「オ……オ……和尚様。チョ、チョット和尚様。バ……
まだ薄暗い方丈の、朝露に濡れた
「ナ……何で御座る。もう夜が明けておるのに……バ……バ……バケモノとは……」
方丈の明障子をガタガタと押開けて大兵肥満の和尚が顔を突出したが、これも見かけに似合わぬ臆病者らしく、早や顔色を失って、眼の球をキョロキョロさせていた。
「おお、そなたはこの間御授戒なされた茶中の御隠居……」
老婆は縁側へ両手を突いたまま、
「……ア……アノ
「ゲッ……島田の振袖が……フフ振袖娘が……」
「ハ……ハイ。足と胴体と、離れ離れになって……寝ておりまする。グウグウとイビキを掻いて……」
「ヒヤッ……イビキを掻いて……それは
「……コ……この眼で見て参じました。今朝、早よう……孫の墓へ参りました帰り
すこし落着きかけた婆さんの歯抜け

よしんば、それが
しかし、それでもヤット決心をしたらしく、和尚は脱けかけた腰を引っ立てて、婆さんに手を引かれ引かれ、真暗い木立に囲まれた裏手の墓地に来た。一際広い真白な
「ワワワ……ク……蔵元屋の……お……お……お熊さんが……ワワワワ……これは……」
と尻餅を突いたまま悲鳴を揚げた。
「ドド……胴と……足が……ベベベ別々に……ワワワワァ――ッ……」
時は徳川十一代将軍家斉公の享和二年三月十一日、桃のお節句以来、晴れ続いた朝のことであった。
黒田五十五万石の城下、博多の町の南の外れ。瓦焼場の煙渦巻く瓦町を抜けて太宰府へ通う
その巨石を取巻く大小の墓の前には、それぞれに紅と白の桃の花が美しく挿し並べて在ったが、その墓の間々へ物見高い近隣の町の者や、通りかかりの肥汲みの百姓や柴売り、又は
その中央によろめき出た万延寺の和尚は、さすがに商売柄、着流しの上に略袈裟を掛けていた。右手に燻りかえる安線香の束を持ち、左手に念珠を掛けながら、膝頭をガクガクさせて「南無南無南無」と言うばかり。今にも気絶しそうな腰構えである。その股倉から覗くように最前の老婆が手を合わせたまま石甃の上にひれ伏していた。
「南無大慈大悲観世音菩薩。種々重罪五逆消滅。自他平等即身成仏……南無南無南無……」
そうした念仏の中に一人の若い衆じみた頬冠りの男が、恐れ気もなく死骸の傍に
「アレが
「ウン。あの
「いったい何処の娘かいナ」
「今和尚さんが言い御座ったろうが。福岡一の
「福岡一の分限者?……」
「蔵元屋の一人娘たい」
「ゲッ。あの……蔵元屋の……アノ博多小町……」
そんなヒソヒソ話が急に途切れて皆、一時にバラバラと逃出しそうな身構えになった。
目明の良助が、死骸の顔を上向けて、切れ目の長い瞼に両手をかけながら一パイに引き開いたからであった。
「キャ――ッ……」
「おそろしいッ……」
と言う震え声の中に女どもが二、三人バタバタと遠退いた。
「ええ。静かにせんか……」
目明の良助は罵りながら、死骸の袖口で両手の指先を拭いて立上った。静かに背後の和尚をかえりみた。
「和尚様。済みませんが
「ヘイヘイ。それはモウ。南無南無……」
「アッ。蔵元屋の
口々にそう言う人垣を押しわけて四十恰好の
「まあ、お熊……お前はまあ何と言う……ダダ……誰が
そのアトから人を分けて入って来た半白髪の恰幅のいい老人は、女房の肩ごしに娘の死骸を一眼見るや否や、両手をシッカリと握り合わせたまま石甃の上にドスンと尻餅を突いてしまった。両眼を閉じて唇をワナワナと震わしたが、一言も物を言い得ないまま「ハアア――ッ……」と骨身に泌みるようなタメ息を一つして、涙をハラハラと流した。
その肩に取縋った女房は、息も絶え絶えに泣きじゃくって身を震わした。
「ええッ。このような
その声は、さながらに
死骸から遠退いて腕を組んだまま突立っていた目明の良助は、そうした二人の態度から眼を離さなかった。そこから何かしら事件の秘密を見て取ろうとしているらしく瞬き一つしなかった。
そのうちに蔵元屋の番頭や若い者らしく、身軽に
「ああ。コレコレ。蔵元屋の若い衆。ちょっと待った。只今、御目付の松倉十内様が御検屍として御出役になる迄は、その死骸に指一本指すことは相成らんぞ。それよりも誰か、この辺の名主を呼んで来て受持たせなさい。それまで古い莚をかけるか何かして
蔵元屋の夫婦と若い衆は、そうした言葉を聞くと今更ビックリしたように死骸の周囲から飛退いた。目明良助の名を知っているらしく、揃ってペコペコとお辞儀をし始めた。
その夫婦の顔をジロリと見まわした良助は、頬冠りのまま和尚の袖を引いて、二人で墓原を分けながら方丈の方へ引返して行った。その途中の群集から遠ざかった古井戸の傍で立止まって、暫く考えていた良助はフト思い出したように
「ナア……和尚さん……」
「ヒエッ……」
和尚はビックリして飛上った拍子に、線香を取落したまま
「フフフ。
「ヒエッ。早や……下手人が……お……おわかりになりましたので……」
そう言ううちに和尚はモウ眼を白くして膝頭を戦かせ始めた。その法衣の袖を引っぱりながら良助は歩き出した。
「ハハハ。まあさ。そう
「ゲエッ。御存じない」
和尚は又、眼を丸くして立止まった。
「イヤサ。蔵元屋の娘に相違ない事だけは、あの両親のソブリだけでもわかっとるが、それにしても腑に落ち兼ねることがアンマリ多過ぎるので、実は思案に余っておりますてや」
「ヘエ。腑に落ちぬにも何も、あの美しい
和尚の眼に初めて涙らしいものが湧いて来た。死骸から遠ざかるに連れて、やっと人間らしい気持になって来たのであろう。
「さあ。その胴切りの真二つが、テッペンからわかりませんテヤ。なあ和尚さん。イクラ据物斬りでもあれだけに腕の冴えた町人が、福岡博多におる筈はない……」
良助が独言のように言った言葉を聞咎めた和尚はギックリとして又立止まった。その
「……ところで和尚さん。元来あの蔵元屋は昔からこの万延寺でも一番上等の檀家で御座いましつろうがなあ和尚さん」
「ヘエヘエ。それはモウ良助さん。御本堂の改築から何から、いつでも一番の施主で御座いましてなあ」
「ウン。そんなら、お尋ねしますが、あの斬られた娘の両親の中でも、あの父親は腹からの町人で御座いまっしょう」
「ヘエヘエ。それは
「ウムウム。それでのうては辻褄が合わぬような気がする。とにかくこれは余程コミ入った容易ならぬ
和尚は良助の明察にギョッとしたらしくよろめいた。
「……ど……どうして御存じ……」
「タッタ今、臭いと思いましたがな……」
「ソ……それではあの
和尚は一層、青くなって唇を
