山県有朋の靴

佐々木味津三




         一

平七へいしち。――これよ、平七平七」
「…………」
「耳が遠いな。平七はどこじゃ。へいはおらんか!」
「へえへえ。平はこっちにおりますんで、只今、おくつみがいておりますんで」
「庭へ廻れ」
「へえへえ。近ごろまた東京に、めっきり美人がふえましたそうで、弱ったことになりましたな」
「またそういうことを言う。貴様、少うし腰も低くなって、気位きぐらいもだんだんと折れて来たと思ったらじきに今のようなとげを出すな。いくら荊を出したとて、もう貴様等ごときせ旗本の天下は廻って来んぞ」
「左様でございましょうか……」
「左様でございましょうかとは何じゃ。そういう言い方をするから、貴様、いつもしかられてばかりいるのじゃ。おまえ、郵便報知ゆうびんほうちというを知っておろうな」
「新聞社でございますか」
「そうじゃ。あいつ、近ごろまたしからん。貴様、今から行ってネジ込んで参れ」
「なにをネジ込むんでございますか」
「わしのことを、このごろまた狂介きょうすけ々々と呼びずてにして、不埒ふらちな新聞じゃ。山県有朋やまがたありともという立派な名前があるのに、なにもわざわざ昔の名前をほじくり出して、なんのかのと、冷やかしがましいことを書き立てんでもよいだろう。新聞が先に立って、狂介々々と呼びずてにするから、市中のものまでが、やれ狂介権助ごんすけ丸儲まるもうけじゃ、萩のお萩が何じゃ、かじゃと、つまらんことを言いはやすようになるんじゃ。怪しからん。今からすぐにいって、しかと談じ込んで参れ」
「どういうふうに、談じ込むんでございますか。控えろ、町人、首が飛ぶぞ、とでも叱って来るんでございますか」
「にぶい奴じゃな。山県有朋から使いが立った、と分れば、わしが現在どういう職におるか、陸軍、兵部大輔ひょうぶたゆうという職が、どんなに恐ろしいものか、おまえなんぞなにも申さずとも、奴等にはがあるはずじゃ。すぐに行け」
「へえへえ。ではまいりますが、この通りもう夕ぐれ近い時刻でございますから、かえりは少々おそくなるかも存じませんが、今夜もやはり、こちらでございますか。それとも御本邸の方へおかえりでございますか」
「そんなつまらんことも聞かんでいい。おそくかえって、わしの姿がここに見えなかったならば、本邸へかえったと思うたらよかろう。思うたらおまえもあちらへかえったらよかろう。早く出かけい」
「…………」
 風に吹かれている男のように、平七は、ふらふらと、めぐりの土手の方へあがっていった。
 とうにもう秋は来ている筈なのに、空はどんよりと重く汚れて曇って、秋らしい気の澄みもみえなかった。
 もしそれらしいものが感じられるとすれば、土手の青草の感じの中に、ひやりとしたものが少し感じられるくらいのものだった。
 そういう秋の情景のない秋の風景は、かえって何倍か物さびしかった。
 平七は、ぼんやりとした顔つきで、ふらふらと土手をしもへ下って行くと、吾妻あづま橋の方へ曲っていった。
 わずかに感じられる江戸の名残りだった。たまり水のように、どんよりと黒い水を張った大川の夕ぐれが、点々と白い帆を浮かせて、次第に広く遠く、目の中へひろがって来たのである。
 まだ廃刀令はいとうれい断髪令だんぱつれいも出てはいなかったが、しかし、もう大小だいしょうなぞ無用のものに思って、とうから腰にしていない平七は、でも、そればかりはせめてものたしなみに残しているまげ刷毛はけさきを、そっと片手でかばうように押えて、残った片手で、橋の欄干らんかんをコツコツとたたながら、行くでもなく止まるでもなく、ふわふわと、たこのようにゆれていった。
「川、川、川」
「舟、舟、舟だ」
「水もだんだんと濁って来たなあ……」
 ふわりと止まると、平七は、コツコツとやっていたその手の中へ、投げこむようにあごをのせて、ぼんやりと水に目をやった。
 あれからもう何年ぐらいになるか、――やはりこんなような秋の初めだった。
 場所も丁度ちょうど、この橋の川上だった。久しく打ち絶えていた水馬すいばの競技が、何年かぶりにまたもよおされることになって、平七もその催しにせ加わった。
 いずれも二十はたちから二十五六までの、同じような旗本公子ばかりだった。人心は、日ごとに渦巻うずまく戦乱騒ぎの流言りゅうげんと不安に動揺していたが、しかし、まだまだ江戸の子女の胸には、長い伝統と教養が育てた旗本公子という名前が、ひそやかなあこがれとなっていたとみえて、その日も、宿下りに名をりてお城をぬけ出した奥女中たちが、三そうの舟に美しい顔を並べ、土手をうずめている見物の顔も、また、ほとんどその大半が、若い女ばかりと言っていいほどだった。
