行乞記

(二)

種田山頭火




死をまへの木の葉そよぐなり
陽を吸ふ
死ぬる夜の雪ふりつもる
生死のなかの雪ふりしきる


十二月廿二日

 晴、汽車で五里、味取、星子宅。

私はまた旅に出た。――
『私はまた草鞋を穿かなければならなくなりました、旅から旅へ旅しつゞける外ない私でありました』と親しい人々に書いた。
山鹿まで切符を買うたが、途中、味取に下車してHさんGさんを訪ねる、いつもかはらぬ人々のなさけが身にしみた。
Sさんの言葉、Gさんの酒盃、K上座の熱風呂、和尚さんの足袋、……すべてが有難かつた。
積る話に夜を更かして、少し興奮して、観音堂の明けの鐘がなるまで寝つかれなかつた。

十二月廿三日

 晴、冬至、汽車で三里、山鹿、柳川屋(三〇・中)

九時の汽車で山鹿まで、二時間ばかり行乞する、一年ぶりの行乞なので、何だか調子が悪い、途上ひよつこりS兄に逢ふ、うどんの御馳走になり、お布施を戴く。
一杯ひつかけて入浴、同宿の女テキヤさんはなか/\面白い人柄だつた、いろ/\話し合つてゐるうちに、私もいよ/\世間師になつたわいと痛感した。

十二月廿四日

 晴、徒歩八里、福島、中尾屋(二〇・上)

八時過ぎて出立、途中ところ/″\行乞しつゝ、漸く県界を越した、暫らく歩かなかつたので、さすがに、足が痛い。
山鹿の宿も此宿も悪くない、二十銭か三十銭でこれだけ待遇されては勿体ないやうな気がする。
同宿の坊さん、籠屋のお内儀さん、マヽ旋屋さん、女の浪速節語りさん、みんなとり/″\に人間味たつぷりだ。

十二月廿五日

 曇、雨、徒歩三里、久留米、三池屋(二五・中)

昨夜は雪だつた、山の雪がきら/\光つて旅人を寂しがらせる、思ひだしたやうに霙が降る。
気はすゝまないけれど十一時から一時まで行乞、それから、泥濘の中を久留米へ。
今夜の宿も悪くない、火鉢を囲んで与太話に興じる、痴話喧嘩やら酔つぱらひやら、いやはや賑やかな事だ。

十二月廿六日

 晴、徒歩六里、二日市、和多屋(二五・中)

気分も重く足も重い、ぼとり/\歩いて、こゝへ着いたのは夕暮だつた、今更のやうに身心の衰弱を感じる、仏罰人罰、誰を怨むでもない、自分の愚劣に泣け、泣け。
此宿もよい、宿には恵まれてゐるとでもいふのだらうか、一室一燈を一人で占めて、寝ても覚めても自由だ。
途中の行乞は辛かつた、時々憂欝になつた、こんなことでどうすると、自分で自分を叱るけれど、どうしようもない身心となつてしまつた。
禅関策進を読む、読むだけが、そして飲むだけがまだ残つてゐる。
毎日赤字が続いた、もう明日一日の生命だ、乞食して存らへるか、舌を噛んで地獄へ行くか。……
こゝは坊主枕なのがうれしい、茣座枕は呪はれてあれ! こんな一些事がどんなに孤独の旅人を動かすかは、とても第三者には解りつこない。
床をならべた遍路さんから、神戸の事、大阪の事、京都の事、名古屋の事、等、等を教へられる、いゝ人だつた、彼は私の『忘れられない人々』の一人となつた。

十二月廿七日

 晴后雨、市街行乞、大宰府参拝、同前。

九時から三時まで行乞、赤字がさうさせたのだ、随つて行乞相のよくないのはやむをえない、職業的だから。……
大宰府天満宮の印象としては樟の老樹ぐらいだらう、さん/″\雨に濡れて参拝して帰宿した。
宿の娘さん、親類の娘さん、若い行商人さん、近所の若衆さんが集つて、歌かるたをやつてゐる、すつかりお正月気分だ、フレーフレー青春、下世話でいへば若い時は二度ない、出来るだけ若さをエンヂヨイしたまへ。

十二月廿八日

 晴、汽車で四里、酒壺洞居。

九時の汽車で博多へ、すぐ市役所に酒君を訪ねたが、忙しいので、後刻を約して市街を行乞する。
今夜はよく飲んだ、自分でも呆れるほどだつた、しかし酔つたいきほひで書きまくつた、酒君はよく飲ませてもくれるけれど、よく書かせもする。
市は市のやうにハジキが多い、十軒に一軒、十人に一人ぐらゐしか戴けない、ありがたかつたのは、途上で、中年婦人から五銭白銅貨を一つ、田舎者らしい人から一銭銅貨を三枚喜捨せられた事だつた。
この矛盾をどうしよう、どうしようもないといつてはもう生きてゐられなくなつた、この旅で、私は身心共に一切を清算しなければならない、そして老慈師の垂誨のやうに、正直と横着とが自由自在に使へるやうにならなければならない。
あゝ酒、酒、酒、酒ゆえに生きても来たが、こんなにもなつた、酒は悪魔か仏か、毒か薬か。

十二月廿九日

 曇、時雨、四里、二日市、和多屋。

十時、電車通で別れる、昨夜飲み過ぎたので、何となく憂欝だ、どうせ行乞は出来さうもないから、電車をやめて歩く、俊和尚上洛中と聞いたので、冷水越えして緑平居へ向ふつもり、時々思ひだしたやうに行乞しては歩く。
武蔵温泉に浸つた、温泉はほんたうにいゝ、私はどうでも温泉所在地に草庵を結びたい。

十二月卅日

 晴れたり曇つたり、徒歩七里、長尾駅前の後藤屋に泊る、木賃二十五銭、しづかで、しんせつで、うれしかつた、躊躇なく特上の印をつける。

早朝、地下足袋を穿いて急ぎ歩く、山家、内野、長尾といふやうな田舎街を行乞する、冷水峠は長かつた、久しぶりに山路を歩いたので身心がさつぱりした、こゝへ着いたのは四時、さつそく豆田炭坑の湯に入れて貰つた。
山の中はいゝなあ、水の音も、枯草の色も、小鳥の声も何も彼も。――
このあたりはもうさすがに炭坑町らしい。
夫婦で、子供と犬とみんないつしよに車をひつぱつて行商してゐるのを見た、おもしろいなあ。
何といふ酒のうまさ、呪はれてあれ。
持つてゐるだけの端書を書く、今の私には、俳友の中の俳友にしか音信したくない。

十二月卅一日

 快晴、飯塚町行乞、往復四里、宿は同前。

昨日は寒かつたが今日は温かい、一寒一温、それが取りも直さず人生そのものだ。
行乞相も行乞果もあまりよくなかつた、恥づべし/\。
昨夜は優遇されたので、つい飲み過ごしたから、今夜は慎しんで、落ちついて読書した。
此宿は本当にいゝ、かういふ宿で新年を迎へることが出来るのは有難い。
『年暮れぬ笠きて草鞋はきながら』まつたくその通りだ、おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した、私の一生は終つたのだ、さうだ来年からは新らしい人間として新らしい生活を初めるのである。
 ここに落ちついて夕顔や
・雨の二階の女の一人は口笛をふく
    □
・ふるさとを去るけさの鬚を剃る
・ずんぶり浸るふる郷の温泉
・星へおわかれの息を吐く
・どこやらで鴉なく道は遠い
・旅人は鴉に啼かれ
・旅は寒い生徒がお辞儀してくれる
・旅から旅へ山山の雪
・身にちかく山の鴉の来ては啼く
   熊本県界
・こゝからは筑紫路の枯草山
   自嘲
・うしろ姿のしぐれてゆくか
   大宰府三句
 しぐれて反橋二つ渡る
・右近の橘の実のしぐるゝや
・大樟も私も犬もしぐれつゝ
    □
・ふるさと恋しいぬかるみをあるく
・街は師走の売りたい鯉を泳がせて
   酒壺洞房
・幼い靨で話しかけるよ
    □
・師走のゆきゝの知らない顔ばかり
・しぐれて犬はからだ舐めてゐる
    □
・越えてゆく山また山は冬の山
・枯草に寝ころぶやからだ一つ
       ×  ×  ×
まづ何よりも酒をつゝしむべし、二合をよしとすれども、三合までは許さるべし、シヨウチユウ、ジンなどはのむべからず、ほろ/\としてねるがよろし。
いつも懺悔文をとなふべし、四弘誓願を忘るべからず。――
我昔所造諸マヽ業  皆由無始貪慎痴
従身口意之所生  一切我今皆懺悔