「ハハハ。まさかあの女房が据物斬りの名人では通りますまい」
「な……な……なるほど……」
「ハハハ。ソコにはソコがありまっしょうがなあ。とにかく継母には相違御座いますまい」
「……ま……まったくその通りで。お前様は見透しじゃ」
「その前の母様……今の斬られた娘の実の母親と言うのは……」
「ハハイ。あの娘御の実の母様の名は、たしかお民とか申しましたが、それはそれは賢いお方で、元来あの蔵元屋の家付のお嬢さんで御座いました。つまり今の伊兵衛どのは御養子で御座いますが、何を申すにも
「へえへえ。それは存じておりまするが、それならば今の
「……ヘイ。あれはソノ……何で……」
「構わずに聞かせて下されませ」
「ヘイ。何でも相生町の
「ふうむ。名前は……」
「たしかオツヤとかオツルとか……イヤイヤ、オツヤさんと申します筈……」
「ふうむ。おツヤどん……年も二十くらい違いますのう……御主人と……」
「さようで……あの斬られたお熊さんと十五違いぐらいで御座いましょうか……いつもお二人で仲よく
「ふうむ。不思議不思議……ほかにあの蔵元屋の家付の者はおりまっせんかナア。たとえば番頭ドンとか、御乳母さんとか」
「ホイ。それそれ。そのお乳母さんが一人おりますわい。あの
「ふうむ。そのお島どんと、今の
「さようさナア。三人一緒にお寺参りさっしゃる事もないでは御座いませぬが、それよりお島どんがタッタ一人で、よく前の奥さんのお墓を拝みに見えました」
「前の奥さんのお墓を拝みに……なるほどなあ。そげな事じゃないかと思うた。イヤ
「そうしてなあ良助さん。そのお島どんがなあ……御存じかも知れんが、
「ハハア。あの非人の歌
「ホオ。良助さん。あの非人を御存じで……」
「知っておるにも何も、私とは極く心安い仲で……ヘヘエ。あの赤猪口爺の処へ、そのお島どんが来おるとは知らなんだ」
「ヘエ。滅多に見えませんがなあ、お島どんは……それでも御座るとアノ非人を相手に長い事話し込んで御座ったという話で……」
「イヤ。重ね重ねよい事を聞きました。ところでその赤猪口爺は今おりますかなあ」
「さあ。今朝は珍しゅう早よう何処かへ出て行きおったと寺男が申しておりましたが……」
「ナニ。今朝早よう……ふうむ……」
本堂に近い柴垣の処で立止まった良助は、又もや腕を組んで、今出て来た墓所の奥の暗がりを振返った。その頬冠りの蔭の物凄い眼付を見ると和尚が又もやガタガタ震え出した。
「……も……もしやあの……非人が下手人では……」
良助は返事をしなかった。暫く考え込んでいたが、やがて思い出したように頭を振った。
「わからんわからん。何が何やらサッパリわからん。……とにかくあの赤猪口爺を探し出いて、口を割らせて見んことには、見当の付けようがない」
博多瓦町はずれ。筑紫野を見晴らす大根畠と墓原の間の
坂元の家は明智のざまの助
落着く先は瓦町のさき 赤猪口兵衛
と彫って朱が入れて在る。大方、石塔に入れる朱漆の残りを貰ったものであろう。落着く先は瓦町のさき 赤猪口兵衛
そうした門構えを入ると、本堂の阿弥陀様と背中合わせの板敷土間に破れ畳の二畳敷、竹瓦葺の
すたれ釘世をすぢかいになり下 る
底抜け徳利のチリンカラカラ
古釘と底抜け徳利の風鈴は
阿弥陀も知らぬ極楽の音
その蒲鉾板の裏表を手に取って引っくり返して見ながらニッコリと笑った良助は、その前の雨戸をガタガタと叩いた。大きな声で呼んだ。底抜け徳利のチリンカラカラ
古釘と底抜け徳利の風鈴は
阿弥陀も知らぬ極楽の音
「猪口兵衛どん、猪口兵衛どん。良助じゃ、良助じゃ」
雨戸の内側はシインとして人の気はいもない。
「モシモシ。坂元の孫兵衛どん。孫兵衛どん。御座るか御座らんか。まあだ寝ておんなさるとナ……。オイオイ」
と言うて耳を澄ますうちに、今たたいた雨戸が外側へバッタリと外れかかるのを、良助は
「おらん。このサ中に何処へ行たもんじゃろか……あの朝寝坊が……」
それから毎日のように晴れ続いた福岡博多の狭い町々に、蔵元屋の騒動の噂が隈もなく行き渡ってしまった三日目……三月十三日の
先に立って行くのは二十四、五のスラリとした若い男。色の黒い、眉の濃い、眼の鋭い、それでいて何処となくイナセな体構えが、箱崎縞に小倉帯、素足に角雪駄、
あとから
「一体全体、猪口兵衛どん。アンタはこの二日二夜、何処に消え失せて御座ったもんかいナ」
「アハハハ。この頃は忙がしゅうてなあ。花の咲く頃は毎年の事じゃ。あっちの花見酒で酔い潰れ、こっちのお祝い酒で奢り潰されてなあ」
「
「アハハ。さすがの目明良助どんもこの私の行方ばっかりは、わかり
「……ほかでもないがなあ猪口兵衛どん。あの博多一番の分限者の一人娘で、蔵元屋のお熊さんチュウテなあ。十八か九の別嬪が、
「聞いとる処か。私の穴倉からツイ鼻の先の出来事じゃもの。あの朝早よう、イの一番に見て置いたが、
良助は頬冠りの上から頭に手を遣った。
「ウワア。さすがは猪口兵衛どん。もうアンタに先手を打たれたか」
「先手なら商売柄アンタの方じゃろう。モウ当りが付いたかいな」
「そ……それが、まあだカイモク付いとらんたい」
「付かん筈がないがなあ。あの黒い血は毒殺した証拠じゃろう」
「そこじゃ、そこじゃ。あの口の中の硫黄臭いところは
「ふん。その岩見銀山の鼠取りなら昔から大抵女の仕事ときまっとらせんかなあ」
「エライ。さすがは猪口兵衛どん……わしもそこを睨んどる」
「つまり殺いたのは女で、斬ったのは男という事になりまっしょう」
「そこじゃ、そこじゃ。そこであの死骸を蔵元屋から担い出いた大風呂敷か何かが、そこいらに棄てて在りはせんかと一所懸命に探しまわったが、怪しい縄一筋、細引一本見当らんじゃった。これは大方手がかりになると思うて何処かへ隠いてしもうた物と睨んどるが、しかし又、万一そうとすればこの一条は、よっぽど深う、巧みに巧んだ仕事で、もちろん尋常の試し斬りや何かじゃない。事によるとこれは福岡中の目明を
「エライ、エライ。そこまで気が付けば今一足で下手人に手がかかる。さすがは博多一の目明の良助さん」
「おだてなさんな、面目ない。アンタの見込みはドウかいな」
「アンタの事なら隠す事はない。洗い
「それが、まだ届いとらん」
「ハアテ……なあ……」
「イヤ。これはイクラ猪口兵衛どんでも知らっしゃれん事じゃが、私がこの
「アッ。成る程。これは尤もじゃわい」
