも少しのみました。
「かたつむりさん。気分がよくなったら一つ相撲をとりましょうか。ハッハハ。久しぶりです。」となめくじが云いました。
「おなかがすいて力がありません。」とかたつむりが云いました。
「そんならたべ物をあげましょう。さあ、おあがりなさい。」となめくじはあざみの芽やなんか出しました。
「ありがとうございます。それではいただきます。」といいながらかたつむりはそれを
「さあ、すもうをとりましょう。ハッハハ。」となめくじがもう立ちあがりました。かたつむりも仕方なく、
「
「よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。」
「もうつかれてだめです。」
「まあもう一ぺんやりましょうよ。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。」
「もうだめです。」
「まあもう一ぺんやりましょうよ。ハッハハ。よっしょ、そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。」
「もうだめ。」
「まあもう一ぺんやりましょうよ。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。」
「もう死にます。さよなら。」
「まあもう一ぺんやりましょうよ。ハッハハ。さあ。お立ちなさい。起こしてあげましょう。よっしょ。そら。ヘッヘッヘ。」かたつむりは死んでしまいました。そこで銀色のなめくじはかたつむりをペロリと喰べてしまいました。
それから一ヶ月ばかりたって、とかげがなめくじの立派なおうちへびっこをひいて来ました。そして
「なめくじさん。今日は。お薬を少し呉れませんか。」と云いました。
「どうしたのです。」となめくじは笑って聞きました。
「へびに
「そんならわけはありません。
「どうかお願い申します。」ととかげは足を出しました。
「ええ。よござんすとも。
そしてなめくじはとかげの傷に口をあてました。
「ありがとう。なめくじさん。」ととかげは云いました。
「も少しよく嘗めないとあとで大変ですよ。今度
「なめくじさん。何だか足が
「ハッハハ。なあに。それほどじゃありません。ハッハハ。」となめくじはやはりもがもが答えました。
「なめくじさん。おなかが何だか熱くなりましたよ。」ととかげは心配して云いました。
「ハッハハ。なあにそれほどじゃありません。ハッハハ。」となめくじはやはりもがもが答えました。
「なめくじさん。からだが半分とけたようですよ。もうよして下さい。」ととかげは泣き声を出しました。
「ハッハハ。なあにそれほどじゃありません。ほんのも少しです。も一分五
それを聞いたとき、とかげはやっと安心しました。丁度心臓がとけたのです。
そこでなめくじはペロリととかげをたべました。そして
あんまり大きくなったので
そしてかえって蜘蛛からあざけられて、熱病を起したのです。そればかりではなく、なめくじの評判はどうもよくなくなりました。
なめくじはいつでもハッハハと笑って、そしてヘラヘラした声で物を言うけれども、どうも心がよくなくて蜘蛛やなんかよりは
「なめくじなんてまずいもんさ。ぶま加減は見られたもんじゃない。」
なめくじはこれを聞いて
次の年ある日
そして、
「なめくじさん。こんにちは。少し水を
なめくじはこの雨蛙もペロリとやりたかったので、思い切っていい声で申しました。
「蛙さん。これはいらっしゃい。水なんかいくらでもあげますよ。ちかごろはひでりですけれどもなあに云わばあなたと
蛙はどくどくどくどく水を呑んでからとぼけたような顔をしてしばらくなめくじを見てから云いました。
「なめくじさん。ひとつすもうをとりましょうか。」
なめくじはうまいと、よろこびました。自分が云おうと思っていたのを蛙の方が云ったのです。こんな弱ったやつならば五へん投げつければ大ていペロリとやれる。
「とりましょう。よっしょ。そら。ハッハハ。」かえるはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かえるは又投げつけられました。するとかえるは大へんあわててふところから塩のふくろを出して云いました。
「土俵へ塩をまかなくちゃだめだ。そら。シュウ。」塩がまかれました。
なめくじが云いました。
「かえるさん。こんどはきっと
そして手足をひろげて青じろい腹を空に向けて死んだようになってしまいました。銀色のなめくじは、すぐペロリとやろうと、そっちへ進みましたがどうしたのか足がうごきません。見るともう足が半分とけています。
「あ、やられた。塩だ。
蛙はそれを聞くと、むっくり起きあがってあぐらをかいて、かばんのような大きな口を一ぱいにあけて笑いました。そしてなめくじにおじぎをして云いました。
「いや、さよなら。なめくじさん。とんだことになりましたね。」
なめくじが泣きそうになって、
「蛙さん。さよ……。」と云ったときもう舌がとけました。雨蛙はひどく笑いながら
「さよならと云いたかったのでしょう。本当にさよならさよなら。暗い
三、顔を洗わない
狸は顔を洗いませんでした。
それもわざと洗わなかったのです。
狸は丁度蜘蛛が林の
「狸さま。こうひもじくては全く仕方ございません。もう死ぬだけでございます。」
狸がきもののえりを
「そうじゃ。みんな往生じゃ。
兎も
「なまねこ、なまねこ、なまねこ、なまねこ。」
狸は兎の手をとってもっと自分の方へ引きよせました。
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり、なまねこ。なまねこ。」と云いながら兎の耳をかじりました。兎はびっくりして
「あ痛っ。狸さん。ひどいじゃありませんか。」
狸はむにゃむにゃ兎の耳をかみながら、
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり。なまねこ。」と云いながら、とうとう兎の両方の耳をたべてしまいました。
兎もそうきいていると、たいへんうれしくてボロボロ
「なまねこ、なまねこ。ああありがたい、山猫さま。
狸もそら涙をボロボロこぼして
「なまねこ、なまねこ、
兎はますますよろこんで、
「ああありがたや、山猫さま。
狸はもうなみだで
「なまねこ、なまねこ。
兎はすっかりなくなってしまいました。
そこで狸のおなかの中で云いました。
「すっかりだまされた。お前の腹の中はまっくろだ。ああくやしい。」
狸は
「やかましい。はやく消化しろ。」
そして狸はポンポコポンポンとはらつづみをうちました。
それから丁度二ヶ月たちました。ある日、狸は自分の
そこで狸は云いました。
「みんな山ねこさまのおぼしめしじゃ。お前がお米を三升もって来たのも、わしがお前に説教するのもじゃ。山ねこさまはありがたいお方じゃ。兎はおそばに参って、大臣になられたげな。お前もものの命をとったことは、五百や千では
狼はおびえあがって、きょろきょろしながらたずねました。
「そんならどうしたら助かりますかな。」
狸が云いました。
「わしは山ねこさまのお身代りじゃで、わしの云うとおりさっしゃれ。なまねこ。なまねこ。」
「どうしたらようございましょう。」と狼があわててききました。狸が云いました。
「それはな。じっとしていさしゃれ。な。わしはお前のきばをぬくじゃ。な。お前の目をつぶすじゃ。な。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前のみみを
狼は狸のはらの中で云いました。
「ここはまっくらだ。ああ、ここに兎の骨がある。
狸は無理に「ヘン。」と笑っていました。
さて蜘蛛はとけて流れ、なめくじはペロリとやられ、そして狸は病気にかかりました。
それはからだの中に
そしてまっくろになって、熱にうかされて、
「うう、こわいこわい。おれは
*
なるほどそうしてみると三人とも地獄行きのマラソン競争をしていたのです。