衆生無辺誓願度  煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学  仏道無上誓願成

一切我今皆懺悔――煩悩無尽誓願断――



一月一日

 時雨、宿はおなじく豆田の後藤といふ家で。

・水音の、新年が来た
何としづかな、あまりにしづかな元旦だつたらう、それでも一杯ひつかけてお雑煮も食べた。
申の歳、熊本の事を思ひだす、木の葉猿。
宿の子供にお年玉を少しばかりやつた、そして鯉を一尾家の人々におごつた。
嚢中自無銭、五厘銅貨があるばかり。
酒壺洞文庫から借りてきた京洛小品を読む、井師の一面がよく出てゐる、井師に親しく面したやうな気持がした。
飲んで寝て食べて、読んで考へて、そして何にもならない新年だつたが、それでよろしい。
私が欣求してやまないのは、悠々として迫らない心である、渾然として自他を絶した境である、その根源は信念であり、その表現が句である、歩いて、歩いて、そこまで歩かなければならないのである。

一月二日

 時雨、行程六里、糸田、緑平居。

今日は逢へる――このよろこびが私の身心を軽くする、天道町(おもしろい地名だ)を行乞し、飯塚を横ぎり、鳥尾峠を越えて、三時にはもう、冬木の坂の上の玄関に草鞋をぬいだ。
この地方は旧暦で正月をする、ところ/″\に注連が張つてあつて国旗がひら/\するぐらゐ、しかし緑平居に於ける私はすつかりお正月気分だ。
風にめさめて水をさがす(昨夜の句)
自戒三則――
一、腹を立てないこと
二、嘘をいはないこと
三、物を無駄にしないこと(酒を粗末にするなかれ!)
今日は、午前は冬、午後は春だつた。

一月三日

 晴曇さだめなし、緑平居。

終日閑談、酒あり句あり、ラヂオもありて申分なし。
 ボタ山の間から昇る日だ
・ラヂオでつながつて故郷の唄
香春岳は見飽かぬ山だ、特殊なものを持つてゐる、山容にも山色にも、また伝説にも。

一月四日

 晴、行程わづかに一里、金田、橋元屋(二五・上)

朝酒に酔つぱらつて、いちにち土手草に寝そべつてゐた、風があたゝかくて、気がのび/\とした。
夜もぐつすり寝た。
此宿の食事はボクチンにはめづらしいものだつた。

一月五日

 晴、行程九里、赤間町、小倉屋(三〇・中)

歩いた、歩いて、歩いて、とう/\こゝまで来た、無論行乞なんかしない、こんなにお天気がよくて、そして親しい人々と別れて来て、どうして行乞なんか出来るものか、少しセンチになる、水をのんでも涙ぐましいやうな気持になつた。

一月六日

 晴、行程三里、神湊、隣船寺。

赤間町一時間、東郷町一時間行乞、それから水にそうて宗像神社へ参拝、こんなところにこんな官幣大社があることを知らない人が多い。
神木楢、石牌無量寿仏、木彫石彫の狛犬はよかつた。
水といつしよに歩いてゐさへすれば、おのづから神湊へ出た、俊和尚を訪ねる、不在、奥さんもお留守、それでもあがりこんで女中さん相手に話してゐるうちに奥さんだけは帰つて来られた、遠慮なく泊る。
・蘭竹もかれ/″\に住んでゐる
 咲き残つたバラの赤さである
・つきあたつて墓場をぬけ

一月七日

 時雨、休養、潜龍窟に蛇が泊つたのだ。

雨は降るし、足は痛いし(どうも脚気らしい)、勧められるまゝに休養する、遊んでゐて、食べさせていたゞいて、しかも酒まで飲んでは、ほんたうに勿躰ないことだ。
・松のお寺のしぐれとなつて
・遠く近く波音のしぐれてくる

一月八日

 雪、行程六里、芦屋町 マヽ  (三〇・下)

ぢつとしてゐられなくて、俊和尚帰山まで行乞するつもりで出かける、さすがにこのあたりの松原はうつくしい、最も日本的な風景だ。
今日はだいぶ寒かつた、一昨六日が小寒の入、寒くなければ嘘だが、雪と波しぶきとをまともにうけて歩くのは、行脚らしすぎる。
・木の葉に笠に音たてゝ霰
・鉄鉢の中へも霰
こゝの湯銭三銭は高い、神湊の弐銭があたりまへだらう、しかし何といつても、入浴ほど安くて嬉しいものはない、私はいつも温泉地に隠遁したいと念じてゐる、そしてそれが実現しさうである、万歳!
この宿もよくない、ボクチンには驚ろくほどのちがひがある、すまないと思ふほど優遇してくれるところもあれば、木石かと思ふほど冷遇するところもある、ボクチンのいゝところは、独善主義でやりぬけるところだらう。
同宿の二人の朝鮮人のうち、老鮮人は風采も態度もすべて朝鮮人的で好きだつた、どうぞ彼の筆が売れるやうに。
もう一人の同宿者もおもしろかつた、善良な世間師だつた、相当に物事を知つてる人だつた、早くから床を並べて話し続けた。
途上で、連歌俳句研究所、何々庵何々、入門随意といふ看板を見た、現代には珍らしいものだ。

一月九日

 曇、小雪、冷たい、四里、鐘ヶ崎、石橋屋(中)

とにかく右脚の関節が痛い、神経痛らしい、嫌々で行乞、雪、風、不景気、それでも食べて泊るだけはいたゞきました。
今日の行乞相はよかつたけれど、それでも/\時々よくなかつた、随流去! それの体現まで行かなければ駄目だ。
此宿はわるくない、同宿三人、めい/\勝手な事を話しつゞける、政変についても話すのだから愉快だ。
・暮れて松風の宿に草鞋ぬぐ
同宿のとぎやさんから長講一席を聞かされる、政治について経済について、そして政友民政両党の是非について、――彼は又、発明狂らしかつた、携帯煽風器を作るのだといつて、妙なゼンマイをいぢくつたり図面を取りちらしたりしてゐた、専売特許を得て成金になるのだといつて逆上気味だつた、彼に反して同宿の薬屋さんはムツツリヤだつた、彼は世間師同志の挨拶さへしなかつた。
昨夜はちゞこまつて寝たが、今夜はのび/\と手足を伸ばすことが出来た、『蒲団短かく夜は長し』。
此頃また朝魔羅が立つやうになつた、『朝、チンポの立たないやうなものに金を貸すな』、これも名言だ。
人生五十年、その五十年の回顧、長いやうで短かく、短かいやうで長かつた、死にたくても死ねなかつた、アルコールの奴隷でもあり、悔恨の連続でもあつた、そして今は!

一月十日

 晴、二里、散策、神湊、隣船寺。

一月十一日

 晴、歩いたり乗つたりして十里、志免、富好庵。

一月十二日

 雨后晴、足と車とで十余里、姪ノ浜、熊本屋。

此三日間の記事は別に書く。

・朝から泣く児に霰がふつてきた
・寒い空のボタ山よさようなら(志免)
 福寿草を陽にあてゝ縫うてゐられた(千鶴女居)

一月十三日

 曇つて寒かつた、霙、姪ノ浜、熊本屋(二五・中)

東油山観世音寺(九州西国第三十番)拝登。
・けふは霰にたたかれて
今日は行乞は殆んど出来なかつた、近道を教へられて、それがために却つて遠道をしたりして一層労れた。
お山の水はほんたうにおいしかつた、岩の上から、そして樋をあふれる水、それにそのまゝ口づけて腹いつぱいに二度も三度も頂戴した。
野芥(ノケと読む)といふ部落があつた、珍しい地名。
同宿は女の油売、老いた研屋、共に熊本県人、そして宿は屋号が示すやうに熊本県人だ、お互に熊本の事を話し合つて興じた。

一月十四日

 曇、風が寒い、二里歩く、今宿、油屋(中・二五)