「なあ。そうじゃろう。何を言うにもあの蔵元屋と言うのは博多切っての大金持の為替問屋。御封印付のお納戸金を扱うておるほどの店じゃけに、万に一つも家柄に疵が付いてはならぬ。御用姿で踏込んで店の信用を落いてはならぬ。まかり間違うて大公儀の耳にでもそげな事が入ったなら、直ぐさま、黒田五十五万石のお納戸の信用に差響いて来るやら知れぬ話じゃけに、成る限り
「成る程なあ。無理もないわい」
「何を言うにもあの蔵元屋と言うのは、黒田五十五万石の御用金を扱うておる信用第一の店じゃけに、よほど
「それはその筈じゃ。喋舌らせようとする方が無理じゃ」
「そこで今度は方角を変えて、近所
「フフフ。その通り、その通り。なかなか良う調べが届いとる」
「その骨折りの甲斐があってか、去年の十二月に御城下でも蔵元屋に次ぐ金満家、福岡本町の呉服屋、襟半の若主人で、
「ホンニなあ。まことに申分のない結構な縁談じゃったがなあ……しかし又、ようそこまで探り出さっしゃったなあ」
「アンタに賞められると話す張合いがある。……ところがなあ。
「ほオ。これは初耳じゃ」
「ふうむ。アンタも初耳かいなあ」
「ハハハ。初耳どころか。この縁談ばっかりは大丈夫、間違いのない
「それは、ほかでもない。この二月の初め頃から日田のお金奉行の下役で野西
「エライッ……」
と赤猪口兵衛が両手を打合わせて
「さすがは良助どんじゃ。あの若侍に目が付いたか」
「眼が付かいで何としょう。縦から見ても横から見ても
「うんうん。上方風の
「ウン。それそれ。あの侍が蔵元屋へ出入りするようになってから、今まで口八釜しゅう娘の婚礼仕度の指図をしておった継母が、何とのう気の抜けたようになった。晴れ晴れしゅう進んでおった蔵元屋の祝言の支度が、いつからとものうダラダラになって来た。鼈甲屋や、衣裳屋、指物屋なぞの出入りが間遠になって来たのは、どうも
「アハハ。大きにもっともな話……」
「……又、大目付様からの御内達で、どのような場合でも蔵元屋の
「ちょっと良助さん。お話の途中かも知れんが、その日田のお金奉行というものは初めて聞くが一体、
「そこたい、そこたい。そこが私達の気を揉まする急所たい。実は私も
「ハハア。噂に聞いた『
「ソレソレ。その日田金がドウヤラ今度の振袖娘胴切の
「ハアテなあ。私の思惑がチット外れたかナ」
「外れたか外れぬか、わからんがまあ聞いてみなさい。その日田金を日田の材木屋が下請けのようにして、日田の
「ハハア。成る程……われわれ非人風情には寄っても付けぬ初耳の話じゃ。しかしお蔭で話の筋道がダイブわかって来た」
「……それじゃけにその手先の若侍と言うても大した者ばい。
「フン。そいつが一人娘のお熊の綺倆を見て、俺にくれいとか何とか言うて一睨み睨んだという筋になるかナ」
「うむ。先ずそこいらかも知れんがなあ。当て推量はこの際禁物じゃ。相手が相手じゃけに滅多な事は考えられぬ」
「それはそうじゃ。ハハン」
「何にしても蔵元屋では
「ハハハ。封印したビイドロ瓶の中味をば外から
「そればっかりじゃない。
「ふうん。それは法外じゃ。上役と言うものは下役の苦労を知らんのが通例じゃが……」
「……と言うのが……何でもその日田の御金奉行の野西
「アハハ。大方それは袖の下の催促じゃろう」
「もちろんじゃ。トテモこの下手人には吾々の手が及ばんと見て取っての無理難題の
「腹が立つのう。今に眼に物を見せてくれようで……」
「その上に、これも松倉どんから聞いた話じゃが、あの蔵元屋の
「ふうむ。そこいらの話がダイブ臭いのう。芝居も大概にせんと筋書が割れるが……」
「さればと言うて臭いという証拠は何処にも在りゃせん」
「アハハ。五十五万石の大目付、丸潰れと来たなあ」
「それでももしや、お熊の縁談から起った意趣、遺恨じゃないかと思うて、襟半の方へ探りを入れてみると、花婿の半三郎も、今は隠居しとる父親の半左衛門夫婦も、神信心の律義者という評判に間違いないらしい」
「それは毛頭間違いない。
「のみならず、結納まで済んだ話が、寝返りを打たれそうになっている事なぞはツイこの頃まで気付かずにおったらしく、騒動の起ったその日までコツコツと祝言の
「それは当り前の話じゃ。襟半の内輪を知り抜いとる私が証人に立っても
「とは言うものの、蔵元屋の方も、家内の模様さえまだわかっておらぬけに、松倉どんもバッタリ行詰まって御座るが、さればとてほかには何の手も足もない。この良助を捕まえては、まだかまだかと言う日増しの催促じゃが、今度の
「そうたいなあ。
「そこでトウトウ思案に詰まった揚句がアンタの事じゃ。いつも何かと言うと私の知恵袋にしておったアンタを、
「成る程なあ。それはドウモ……聞込み見込みなら在る処じゃない。今更言うまでもない事じゃが、あのお熊さん胴切の一件についてこの赤猪口兵衛に目を付けなさった処は、さすがに良助さんじゃ」
「チッ。又おだてる……実は
「何の何の。滅相な。アンタのように物堅う話をさっしゃると
「断るまでもないがその代りに、お取調の模様は言う迄もない、今日お目付へお眼にかかった事までも、
「それはモウ万事心得の承知の助。アトで一杯飲ませて貰いさえすれば、首の一つや二つ何のソノじゃ……」
「冗談言いなさんな。アンタの首なら構うまいが、私の首となるとチットばかり惜しいわい」
「アハハハ。そこで一首浮かんだがな」
「ホホオ。何と……」
「これは私の心意気じゃ……
この首を熱燗十本で売りませう
損得無しの一升一生……」
「アハハ。馬鹿らしい。イヤ。何かと言ううちに向うに見えるが松倉様のお邸じゃ。あの損得無しの一升一生……」
「おっとアラマシ承知の助。そのために
「何もかも知って御座る限りタネを打割って申上げて下されや」
「オッと待ったり。そのタネの明かし工合は松倉さんに会うてみてから考えましょうわい。何にせいお初のお目見得じゃけに松倉どんがドレ位の御人物やらコッチもさっぱり見当が付かぬ。六分は他人、四分内輪の貧乏神と行きまっしょうかい。向う恵比寿の出た
目明の良助に誘われた乞食
この家の主人、黒田藩のお目付役、当時蔵元屋の娘胴切り事件のお係りとなっている松倉十内国重は、縁側に座布団と煙草盆を置いて、小倉袖、着流しのまま威儀を正した。青黒く逞しい四十恰好の堂々たる
「……良助。御苦労であったぞ……その方が赤猪口兵衛か」
「ヘエ。坂元孫兵衛と申しまするが本名で……ヘエ。以前は博多
と淀みなく言ううちに涙ぐんだ赤んべえ面を上げて
「ウム。これは役柄をもって相尋ねるが、その方は只今も申す通りズット以前は博多の荒物屋渡世。
