一
三人は
そのあくる晩も、三人はまたその泉ばかり
「あゝ下りていきたい。一どでいゝからあの泉であびて来たい。」と、一ばん上の姉が言ひました。下の二人も同じやうに下りたいと言ひました。
すると、高い山のま上を歩くのが大好きな、月の夫人がそれを聞いて、
「そんなにいきたければ、
蜘蛛の王さまは、いつものやうに、網の中にすわつて、耳をすましてゐました。星の女たちは、その蜘蛛の王さまにたのみました。蜘蛛の王さまは、
「さあ/\、下りていらつしやい。
三人はその糸につかまつて、一人づゝ、する/\と泉のそばへ下りて来ました。
泉の面には、月の光が一面にさして、すゐれんの花のなつかしい
すが/\しい、冷たい水でした。三人はしづかにすゐれんの花をかきわけていきました。三人のはだには、水のしづくが真珠のやうにきら/\光りました。
と、その泉のぢきそばに、
猟人はこつそりと、泉の岸をつたはつて、三人の着ものがぬいであるところへいきました。そして、その中の一ばんきれいな着ものを手に取つて見ました。それは、金と銀との糸でおつて、いろさま/″\の宝石を使つて縫ひかざりをした、立派な着もので、左の胸のところには、心臓の形をした大きな赤い
猟人は、その着物をかゝへて、もとのところへかへつて、かくれてゐました。
三人の星の女はそんなことは夢にもしらないで、永い間水をあびて楽しんでゐました。そのうちに、だん/\と夜あけぢかくなりました。すると、蜘蛛の王さまが空の上から、
「もうおかへりなさい。お日さまがお出ましになると、お日さまのお馬が糸を足で踏み切ります。早く空へお
星の女はそれを聞くと、いそいで岸へ
三人の中で一ばん美しい下の妹は、一しよにぬいでおいた着物がないのでびつくりしました。それがなければ空へかへることが出来ないので、一しようけんめいにあたりをさがしましたが、見つかりません。
そのうちに、お日さまがお出ましになりました。お日さまのお馬は、蜘蛛の糸を足でふみ切つてしまひました。
星の女はとはうにくれて、草の上にうつぶして泣いてゐました。さうすると森の鳥がおきて来て、
「あなたのうつくしいおめしものは、わかい猟人が取つていきました。その猟人は、あすこの木の下で、寝たふりをしてゐます。」
かう、さへづつて星の女にをしへました。星の女はそれを聞くと、すゐれんの花をつなぎ合せて花の着物をこしらへて、それでからだをつゝんで、猟人のところへいきました。そして、
「どうか
「
星の女は、着物をとり上げられては、もう下界をはなれる魔力もなくなつたので、しかたなしに猟人のお嫁になりました。
猟人は、星の女をだいじにかはいがりました。星の女の姿は、すゐれんの花のやうに美しく、その声は、どんな小鳥の声よりも、もつとやさしくひゞきました。
猟人は毎日猟に出て、食べものを取つて来ました。そして星の女に、その日のいろ/\の楽しいお話をしました。
しかし星の女は、そういふ中でも、大空のお
二
そのうちに、星の女には、つぎ/\に男の子が三人も生れました。星の女はその子たちが大きくなるのを、たゞ一つの楽しみにして暮しました。
そのつぎには、かはいらしい女の子が生れました。星の女には、その女の子がかはいくつて/\たまりませんでした。
「
「でもその長い旅の途中で、わるい獣にお殺されになつたらどうなさいます。」と言つて泣きました。猟人は星の女をなだめて、
「そんな心配はけつしてない。
「
「お前はみんなと一しよに
「それでは、この森の先まで一しよにいつて、そこからかへつて来るの。そして、母さまと一しよにお
「もうこゝからおかへり。これは
「よく言つておくが、どんなことがあつても、二階の小さいお部屋へはいつてはいけないよ。そのお部屋の鍵穴にこの金の鍵がはまるのだが、あすこだけは、けつして開けてはいけないよ。」と、いくども言つて聞かせました。男の子は分つた/\と、うなづきました。猟人は、
「では、なんにもこはいことはないから、おとなしく待つてお
男の子はまた森をとほつて、お
「どろぼうなんかはちつともこはくはない。」と言ひました。
「それでは何が悲しいの?」