もう財布には一銭銅貨が二つしか残つてゐない(もつとも外に五厘銅貨十銭ばかりないこともないが)、今日からは嫌でも応でも本気で一生懸命に行乞しなければならないのである。
午前は姪ノ浜行乞(此地名も珍らしい)午後は生きの松原、青木松原を歩いて今宿まで、そして三時過ぎまで行乞する、このあたりには元寇防塁の趾跡がある、白波が押し寄せて松風が吹くばかり。
途中、長垂寺といふ景勝の立札があつたけれど、拝登しなかつた、山からの酒造用水を飲ませて貰つたがうまかつた、たゞしちつとも酔はなかつた!
俳友に別れ、歓待から去つて、何となく淋しいので、少々焼酎を飲み過ぎたやうだ、酒は三合、焼酎ならば一合以下の掟を守るべきである。
同宿の老遍路さん、しんせつで、ていねいで、昔を思はせるものがあつた。
若い支那行商人、元気がよい、そして始末屋だ、きつと金を貯めるだらう(朝鮮人は日本人に似てゐて、酒を飲んだり喧嘩をしたりするが、支那人は決して無駄費ひしない、時に集つて団子を拵らへて食べ合ふ位だ)。
いかけやさん、とぎやさんと遅くまで話す、無駄話は悪くない(いかけやさん、とぎやさんで飲まないものはない)。
長崎では、家屋敷よりも墓の方が入質価値があるといふ、墓を流したものはないさうな、それだけ長崎人の信心を現はしてゐる。

一月十五日

 曇、上り下り七里、赤坂、末松屋(二五・中)

雷山千如寺拝登、九州西国二十九番の霊場。
・山寺の山柿のうれたまゝ
今日は近頃になく労れた、お山でお通夜を阻まれ、前原で宿を断はられ、とう/\こゝまで重い足を曳きずつて来た、来た甲斐はあつた、よい宿だつた、同宿者も好人物だつた、たとへ桶風呂でも湯もあつたし、賄も悪くなかつた、火鉢を囲んで雑談がはづんだ、モンキの話(猿)長虫の話(蛇)等、等の縁起話は面白かつた。
雷山の水もよかつたが、油山には及ばなかつた、この宿の水はよい、岩の中から湧いてくるのださうな。
先日来、御馳走責で腹工合が悪かつたが、アルコールをつゝしみ水を飲み、歩いたので、殆んどよくなつた、健康――肉体の丈夫なのが私には第一だ、まことに『からだ一つ』である、その一つを時々持て余すが。

一月十六日

 雨后晴、寒風、宿は同前(二五・中)

雨だ、風だ、といつてぢつとしてゐるほどの余裕はない、十時頃から前原町まで出かけて三時頃まで専念に行乞する、一風呂浴びて一杯ひつかける。
句稿を整理して井師へ送る、一年振の俳句ともいへる、送句ともいへる、とにかく井師の言のやうに、私は旅に出てゐなければ句は出来ないのかも知れない。
前原も田舎町だ、本通の新道は広々としてゐるけれど、自動車々庫がヤタラに多い、しかし今日の行乞相は上出来だつた、所得も悪くなかつた。
朝も夜も、面白い話ばかりだ、――女になつて子を生んだ夢の話、をとこ女の話、今は昔、米が四銭で酒が八銭の話。……
・いつまで旅する爪をきる

一月十七日

 また雨、行程二里、深江、久保屋(二五・上)

世間師は晩飯を極楽飯、朝飯を地獄飯といふ、私も朝飯を食べた以上、安閑としてゐることは出来ない、合羽を着て笠を傾けて雨の中へ飛び出す、加布里、片山といふやうな部落を行乞して宿に着いたのは三時過ぎだつた、深江といふ浦町はさびしいけれど気に入つたところである、傾いた家並も、しんみりとしてゐる松原もよかつた、酒一合、燗をしてくれて九銭、大根漬の一片も添へてくれた。
此宿は新らしくて掃除も行き届いてゐる、気持よく滞在出来るのだが、憾むらくはゲルトがない(殊に同宿の煩はしさがないのがうれしい)。
私たちは『一日不作一日不食』でなくて『食べたら働かなければならない』である、今日の雨中行乞などは、まさにそれだ(働かなければ食へないのはホントウだ、働らいても食へないのはウソだ)。
よく降る雨だ、世間師泣かせの雨だ、しかし、雨の音はわるくない、ぢつと雨を聴いてゐると、しぜんに落ちついてくる、自他の長短が解りすぎるほど解る。
此宿はほんたうによい、部屋もよく夜具もよく賄もよい、これだけの待遇をして二十五銭とは、ほんたうによすぎる。
途中、浜窪といふ遊覧地を通つた、海と山とが程よく調和して、別荘や料理屋を建てさせてゐる、規模が小さいだけ、ちんまりと纒まつてゐる。
一坊寺といふ姓があつた、加布里カムリといふ地名と共に珍らしいものである。
また不眠症にかゝつた、一時が鳴つても寝つかれない、しようことなしに、まとまらないで忘れかけてゐた句をまとめる。――
・道が分れて梅が咲いてゐる
・沿うて下る枯葦の濁り江となり
   古風一句
 たゞにしぐれて柑子おちたるまゝならん(追想)

一月十八日

 晴、行程四里(佐賀県)浜崎町、栄屋(二五・中)

霜、あたゝかい日だつた、九時から十一時まで深江行乞、それから、ところ/″\行乞しつゝ、ぶら/\歩く、やうやく肥前に入つた、宿についたのは五時前。
福岡佐賀の県界を越えた時は多少の感慨があつた、そこには波が寄せてゐた、山から水が流れ落ちてゐた、自然そのものに変りはないが、人心には思ひめぐらすものがある。
筑前の海岸は松原つゞきだ、今日も松原のうつくしさを味はつた、文字通りの白砂青松だ。
左は山、右は海、その一筋道を旅人は行く、動き易い心を恥ぢる。
松の切株に腰をかけて一服やつてゐると、女のボテフリがきて『お魚はいりませんか』深切か皮肉か、とにかく旅中の一興だ。
在国寺といふ姓、大入ダイニウといふ地名、そして村の共同風呂もおもしろい。
此宿は悪くないけれど、うるさいところがある、新宿だけにフトンが軽くて軟かで暖かだつた(一枚しかくれないが)。
いつぞや途上で話し合つた若い大黒さんと同宿になつた、世の中は広いやうでも狭い、またどこかで出くわすことだらう、彼には愛すべきものが残つてゐる、彼は浪花節屋フシヤなのだ、同宿者の需めに応じて一席どなつた、芸題はジゴマのお清!
一年ぶりに頭を剃つてさつぱりした、坊主にはやつぱり坊主頭がよい、床屋のおかみさんが、ほんたうに久しぶりに頭を剃りました、あなたの頭は剃りよいといつてくれた。
・波音の県界を跨ぐ
落つればおなじ谷川の水、水の流れるまゝに流れたまへ、かしこ。

一月十九日

 曇、行程二里、唐津市、梅屋(三〇・中)

午前中は浜崎町行乞、午後は虹の松原を散歩した、領巾振山は見たゞけで沢山らしかつた、情熱の彼女を想ふ。
唐津といふところは、今年、飯塚と共に市制をしいたのだが、より多く落ちつきを持つてゐるのは城下町だからだらう。
松原の茶店はいゝね、薬罐からは湯気がふいてゐる、娘さんは裁縫してゐる、松風、波音。……
受けとつてはならない一銭をいたゞいたやうに、受けとらなければならない一銭をいたゞかなかつた。
マヽ雲流水、雲のゆく如く水の流れるやうであれ。
・初誕生のよいうんこしたとあたゝめてゐる
・松に腰かけて松を観る
・松風のよい家ではじかれた
此宿はおちついてよろしい、修行者は泊らないらしい、また泊めないらしい、しかし高い割合にはよくない、今夜は少し酔ふほど飲んだ、焼酎一合、酒二合、それで到彼岸だからめでたし/\。
虹の松原はさすがにうつくしいと思つた、私は笠をぬいで、鉄鉢をしまつて、あちらこちら歩きまはつた、そして松――松は梅が孤立的に味はゝれるものに対して群団的に観るべきものだらう――を満喫した。
げにもアルコール大明神の霊験はいやちこだつた、ぐつすり寝て、先日来の不眠をとりかへした。

一月廿日

 曇、唐津市街行乞、宿は同前。

九時過ぎから三時頃まで行乞、今日の行乞は気分も所得もよかつた、しみ/″\仏陀の慈蔭を思ふ。
こゝの名物の一つとして松露饅頭といふのがある、名物にうまいものなしといふが、うまさうに見える(食べないから)、そしてその本家とか元祖とかいふのが方々にある。
小鰯を買つて一杯やつた、文字通り一杯だけ、昨夜の今夜だから。
・けふのおひるは水ばかり
・山へ空へ摩訶般若波羅密多心経
晩食後、同宿の鍋屋さんに誘はれて、唐津座へ行く、最初の市議選挙演説会である、私が政談演説といふものを聴いたのは、これが最初だといつてもよからう、何しろ物好きには違ひない、五銭の下足料を払つて十一時過ぎまで謹聴したのだから。