「ヘエヘエ。相違ないどころでは御座いません。それが本職で……まだほかに歌も詠みます。その歌を書きました渋団扇を一枚五文で買うても貰います。よんどころない時は非人も致します。掃溜も毎日のように漁りますが、何と申しましても縁談の取持が一番、
と自慢そうにモウ一度、鼻の頭をコスリ上げた。しかも非人同様の姿ながら恐れ気もないその態度と、プンプンする熟柿臭い
「ウム。それならば相尋ねるが、その方は博多蔵元町、蔵元屋の一人娘、お熊というものを存じておるか。この間万延寺境内で斬られたと申す。存じておるであろうな。あの一件を……」
「ヘエ。あの娘の事ならば、実の親が知らぬ事までも存じておりまするが……」
「ウムウム。それは重畳じゃ。実はあの娘の事に就いて少々相尋ねたいために今日、良助に同道致させた次第じゃが……万一、その方の申立てによってあの胴切りの下手人が相わかれば、褒美を取らするぞ」
「ヘエヘエ。それはモウ。申上る段では御座りません。もはや御承知か存じませんが、あのお熊と申しまする娘は取って十八の一人娘、七赤の金星で、お江戸なら一枚絵とかに出る綺倆で御座いましょうな。五体中玉のような娘で御座いましたが、それでも存るべき処にはチャント在るものが……」
松倉十内は
「これこれ。要らざる事は聞かんでもええ。縁談の前調べではないぞ。しかしさすがは評判の赤猪口兵衛。事細やかに存じておるのう」
「ヘヘ。そこが商売で……ヘヘ。襟半の若亭主、半三郎の嫁にというお話で一杯頂戴して、腕に
「はははは。それは何よりの話じゃが」
松倉十内は猪口兵衛の話ぶりに興味を引かれたらしかった。
「しかし、どうしてそのような事まで相わかるのじゃ。湯殿の口ばし覗いてみるか」
「ヘヘヘ。そげな苦労は致しません。これ位の事ならお茶子サイサイで。ヘヘ。物を貰いに参りました序に、あの
「成る程のう。そちのような下賤の者でなければ出来ぬ芸当じゃのう」
「まったくで御座いますお殿様……人間は上から下を見ると何もわかりませぬもので、その代りに下から上を見上げますると、何でも見透しに見えまする。ヘヘヘ。私はお蔭様で人間の中でも一番下におりまする仕合わせに……」
松倉十内は苦り切って
「ヘヘヘ。博多中の
松倉十内は何かしら思い直したらしく、仏頂面を
「ウムウム。さすがは猪口兵衛じゃ。そこで今一つ尋ねるが、あの娘……蔵元屋の娘お熊には別に疵はなかったか」
「ヘエ。疵と申しますると……」
「ウム。たとえば何か他人に怨まれるような悪い癖はなかったかと申すのじゃ」
「ヘエヘエ。成る程。お眼が高う御座いますなあ。その疵なら大在りで御座います。ちょっとそこいらに類のないドエライ疵が……」
「ふうむ。それは耳寄りな……どげな疵じゃ」
「バクチで御座います」
「ナニ……
松倉十内は自分の耳を疑うように膝を乗出した。赤猪口兵衛はいよいよ得意然と、すこし
「さようで……蔵元屋のお熊は天下御法度の袁彦道の名人で御座いました。花札、
「うううむ。これは意外千万な事を聞くものじゃ。あれ程の大家の娘が、あられもない賭博なんどとは……ちと受取り
「ところが間違い御座いませんので……元来あの蔵元屋と申しまするは、蔵元町と申しまして町の名前にもなっておりまする位で、土蔵の数も七戸前。表向きは立派な為替問屋と質屋になっておりまするが、裏向きは筑前切っての大きな博奕宿で御座います。チトお話が荒う御座いますが、何にせい博多中の恵比寿講の帳面を預っておりますので、帳面合わせとか、金勘定とか申しまして、時々奥庭の別
「ふうむ。容易ならぬ話じゃのう」
「ヘエ。まだ御存じなかったので……」
「ウムウム。あの蔵元屋は存じてもおろうが当藩の御用金を扱うておる者じゃけに、何事も大目に見ておったのでな。店の信用に拘わってはならぬとあって、役人体の者なぞは滅多に近寄らせんように取計ろうておったものじゃが……言語道断……」
「ヘエヘエ。御尤も千万なお話で……それならば申上ますが御殿様……これは私一存の考えで御座りまするが、あの蔵元屋は最早、長い身代では御座いませんので……ヘエ……」
「フウム。いよいよ以て言語道断じゃ。どうして相わかる……」
「毎日毎日、同じ掃溜を覗いておりますると
「ふうむ。掃溜を覗いて……ハテ。どのような処に眼を付けるか」
と松倉十内は物珍しげに眼を光らして耳を傾けた。傍に踞まった目明の良助も同様に、炭俵の上の
「エヘヘ。そう改まってお尋ねになりますると、実はお答えに詰まりますようで……ヘヘ。まあ私が持って生まれましたカンで御座いましょうナ」
「ふうむ。カンと申すと……」
「たとえば名人のお医者が、小便の色を見て病人の寿命を言い当てるようなもので、私どもは掃溜の色をタッタ一目見ますると、その家の奥の奥の暮し向きまで包み隠しのないところが、ハッキリとわかりまする」
「うむ。なかなかに口広い事を申すのう」
「まったくで御座います。論より証拠、私はあの蔵元屋の台所ならモウ二十年
「成る程……」
「ところがそのアトで勝手口の
「いかにもいかにも。尤も千万……」
「ところが又その前の御寮さんが今のお熊さんを難産したアトの
松倉十内は苦笑いをした。非人風情の
「アハハハハ。成る程、成る程。良う相わかった。その方のような人間でなければ見えぬ事じゃ。しかしそれ程に道理がわかるその方ならば
赤猪口兵衛はニッタリと笑い返した。赤い鼻の頭を今一度、念入りにコスリ上げると、炭俵の上からガサガサと一膝進み出た。
「ヘヘ……旦那様……
「フーム。返す返すも珍しい事を申す。世の中に金ほど
「……そ……それがで御座います。旦那方の前では御座いますが、私どもは一口に非人と言われておりまするだけに、
「フウム。ドウ違うかの」
「
「うむうむ。その通りじゃ」
「ところが貧乏神でも神様は神様……怨んだり、軽蔑したり、粗略にしたり致しますると貧乏罰というものが当りまする。その証拠に今申しましたような訳で、貧乏神様を糞味噌のように言うて、ヤットの思いで逐い出いた人間がサテ、いくらかお金を溜めるようになりますると直ぐに、昔、粗略にした渋団扇の神様に取憑かれて、自分自身が家内中の貧乏神、不景気の親方になりまする。可愛い妻子に美味いものも喰わせず、楽しみもさせずに、恥は掻き放し、義理も欠き捨て、人情も踏付け通しで、そのたんびに首を縮めて
「ハハハ。ナカナカの理屈じゃ」
「それに引換えまして私共の一生は、まことに貧乏神様々で御座います。貧乏神様の御蔭なりゃあこそこげに気楽な一生が送れますので、福の神様が舞込んで来かかりますと、どうぞ
