くまの こ

新美南吉




 かりうどが、ゆきの つもった やまへ、りょうに いきました。うさぎを 一ぴき みつけたので、きの あいだや こみちの うえを、おっかけまわって、やっとの ことで うちとめました。うさぎを ふくろに いれて、そこの きの したで ひとやすみ してから、うちの ほうへ かえりかけました。たにを ひとつ こして、こちらの やまへ きた とき、ぼうしが なくなって いる ことに きが つきました。さっき やすんだ ところに わすれたのかも しれないと おもって そっちを みると、その きの したに だれか いて こちらを みて います。
 かりうどが、こちらから、
「おーい。」
と、いうと あちらからも、
「おーい。」
と、いいます。
 かりうどは、そちらの ほうへ また もどって いきました。
「おーい、おーい」と よぶと、むこうの きの したでも、
「おーい、おーい」と いって、てを ふって います。たにを わたって、だいぶん ちかづいてから、また よんで みましたが、こんどは、なんとも こたえないで、うれしそうに、きの したに はねまわって いました。
 かりうどが きの したに きて みて おどろいた ことには、それは 一ぴきの くまの こで かりうどの ぼうしを かむって いるのでした。かりうどが、あっけに とられて いると、くまの こは、かりうどの ところへ ぼうしを もって きて かりうどに わたすと、やまの おくへ かえって いきました。かりうどは、こころの なかで、くまの こに おれいを いって また、たにを わたって、こちらの やまへ きました。そして、くまの この いった ほうへ、
「おーい。」
と よんで みたら、
「おーい。」
と こたえました。





底本:「校定 新美南吉全集第四巻」大日本図書
   1980(昭和55)年9月30日初版第1刷発行
底本の親本:「ひろった らっぱ」羽田書店
   1950(昭和25)年5月1日
入力:かな とよみ
校正:祷りりこ
2023年6月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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