一月廿一日

 曇、いよ/\雨が近いことを思はせる。

貯へを持たないルンペンだから、ぢつとしてはゐられない、九時半から三時半まで行乞。
近松寺に参拝した、巣林子に由緒あることはいふまでもない、その墓域がある、記念堂の計画もある、小笠原家の菩提所でもある、また曽呂利新左衛門が築造したといふ舞鶴園がある、こぢんまりとした気持のよいお庭だつた。
今日は市議選挙の日、そして第六十議会解散の日、市街至るところ号外の鈴が響く。
唐津といふ街は狭くて長い街だ。
おいしい夕飯だつた、ヌタがおいしかつた、酒のおいしさは書き添へるまでもあるまい。
この宿はしづかできれいであかるくていゝ、おそくまで読書した、久しぶりにおちついて読んだ訳である。
毎日、彼等から幾度か不快を与へられる、恐らくは私も同時に彼等に不快を与へるのだらう――それは何故か――彼等の生活に矛盾があるやうに、私の生活に矛盾があるからだ、私としては、当面の私としては、供養を受ける資格なくして供養を受ける、――これが第一の矛盾だ!――酒は涙か溜息か、――たしかに溜息だよ。

一月廿二日

 晴、あたゝかい、行程一里、佐志、浜屋(二五・上)

誰もが予想した雨が青空となつた、とにかくお天気ならば世間師は助かる、同宿のお誓願寺さんと別れて南無観世音菩薩。……
こゝで泊る、唐津市外、松浦潟の一部である、このつぎは唐房――此地名は意味ふかい――それから、湊へ、呼子町へ、マヽ部町へ、名護屋へ。
唐津行乞のついでに、浄泰寺の安田作兵衛を弔ふ、感じはよろしくない、坊主の堕落だ。
唐津局で留置の郵便物をうけとる、緑平老、酒壺洞君の厚情に感激する、私は――旅の山頭火は――友情によつて、友情のみによつて生きてゐる。
行乞流転してゐるうちに、よく普及してゐるのは、いひかへれば、よく行きわたつてゐるのは、――自転車ゴム靴(地下足袋をふくむ)そして新聞紙、新聞紙の努力はすばらしい。
松浦潟の一角で泊つた、そして見て歩いた、悪くはないが、何だかうるさい。
此宿はよい、私が旅人としての第六感もずゐぶん鋭くなつたらしい、行乞六感!
よい宿だと喜んでゐたら、妙な男が飛び込んで来て、折角の気分をメチヤ/\にしてしまつた、あんまりうるさいからマヽ鳴つてやつたら、だいぶおとなしくなつた。
緑平老の肝入、井師の深切、俳友諸君の厚情によつて、山頭火第一句集が出来上るらしい、それによつて山頭火も立願寺あたりに草庵を結ぶことが出来るだらう、そして行乞によつて米代を、三八九によつて酒代を与へられるだらう、山頭火よ、お前は句に生きるより外ない男だ、句を離れてお前は存在しないのだ!
昨夜はわざと飲み過した、焼酎一杯が特にこたへた、そしてぐつすり寝ることが出来た、私のやうな旅人に睡眠不足は命取りだ、アルコールはカルモチンよりも利く。

一月廿三日

 雨后晴、泥中行乞、呼子町、松浦屋(三〇・中)

波の音と雨の音と、そして同宿のキ印老人の声で眼覚める、昨夜はアル注入のおかげで、ぐつすり寝たので、身心共に爽やかだ。
とう/\雨になつたが、休養するだけの余裕はないので、合羽を着て八時過ぎ出立する、呼子町まで二里半、十一時に着いて二時半まで行乞、行乞相もよかつたが、所得もよかつた。
呼子は松浦十勝の随一だらう、人も景もいゝ感じを与へる、そしてこの宿もいゝ、明日も滞在するつもりで、少しばかり洗濯をする。
晴れて温かくなつた、大寒だといふのに、このうらゝかさだ、麦が伸びて豌豆の花が咲く陽気だ。
私でも――私の行乞でも何かに役立つことを知つた、たとへば、私の姿を見、私の声を聞くと、泣く児が泣くことをやめる!
中流以上の仕舞うた屋で、主婦も御隠居もゐるのに、娘さん――モダン令嬢が横柄にはじいた、そこで、私もわざと観音経読誦、悠然として憐笑してやつた。
例の鍋とり屋さんとまた同宿、徳須恵では女が安い話を聞かされた、一枚も出せば飲んで食つて、そして抱いて寝られるといふ、あなかしこ/\、それにつけても昨夜のキ印老人は罪のない事をいつた、彼は三十八万円の貯金があるといふ、その利子で遊ぶといふ、わはゝゝゝゝ。
今日は郵便局で五厘問答をやつた、五厘銅貨をとるとらないの問答である、理に於ては勝つたけれど情に於て敗けた、私はやつぱり弱い、お人好しだ。
唐房といふ浦町が唐津近在にある、そのかみの日支通商を思はせる地名ではないか。

一月廿四日

 小春、発動汽船であちこち行乞、宿は同前。

早く起きる、何となく楽しい日だ、八時ポツポ船で名護屋へ渡る、すぐ名護城マヽ趾へ登る、よかつた。
――遊覧地じみてゐないのがよい、石垣ばかり枯草ばかり松ばかり、外に何も残つてゐないのがよい、たゞ見る丘陵の起伏だ、そして一石一瓦こと/″\く太閤秀吉を思はせる、さすがに規模は太閤らしい、茶店――太閤茶屋――たゞ一軒の――老人がいろ/\と説明してくれる、一ノ丸、二ノ丸、三ノ丸、大手搦手、等々々、外濠は海、内濠は埋つてゐる、本丸の記念碑(それは自然石で東郷元帥の筆)がふさはしい、天主台は十五間、その上に立つて、玄海を見遙かして、秀吉の心は波打つたゞらう、その傍にシヤンがつゝましく控へてゐたかも知れない。
後方の山々には日本諸国の諸大名がそれ/″\陣取つて日本魂を発露したゞらう。
私は玄海のかゞやきの中に豊太閤の姿を見た。
桑田変じてマヽ海となるといふが、城趾が桑畑になつてゐる、松風、小鳥、枯薄。……
茶店の老人があまり深切に説明してくれるので、とう/\絵葉書一組買はないではすまないやうになつた。
大きな松が枯れてゐる、桜が一本、藤が一株。
観月の場所としては随一だらう。
こゝでまた、いつもの癖で水を飲んだ。
 城あと、茨の実が赤い
・ゆつくり尿して城あと枯草
二時間ばかり漁村行乞、ありがたいこともあり、ありがたくないこともあつた。
十二時近くなつてまた発動機船で片島へ渡る、一時間ほど行乞、蘭竹の海岸づたひに田島神社へ参拝する、こゝに松浦佐用姫の望夫石がある、祠堂を作つて、お初穂をあげなければ見せないと宮司がいふ、それだけの余裕もないし、またその石に回向して、石が姫に立ちかへつても困るので堂の前で心経読誦、そのまゝ渡し場へ急いだ、こゝでも水を飲むことは忘れなかつた。
呼子へ渡されたのは二時、あまり早かつたので、そして今日は出費が多かつたので――渡銭三回で三十銭、外に久し振りにバツト七銭、判をいたゞいてお賽銭五銭など――一時間行乞、宿に帰つて、また洗濯、また一杯、宿のおかみさんが好意を持つてくれて鰯の刺身一皿喜捨してくれた、私も子供に一銭二銭三銭喜捨してやつた。
鰯といへば、名護屋でも片島でもたくさんの収穫があつた、女が七八人並んで網から外しては後へ投げる、どこも鰯、鰯臭かつた。
呼子町の対岸には遊女屋が十余軒、片島にも四五軒あつた、しかし佐用姫の情熱を持つたやうな彼女は見当らなかつた!
石になるより銭になる、石になれ、銭になれ、なりきれ。
名物松浦漬(鯨骨の粕漬)そして佐用姫漬(福神漬)、島へ小鳥を持つて帰る人、島の遊女を買ふ人。
蒲鉾はようござんすか、と少年がいつた、いつぞや、お魚はいりませんか、と女がいつたのと好一対の傑作だ。
・朝凪の島を二つおく(呼子港)
    □
・ほろりとぬけた歯ではある(再録)
    □
・黒髪の長さを潮風にまかし
この宿の娘については一つのロマンスがある、おばあさんが、わざわざ、二階の私に燠を持つてきてくれて話した。――(×印へ)
同宿のテキヤさん、トギヤさん、なか/\の話上手だ、いろ/\話してゐるうちに、猥談やら政治談やら、なか/\面白かつた、殊にオツトセイのエロ話はおかしかつた。
自動車は、乗らないものには外道車、火鉢に火がないならば灰鉢。……