松倉十内は又しても余計な事を言ったために、非人風情に吹き巻くられた形になったので、スッカリ苦り切ってしまった。不承不承にうなずきながら話を変えた。
「ウムウム。相わかった、相わかった……しかし話はモトへ戻るが、その蔵元屋の別土蔵の二階の金勘定が真実の金勘定でない、賭博に相違ないという事は何処で見分けたか」
「やっぱり
「ふうむ。掃溜が物を言う……」
「ヘイ。何処のお邸でも掃溜掃溜と軽蔑して、気安う物を棄てさっしゃりまするが、掃溜ぐらい家の中の
「フーム。賭博を打つと蟹の塩茹を
「エヘヘヘヘ。そのような訳では御座いませんが考えても御
「フウ――ム。成る程のう」
さすがの松倉十内も非人の明察振りに舌を巻いたらしい。吾にもあらず腕を組んで、太い溜息を一つした。
「しかしその娘のお熊が博奕を打つという事は、どのような筋合いから相わかったか」
「ヘエ。これは筋合いとか何とか申上げる程の事でも御座いません。ちょっと旦那方にはお気が付き難いかと存じますが、あの斬られましたお熊の髪の毛を御覧になれば、一目でおわかりになります事で……」
「ナニ……何と申す。博奕を打つ者は髪形が違うと申すか」
「エヘヘヘ。博奕を打つ髪形と言うものがあっては大変で。恐れ入りまするがあの娘の死骸は御覧になりましつろうなあ」
「うむ。見た事はたしかに見たが、
「ところがあれが

「ううむ。それが又、何として博奕を打った証拠に相成るのじゃ」
「ヘエ。それが、そればかりなら宜しゅう御座いますが、その外出頭の
「何と……あの娘が壺を振ったと申すか」
「振りますとも、振りますとも。これは或る居酒屋で、わたくしの心安い本職の博奕打から聞いた話で御座いますが、あの別土蔵の二階で毎晩のように壺を振りまするのが、美しい振袖に緋縮緬の襷をかけた博多小町のお熊さんと言うので、
「驚き入った話じゃのう」
「……ヘヘ……まだまだビックリなさるお話が御座りまする。その振袖娘の振る骰子が、
「コレコレ。言語道断。話にも程がある。御法度も御法度の
「ヘヘヘ。やっぱり掃溜から出たお話で……」
「……やはり掃溜から……イカナ事……」
松倉十内は唖然となった。傍の目明良助も感嘆の余り溜息を
赤猪口兵衛はソレ見たことかという風に、汚れた膝小僧を二つ並べて乗出した。
「何でもない事で……ヘエ。そげな
「歯型の付いた骰子の片割れ……ふうむ」
「さようで……それを見ますと私は他所事ながらドキドキ致しました。これは然るべき本職の博奕打が、お熊さんの振る骰子に疑いをかけて、あとでコッソリ噛み割ってみたものに相違ない。これは捨てて置かれぬ。お熊さんの
「ふうむ。してみるとやはり今の話は実正と見えるのう」
「さようで……その時は私も仕方なしに万延寺裏の住居へ引上げましたが……ところがそのお島と申しまする中婆さんが、翌る朝早く、急に里帰りの暇を貰うて来たと申しまして、万延寺裏の私の
松倉十内はここが大事と思ったらしく、眼を丸くしたまま
「ほほオ。どのような」
赤猪口兵衛は舌なめずりをして二人の顔を等分に見比べた。
「さあ。どのように申上げたら宜しゅう御座いましょうか旦那様……これと申すも全くお熊の両親どもの不心得から起りました事で……」
「それはその筈じゃ」
「元来あの蔵元屋の主人、伊兵衛と申しまするは養子で御座いましたが、御存じの通り家付の先妻が亡くなりますると、相券芸妓の照代こと、ゲレンのお艶と言うシタタカ
「成る程のう」
「……ところが今から考えますると、これが毒蛇よりも恐ろしい継母お艶の手練手管で、
「う――むむ」
松倉十内は腕を組んで今一度太い、深い溜息を
「う――む。返す返すも驚き入った話じゃのう。とても真実とは思われぬわい」
「旦那様……」
「何じゃ……」
松倉十内は白々と眼を見開いた。赤猪口兵衛は勢い込んで言った。
「このお話が真実で御座いませねば、その娘のお熊が斬られた話も真実では御座いますまい」
「ううむ。しかし娘の死骸は身共がこの眼で見て来たのじゃから間違いはないが。ううむ」
今度は赤猪口兵衛が唖然となった。あまりの
「旦那様……」
「何じゃ……」
「早ようお手当なさりませぬと、蔵元屋は夜逃げ致し兼ねますまいて……肝腎要の金の蔓の娘が殺されたので御座いますから……」
「うう――――むむ……」
松倉十内は恨めしそうな白い眼で赤猪口兵衛を
「うう――む。さような事はその方どもの存じた事ではないわい。蔵元屋に手を入れるとなると容易な事ではないのじゃ。御家老様、大目付殿、お納戸頭などと十分に御打合わせを願うた上で、お指図を受けねばならぬが……しかし……」
と十内は無念そうに
「……しかしその方は何か……その下手人について心当りでもあるかの……」
「ヘエ。それは在るどころでは御座いませんが」
「申して見い……」
「それが私の口からは申上げ兼ねまする名前で御座いまして……」
「余が役目柄を以て相尋ねる事じゃ。遠慮する事はない。申してみい」
「そ……それにつきましては只今、商売の歌を一つ詠みました。何卒お硯を拝借お許し下されませい」
「何、歌を詠んだ……」
松倉十内は不審の面もちで背後の矢立を取って与えた。
「これは……お手ずから恐れ入りまする」
赤猪口兵衛は腰に挿した渋団扇を一枚取ってサラサラと筆を揮って差出した。
「歌にはなっておりませんが、お心当りにはなりましょうと存じまして……」
受取った松倉十内は音読した。
「ふうむ。……まま母のままにしたさに粥殺し……とうふて近きは男女なりける……ふうむ。これは何の歌じゃ」
「この騒動の
「わからんのう。
「その歌の中の謎が二字ばかり足りません。それがお気付きになれば下手人はわかります。それ以上平たくは申上げ兼ねますので……」
「ううむ。いよいよわからぬ」
「それならば今一つ詠みました。今度はおわかりになりましょう。一枚五文なら安いもので……ヘヘヘ」
赤猪口兵衛はモウ一まい渋団扇に筆を走らせて差出した。
「ふうむ。……蔵元の娘胴切りそれかぎり熊なき詮議お先まっくら……赤猪口兵衛……」
「ヘヘヘ。一枚五文なら安いもので……」
松倉十内の顔色が
縁側に戻った松倉十内は青筋を立てて良助を睨み付けた。
「……ナ……何で止めた。たわけ
良助はその足下の庭石に両手を突いてヒレ伏した。
「何も申しませぬ。今日の処は何卒……」
「ならぬ。非人風情に大それた奴じゃ。ことにお先まっくらなぞと嘲弄されては役目柄が相立たぬわ。今一度引立ててまいれッ」