「だつて父さまは、もうこゝへかへつては入らつしやらないんだもの。」
「うゝん、さうぢやない。父さまはぢきかへると
「それから
お母さまはかう言つて、またさめ/″\と泣きました。男の子は、
「そんなら
「いや/\、
かう言ひ/\涙をふきました。男の子はそれで安心して、みんなと一しよにあそびました。
するとその晩、男の子は、外の月のあかりの中で、だれかゞうつくしい小鳥のやうな声で、しきりと何か言つてゐるので目がさめました。
聞いてゐると、その鳥のやうな声は、
「
そばで赤ん坊に添へ
「ねんねんよ/\。この子は私の
すると、外からは、
「そんなら二人でおかへりなさい。
「蜘蛛の梯子 が下りてゐる。
おまへが七年ゐないとて、
星の二人は泣いてゐる。」
と、また謡ひ出しました。赤ん坊はふと目をさまして泣き出しました。お母さまは、そつとそのお背中をたゝいて、おまへが七年ゐないとて、
星の二人は泣いてゐる。」
「ねん/\よ、ねん/\よ。かへれ/\と言つたつて、玉の飾りの着物がない。」と、悲しさうに謡ひました。
赤ん坊はまたすや/\と眠りました。
それからしばらく、何の声もしませんでしたが、やがてまた外の月のあかりの中から、
「鍵をおさがしなさい。お前の着物のかくしてある、小さなお部屋の金の鍵を。」と小さな美しい声で謡ひました。
男の子は、その謡を聞いてゐるうちに、一人でに、うと/\と眠つてしまひました。さうするとその子の夢の中へ、二人の美しい女の人が出て来て、
「いゝ子だから、二階のあのお部屋の戸をあけて下さい。さうすればおまへのお母さまはもう泣きはしないから。」と言ひました。男の子は朝、目がさめると、お母さまに向つて、
「
「おまへは夢でも見たのでせう。」と言ひました。そして、あとで一人でさめ/″\と泣きました。
男の子は、たしかに目をあいてゐて聞いたのですから、もしほんとうにお母さまがかへつてしまつたらどうしようと思ひ/\、いちんち昨夜の歌のことばかり考へてくらしました。
三
その夕方、男の子は、ゆうべ二人の女の人が、あの二階の部屋をあければお母さまはもう泣きはしないと言つたのを思ひだしました。そして、さうすればお母さまは、もう
男の子は、いそいで二階へ上つて、小さな金の
おろして見ますと、その着物の胸のところには、大きな
しばらくするとお母さまは、二人の男の子と、赤ん坊とをつれてかへつて来ました。男の子は、
「母さま/\、こんなきれいな着物が二階にありました。着てごらんなさい。」と言ひました。お母さまは、それを見ると、うれしさうにほゝゑんで、すぐにからだにつけました。子どもたちは、お母さまがその着物を着て、きれいなお母さまになつたものですから、よろこんで踊りまはりました。男の子は、
「父さまがかへるまで、毎晩貸して上げる。そして父さまがかへつたら、私がたのんで、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「今晩赤ちやんを寝かせるまで貸しといておくれね。」と言ひました。男の子は、
「それまで着て入らつしやい。」と言ひました。
男の子はその晩は、いつまでも眠らないで、床の中で目をあいてゐました。さうすると、間もなくまた、外の月のあかりの中から、うつくしいこゑで、
「蜘蛛 の梯子 が下りてゐる。
おまへが七年ゐないとて、
二人の星は泣いてゐる。」
と、小鳥のやうなうつくしいこゑでうたふのが聞えて来ました。おまへが七年ゐないとて、
二人の星は泣いてゐる。」
それから、しばらく何の声もしませんでしたが、こんどは、赤ん坊に添へ
「ねん/\よ、ねん/\よ。わたしのかはい
男の子は朝、目をさまして、ゆうべの歌のことを言はうと思つて、お母さまをさがしますと、お母さまはどこにもゐません。男の子は、
「それでは、すゐれんの泉へいつたのだらう。」と思つて、そちらへさがしにいきましたが、お母さまはやつぱりそこにもゐませんでした。それでまた