一月廿五日

 晴、行程三里、佐志、浜屋(二五・上)

一天雲なし、その天をいたゞいて、湊まで、一時間半ばかり行乞、近来にない不所得である、またぶら/\歩いて唐房まで、二時間行乞、近来にない所得だつた、プラスマイナス、世の中はよく出来てゐます。
テキヤさんの話、世の中が不景気になつて、そして人間が賢くなつて、もう昔のやうなボロイ儲けはありません。
見師の誰もがいふ、ほんたうに儲け難くなつた!
私自身にいマヽて話さう、――二三年前までは、十五六軒も行乞すれば鉄鉢が一杯になつたが(米で七合入)今日では三十軒も歩かなければ満たされない。
女は、農漁村の女はよく稼ぐ、と今朝はしみ/″\思つた、朝早く道で出逢ふ女人の群、それはみんな野菜、薪、花、干魚を荷つた中年の女達だ。
松浦潟――そのよさが今日初めて解つた、七ツ釜、立神岩などの奇勝もあるさうだが、そんな事はどうでもよい、山路では段々畠がよかつた、海岸は波がよかつた、岩がよかつた。
相賀松原もよかつた、そこには病院があつて下宿が多かつた。
島はあたゝかだつたが、このあたりも、南をうけてあたゝかい、梅は盛り、蒲公英が咲いてゐる、もう豌豆も唐豆も花を咲かせてゐる。
今日の行乞相は、湊ではあまりよくなかつたが、唐房、佐志ではわるくなかつた、――たとへば、受けてはならない三銭を返し、受けなければならない五銭をいたゞいた。
鰯、鰯、鰯、見るも鰯、嗅ぐも鰯、食べるも、もちろん、鰯である。
・港は朝月のある風景
・しんじつ玄海の舟が浮いてゐる
同宿のおへんろさんは大した鼾掻きだつた、これまで度々そのために宿で問題を惹き起したと自白してゐたが、それは素破らしいものだつた、高く低く、長く短く、うはゞみのやうでもあり、怒濤の如くでもあつた!
呼子とはいゝ地名だ、そこには船へまで出かける娘子軍がゐるさうな。
ゆつくり飲んだ、おかみさんが昨日捕れた鯨肉を一皿喜捨してくれた(昨夜は鰯の刺身を一皿貰つたが)、酒はよくなかつたが、気分がよかつた。
予期した雨となつた、明日はまた雨中行乞か、それはそれとして、かすかな波の音を聞くともなく聞きながら寝た。
(×印から)宿の娘――おばあさんの孫娘がお客の鮮人、人蔘売といつしよになつて家出したといふ、彼女は顔はうつくしいけれど跛足であつた、年頃になつても嫁にゆけない、家にゐるのも心苦しい、そこへその鮮人が泊り合せて、誘ふ水に誘はれたのだ、おばあさんがしみ/″\と話す、あなたは方々をおまはりになるから、きつとどこかでおあひになりませう、おあひになつたら、よく辛棒するやうに、そしてあまり心配しないがよい、着物などは送つてやる、と伝へてくれといふ、私はこゝろよく受け合つた、そして心から彼女に幸あれと祈つた。
この宿のおかみさんもよく働く、家内九人、牛までゐる、そして毎晩四五人のお客だ、それを一人でやつてゐる、昨夜の宿のおかみさんもやり手だつた、四人の小さい子、それだけでも大した苦労なのに、お客さんへもなか/\よくしてくれた。

一月廿六日

 曇、雨、晴、行程六里、相知、幡夫屋(二五・中)

折々しぐれるけれど、早く立つて唐津へ急ぐ、うれしいのだ、留置郵便を受取るのだから、――しかも受け取ると、気が沈んでくる、――その憂欝を抑へて行乞する、最初は殆んど所得がなかつたが、だん/\よくなつた。
徳須恵といふ地名は意味がありさうだ、こゝの相知(※(マクロン付きO)chi)もおもしろい。
麦が伸びて雲雀が唄つてゐる、もう春だ。
大きな鰯が五十尾六十尾で、たつた十銭とは!
この宿はきたないけれど、きやすくてわるくない、同宿の跛足老人はなか/\練れた人柄で、物事に詳しかつた、土地の事、宿の事をいろ/\教はつた。
この地は幡随院長兵衛の誕生地だ、新らしく分骨を祀つて、堂々たる記念碑が建てゝある、後裔塚本家は酒造業を営んでゐる、酒銘も長兵衛とか権兵衛とかいふ独特のものである、私は無論一杯ひつかけたが、酒そのものは長兵衛でも権兵衛でもないやうだつた、呵々。
第二十八番の札所常安寺は予期を裏切つて詰らない禅寺だつた(お寺の方々は深切だつたけれど)、門前まで納屋がせりこんでゐて、炭坑寺とでもいはうか。
どこを歩いても人間が多い、子供が多過ぎる。
朝早いのは鶏と子供だ。
・ふりかへる領巾振山はしぐれてゐる
・枯草の長い道がしぐれてきた
・ぐるりとまはつて枯山
・枯山越えてまた枯山

一月廿七日

 雨、曇、晴、行程三里、莇原アザミバル、若松屋(二五・中)

同宿の老人が早いので、私も六時前に起きた、九時まで読書、沿道を行乞しながら東へ向ふ、雨はやんだが風がでた、笠を吹きとばすほどである、ヨリ大声でお経をあげながら流して歩く、相当の所得はあつたので安心する。
此地方はどこも炭坑街で何となく騷々しくてうるさい、しかし山また山の姿はうれしい、海を離れて山にはいつたといふ感じはよい。
相知の街に、千里眼人事百般鑑定といふ看板がかけてあつた。
或る商家の前でグラ/\した、近来めづらしい腹立たしさであつた。
けふのおひるは饅頭一つだつた、昨日のそれは飴豆二つだつた(いづれもおせつたい)。
厳木(きうらぎと読む)は山間の小駅だが、街の両側を小川がさう/\と流れてゐた、古風な淋しいなつかしいところだつた。
宿のおかみさんが、ひとりで弾いて唄つて浮かれてゐる、一風変つた女だ、何だか楔が一本足らないやうにも思はれるが。
同宿三人、誰もが儲からない/\といふ。
ぐうたら坊主どまぐれ坊主、どちらもよい名前だ。
・山路きて独りごというてゐた

一月廿八日

 朝焼、そして朝月がある、霜がまつしろだ。

今日一日のあたゝかさうらゝかさは間違ない、早く出立するつもりだつたが、何やかや手間取つて八時過ぎになつた、一里歩いて多久、一時間ばかり行乞、さらに一里歩いて北方、また一時間ばかり行乞、そして錦江へいそぐ、今日は解秋和尚に初相見を約束した日である、まだ遇つた事もなし、寺の名も知らない、それでも、そこらの人々に訊ね、檀家を探して、道筋を教へられ、山寺の広間に落ちついたのは、もう五時近かつた、行程五里、九十四間の自然石段に一喝され、古びた仁王像(千数百年前の作ださうな)に二喝された、土間の大柱(楓ともタブともいふ)に三喝された、そして和尚のあたゝかい歓待にすつかり抱きこまれた。
一見旧知の如し、逢うて直ぐヨタのいひあひこが出来るのだから、他は推して知るべしである。
いかにも禅刹らしい(緑平老はきつと喜ぶだらう)、そしていかにも臨済坊主らしい(それだから臭くないこともない)。
遠慮なしに飲んだ、そして鼾をかいて寝た。
・父によう似た声が出てくる旅はかなしい
今日はほんたうにうらゝかだつた、枯葦がびつくりしてそよいでゐた、私のやうに。
フトン薄くてフミンに苦しむ、このあたりはどこの宿でも掛蒲団は一枚(好意でドテラをくれるところもあるが)。
をんな山、女らしくない、いゝ山容だつた。
馬神隧道といふのを通り抜けた、そして山口中学時代、鯖山洞道を通り抜けて帰省した当時を想ひだして涙にむせんだ、もうあの頃の人々はみんな死んでしまつた、祖母も父も、叔父も伯母も、……生き残つてゐるのは、アル中の私だけだ、私はあらゆる意味に於て残骸だ!
此地方は二月一日のお正月だ、お正月が三度来る、新のお正月、旧のお正月、――お正月らしくないお正月が三度も。
共同餅搗は共同風呂と共に村の平和を思はせる。
勝鴉(神功皇后が三韓から持つて帰つたといふ)が啼いて飛ぶのを見た、鵲の一種だらう。
歩く、歩く、死場所を探して、――首くゝる枝のよいのをたづねて!
飯盛山福泉寺(解秋和尚主董、鍋島家旧別邸)
山をそのまゝの庭、茅葺の本堂書院庫裏、かすかな水の音、梅の一二本、海まで見える。
猫もゐる、犬もゐる、鶏も飼つてある、お嬢さん二人、もろ/\の声(音といふにはあまりにしづかだ)。
すこし筧の匂ひする山の水の冷たさ、しん/\としみいる山の冷え(薄茶の手前は断はつた)、とにかく、ありがたい一夜だつた。