 騎は、三十六騎。
 十二騎ずつひと組となって、平七はその第二組だった。
 駒は、桜田の御厩おうまやから借りて来た葦毛あしげだった。
 葦毛には、この色がえてよかろうという母のこころ遣いから、朱いろ、総塗り、無紋の竹胴たけどうをきっちりと胸につけて、下着も白の稽古けいこ襦袢じゅばん鉢巻はちまきも巾広の白綸子しろりんずはかまも白の小倉袴こくらばかま、上も下もただひといろの白の中に、真紅しんくの胴をくっきりと浮かせた平七が、さっと水しぶきを立て乍ら乗り入れたときは、岸の顔も、舟の中の顔も、打ちゆらぐばかりにどよめき立った。
 水練は言うまでもないこと、早駈はやがけ、水馬、ともに、人におくれをとったことのない平七なのである。
 ド、ド、ドウ、
 ハイヨウ、
 ド、ド、ドウ、
 と乱れ太鼓のとどろく間を、三騎、五騎とうしろに引き離して、胸にくっきりと真紅の胴が、浮きつ沈みつしぶきの中をかいくぐっていったかと思うまもなく、平七の葦毛は、ぶるぶるとたてがみしずくを切り乍ら、一番乗りの歓呼の土手へ、おどるように駈けあがった。
 ただ、夢のようなこころもちだった。
 どんな叫びと顔がなだれ寄って来たか、このときぐらい平七は、旗本の家に生れたというよろこびと誇りを、しみじみと感じた一瞬はなかった。
 しかし、世間は、そのよろこびをよろこびとしてくれなかった。
 旗本の中堅ともなるべき若者たちが、婦女子の目をよろこばす以外に、なんの能もないような水馬の遊戯なぞに、うつつをぬかしているから、江戸勢はどこの戦いでも負けるのだ。――そういう非難と一緒に、防ごうにも防ぎきれぬ太い腕力がやって来て、なにもかもひと叩きに叩きつぶしてしまったのである。
 ほんとうにそれは、どうにもならぬ荒っぽい洪水のような腕力だった。匂いのあるところから匂いを奪いとり、色彩のあるところから色彩を消し落し、しずかな水だまりには、わざと石を投げこんでこの世をただ実用的なものにすればそれでいいと言ったような、いかにも仕方のない暴力だった。
 そういう野蛮に近い腕力にむかって、心の中までもキメのこまかくなっている旗本が、いかほどふん張ってみたとて、防ぎきれるわけのものではないのだが……。
 そのころから、この川の水さえも濁り出したくらいだが……。
「おい! ……」
 突然、そのとき、だれかおいと言って、荒っぽく肩をどやしつけた。――平七は、面倒くさそうに顔を起すと、どんよりとした目を向けて、ふりかえった。
 立っていたのは、同じ番町ばんちょうで屋敷を隣り合わせて、水馬のときにも同じ二組でくつわを並べて、旗本柔弱にゅうじゃくなりと一緒に叱られた仲間の柘植つげ新兵衛だった。まもなくその非難に憤起ふんきして、甲府までわざわざ負けにいって、追い傷を二ヵ所だか三ヵ所受けたといううわさを最後に、ばったり消息の絶えていた男だった。
 しかし、今もなおこの幕臣のまげの中には、旗本柔弱なりと叱られたそのときの余憤よふんがこもっているのか、わけても太い奴を横ざしにぶっ差して、目の光りのうちにも、苛々いらいらとした反抗のいろが強かった。
「つまらん顔をしておるな。なんというみすぼらしい恰好かっこうをしているんじゃ」
 その目で射すくめるように見おろし乍ら、新兵衛は、軒昂けんこうとした声で言った。
 平七は、だまって自分の身体からだを見廻した。――なるほどその言葉の通り、皮膚のいろも、爪のいろまでが光沢つやを失って、ほんの昔、真紅の胴に白いろずくめのしぶきを切り乍ら、武者振りも勇しくこの大川を乗り切ったときの、あの目のさめるようなみずみずしさは、どこにも見えなかった。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
 気のぬけたように笑うと、平七は、長々とした欠伸あくびをやり乍ら、たるんだ声で言った。
「おまえさん、近ごろ、なにをしておいでじゃ」
「こっちで言いたい言葉じゃ、貴公、山県狂介のところで、下男げなんのような居候いそうろうのような真似まねをしておるとかいう話じゃが、まだいるのか」
「おるさ」
「見さげ果た奴じゃ。仮りにも旗本と言われたほどの幕臣が、かたき同然な奴の米を貰うて喰って、骨なしにもほどがあると、みんなも憤慨していたぞ。――あんな奴のところにおったら面白いのか」
「とんと面白くない」
「なければ、そんなところ飛び出したらどうじゃ」
「かと言うて、世間とてもあんまり楽しくあるまい」
「張り合のないことを言う男じゃな。こんなところでなにをぼんやりしていたのじゃ」