「これはきつと、悪いどろぼうが、お母さまと赤ん坊をさらつていつたのにちがひない。をとゝひの晩からの美しい歌は、きつと、どろぼうが母さまをだましてつれ出さうと思つて謡つたのだ。」と思ひました。見ると、お母さまに貸して上げた、あの玉の飾りのついた、きら/\した着物もありません。
下の二人のこどもは、母さまがゐない、母さまがゐない、と言つて泣き出しました。男の子は二人をなだめて、森の中をさがしてまはりましたが、どこまでいつて見ても、お母さまはゐませんでした。二人の子どもは、
「母さまがゐないからこはい。母さまがゐないからこはい。」と言つて、どんなにだましても聞かないで、いちんちおん/\泣いてこまらせました。男の子もしまひには、
「母さま、かへつてよ。母さま、かへつてよう。」と言ひ/\泣きました。二人の子どもは、お
男の子は、そのうちにふと、お父さまからあれほどきびしくとめられてゐたことを思ひ出して、
「あゝ、しまつたことをした。父さまの言ふことを聞かないで、二階の部屋の戸をあけたので、あの美しい玉の飾りの着物までなくなつてしまつた。父さまがかへつたら、何と言はう、母さまや、赤ん坊がゐなくなつたのも、きつと
かう思ふと、なほ/\かなしくなりました。
間もなく日がくれて、美しい月夜になりました。男の子は二人の子どもを寝床へ寝かせようとしてゐますと、ふと入口の戸があいて、お母さまが、ゆうべの玉の飾りの着物を着てかへつて来ました。下の二人の子どもは、大よろこびで、お母さまに飛びつきました。
「母さまがゐないからこはかつた。」
「
「もう
「母さま、赤ん坊はどこへいつたの。母さまは
「赤ん坊は
「それではその玉の着物をぬいでいつてね。父さまが、あのお部屋をあけてはいけないと言つたのに、
「そんなことはいゝから、早くこの果物をおあがり。」と言ひました。男の子はさう言はれたので安心して、お母さまとならんで、そのおいしい果物を食べました。
さうすると、だん/\に金の鍵のことも玉の
四
男の子は、もうお母さまはどこへも出ていかないものと思つて、安心して寝床へはいりました。すると、そのうちに、また、ふいと歌の声がするので目がさめました。ぢつと聞いてゐると、やつぱりゆうべと同じ美しい声で、
「紅宝石 がしきりと泣いてゐる。
日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄 が糸を切る。」
と日が出ぬうちにかへらねば、
馬の
お母さまは、ちやうど一ばん下の子どもが目をさましたのを寝かしつけてゐました。外の声が
「ねん/\よ、ねんねんよ。この子はこよひつれていく。この子にこゝで泣かれては、
一ばん上の男の子は、またひとりでに眠くなりました。そして、
「明日は母さまにさう言つて、赤ん坊をつれてかへつてもらはう。さうすれば母さまはもうじぶんのお
あくる朝目をさまして見ますと、お母さまは、いつの間にか、一ばん下の弟と一しよに、ゐなくなつてゐました。二ばん目の弟は、母さまがゐないと言つてわあ/\泣きました。男の子は、
「泣かなくてもいゝよ。母さまは夜になればまた来て下さるから。」と言つて、なだめました。しかし弟は、何と言つても泣き
そのうちに、日がくれて、空には星が一ぱい出ました。すると間もなく、入口の戸があいて、お母さまがかへつて来ました。
二ばん目の男の子は、走つて来て、お母さまの手に取りついて泣きながら、
「二人きりでこゝにゐるのはいや。母さまのお
お母さまは二人に
「母さまはとう/\二人ともお
「それはまたあとでお話するから、早くお食べなさい。」と言ひました。
男の子は、ひもじくてたまらないので、急いで果物を食べました。そして、もう悲しいことも心配ごともわすれて、お母さまと楽しくお話をして、しまひに寝床へはいりました。
男の子は明け方ぢかくに、ふと目がさめました。さうすると、また外に歌の声がしてゐました。
「日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄が糸を切る。
二人は夜どほし泣いてゐる。」
と、小鳥のやうな美しい声で謡つてゐます。お母さまは、二番目の子が目をさましたのを寝かせながら、馬の蹄が糸を切る。
