武雄さんはお母さんが
お祖母さんがお座しきに帰って来られますと、眼鏡が無いのでまごまごしておられます。お父さんは支度して出かけようとなさいますと、大切な金ぶちが無くなっています。お姉さんが買いものから帰って来られますと、これも眼鏡がありません。
「ああ、きっと武雄さんよ。あたし困っちまうわ。眼鏡がなくちゃ、晩のお支度が出来やしない」
「弱ったな。俺も眼鏡が無くちゃ、向うへ行って用が足せない。仕方がない。やめる事にしよう」
「わたしも縫い物が
と三人は顔見合わせて困ってしまいました。仕方がないから何もかもやめて、三人で手探りに晩の支度を初めました。
そのうちに御飯の火を焚き付ける段になると、お姉さんはマッチの箱の蓋がすこし
姉さんが泣き出しましたので、
「御飯御飯」
と怒鳴りながらお茶の間へ座り込みました。
お姉さんは泣いています。お
「どうしたのです」
といくら尋ねても返事をしません。武雄さんはお腹が空いて泣き出しました。
「お母ちアん」
けれどもお母さんは返事も何にもなさいませんでした。そこへお父さんが帰って来られて、
「武雄、お母さんが見たければ、その眼鏡を三つとも掛けて見つけろ。そうして御飯を食べさせてもらえ」
と云って、お倉の中へ入れられました。
お倉の中へ入れられた武雄さんは、大あばれにあばれて泣きましたが、そのうちに泣く力も無くなる位お腹が空いてきました。力も何も無くなって冷たい板張りの上に寝ながら、「ああ、お母さんがいらっしゃると、こんな時には直ぐにあやまって御飯を食べさせて下さるのになあ」と思ってメソメソ泣いておりましたが、その
武雄さんは眼鏡を取り出して三つとも掛けて見ました。けれどもいつまで待っても何も見えません。しかし他にあてもありませんから、眼鏡をかけたままくら
すると不思議や、くら
「武雄や、お前はお母さまがいないからといっていたずらをするならば、私はもうお前を児と思いません。お前がお母さんの事を忘れないように、私の心もお前の傍へいつまでもつきまとうております。どんなに蔭でわるい事をしていても、お母さんはちゃんと見ております。お前がわるい事をすればお母さんが笑われるからです。このことを忘れないで、どうぞよい子になってちょうだい。よいか、武雄さん、忘れてはなりませんよ……」
と云ううちに、みるみるお母さんの姿は消えて見えなくなりました。
「お母さん、待って頂戴。
と叫んで飛びつこうとしますと、これは夢で、いつの間にか武雄さんは床の上でねむっておりました。
その時お倉の戸があいて、お父さんが、
「さあ武雄、御飯を食べろ。これから悪い事をするときかないぞ」
とおっしゃいました。
武雄はそののちこの事をだれにも言いませんでしたが、武雄の音なしくなったのには誰もかれも皆驚いてしまいました。