「新聞社へネジ込んで来いと言うたんで、出て来たところさ」
「なにをネジ込みに行くのじゃ」
「狂介狂介と呼びずてにするから、おどして来いと言うのさ」
「行くつもりか」
「いきませんね。狂介だから狂介と言われるに不思議はないからな。したがって、ぼんやりと立っていたのさ」
「骨があるのかないのか、まるで海月くらげのようなことを言う奴じゃな。――不憫ふびんな気がしないでもない。望みならば、一杯呑ましてやろうか」
「金はあるのか」
「あるから、つれていってやろうと言うのじゃ。――行くか」
「…………」
 ふわりとした顔をして、平七は、のそのそとそのあとから歩き出した。

         二

 橋をまた向うへかえって、川沿いに右へ曲ると、新兵衛は、土手をしもへどんどんと急いでいった。
 左側一帯は、大きな屋敷の間に、手頃な屋敷がぎっしりと並んで、江戸の境いから明治へまたぎ越えるまでは、へいからのぞいている木の枝ぶりまでにも、しずかな整頓があったが、それも今は、氾濫はんらんして来た腕力の思うままな蹂躙じゅうりんにまかせて、門はゆがみ、表札はぎとられ、剥いだあとのその白いところへ、買ったような、巻きあげたような、便利な方法で私有物にした人たちの名まえが、読みにくい字でべたべたと書かれて、このままいったらどうなることか、通りすがりにただ見ただけでも、カサカサと咽喉のどかわいてゆくような感じだった。
 そういう塀つづきのはずれに、うすいのいろをにじませた本所ほんじょ石原町の街があった。
 あたり一帯を、官員屋敷に取り囲まれてしまった中にはさまって、せめてもこの孤塁こるいだけは守り通そうというように、うるんだ灯のいろの残っている街だった。
 その向う角の、川に向いた一軒の、
 お江戸お名残り、めずらし屋
 と、少し横にすねたような行灯あんどんのみえる小料理屋の門の前に止まると、新兵衛は、あごをしゃくるようにして目交めまぜをし乍ら、さっさと中へ這入はいっていった。
 せま前庭まえにわに敷いた石に、しっとりと打ち水がしてあって、れた石のいろが、かえってわびしかった。
「まあ、ようこそ……」
 たびたび来ているとみえて、顔なじみらしい女中がふたり、あたふたと顔を並べ乍ら下へもおかずに新兵衛をしょうじあげた。
 しかし、新兵衛は、ほかに誰か目あてがあるらしく、あちらこちらと部屋をのぞきのぞき、川に向いた三間みまつづきの二階へ、どんどんとあがっていった。
 その部屋のてすりにもたれて、ひらひらと髪の花簪はなかんざしを風に鳴らし乍ら、ぼんやりと川をみていた小柄こがらな女が、おどろいたようにふりかえった。
「あら……」
「おお、いたのう」
 探していたのはそれだったのである。まだ十七八らしく、すべすべした肌のいろが、川魚のような光沢つやを放って、胸から腰のあたりのふくらみも、髪の花簪のように初々ういういしい小娘だった。
「いかんぞ。そんなところで浮気をしておっては。――まあここへ坐れ」
 たびたびどころか、毎日来ているとみえて、新兵衛は、無遠慮に女の手をとり乍ら、そばへ引よせた。
「きんのう来たとき、襟足えりあしれと言うたのに、まだ剃らんの」
「でも、忙しいんですもの……」
「忙しい忙しいと言うたところで、こんな家へ八字髭じひげの旦那方は来まいがな。みんなおれたちみたいな風来坊ばかりじゃろうがな」
「ええ、それはそうですけれど……」
「毎日ふみを書いたり、たまにはいろ男にもうたりせねばならんゆえ、それが忙しいか」
「まあ、憎らしい……」
 べにをうめたようなくぼをつくって、甘えるように笑うと、女は、そっと目で言った。
「このおつれさん? ……」
「うん、酒じゃ」
「あなたさまも?」
「呑もうぜ。料理もいつものようにな。きのうのようにまた烏賊いかのさしみなんぞを持って来たら、きょうは癇癪かんしゃくを起すぞ、あまくて、べたべたと歯について、あんなもの、長州人の喰うもんじゃ。おやじによく言ってやれ」
 立ちあがろうとしたのを、あわてて新兵衛は、目交めまぜで止め乍ら、まだなにか言いたそうに、もじもじとしていたが、平七の顔いろをうかがい窺い、女を隣りの部屋へつれて行くと、小声でひそひそとなにかささやいた。
 ぱっと首すじまで赤く染め乍ら、女は、顔をかくすようにして、下へおりていった。
 しかし平七は、なにが目に這入ろうとも、まるで感じのない男のように、ぐったりと両手の中へ頤をのせたまま、物も言わなかった。
 やがて、その頤のまえへ酒が運ばれた。
「さあ来たぞ。うんとやれ」
「…………」