二人は夜どほし泣いてゐる。」
「ねん/\よ、ねん/\よ。この子が寝たらつれていく。あとでこの子に泣かれては、
男の子はその歌を聞きながら、またすや/\と寝入つてしまひました。
朝起きて見ますと、窓にはもう日かげがまつ黄色にさしてゐました。そして、お母さまも弟もみんなゐなくなつてゐました。
男の子はいちんち一人で泣きつゞけて、涙で目がまつ赤にはれました。
やがて夜になつて、大空に星がかゞやきはじめたと思ふと、また入口の戸があいて、お母さまがかへつて来ました。男の子はお母さまの手に取りすがつて、
「母さまはどうしてみんなをつれてつてしまつたの。父さまがかへつたら、びつくりするよ。早くみんなをつれてかへつてね。ねえ、母さま。父さまがかはいさうだから。」と、たのみました。お母さまは、
「そんなことはあとにして、早くこれをお
「それでは、これから
「
「それでは
お母さまはかう言ひ/\さめ/″\と泣きました。
「母さまのお
「それは、あとでお父さまにお聞きなさい。」
星の女は、かう言つて、間もなく空へかへつてしまひました。
五
あくる日になりますと、男の子はお父さまがもうかへるか、もうかへるかと思ひながら、いちんち戸口に立つて待つてゐました。さうすると、やつと夕方近くなつて、向うの森の中に、お父さまのかへつて来る姿が見えました。男の子は走つて迎へにいつて、
「父さま、
かう言つて泣き/\話しました。お父さまはそれを聞くとびつくりして、
「ごらんよ、
かう言つて、涙をこぼしました。
「でも赤ん坊は母さまが、あの玉の飾りの着物を貸してくれと言つた晩に、一しよにつれていつてしまつたの。」と男の子は言ひました。お父さまは、
「赤ん坊もいつたのか。」と悲しさうに言ひました。
「しかし、あの子はお乳がないとこまるから、母さまのそばにゐた方が
「でも母さまは、そのあくる晩と、またあくる晩に、二人ともつれてつてしまつたの。ゆうべは、
男の子がかう言ひますと、
「よくいかないでゐてくれた。それではこれから、どんなことがあつても、おまへは父さまのそばをはなれないかい?」と
「
猟人は毎日、その子をつれて猟に出て、夕方になるとまた一しよにかへつて来ました。しかし男の子は、毎日お母さまのことがわすれられませんでした。夜になつて、大空に星が一ぱい出ると、男の子は一人で門口へ出て、そのたくさんの星の中の、どれがじぶんのお母さまか、どれが妹か弟かと思ひながら、いつまでも空を見上げてゐました。
それから寝床へはいつて寝るときにも、いつもお母さまや妹や弟たちにあひたいとおもつて一人で泣きました。
そのうちに、お母さまたちがゐなくなつてから一年になりました。すると、
「こゝへお
「今日はあんまり遠くまで歩いたからよ。あしたは猟を休んで家にゐませうね。」と言ひました。お父さまは、
「あゝ、くちびるがかわく。冷たい水を飲ましてくれ。」と言ひました。男の子は、おほいそぎですゐれんの泉へかけていきました。お父さまはその水を一と口飲むと、そのまゝすや/\と眠つてしまひました。男の子は夜どほし起きて、そばについてゐました。猟人は、とう/\夜明けまへに死んでしまひました。男の子は、大声を上げて泣きました。
夜が明けると、男の子は泣き/\木を切り集めて、お父さまの
やがて、大空には星がかゞやきはじめました。すると
男の子は泣き/\お父さまのなくなつたことを話しました。お母さまも、さめ/″\と泣きました。そしてしまひに、
「もういゝから、泣かないでおくれ。
かう言つて、空からもつて来た果物を食べさせました。男の子はそれを食べると、一人でに悲しさをわすれて、お母さまと一しよに、空へ上りました。
そのあくる日、二人の旅人が森をとほりかゝつて、猟人の
「それでは、この
二人はその間、いつも月のてる晩には、すゐれんの泉の中で、三人の女と、四人の子どもとが、楽しさうに水を浴びてゐる声を聞きました。そして明け方になると、かならず空の上から、
「おかへりなさい。お日さまがお出ましにならないうちにかへらないと、お馬が
かう言つて、みんなをよぶ声が聞えました。