一月廿九日

 曇后晴、行程三里、武雄、油屋(三〇・中)

朝から飲んで、その勢で山越えする、呼吸がはずんで一しほ山気を感じた。
千枚漬はおいしかつた(この町のうどんやで柚子味噌がおいしかつたやうに)。
解秋和尚から眼薬をさしてもらつた(此寺へは随分変り種がやつてくるさうな、私もその一人だらうか、私としては、また寺としても、ふさはしいだらう)。
この寺は和泉式部の出生地、古びた一幅を見せて貰つた(峨山和尚の達磨の一幅はよかつた)。
故郷に帰る衣の色くちて
  錦のうらやきしまなるらん
五百年忌供養の五輪石塔が庭内にある。
井特の幽霊の絵も見せてもらつた、それは憎い怨めしい幽霊でなくて、おゝ可愛の幽霊――母性愛を表徴したものださうな。
・ひかせてうたつてゐる
こゝの湯――二銭湯――はきたなくて嫌だつたが、西方に峙えてゐる城山――それは今にも倒れさうな低い、繁つた山だ――はわるくない。
うどん、さけ、しやみせん、おしろい、等々、さすがに湯町らしい気分がないでもないが、とにかく不景気。

一月卅日

 晴、暖、滞在、宿は同前、等々々。

お天気はよし、温泉はあるし、お布施はたつぷり(解秋和尚から、そして緑平老からも)、どまぐれざるをえない。
一浴して一杯、二浴して二杯、そしてまた三浴して三杯だ、百浴百杯、千浴千杯、万浴万杯、八万四千浴八万四千杯の元気なし。
けふいちにちはなまけるつもりだつたが、おもひかへして、午後二時間ばかり行乞。
よき食慾とよき睡眠、そしてよきマヽ慾とよき浪費、それより外に何物もない!
とにかくルンペンのひとり旅はさみしいね。

一月卅一日

 曇、歩行四里、嬉野温泉、朝日屋(三〇・中)

一気にこゝまで来た、行乞三時間。
宿は新湯の傍、なか/\よい、よいだけ客が多いのでうるさい。
飲んだ、たらふく飲んだ、造酒屋が二軒ある、どちらの酒もよろしい、酒銘「一人娘」「虎の児」。
武雄温泉にはあまり好意が持てなかつた、それだけこの温泉には好意が持てる。
湧出量が豊富だ(武雄には自宅温泉はないのにこゝには方々にある)温度も高い、安くて明るい、普通湯は二銭だが、宿から湯札を貰へば一銭だ。
茶の生産地だけあつて、茶畑が多い、茶の花のさみしいこと。
嬉野はうれしいの(神功皇后のお言葉)。
休みすぎた、だらけた、一句も生れない。
ぐつすり寝た、アルコールと入浴とのおかげで、しかし、もつと、もつと、しつかりしなければなマヽい。

二月一日

 雨、曇、行程四里、千綿チワタ(長崎県)、江川屋(三〇・中)

朝風呂はいゝなあと思ふ、殊に温泉だ、しかし私は去らなければならない。
武雄ではあまり滞留したくなかつたけれど、ずる/\と滞留した、こゝでは滞留したいけれど、滞留することが出来ない、ほんに世の中はまゝにならない。
彼杵ソノギ(むつかしい読方だ)まで三マヽ、行乞三時間、また一里歩いてこゝまできたら、降りだしたので泊る、海を見晴らしの静かな宿だ。
今日の道はよかつた、山も海も(久しぶりに海を見た)、何だか気が滅入つて仕方がない、焼酎一杯ひつかけて胡魔化さうとするのがなか/\胡魔化しきれない、さみしくてかなしくて仕方がなかつた。
・寒空の鶏をたゝかはせてゐる
・水音の梅は満開
 牛は重荷を負はされて鈴はりんりん
最後の句は此地方の牛を表現してゐると思ふ、鈴音のりん/\は聞いてうれしいが、牛の重荷は見てかなしい。
私はだん/\生活力が消耗してゆくのを感じないではゐられない、老のためか、酒のためか、孤独のためか、行乞のためか――とにかく自分自身の寝床が欲しい、ゆつくり休養したい。
新しい鰯を買つて来て、料理して貰つて飲んだ、うまかつた、うますぎだつた。
前後不覚、過現未を越えて寝た。

二月二日

 雨、曇、晴、四里歩いて、大村町、山口屋(三〇・中)

どうも気分がすぐれない、右足の工合もよろしくない、濡れて歩く、処々行乞する、嫌な事が多い、午後は大村町を辛抱強く行乞した。
大村――西大村といふところは松が多い、桜が多い、人も多い。
軍人のために、在郷人のために、酒屋料理屋も多い。
昨日も今日も飛行機の爆音に閉口する、すまないけれど、早く逃げださなければならない。
此宿はよい、しづかで、しんせつで、――湯屋へいつたがよい湯だつた、今日の疲労を洗ひ流す。
・街はづれは墓地となる波音
何だか物哀しくなる、酒も魅力を失つたのか!
あたゝかいことだ、まるで春のやうだ、そゞろに一句があつた。
・あたたかくて旅のあはれが身にしみすぎる
お互に酒をつゝしみませう。
大村湾はうつくしい、海に沿うていちにち歩いたが、どこもうつくしかつた、海も悪くなマヽと思ふ、しかし、私としては山を好いてゐる(海は倦いてくるが山は倦かない)。
歩いてゐるうちに、ふと、梅の香が鼻をうつた、そしてそれがまた私をさびしい追憶に誘ふた。――
梅が香もおもひでのさびしさに
かういふ月並の一句を書き添へなければならない。

二月三日

 勿体ないお天気、歩けば汗ばむほどのあたゝかさ。

だいぶ気分が軽くなつて行乞しながら諫早へ三里、また行乞、何だか嫌になつて――声も出ないし、足も痛いので――汽車で電車で十返花さんのところまで飛んで来た、来てよかつた、心からの歓待にのび/\とした。
よく飲んでよく話した、留置の郵便物はうれしかつた、殊に俊和尚の贈物はありがたかつた(利休帽、褌、財布、どれも俊和尚の温情そのものだつた)。
けさ、顔を洗ふ水が濁つてゐたのは、旅情をそゝつた、此頃、マヽかにつけて寂しがる癖になつた、放下着、々々々。
けふの道連れは田舎の老人、彼は田舎医者の集金人だつた、当節は懸取にいつても、なか/\薬代をくれないといふ、折角、頼まれて来たのに、煙草代ほどもないので、先生に申訳ないといふ、いづこもおなじ、不景気々々々。
どこへいつても多いのはヤキイモヤ(夏は氷屋)そして自転車屋(それも修繕専門)。
長崎はよい、おちついた色彩がある、汽笛の響にまでも古典的な、同時に近代的なものがひそんでゐるやうに感じる。
このあたり――大浦といふところにも長崎的特殊性が漂うてゐる、眺望に於て、家並に於て、――石段にも、駄菓子屋にも。
思案橋といふのはおもしろい、実は電車の札で見たのだが、例の丸山に近い場所にあるさうだ、思切橋といふのもあつたが道路改修で埋没したさうだ。
・旅は道づれの不景気話が尽きない
・けふもあたゝかい長崎の水
飲みすぎたのか、話しすぎたのか、何やら彼やらか、三時がうつても寝られない、あはれむべきかな、白髪のセンチメンタリスト!