「どうしたんじゃ。飲まんのかよ。――機嫌のわるい顔をしておるな。いでやろうか」
 なみなみと新兵衛が注いださかずきを、だまって引き寄せると、だまって平七は口へ持っていった。
 別に機嫌がわるいわけではなかった。酒にさえも、平七の感情は、今もうこわばってしまって、なんの反応もみせなかった。いや、反応がないというよりも、むしろそれは、表情を忘れて了ったという方が適切だった。急激に自分たちの世界をこわされて了って、よその国のよその軒先のきさきに、雨宿りしているようなこの六七年の生活が、それほども平七の心から、肉体から、弾力を奪いとって了ったのである。
「仕様のない奴じゃな。折角よろこばそうと思ってつれて来てやったのに、もっとうれしそうに呑んだらどうじゃ」
「…………」
「まずいのかよ。酒が!」
「うまいさ」
「うまければもっとうまそうに呑んだらどうじゃ」
 気になったとみえて、新兵衛がたしなめるように横から言った。
 しかし、そう言い乍ら新兵衛も、特別うまそうに呑んでいるわけではなかった。なにか心待ちにしていることがあるらしく、何度も何度もそわそわとして、梯子段はしごだんの方をふりかえった。
 それを裏書するように、花簪はなかんざしの小女が、最後の料理を持って来て並べて了うと、ちらりと新兵衛に目交ぜを投げておいて、かくれるように向うはじの暗い部屋の中へ這入っていった。
 そわそわと待っていたのは、その合図だったとみえて、もおかずに新兵衛が、あとを追い乍ら這入っていった。――同時になにかもだえるような息遣いがきこえたかと思うと、小女の花簪が、リンリンとかすかに鳴った。
 しかし平七は、それすらもまるでよその国の出来ごとのように、ふわりとした顔をして、頬杖ほおづえをついたまま、あいた片手で銚子ちょうしを引寄せると、物憂ものうげに盃を運んだ。
「まあ。お可哀そうに。ひとりぽっちなのね」
 不意にそのとき、ガラガラした声が、下からあがって来るとふとった女中が、ぺったりとそばへ来て坐って、とりなすように言った。
「罪なことをするのね。こんなおとなしい人をひとりぽっちにしておいて、まずかったでしょう、お酒が」
「昔からおれはひとりぽっちだ」
 突然、平七が怒ったように言った。――しかし本当に怒ったわけではなかった。
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……」
 しばらく間をおいてから、思い出したように笑うと、ぽつりと女に言った。
「前の川は今でも深いかね」
「深いですとも、江戸が東京に変ったって、大川は浅くなりゃしないですよ」
「そういうものかな。じや江戸が東京になっても、人が死ねるところでは、やっぱり人が死ねるということになるんだな」
「まあ。気味のわるいことを仰有おっしゃるのね。なんだってそんなおかしなことをおききなさいますの?」
「むかしからこの前の川で何人ぐらい死んだか。変らないものはいつまでっても変らないから、妙なもんだと思っていたところさ。――貴君はいくつだね」
「おい……」
 話の腰を折るように、その時新兵衛が、向うの暗い部屋から顔だけ出すと、頤をしゃくって言った。
「もうかえるんだよ」
「……? あ、そうか。花は散ったか」
 ふらりと立ちあがって、平七は、こともなげな顔をし乍ら、のそのそとおりていった。
 水にも土手にも、しっとりとやみがおりて、かすかな夜露よつゆが足をなでた。
 どこにいるのか、暗いその川の中で、ギイギイとが鳴った。
 りたらしく新兵衛が、上機嫌な声で、暗い土手の闇の中からせき立てた。
「貴公どっちへかえるんじゃ」
「うん……」
「うんじゃないよ。なにをそんなところでぼんやりしておるんじゃ」
「うん……。なるほどこのあたりは、むかし通り深そうじゃな。だぶりだぶりと水が鳴っているよ」
「つまらんことを感心する奴じゃ。ぼんやりしておったら置いてゆくぞ」
 不意にうしろで、リンリンと、かんざしが鳴った。
 恥しそうにふすまの奥へかくれ乍ら、顔も見せなかったのに、いつのまにかこっそりと新兵衛を送って来ていたとみえて、ためらい、ためらい、あの小娘が花簪の音を近づけると、土手ぎわにしょんぼりと立っている平七の黒い影を、じっと見すかし乍ら、なにか言いたそうに、しばらくもじもじとしていたが、
「わるかったのね。あなたばかりひとりぽっちにしておいて、それがおさみしかったから、そんなに悲しそうにしておいでなのでしょう。――こんどはきっと……。こうしてさしあげたらいいでしょう」
 ささやくように言い乍ら近寄って、突然、軟らかく平七の手を握りしめたかと思うと、リンリンと簪を鳴らし乍ら、逃げるように門の中へ駈けこんでいった。
