草
新美南吉
八月八日のおひるすぎ、おとなたちがござをしいて昼寝をしているじぶん、心平君たちは、いつものように、土橋のところへあつまりました。それから、山の大池に向かって、しゅっぱつしました。
六年生の兵太郎君がせんとうで、ほかの者は、そのあとに二列にならび、げんきよく、「世紀の若人」の歌をうたってゆきました。
みかん畠の下までくると、みんな歌をやめました。
「敵のようすをさぐってこい。」
と兵太郎君が、五年生の喜六君にいいました。喜六君は、からだが小さく、すばしこいので、いつも斥候になるのです。
喜六君はズック靴をぬいで、畠の垣根になっている槇の根方にかくし、いたちのようにすばやく、池の方へのぼってゆきました。
敵というのは、山をこえた向こうの村の子どもたちのことです。向こうの村の子どもたちは、夏休みになってから毎日大池にきて、こちらの村の子どもたちと水あび場をうばいあうのでした。そのため毎日けんかがあるのでありました。
心平君たちは、ひっそりして、みかん畠の下に待っていました。
すると、斥候の喜六君が、かえってきました。
「いるぞオ。」
と声をひそめてほうこくしました。
「そうか。どうしとる?」
と大将の兵太郎君が、ききました。
「みんな鎌を持っとるぞオ。」
心平君は、それをきいて、どきりとしました。あぶないことだと思ったのです。
「敵は鎌を持っとるげなが、どうする?」
と兵太郎君は、みんなにききました。
むかっていこう、と考えたものと、あぶないから、きょうは帰ったほうがよい、と考えたものとありました。けれど、帰った方がよいと考えたものは、考えただけでだまっていました。そんなことをいえば、臆病者と笑われるような気がしたからです。
そこで、むかってゆくことになりました。遠くから石を投げつけてやれば、敵が鎌なんか持っていても平気だ、というのでした。
みかん畠の上に出ると、大池の堤がみえました。そこに二十人くらいの敵が、手に手に鎌を持っていました。草をかっていたのです。
ちょうど五十メートルくらいはなれているので、心平君たちのほうは、ここからけんかをしかけることにしました。
「さァ、金助。」
と大将の兵太郎君が、いいました。金助君は、浪花節語りがかぜをひいているような声で、遠くから敵をののしったり、あざわらったりするには、いちばんてきしているのです。
そこで金助君が、みんなから、五メートルくらい先に出て、
「やアい、
きんのの
けんかア
わすれたかア。」
と節をつけてどなりました。浪花節のような太い声は、山の向こうでも聞こえたろう、と思われるくらいよくひびきました。
けれど、敵はだまって草をかっていました。きょうはようすがすこしへんでした。
金助君が、それからいろいろきたないことばで、敵をののしりました。敵がおこって、むかってくるように、わざときたないことばでいったのです。しかし敵は、やはり草をかっていました。
すると敵の中から、ひとりが手ぬぐいを棒の先につけて、こちらへやってきました。
「おや、だれかくるぞ。」
「白旗をあげてくるぞ。」
「降参だ、降参だ。」
と、こちらのみんなは口々にいいました。
敵の降参兵が、だんだん近づいてきました。みんなはだまって、いきを殺して待っていました。
降参兵は、みんなのすぐまえにきて、とまりました。耳の大きい、かしこそうな子どもでありました。
「あの、あの……」
降参兵は何か、いいはじめましたが、むねがおどって、なかなかうまくいえませんでした。
「あの、ぼくたちは、まあ、けんかやめた。きょうから、軍隊に献納する草をかります。終わりッ。」
そういって、しっけいをしました。こちらの大将の兵太郎君も、ついつりこまれてしっけいをしました。
耳の大きい子どもが帰っていくと、こちらでは、まだ相談をはじめました。これから、どうしたものか、というのでありました。
「ぼくたちも、負けずに献納の草をかろう。」ということに、相談がきまりました。
そこで、村にかえって、めいめいが、鎌とふごを持ってきました。
みんなは鎌をしっかりにぎりしめて、かたまって、敵の方へ近づいてゆきました。まだゆだんはできません。相手がゲリラ戦に出るかも知れないからです。
そばへゆくと、敵の方を、はんぶんにらみながら、こちらも草をかりはじめました。
そのうちに、どちらからともなく、笑いだしてしまいました。こちらもむこうも、うちとけて、あはははは、と笑いました。向こうには、鎌を投げだして、草の中にひっくりかえるような、ひょうきんな子どももいました。
これで、敵味方のへだてがとれてしまったのです。
ひとしごとできると、こちらもむこうもいっしょになって、どぼんどぼんと池にとびこみ、いっしょに、水をぶっかけあって遊びました。
そのあいだに、かった草は、つよいにおいをただよわせて、かわきました。
夏休みが終わるまで、こちらの子どもたちと向こうの子どもたちは、なかよく献納の草をかり、なかよく水浴びしました。向こうは三百二十貫のほし草をつくりました。こちらは三百七貫のほし草をつくりました。
さて、あしたから二学期がはじまるという日になりました。
こちらは、ずっといぜん、むこうからぶんどったラッパを持ってゆきました。むこうは、こちらからぶんどった麦わら帽子を持ってきました。
わかれるときに、ぶんどり品をたがいに返しました。
麦わら帽子は心平君のでした。心平君はそれをかむって、にこにこと笑いました。
「じゃまた、来年のなつ。」
「また献納の草をかろうね。」
そういって、こちらの子どもたちと向こうの村の子どもたちはわかれました。
向こうの子どもは、じょうずにラッパをふきながら、松林の中を帰ってゆきました。心平君たちがみかん畠の下にきても、まだその音は聞こえていました。
底本:「新美南吉童話集 2 おじいさんのランプ」大日本図書
1982(昭和57)年3月31日初版第1刷発行
1996(平成8)年2月15日初版第7刷発行
入力:江村秀之
校正:持田和踏
2023年2月18日作成
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