二月四日

 曇、雨、長崎見物、今夜も十返花居で。……

夜は句会、敦之、朝雄二マヽ来会、ほんたうに親しみのある句会だつた、散会は十二時近くなり、それからまだ話したり書いたりして、ぐつすり眠つた、よい一日よい一夜だつた。
友へのたよりに、――長崎よいとこ、まことによいところであります、ことにおなじ道をゆくもののありがたさ、あたゝかい友に案内されて、長崎のよいところばかりを味はゝせていたゞいてをります、今日は唐寺を巡拝して、そしてまた天主堂に礼拝しました、あすは山へ海へ、等々、私には過ぎたモテナシであります、ブルプロを越えた生活とでもいひませうか。――
   長崎の句として
・ならんであるくに石だゝみすべるほどの雨(途上)
  (だん/″\すべるやうな危険を持つてきた!)
    □
・冬曇の大釜のヒビ(崇福寺)
    □
・寺から寺へ蔦かづら(寺町)
    □
・逢うてチヤンポン食べきれない(十返花君に)
    □
・すつかり剥げて布袋は笑ひつゞけてゐる(福済寺)
    □
・冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ(大浦天主堂)

二月五日

 晴、少しばかり寒くなつた。

朝酒をひつかけて出かける、今日は二人で山へ登らうといふのである、ノンキな事だ、ゼイタクな事だ、十返花君は水筒二つを(一つは酒、一つは茶)、私は握飯の包を提げてゐる、甑岩へ、そして帰途は敦之、朝雄の両君をも誘ひ合うて金比羅山を越えて浦上の天主堂を参観した、気障な言葉でいへば、まつたく恵まれた一日だつた、ありがたし、ありがたし。
昨日の記、今日の記は後から書く、とりあへず、今日の句として、――
・寒い雲がいそぐ(下山)

二月六日

 陰暦元旦、春が近いといふよりも春が来たやうなお天気である。

今日もたべるに心配はなくて、かへつて飲める喜びがある、無関心を通り越して呆心気分でぶらぶら歩きまはる、九時すぎから三時まへまで(十返花さんは出勤)。
諏訪公園(図書館でたま/\九州新聞を読んで望郷の念に駆られたり、鳩を見て羨ましがつたり、悲しんだり、水筒――正確にいへば酒筒だ――に舌鼓をうつたり……)。
波止場(出船のマヽ、波音、人声、老弱男女)。
浜ノ町(買ひたいものもないが、買ふ銭もない、たゞ観てあるく)。
ノンキの底からサミシサが湧いてくる、いや滲み出てくる。
上から下までみんな借物だ、着物もトンビも下駄も、しかし利休帽は俊和尚のもの、眼鏡だけは私のもの。
別にウインクしたのでもないが、服装が態度が遊覧客らしかつたのだらう、若い売笑婦に呼びかけられた!
長崎の銀座、いちばん賑やかな場所はどこですか、どうゆきますか、と行人に訊ねたら、浜ノ町でしようね、こゝから下つて上つてそして行きなさいと教へられた、石をしきつめた街を上つて下つて、そして下つて上つて、そしてまた上つて下つて、――そこに長崎情調がある、山につきあたつても、或は海べりへ出ても。
・波止場、狂人もゐる(波止場)
長崎の人々、殊に子供は山登りがうまからうと思ふ、何しろ生れてから、石の上を登つたり下つたりしてゐるのだから!
低い方へゆけば海、高い方へ行けば山、海を埋め立てるか、それはもう余地がない、だから山へ、山の上へ、上へと伸びてゆく、山の家、――それが長崎市街の発展過程だ。
灯火のうつくしさ、灯火の海(東洋では香港につぐ港の美景であるといはれてゐる)。
△二月七日は書き落したから、二月八日の後へ書く。

二月八日

 雨、曇、また雨、どうやら本降らしくなつた。

ひきとめられるのをふりきつて出立した、私はたしかに長崎では遊びすぎた、あんまり優遇されて、かへつて何も出来なかつた、酒、酒、酒、Gさんの父君が内職的に酒を売つてをり、酒好きの私が酒樽の傍に寝かされたとは、何といふ皮肉な因縁だつたらう!
とにもかくにも、長崎よ、さようなら、私は何だか、すまないやうな、放たれたやうな気分で歩いて来た。
Gさんの父君が餞別として、六神丸を下さつた、この六神丸は、いろ/\の意味で、ありがたかつた。
今朝は烟霧といふものを観た、それは長崎港にふさはしいものだ、街の雑音も必ずしも悪くない。
鎮西三十三所の第二十四番、田結の観音寺に詣でる、つまらないところだつた。
このあたりには雲仙のおとしごといひたいやうな、小さい円い山がマヽつも五つも盛りあがつてゐる、その間を道は上つたり下つたり、右へそれたり左へ曲つたり、うね/\ぐる/\と伸びてゆくのである、だらけたからだにはつらかつたが、悪くはなかつた、しかしずゐぶんマヽれた、江ノ浦にも泊らないで、此浦まで歩いて来た、有喜の湊屋(三〇・中)。
有喜近い早見といふ高台からの遠望はよかつた、美しさと気高さとを兼ね持つてゐた、千々マヽ灘を隔てゝ雲仙をまともに見遙かすのである。……
江の浦から早見まで、よい道連れを与へられた、村の有志者とでもいふ部類の人柄らしかつた。
あまり草臥れたので一杯やつた、この一杯はまことに効果百パーセントだつた。
渇いて渇いて、もう歩けなくなつたとき、水の音、水が筧から流れ落ちてゐる、飲む、飲む、腹いつぱい飲む、うまい、うまい、甘露とはまさにこの水だ。
このあたりは陰暦の正月三日、お正月気分が随処に随見せられる、晴着をきて遊ぶ男、女、おばあさん、こども。
長崎から坂を登つて来て登り尽すと、日見墜道がある、それを通り抜けると、すぐ左側の小高い場所に去来の芒塚といふのがある。
  芒塚 去来
君が手もまじるなるべし花薄
・けさはおわかれの卵をすゝる
・トンネルをぬけるより塚があつた(去来芒塚)
・もう転ぶまい道のたんぽゝ
同宿は遍路坊さん、声よくて程がない、近所の不良老婦人が寄つてきて騒ぎ□□声色身振をする、何しろ八里は十分に歩いたのだマヽ、労れた/\睡い/\。

二月七日

 (追加)晴、肥ノ岬(脇岬)へ、発動船、徒歩。……

第二十六番の札所の観音寺へ拝登、堂塔は悪くないが、情景はよろしくない、自然はうつくしいが人間が醜いのだ、今日の記は別に書く、今日の句としては、
・明けてくる山の灯の消えてゆく
・大海を汲みあげては洗ふ(船中)
 まへにうしろに海見える草で寝そべる
 岩にならんでおべんたうののこりをひろげる

二月九日

 風雨、とても動けないから休養、宿は同前。

お天気がドマグレたから人間もドマグレた、朝からひつかけて与太話に時間をつぶした。

二月十日

 まだ風雨がつゞいてゐるけれど出立する、途中千々石チヾイワで泊るつもりだつたが、宿といふ宿で断られつゞけたので、一杯元気でこゝまで来た、行程五里、小浜町、永喜屋(二五・中)

千々岩は橘中佐の出生地、海を見遙かす景勝台に銅像が建立されてゐる。
或る店頭で、井上前蔵相が暗殺された新聞記事を読んだ、日本人は激し易くて困る。……
此宿は評判がよくない、朝も晩も塩辛い豆腐汁を食べさせる、しかし夜具は割合に清潔だし(敷布も枕掛も洗濯したばかりのをくれた)、それに、温泉に行けて相客がないのがよい、たつた一人で湯に入つて来て、のんきに読んでゐられる。
こゝの湯は熱くて量も多い、浴びて心地よく、飲んでもうまい、すべて本田家の個人所有である。
海も山も家も、すべてが温泉中心である、雲仙を背景としてゐる、海の青さ、湯烟の白さ。
凍豆腐ばかりを見せつけられる、さすがに雲仙名物だ、外に湯せんべい。

二月十一日

 快晴、小浜町行乞、宿は同前。

日本晴、朝湯、行乞四時間、竹輪で三杯。
水の豊富なのはうれしい、そしてうまい、栓をひねつたまゝにしていつも溢れて流れてゐる、そこにもこゝにも。
よい一日よい一夜だつた。

二月十二日

 けふも日本晴、まるで春、行程五里、海ぞひのうつくしい道だつた、加津佐町、太田屋(三〇・中)

