黒き素船

岩野泡鳴




黒き 素船すぶね を かし見れば、
砂 に しやがめる 影 と まがひ、
沖 の 小島 の 薄き 見れば、
人 の 思ひに 沈む けはひ、
空 に 住へる 月 を 仰ぎ、
びし わが身 の たま と 見たり。
われは そのまま まなこ 閉ぢて、
消ゆる 世界 を 今ぞ いだく。

浮けよ、沈めよ、千々ちぢの なやみ、
千々の かなしみ、身をば 乗せて。
苦なるいのち は――しげき矢 なり――
積みて 重なる 夢 の 小船。
さして 行くへ を こゝに 問はじ、
この夜、この時 われは 活きん。





底本:「日本の詩歌 26 近代詩集」中央公論社
   1970(昭和45)年4月15日初版発行
   1979(昭和54)年11月20日新訂版発行
底本の親本:「闇の盃盤」日高有倫堂
   1908(明治41)年4月8日発行
初出:「天鼓 第十号」北上屋書店
   1905(明治38)年8月23日発行
入力:hitsuji
校正:きりんの手紙
2021年12月27日作成
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