 二階へあがって、見送ってでもいるらしく、顔のみえない窓から、同じ簪の音がかすかにリンリンときこえた。

         三

「平七。――これよ、平七平七」
「…………」
「毎日毎日耳の遠い奴じゃな。平七はどこじゃ。へいはおらんか!」
 あくる日の夕方、また有朋が、とげとげしい声で奥から呼び立てた。
 庭へ廻れというだろうと思って待っていたのに、しかし、どうしたことか、きょうは、その庭の向うから、下駄の音が近づいて来たかと思うと、声と同じようにとがった顔がひょっこりとのぞいた。
「なんじゃ。また靴を磨いておるのか」
 きのうと同じように平七は、裏木戸のそばの馬小屋の前にうずくまって、有朋が自慢の長靴をせっせと磨いていたところだった。
 それが機嫌をよくしたとみえて、有朋のとげとげしく長い細い顔が、珍らしく軟らいだ。
「おまえ、どうかすると馬鹿ではないかと思うときがあるが、使いようによっては、なかなか律義りちぎもんじゃな。わしが大切にしている靴だから、大切に磨かずばなるまいという心掛けが、育ちに似合わずなかなか殊勝しゅしょうじゃ。もう少しはきはきしておったら、出世出来んもんでもないが……」
「…………」
 クスクスと平七が突然笑った。
「なにがおかしい! ――どこがおかしいんじゃ」
「わたしはそんなつもりで、磨いていたわけではないんですが」
「ではどんなつもりで磨いたというんじゃ」
「こうやってぼんやり手を動かしておると、心持が馬鹿になれますから、それで磨いていたんですが」
「またそういうことを言う! そういうことを言うから、なんとか出世の道を開いてやろうと思っても、する気になれんのじゃ。馬鹿になる稽古けいこをするというならそれでもいいが……」
 ぽかりと穴があいたように、突然そのときどうしたことか、平七のもたれかかっていた裏木戸が、ギイとひとりでにいた。
 すぐにそこから小径こみちがつづいて、あたりいちめんにしげっているすすきの穂の先を、あるかないかの風が、しずかな波をつくり乍ら渡っていった。
 きのうに変って、カラリと晴れたせいなのである。そよぎ渡るその風の間に、このあたり向島むこうじまの秋らしい秋の静寂せいじゃくが初めて宿って、落ちかかった夕陽のわびしい影が、かすかなしまをつくり乍ら、すすきの波の上を流れていった。
「平七」
「へい」
「…………」
「…………」
「秋だな」
「秋でござりますな」
 なんというわけもなかった。有朋も有朋ということを忘れて、平七も平七ということを忘れて、いつともなしにふたりは肩を並べ乍ら、すすきの径の中に出ていたのである。――足が動いているのではなかった。こころが歩いているというのが本当だった。
 どこへ、というわけもなく、ふたりは肩を並べ乍ら、土手の方へあがっていった。
「おまえはどちらへ行くつもりじゃ」
「どちらでもいいですが……」
「わしもどちらでもいいが……」
 なんということもなかった。片身かたみちがいに足を動かしているうちに、いつのまにか平七はふらふらと、ゆうべのあの石原町の小料理屋の方へ歩いていった。
 有朋もまた、いつのまにかそこへ行く約束をして了ったような顔をし乍ら、ふらふらと平七のあとからついていった。
 うすい灯のいろが、ゆうべのように川岸かしの夕ぐれの中ににじんで、客もないのか、打ち水に濡れた石のいろが、格別にきょうはわびしかった。
「あっ。閣下じゃ。山県の御前様ごぜんさまじゃ。――どうぞこちらへ。さあどうぞ! お雪、お雪……。お雪はどこだえ!」
 和服の着流しではあったが、尖ったその顔で有朋と気がついたのである。帳場の奥からまゆの青ずんだ女将おかみが、うろたえて出て来ると、あわてふためき乍ら、ゆうべのあの二階の部屋へ導いていった。
「どうぞ。どうぞ。さあどうぞこちらへ。こんなむさくるしいところへわざわざお越し下さいましてなんと申してよいやら。只今女たちをご挨拶あいさつうかがわせますから。さあどうぞ!――もし、お雪さん! お座布団ざぶとんだよ! 上等のお座布団はどこだえ!」
「…………」
「お雪さん! お雪! お雪! ――お雪はどこだえ!」
 浅墓あさはかな声で呼び立て乍ら、女将は、ひとりで慌てて、閉め切ってあった向う端の部屋の襖をガラリとあけた。
 同時に、
「おお」
「よう」
 向うとこちらから、おどろいた声と顔とがつかった。
 意外にもその襖の向うには、ゆうべのあの新兵衛が、ゆうべのあの小娘のお雪を抱きかかえるようにして坐っていたのである。
