金剛石

夢野久作




 或る仕立屋のお神さんが往来で素敵も無い大きな金剛石ダイヤモンド入りの指環を拾ひました。お神さんは吃驚びつくりしてぐに警察へ届けて置きましたが落した人がどうしてもわからないと云ふので一年経つとお神さんは呼び出されて「これはお前のものにしてい」と云つてそのダイヤモンドの指環を渡されました。お神さんは狂人の様になつて喜んで直ぐにいへに帰り亭主にそれを見せました。亭主も大喜びでしたがお神さんは亭主に向つて此金剛石このダイヤモンドの指環をめても恥かしく無い位の立派な着物をこしらへてれと頼みました。亭主は直ぐに家中いへぢうにある一番良いきれを切つてお神さんの着物をこしらへてその上に靴から帽子手提袋まで作つて与へますとお神さんは大喜びでそれを身に着けて方々歩いてりましたが其中そのうちにこれ位立派な着物を着てるのに馬車が無くてはきまりが悪いから、立派な二頭立ての馬車を買つてくれと云ひ出しました。亭主は家中いへぢうに有りけのお金でお神さんの望み通りの馬車をこしらへて遣りました。お神さんは喜んでそれに乗つて方々をかけまはりました。すると又或日お神さんは外から帰つて来て、わたし身装みなりは貴婦人よりずつと立派にしてるのにお前さんが仕立屋では困るぢやないの。お前さんがそんな賤しい仕事をしてる為にわたしは貴婦人に交際つきあひが出来ないぢや無いの。わたしはもうお前さんに愛憎あいさうが尽きたから此家このうちを出てきます。といつて今にも出てかうとしましたので流石さすがにお人好しの仕立屋もこの言葉を聞くと大層おこつてお神さんを打ちました。するとお神さんもおこつて亭主に打ちかゝりました。その拍子に指にはめて大切だいじ大切だいじの指環が飛んで真赤に燃えてるストーブの中へ落ちました。お神さんも亭主も慌てゝ拾ひ上げようとしましたが間に合ひませんでした。指環の中の金剛石ダイヤモンドは眼もくらむ程美しい光りを放つたかと思ふと見るに灰になつてしまひました。二人は呆気あつけに取られて見てりましたがお神さんはいきなり亭主の胸にすがり付いて泣き出しました。そして申しました。
わたしが悪う御座いました。堪忍して下さい。もうこれからけつして貴婦人にならうとは思ひませぬ。金剛石ダイヤモンド貴方あなたわたしあひだを割く悪魔でした。」





底本:「定本 夢野久作全集 全8巻 6」国書刊行会
   2019(令和元)年5月24日初版第1刷発行
底本の親本:「九州日報 朝刊」
   1921(大正10)年11月16日
初出:「九州日報 朝刊」
   1921(大正10)年11月16日
※初出時の署名は「萠園」です。
※表題は底本では、「金剛石ダイヤモンド」となっています。
入力:佐藤すだれ
校正:木村杏実
2022年2月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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