「……ど……どうぞ御容赦を……良助めが今日までの御奉公に代えましてあの猪口兵衛の生命を手前共にお預け下されますれば有難き仕合わせ……あの猪口兵衛めは、まだ使い道が御座いますれば……このたびの蔵元屋騒動の下手人もどうやら存じておるらしく存じますれば、只今お斬り棄てになりましては如何かと存じまする。その代りにこの両三日のうちにはキット下手人を探り出いてお眼にかけまする私の所存……何卒……何卒御容赦を……」
松倉十内は、何か思い直したように
「……か……勝手にせい」
と言い棄てると額に青筋を立てたまま座敷に入って障子をハタを[#「ハタを」はママ]閉めた。
表の往来で耳を澄ましていた赤猪口兵衛が、赤い舌をペロリと出した。
「ヘヘン。人を
赤猪口兵衛はここで立
「ヘヘン。お役目柄がよう出来た。聞込み、見込はコッチのもの。捕まえる腕前はソッチのもの。一緒にされてたまるかえ。自分の商売ダネを聞いた上に斬ろうなぞとは押しが太過ぎる。人間外れたお役目柄が天道様の下で通用するかえ。良助どんには気の毒ながら、黒田五十五万石の絶体絶命を非人の俺が知った事かえ。あんまり威張り腐るけにこの風呂敷は
と来かかった三番町の四辻の
通りがかりの者がビックリして
博多の町の南の出外れ、万延寺の本堂と背中合わせの竹瓦に板庇、板敷土間に破れ畳二枚、ガタガタ雨戸の嵌め外しがやはり二枚という、乞食小舎の豪華版から、墓原越しに見晴らす筑紫野は、これも晩春の豪華版であろう。菜種と蓮華草のモザイクに数限りない雲雀の声と蝶の羽根が浮き上っている。鼻の先の境内の青葉
但、軒先の底抜燗瓶と古釘の風鈴にブラ下った蒲鉾板が、新しいのと取換えられて違った狂歌が墨黒々と書いて在る。
わが酒の相手は軒の梅桜
風に浮かれてチリテツトシャン
世の中は三分五厘風鈴の
ふところ合ひがチリンカラカラ
その風鈴に近い破れ畳の上に、調子悪そうにキチンと坐っているのは相当の商家の若旦那様と見える、二十歳前後のオットリした優男。水鬢の細髷つつましやかに女のように白い襟足のういういしさ。上下揃いの黒っぽい木綿縞は仕立卸しであろう。前に差し置いた大鉢には血の滴る大鯛が一匹反りかえって、風に浮かれてチリテツトシャン
世の中は三分五厘風鈴の
ふところ合ひがチリンカラカラ
その正面に、これも慣れぬ腰付で正坐しているのはベカンコー面の赤猪口兵衛。切込みだらけの鬚と月代を撫でまわしながら相手と同じくらいに痛み入っている様子……。
「イヤハヤもう。今度の御縁談ばっかりは、この赤猪口兵衛が一生涯の遣り損いで御座いました。面目次第も御座いません。肝腎要の御嫁御さんがあのように非業の最後をなさる間もなく、その御両親の蔵元屋の御一家が賭博宿の御疑いで、
「どう仕りまして。決してそのような……」
と口籠りながら半三郎は一層深く頭を下げた。赤猪口兵衛は手を振った。
「イヤイヤ。たしかに私の見込違いで御座いました。黒田藩には、これほどに思い切った荒療治をなさる知恵者がお出でにならぬものと見限っておりましたのが私の不覚……お蔭で襟半と蔵元屋の御両家、千秋万楽と祈り上げておりました私の楽しみも、茶々苦茶羅になってしまいました。御両親の半左エ門様が、お驚きになりますのも御尤も千万。又、貴方様が途方に暮れて、私のような賤しい者に御相談に御出でになりまするのも勿体ない事ながら御道理至極。この御縁談ばっかりは大丈夫、
半三郎は静かに顔を上げた。思い込んだ涼しい
「いえいえ決してそのような……両親が申しまするには一旦、蔵元屋とお約束が出来て、結納までも取交いた上は、斬られたお熊さんは
「ソレ見た事か。言わぬ事じゃない。お先まっくらの奴……ヒトの手柄を横取りし腐って……」
「……エ。何と仰言います」
「イエ、ナニ。こっちの事で……いや誠に結構な御評定で御座います。それが
「イヤモウ……只今貴方様から承りましたお話とは寸分違わぬ蔵元屋の内幕で、驚きに驚きを重ねますばっかり……その上に又一つの驚きと申しまするのは、御城内から私の父の半左エ門へ御差紙が参りました。相尋ねたいことがある故、至急出頭せいとの……」
「エッ御差紙が……至急出頭せい……貴方のお父様へ……そ……それは実正……」
赤猪口兵衛は余りに唐突な話に肝を潰したらしい。赤い鼻の頭が白くなる程、顔色を変えた。膝小僧を剥き出しにして破れ畳の上を乗出した。それに釣込まれるように半三郎も、両手を突いたまま真青になった。
「……実正……実正どころでは御座いません。今朝ほど、今すこし前のまだ暗いうちに、御城内から大至急の赤札付きの[#「赤札付きの」は底本では「赤礼付きの」]御差紙が参りまして、年
「ヘエ。良助さんがさよう申しましたか。私のことを……」
「さようで……只今お縋り申すのは貴方様ばっかり。もしや父は下手人の疑いで引かれたのではないかと……」
「ははあ……良助どんはそのお差紙を見ましたか」
「いいえ。誰にも見せませぬ。正直者の父は一目見るなり、ただもう震え上ってしまいまして……」
半三郎は無類の親思いらしく、父親と同じ程度に震え上がっているらしかった。空しく唇をわななかせながら赤猪口兵衛の当惑顔を見上げるばかりであった。
赤猪口兵衛も思案に余ったらしく腕を組んだ。
「ふうむ。わからぬなあ。いくら大目付様がウロタエさっしゃっても、手がかりも足がかりもない立派な人間に疑いをかけさっしゃる筈はないが……
「ええッ。何と仰せられます」
「まあさようせき込まずとユックリお話を聞きましょう。とりあえず御差紙は大目付様からの御状箱に入っておりましたか……」
「さあ。大目付様にも何にも生まれて初めて見る御状箱で御座いましたけに、よくわかりませなんだが、お
「エッ。渋川ナニ吾……それは御納戸頭の渋川円吾様では御座りませぬか」
「おお。ソレソレ。その円吾様より私の父へ下されました御差紙……」
「アッハッハッハッ。何の事じゃい。貴方の方がうろたえて御座る。アッハッハッハッ。芽出度めでたの若松様アアよオ……」
赤猪口兵衛が不意に大声を揚げて燥ぎ出したので、半三郎は面喰らったらしい。両手を膝の上に置いたまま赤くなり、又青くなった。
「ああ。目出た目出たの櫛田の
中腰になって浮かれ立つ赤猪口兵衛の顔を茫然と見上げている半三郎の顔を、あべこべに見下しながらヤット腰を卸した赤猪口兵衛は、汚ない膝小僧を一層大きく剥き出しながら詰寄った。
「半三郎様……」
「ハイ……」
「しっかりなされませ」