 しかし、その髪にはもう花簪はみえなかった。覚えたばかりのようなこびのある目を向けて、恥かしそうに平七の顔を見あげると、また恥かしそうにお雪は顔を伏せた。
 早くも有朋の目が、その姿にとまった。
 お女将かみの推察もまた早かった。
「困るね。おまえ。こんなお客さん毎日のことだから、あとでもいいんだよ。御前さま、おまえにお目が止まったようだから、早くあちらへご挨拶にお行きよ! 粗相そそうがあっちゃいけないよ」
 もぎとるようにしてお雪をつれて行くと、無理矢理むりやり有朋のそばへ坐らせて、お女将は、ここを先途せんど愛嬌あいきょうをふりまいた。
「なにしろこの通りの赤児ねんねえでございますから、いいえ、ごぜん赤児ねんねえではございますけれど、大丈夫ですよ。三つの年からわたくしが娘のようにして育てた小婢こどもでございますから、よろしいように。――もしえ、みんなもなにをしておるんだえ。あちらの御浪人さんのお酒なんぞあとでいいよ。早くこちらへお運び申しておくれ」
 ピシャリと、新兵衛の座敷の襖が鳴った。
 白い歯を剥いて、有朋がにっと笑うと、荒々しく閉ったその襖を目でしゃくり乍ら、平七に言った。
「おまえ、あれと朋輩ほうばいじゃろう。用はない。あれの方へ行け」
「……?」
「ここにはもういなくてもよいから、あちらへ退さがれというのじゃ。早く退れっ」
「そうでございますか。あちらへ行くんですか……。やあ君。ゆうべは失敬。さがれと言ったからやって来たよ」
 のっそりとした顔をして、平七は、追われるままに這入はいっていった。
「馬鹿めがっ」
 待ちうけるようにして、新兵衛がにらみつけた。
「なんだとて、あんなものを案内して来たんじゃ!」
「おれが案内して来たわけじゃない。ふらふらとこっちへやって来たら、和服の陸軍中将もきょうに乗って、ふらふらとついて来たから、一緒にここへ這入ったまでさ」
「なにが陸軍中将じゃ。貴様、そういうようなへつらった真似をするから、みんなからもつまはじきされるんじゃ。女将も女将じゃ。江戸の名残りだの、めずらし屋だのと、いたふうな看板をあげておいて、あのざまはなんじゃ! こういう風なことをするから、成り上り者が、ますますのさばるんじゃ」
「そういうことになろうかも知れんの」
「知れんと思ったら、貴様はじめ、こんな真似をせねばよいのじゃ! するから、尾っぽをふるから、心のよごれぬ女までが、お雪のまうなものまでが――」
 たまりかねたとみえて、新兵衛は、膝の横に寝かしてあった大刀を、じりじりと引きよせた。
 しかし、なん度もなん度も膝を浮かして、襖に手をかけようとしたが、その紙ひとの襖が、今はもう遠く及びがたい城壁のように、ぴったりと間を仕切って、たやすく開けることが出来なかった。
「馬鹿めがっ。意気地いくじなしめがっ。こういうことになるから、こういう目に会うから、今の世の中は気に入らんのじゃ! ――女将! 女将!」
 もだえるように、どったりと坐ると、新兵衛は甲高かんだかく呼んだ。
「酒を運べっ。女将! おれとてお客様じゃ! 貴様が運べぬなら、おやじを呼べっ、おやじを!」
 するすると襖があいて、その女将が、青ずんだ顔をのぞかせた。
 しかし、のぞくにはのぞいたが、新兵衛には目もくれなかった。
「平七さんとやら、ごぜんがうるさいから、さきへかえれと仰有おっしゃっておりますよ」
「あ、左様か。今度はさきへかえれか。そういうことになれば、そういうことにするより致仕方いたしかたござるまい。では、かえるかな……」
 のっそりとした顔をして平七は、追わるるままに、また、のっそりと立ちあがった。
「まてっ。むかむかするばかりじゃ。おれも行く! ――まてっ」
 いたたまらないように立ちあがると、荒々しい足音を残し乍ら、新兵衛もあとを追っていった。
 しかし、そとへ出ると一緒に、その足は、行きつ戻りつして、かどから離れなかった。
 いくたびか、二階をにらめあげて、苛々いらいらと目をながら、思いかえし、思い直しては、また、歯を喰いしばっていたが、矢庭やにわに腰の小刀しょうとうを抜いて、平七の手に押しつけると、うめくような声で新兵衛が言った。
「頼む! こいつを持っていってくれっ」
「おれに斬れというのか」
「いいや、新兵衛も行く! おれも行く! 一緒にいって斬ってくれっ」
「ひとりでは山県狂介が斬れんのか」
「斬れんわけではないが、狂介ごとき、き、斬れんわけではないが……」
「斬れんわけでなければ、おぬしひとりでいって、斬ったらよかろう。それとも狂介はひとりで斬れるが、山県有朋の身のまわりにくっついている煙りが斬り難いというなら、やめることさ」
「では、貴公は、おまえは、むかしの仲間を見殺しにするつもりか!」
「つもりはないが、おぬしは腹が立っても、おれは腹が立たんとなれば、そういうことにもなるじゃろうの。――行くもよし、やめるもよし。おれはまずあしたまで、生きのびてみるつもりじゃ」
「……!」
 ぽつりと声が切れたかと思うと、しばらくうしろで新兵衛の荒い息遣いがきこえていたが、やがてばたばたと駈け出した足音があがった。

         四

 間違いもなく平七は、そのあくる日まで無事に生きのびた。
 また奥からか、庭先からか、同じように呼ぶだろうと思っていたのに、しかし有朋は、それっきり何の声もかけなかった。
 いち日だけではなかった。ふつたち、三日みっかとなっても、有朋は顔さえみせなかった。
 気保養きほようと称して、このめぐりの女気おんなけのない、るす番のじいやばかりの、この別荘へやって来て、有朋がこんな風にいくもいくも、声さえ立てずに暮らすことは、これまでも珍らしいことではなかった。
 そういうときには、部屋もしかないこの別荘のどの部屋に閉じこもっているのか、それすらも分らないほどに、どこかの部屋へ閉じこもったきりで、橋を渡って向う河岸がし亀長かめちょうから運んで来る三度三度のお膳さえ、食べているのか呑んでいるのか分らないほどだった。
 しかし、なにかしていることだけはたしかだった。その証拠には、有朋が陸軍中将の服を着て、馬に乗ってこの別荘へやって来て、こうやって三日か五日いつか声も立てずに閉じこもって、また長靴を光らしてこの別荘から出て行くと、忘れたころにぽつりぽつりと、どこかの鎮台ちんだいの将校の首が飛んで、そのあとへぽつりぽつりとまた一足飛そくとびの新らしい将校の首がえたり、伸びたりするのがつねだった。
 そういう穴ごもりのあるたびに、いく人かいる食客しょっかくのうちから、決ってこの金城寺きんじょうじ平七がお供を言いつかって来るというのも、実はこの金城寺平七という見事な名前を持っている男が、名はあっても心を持っているかいないのか分らないようなところがあるためだった。
 実際また平七は、有朋がこの別荘に、何日閉じこもっていようとも、どんな風に世間の目をくらまして、長州陸軍の根を育てる苦心をしていようとも、一向いっこう用のないことだった。
 そのためにまた明日どこかへ押し流されていったら、流れ止まったところで、ふやけるのもよし、ねじ切って棄てるなら、棄てられるのもよし……。
「陸軍の大将さん。
 海軍の大将さん。
 さつまはおふね
 ちょうしゅうは大砲。
 ちくとすのは土佐のはち……」
「だれじゃ! そんな唄を唄うのは! 平七か!」
「わたしが、――ですか。なにも唄ったような覚えがないですが……」
「いや、よし、分った。近所の小童こわっぱたちじゃ。だれが教えたか、つまらぬ唄を唄って、悪たれどもがわいわい向うへ逃げて行くわ。仕方のない奴等じゃ。――さあ馬じゃ」
「あ、なるほど、軍服も靴もお着けでござりまするな。ではゆるりゆるりとまいりましょうか」
 三日の間、そこに来ては寝ころんでいたまぐさの中から、むくむくと起きあがると、平七は、き出した鹿毛かげにひらりと乗った有朋のさきへ立って、なんのこともない顔を馬と並べ乍ら、パカパカと三めぐりの土手へあがっていった。
 不思議なことに平七は、まっすぐ土手を石原町の方へ下っていった。
「違うぞ。平七。吾妻橋を渡るんじゃ」
「そうでございますか……。こちらへいっては、お屋敷へまいられませんか」
「行って行かれないことはないが、半蔵門へかえるのに、本所なぞへいっては大廻りじゃ。吾妻橋へ引っ返せ」
「でも、馬がまいりますもんですから……」
「…………」
 だまって、首をかしげていた有朋が、突然、洞穴ほらあなのような声を出して、馬の上から笑った。
「なるほど、そうか。ハハハ……。さては、おまえ……」
「なにかおかしいことがあるんでございますか」
「あれに、お雪に参っておるな」
「わたしが! そうでございましょうかしら……。そんな筈はないんだが、いち度もそんなことを思ったことはないつもりですが……」
 しかし、こないだの夕ぐれもそうだった。きょうはなおさらそうだった。なにか耳の底できこえているようなこころもちがして、そのしたい乍ら、その音を慕い求めて、この道をやって来たのに間違いはないが――。
 その音がなんであるか。
 くらい耳の底へ、慕いさがしているその音が、リンリンリンと花簪はなかんざしの音になって湧きあがった。
 思わず平七は顔を赤らめた。