〔以下原稿用紙で二枚分欠落〕
青くなったまま両手を突いて聞いていた半三郎は、そう言ううちにポタリと一雫、涙を両手の間に落した。猪口兵衛はちょっと張合いの抜けた顔になったが、すぐに額を撫でて高笑いをした。「アハハハハ。お熊さんに気の毒と仰言りまするか。アハハハハ。御尤も御尤も」
頭を下げたままの半三郎の眼から又も涙がハラハラと落ちた。猪口兵衛はいよいよ高笑いをした。
「アハハハ。これは又お義理の固いこと……
「何と仰せられまする。蔵元屋が盗人とは……」
「さようさよう。盗人に相違御座いません。最早お察しかも知れませんが蔵元屋は自分の運の尽くる処とは知らず、一人娘を貴方様に差上げて、それを因縁にお宅の金を引出いて、自分の家の不始末を拭おうと
「えっ。そ……それではお熊さんも同じ腹……」
半三郎の驚きはイヨイヨ倍加した。両手を膝に上げたまま夢に夢見る呆れ顔になった。
赤猪口兵衛は赤い鼻の先で手を振った。
「そこじゃ、そこじゃ。そこが今度の蔵元屋騒動の
「ええッ。それでは貴方のお話の、盆茣蓙の壺とやらを、お熊さんが振らっしゃったのは……」
「……親孝行の一心からで御座いまする」
「ヘエッ……そのような親孝行が……」
「……御座いますから世間は広い。お前の壺の振りよう一つで蔵元屋の身代が立直るか、直らぬかの境い目と、両親に言い聞かせられたお熊さんの、一心から身を斬らるるような思いをしながら毎夜毎夜のカラクリ丁半……早よう死にたい死にたいと花の盛りのお熊さんが、
赤猪口兵衛はそう言ううちに声を呑んだ。自分の話につまされたらしく、ベカンコー面の涙を継剥ぎだらけの袖口で拭いまわした。
破れ畳に両手を突いた半三郎も、男泣きにシャクリ上げ上げしているようす。
「ごもっとも……御尤もで御座いまする。まことにお痛わしいはお熊さん。親御様次第では蝶よ花よと、お乳母日傘の蔭になって、世間を知らぬ筈の御大家のお嬢さんが、浮川竹や地獄の
「……そ……それならば、お熊さんが斬られたのも御両親のため……」
「斬られたのでは御座いません。継母のために毒殺されなさったので御座りまする」
「……………」
半三郎は無言のまま顔を上げた。キッパリと言い切った赤猪口兵衛の顔を
「お熊さんの振るカラクリ
半三郎は腹の底から長い長いため息を
「それならば、その死骸を、あの墓原に持ち出いて斬りましたのは……」
「日田のお金奉行の手先、野西春行と申しまする美男の若侍。最初、蔵元屋の帳面調べに参りまするうちに、お熊さんの
半三郎はもう腰が抜けたように呆然となっていた。自分のかかり合った縁談の底に渦巻いていた極悪地獄のドンデン返しが、余りにも無残な恐ろしいものであった事が、初めて身に泌みてわかったらしく、眼を白くして唇をわななかしているばかりであったが、やがて、やっと心付いたように一心こめて両手をシッカリと拝み合わせた。涙をハラハラと流しながら猪口兵衛の前にニジリ出した。
「それならば……私は……どう致したら、よろしいので……」
赤猪口兵衛はコックリと一つうなずいた。
「その事で御座います。これから先、大目付様が、日田のお金奉行の手先とは言え
「お熊さんの菩提のため……それが……」
「さようさよう。まあお聞きなされませ。そうして万事落着しますれば、私が今度の遣り損いのお詫びの印に、今一人そのような
「ヘエ。あの私に……」
「ヘヘヘ。今から申上げて置いてもよろしい。お向家の焼芋屋の娘、お福さんで……」
「ゲッ。あのお福さん……あの焼芋屋の……」
「ヘヘヘ。御存じで御座いましょうが。あのように煤け返って見る影もない娘さんでは御座いますが、御大家の井戸の水で磨きをかけて
半三郎の真青な顔が、見る見る火のように赤くなった。
「……ど……どうして御存じ……」
「ハハハ。とっくからさよう思うて御覧じておりましつろう」
「ハイ……まことに不思議な事と存じてはおりましたが……どうして又そのような事まで……」
「ハハハ。知らいでありましょうかい。不思議な筈で御座います。あの娘は
「ヘエッ。そんならお熊さんと……」
「血を分けた
「はい。私どもの両親は失礼ながら貴方様を、どこどこまでも御信用申上げておりまする。申し忘れておりましたが、きょうもお団扇を一本土産に頂戴して参れとの事で……」
「アハアハ。いやもう有難いことで……それでは……
どなた様も六分は他人四分うちは
猪口兵衛猪口兵衛ごひゐきになる
この団扇を一本差上げましょう。あとで今一本あなた様の御運開きの歌を詠んで上げとう存じまするが、まだ上の句が整いません。しかし、いずれにせいこのお福さんのお話は大至急にお進めなされませ。早いほど宜しゅう御座います。そうしてお固めが済みましたならば、お福さんに何もかも打ち明けて、一緒にお熊さんのお墓参りをなさいませ。蔵元屋の菩提所は祭り猪口兵衛猪口兵衛ごひゐきになる
「ハイ。ハイ。ありがとう存じます。……おかげ様で私も、やっと人心地が付きました。それならば両親によっく相談致しまして……」
「お引合いにならば及ばずながら私が、お召し次第に伺いまする」
「どうぞいつでもお構いなくお出で下さいませ。お茶なりと一つ……」
「アハハハ。存じかけもない。お宅様へ上り込んでお茶を頂戴するような人間では御座いません。お台所口からこの方が……ヘヘヘ」
猪口兵衛はソワソワと立上る半三郎を見送りながら左手で飲む真似をして見せた。
半三郎は赤面しいしい一礼して、急ぎ足に大根畠を踏み分けて行った。あと見送った猪口兵衛は何思うたか片膝をポンと打ちながら口吟んだ。
仲人は御縁の下の力持ち
腰を押いたり尻を押いたり
腰を押いたり尻を押いたり
それから四、五日経って後のこと、目明の良助が、例の通りの尻端折に頬冠り姿でノッソリと猪口兵衛の縁端に腰をかけた。猪口兵衛は古い丸瓦の中へ泥墨を磨り流して、忙しそうに渋団扇へ
「この渋団扇は何かいな」
良助は並んでいる渋団扇の一枚を取上げた。
「ふうむ。どうやら
はしけやししのぶもじずりかかるとき
るすのかみがみいともかしこし
ほう。どの団扇もどの団扇もみんな同じ文句ばっかり……何の事かいな。これは……」るすのかみがみいともかしこし
「ふうん。この四、五日福岡博多で
「……知らん。こげな歌……」
「知らんかなあ。知らんなら言うて聞かそう。この歌の心ばっかりは山上憶良様でもわかるまい。御禁制の
「困るなあ。そげな仕事の下請けしよんなさるとアンタの首へ
「インチキにかかる相手が疫病神なら仔細なかろうモン」
「ナニ。疫病神……?……」
「カンの悪い人じゃなあ。それで御用聞きがよう勤まる」
「又、悪口が始まった。何かいなあ。その疫病神と言うのは……」
「これはなあ。近頃
「ワハハハハ。成る程なあ。痳疹の神様とかけて大目付と解く。心は、インチキがお嫌い……と言う訳かな」
「ワハハハ。謎々の名人が出て来た。昨日の儲けは帰りがけに皆飲んでしもうたが、明日は又これで飲めようぞ……ところで良助さん。この四、五日何処へ行て御座ったな」
「ほう。わしの遠方行きをどうして知って御座るかいな。誰にもわからんように行て来たつもりじゃが」
「何でもない事。タッタ今わかった」
「どうしてかいな」
「どうしてと言うて知れた事……この四、五日が間、福岡博多の何処の家にも下がっとるこの渋団扇の由来を知らんと言うからには、遠方行きにきまっとる」
「成る程なあ」
「ところで今日の用向きは何かいな。又、松倉さんの処へ来いじゃなかろうな」
と口では言いながら猪口兵衛は、見向きもせずに揮毫し続けた。
「アハハハ。よっぽど恐ろしかったばいなあ。もう
「何の礼に……生命助けて貰うたお礼ならこっちから言う処じゃが……」
「それ処じゃない。アンタのお蔭で
「ふふん。あの松倉さんに遣った歌の句切れ句切れの一字一字拾い集めるとのにしはるとなっとる。誰が読めたばいな」
「ほう。それは初めて聞いたが、それよりも五、六日前のこと。襟半の半三郎にアンタが話しよった
「あっ。立聞きしておんなさったか。そんなら詳しゅう喋舌らん処じゃったが……」
「人の悪い猪口兵衛さん」
「イヤサ……お目付の松倉さんが、どうぞと言うて私の門の口に立って、頭を下げて御座るまでは金輪際口を割らん積りじゃったが」
「……人の悪い……そげな事じゃろうと思うたけに、襟半の若主人に入れ知恵してアンタの処へ遣って、アトから跟けて来て何もかも立聞きしてしもうた。そのアトでアンタが酒買いに行きなさった留守に、動かぬ証拠の風呂敷も貰うて置いた」
「負けた負けた。一杯計られた。犬が啣えて行ったか、惜しい事したと思うておったが、アンタの方がよっぽど人が悪い……それからどうしなさった……」
「アハハ。それから先がちょっとお話されんたい。野西を落すことは、たしかに落いたが……」
「聞かんでもアラカタわかっとる。野西を跟けて国境いまで送んなさったろう」
「図星図星。そこまで察していんなさるなら言おう。実は直ぐにも野西の宿の鶴巻屋に踏ん込もうかと思うたが、身分は軽うても野西は大公儀の役人。筑前領で手をかけては面倒になるし、又、油断もしおるまいと思うたけに、思い切って
「成る程なあ。あそこは
「ちょうど真昼のような月夜じゃったけに、こっちは処の猟師の姿に化けて錆びた
「ホオ。斬り付けた」
「冴えた腕じゃったなあ。身構えをしておらにゃ今頃は蔵元屋のお熊さんに追付いとるかも知れん」
「ハハア。あんたと言う事を感付いとったな」
「うん。さようと見える。あれでも相当の悪党じゃったかも知れん。蔵元屋の騒動の筋書を書いた奴はコヤツじゃないかとその時に思うたなあ」
「怪我はなかったかいな」
「うん。右胴へ来た奴をチャリンと鉄砲の砲口で弾いたが、その切尖の欠けた刀を持ち直さぬうちに、十手を鍔元に引っかけて巻き落いた。真正面から組み伏せて、この頭で胸先を一当て当てながらようよう縄をかけた」
「ほおお。それはお手柄じゃった。そこで何処の牢屋へ入れなさったか」
「馬鹿な。牢へ入れたら事の破れじゃ。早縄をかけたまま横の山道へ担ぎ込んで、懐中物を取上げてみると案の定、蔵元屋の身上調べと、黒田藩のお納戸の乱脈を細かに調べ書きにしたものが、貸付証文と一緒に在ったわい」
「あっ。なる程なあ。そこまでは気付かなんだ」
「それさえ手に入れば、ほかに用事は一つもない。日田奉行をヒケラかして、
「ハハハ。聞いただけでも清々する。見たかったなあ。彼奴の顔が……」
「月の光で見ると彼の生優しい
「アハハハ。よう
「それでも得心せねばこの
「やや。斬んなさったか」
「斬らいで何としょう。生かいて置いては何処まで面倒になる奴かわからぬ。そこでガックリとなった奴を
「浮き上りはせんかな」
「その心配は無用無用。それと言うのはかの野西がなかなか奢いた奴でなあ。羽二重の襦袢に博多織を締めとったけに、その中へ石を詰めとけば心配はない。羽二重や博多織は墓の中でも一番しまいまで腐り残るけになあ。今頃は鯉か鯰の餌食になりよろう。これで胸がスウッとしたわい」
赤猪口兵衛は眉一つ動かさずに揮毫を続けていた。
「アハハ。役柄にも意地があるばいのう」
「イーヤ。意地ではない。これが目明根性と言うものか、話の筋がつづまらぬと、腹の虫が承知せんわい」
「うむうむ。そこがアンタの
「何でもよい。そこでその野西から取上げた
「ヘエ。そうしてアンタは……」
「まだわからん。松倉さんが黙りコクッて御座る処を見ると、一文にもならぬかも知れぬ」
「呆れたなあ。犬骨折って鷹に取らるるか……腕も知恵もないザマで立身出世ばっかりしたがる上役の下に付いとっちゃあ堪らんのう。人間外れたシコ溜め屋の奉公人とおなじ事じゃ」
「しかし、ほかに気の向く仕事もないけにのう」
「あんたはホンニ目明に生まれ付いた人じゃろう。欲も得もない」
「それでも清々したわい。五十五万石に疵付ける虫を一匹タタキ潰いたで……お熊さんも成仏しつろう」
「それはお互いじゃ」
「これもアンタのお蔭と思うて今日は礼言いに来た。ちょっと一杯と言う処じゃが、今の懐合いではどうにもならぬけに、いずれ又……なあ……」
「チョチョチョチョチョッと待ちない。その一杯で思い出いた。この一杯の上等のタネがここに一つ在るてや。済まんが襟半の半三郎さんの処へ、この団扇を一枚持って行て遣んなさらんか。そうすれば、きっと
「何の何の。済むも済まぬもあるものか。一杯になる話なら……ハハハ……」
「序の事に帰りに酒を買われるだけ買うてなあ。蒲鉾と醤油はお寺の井戸に釣って在るけに、ヒネ
「そりゃあ済まん。逆様の話じゃが……ははあ。ソンナラこれを持って行くのかえ。ふうん。
色も香も何と芋屋のお福さん
抱いて寝たならホッコリホッコリ
ふうむ。これをば襟半に届けたなら何の抱いて寝たならホッコリホッコリ
「あははははは。それが解らんかいな。ツイこの間の話じゃが……」
「アッハ。そうかそうか。成る程これなら一杯がものある。万事心得たり。ホッコリホッコリ」
「あははははははは」
「わははははははは」