「そうれみろ、知らず知らずに思いがれていたろうがな。ハハハ……可哀そうにな」
「いいえ! いいえ! 可哀そうなのは平七さまではござりませぬ! わたくしでござります! お待ち下されませ! ごぜんさま!」
 不意に、はちきれたような叫びがきこえたかと思うと、道のわきからか、門の中からか、分らぬほども早く白いかたまりが飛び出して来て、ガブリとみつくように有朋の足へしがみついた。
 お雪なのだ。
「お前か! たわけっ。なにをするのじゃ!」
「いいえ! いいえ! 放しませぬ! 人でなし! 人でなし! 嘘つきのご前さまの人でなし! わたしをだまして、こんな悲しい目に会わして、だれがなんと仰有おっしゃろうとも、この靴は放しませぬ! きょうは、きょうは、と毎日毎日泣き暮して待っていたんです! みなさまも集っておいでなら、よくきいて下さいまし! そればっかりはご免下さい、こらえて下さいと、泣いてわたしがお頼みしたのに、わたしをだまして、おどして、あすは来る、あすは使いをよこして、気まま身ままのおもいものにしてやるなぞと、小娘のわたしをだましておいて、それを、それを」
「たわけっ。なにを言うのじゃ! 人がたかって来るわっ。放せ! 放せ!」
「いいえ! 死んだとてこの靴は放しませぬ! どうせ嘘とは思いましたけれど、とうとう悲しい目に会いましたゆえ、もしや、もしや、ときょうまで待っておりましたのに、それを、それを、嘘つき! 人でなし! いいえ! いいえ! そればかりではありませぬ。あの人を、新兵衛さままでをも、なんの罪もないのに、あんなむごい目に会わして、お役人に、お牢屋に引っ立てなくともいいではありませぬか! お可哀そうに、あんな負けた人までも、世の中に負けた人まで引っくくって、放しませぬ! ご前さまが、このお雪にびるまでは放しませぬ!」
「馬鹿めがっ。わしが新兵衛のことなぞ知るものか! あやつが刀なぞ引き抜いて、あばれに来たゆえ、くくられたのじゃ! 退けっ。退けっ」
「いいえ! たとえこの身がきになりましょうとも退きませぬ! 道へお集りのみなさまもきいて下さいまし! このご前は、この嘘つきのご前さまは――」
「まだ言うかっ」
 お雪の叫びよりも、いつのまにか黒集くろだかりに駈け集った人の耳が恐ろしかったものか、パッと有朋が大きくひとゆり馬上の身体をゆり動かしたかと思うと、お雪の白い顔が、なにか赤いものを噴きあげて、のけぞるように馬の下へころがった。
「平七! 行くぞ! さきへ!」
 逃げるようにかくを入れて、駈け出そうとしたその一瞬だった。
 突然、目をつりあげて、その平七が横から飛びつくと、お雪の放した有朋の靴へ、身代みがわりのように武者ぶりついた。
「なんじゃ! たわけっ。おまえが、おまえが、なにをするのじゃ。放せ! 放せ!」
 しかし、平七の手は放れなかった。武者ぶりついたかとみるまに、ずるずると片靴を引きぬいた。
 反抗でもなかった。いきどおりでもなかった。恋でも、義憤でも、復讐でもなかった。水ぶくれのように力なくたるんでいた平七の五体が、ぷつりと今の今、全身の力をふるい起して、はじけ飛んだというのがいち番適切だった。
 抜き取ったその靴をしっかり両手で抱いて、ぼろぼろと泣き乍ら、土手を下へおりていったかと思うと、まだの高い秋の大川の流れの中へ、じゃぶじゃぶと這入っていった。
 とみるまに、すうと深く水の底へ沈んでいった。

「あっ。ありゃ、ありゃたしかに金城寺の旦那さまの筈だが、――お見事だなあ」
 寄りたかっていた群集の中から、年老としおいたとびの者らしい顔が出て来ると、感にえたように言った。
「金城寺の旦那さまなら、水練に達者の筈だが、泳ぎの出来るものがおぼれ死ぬのは、腹を切るより我慢のいるもんだという話だが、――さすがだなあ……」
 しかし、水の底からは、それっきりなにも浮きあがらなかった。
 自分を持ちこたえる気力のないものが、自分をあわれんで、みずから生きる力もないその命を仕末するにはこうするよりほかにみちがないと言わぬばかりに、ちいさなあわが、ぶくぶく、ぶくぶくと、かすかに二度三度湧きあがって来たばかりだった。





底本:「小笠原壱岐守」大衆文学館文庫、講談社
   1997(平成9)年2月20日第1刷発行
底本の親本:「佐々木味津三全集10」平凡社
   1934(昭和9)年発行
初出:「講談倶楽部 十二月号」
   1933(昭和8)年発行
入力:大野晋
校正:noriko saito
2004年11月1日作成
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