此町は予想しない場所だつた、町としても風景としてもよい、海岸一帯、岩戸山、等、等。
途中、折々榕樹を見出した、また唐茄子の赤い実が眼についた。
△水月山円通寺跡、大智禅師墓碑、そしてキリシタン墓碑、コレジヨ(キリシタン学校)跡もある。

二月十三日


朝の二時間行乞、それから、あちらでたづね、こちらでたづねて、水月山円通寺跡の丘に登りついた、麦畑、桑畑、そこに六百年のタイムが流れたのだ、やうやくにして大智禅師の墓所を訊ねあてる、石を積みあげて瓦をしいて、堂か、小屋か、たゞの楠の一本がゆうぜんと立つてゐる、円通寺再興といふ岩戸山巌吼庵に詣でる、ナマクサ、ナマクサ、ナマクサマンダー。……
歩いてゐるうちにもう口ノ津だ、口ノ津は昔風の港町らしく、ちんまりとまとまつてゐる、ちよんびり行乞、朝日屋(三〇・中)、同宿は鮮人の櫛売二人、若い方には好感が持てた。
よくのんでよくねた。

二月十四日

 曇、晴、行程五里、有家町、幸福屋(三五・中)

昨夜はラヂオ、今夜はチクオンキ、明日はコト、――が聴けますか。
大きな榕樹(アコオ)がそここゝにあつた、島原らしいと思ふ、たしかに島原らしい。

二月十三日(追記)

玉峰寺で話す、――禅寺に禅なし、心細いではありませんか。
同宿の鮮人二人、彼等の幸福を祈る。
自戒、焼酎は一杯でやめるべし
酒は三杯をかさねるべからず
・解らない言葉の中を通る
歩いてゐるうちに、だん/\言葉が解らなくなつた、ふるさと遠し、――柄にもなく少々センチになる。
今日は五里歩いた、何としても歩くことはメシヤだよ、老へんろさんと妥協して片側づゝ歩いたが、やつぱりよかつた、よい山、よい海、よい人、十分々々。
原城阯を見て歩けなかつたのは残念だつた。

二月十四日(追記)幸福屋といふ屋号はおもしろい。

同宿は坊主と山伏、前者は少々誇大妄想狂らしい、後者のヨタ話も愉快だつた――剣山の話、山中生活の自由、山葵、岩魚、焼塩、鉄汁。……

二月十五日

 少し歩いて雨、布津、宝徳屋(三〇・中)

気が滅入つてしまうので、ぐん/\飲んだ、酔つぱらつて前後不覚、カルモチンよりアルコール、天国よりも地獄の方が気楽だ!
同宿は要領を得ない若者、しかし好人物だつた、適切にいへば、小心な無頼漢か。
此宿はよい、しづかでしんせつだ、滞在したいけれど。――

二月十六日

 行程三里、島原町、坂本屋(投込五〇・中)

さつそく緑平老からの来信をうけとる、その温情が身心にしみわたる、彼の心がそのまゝ私の心にぶつつかつたやうに感動する。

二月十六日 廿二日

 島原で休養。

近来どうも身心の衰弱を感じないではゐられない、酒があれば飲み、なければ寝る、――それでどうなるのだ!
俊和尚からの来信に泣かされた、善良なる人は苦しむ、私は私の不良をまざ/\と見せつけられた。
同宿の新聞記者、八目鰻売、勅語額売、どの人もそれ/″\興味を与へてくれた、人間が人間には最も面白い。

二月廿三日

 いよ/\出立、行程六里、守山、岩永屋(三〇・中)

久しぶりに歩いた、行乞した、山は海はやつぱり美しい、いちにち風に吹かれた。
此宿はよい、同宿の牛肉売、皮油売、豆売老人、酒一杯で寝る外なかつた。

二月廿四日 廿五日

 行程五里、諫早町、藤山屋(三〇・中)

吹雪に吹きまくられて行乞、辛かつたけれど、それはみんな自業自得だ、罪障は償はなければならない、否、償はずにはゐられない。
また冬が来たやうな寒さ、雪(カンがあんまりあたゝかだつた)。
風ふいて一文もない
五厘銭まで払つてしまつた、それでも一銭のマイナスだつた。

二月廿六日

 晴曇定めなくして雪ふる、湯江、桜屋(三〇・上)

だいぶ歩いたが竹崎までは歩けなかつた、一杯飲んだら空、空、空!
九州西国第二十三番の札所和銅寺に拝登、小さい、平凡な寺だけれど何となし親しいものがあつた、たゞ若い奥さんがだらしなくて赤子を泣かせてゐたのは嫌だつた。
 きのふは風けふは雪あすも歩かう
・ふるさとの山なみ見える雪ふる
・さみしい風が歩かせる
・このさみしさや遠山の雪
・山ふかくなり大きい雪がふつてきた
酢牡蠣で一杯、しんじつうまい酒だつた!
夢の中でさへ私はコセ/\してゐる、ほんたうにコセ/\したくないものだ。

二月廿七日

 風雪、行程七里、多良(佐賀県)、布袋屋(三〇・中)

キチガイ日和だつた、照つたり降つたり、雪、雨、風。……
第二十二番の竹崎観音(平井坊)へ参拝。
今日はお天気が悪くて道は悪かつたけれど、風景はよかつた、山も海も、そして人も。
此宿はよい、まぐれあたりのよさだつた。
・こゝに住みたい水をのむ

二月廿八日

 晴、曇、雪、風、行程五里、鹿島町、まるや(三〇・中)

毎日シケる、けふも雪中行乞、つらいことはつらいけれど張合があつて、かへつてよろしい。
浜町行乞、悪路日本一といつてはいひすぎるだらうが、めづらしいぬかるみである、店鋪の戸は泥だらけ、通行人も泥だらけになる、地下足袋のゴムがだんぶり泥の中へはまりこむのだからやりきれない。
同時に、此地方は造酒屋の多いことも多い、したがつて酒は安い、我党の土地だ。
いつぞや福岡地方で同宿したことのある妙な男とまた同宿した、私を尊敬してくれるのは有難いけれど、何だ彼だと附き纒はれるのは迷惑だ、彼ぐらい増上慢になれば天下太平、現世極楽だらう。
 四ッ手網さむ/″\と引きあげてある
 焼跡のしづかにも雪のふりつもる
・雪の法衣の重うなる(雪中行乞)
 雪に祝出征旗押したてた
生きるとは味ふことだ、酒は酒を味ふことによつて酒も生き人も生きる、しみ/″\飯を味ふことが飯をたべることだ、彼女を抱きしめて女が解るといふものだ。

二月廿九日

 けふも雪と風だ、行程一里、廻里、橋口屋(投込五〇・上)

朝、裕徳院稲荷神社へ参拝、九州では宮地神社に次ぐ流行神だらう、鹿島から一里、自動車が間断なく通うてゐる、山を抱いて程よくまとまつた堂宇、石段、商売的雰囲気に包まれてゐるのはやむをえまいが、猿を飼うたり、諸鳥を檻に閉ぢこめてあるのは感心しない、但し放ち飼の鶏は悪くない、十一時から四時まで鹿島町行乞、自他共にいけないと感じこマヽとも二三あつた。
興教大師御誕生地御誕生院、また黄檗宗支所並明寺などがあつた。
この宿はほんたうによい、何よりもしんせつで、ていねいなのがうれしい、賄もよい、部屋もよい、夜具もよい、――しかも一室一燈一鉢一人だ。
心の友に、――我昔所造諸惑業、皆由無始貪瞋痴、従身口意之生、一切我今皆懺悔、こゝにまた私は懺悔文を書きつけます、雪が――雪のつめたさよりもそのあたゝかさが私を眼醒ましてくれました、私は今、身心を新たにして自他を省察してをります。……
不眠と感傷、その間には密接な関係がある、私は今夜もまた不眠で感傷に陥つた。

三月一日


三月更生、新らしい第一歩を踏みだした。
午前は冬、午後は春、シケもどうやらおさまつたらしい、行程二里、高町、秀津、山口、等、等とよく行乞した、おかげで理髪して三杯いただいた。
同宿六人、同室は猿まはし、おもしろいね。
・寒い寒い千人むすびをむすぶ(改作)
此宿は山口屋、二五、中、可もなし、不可もなし。
物にこだはるなかれ、無所得、無所有、飲まないで酔ふやうになれ。

三月二日

 晴、曇、どうやら春ですね、行程二里、行乞六時間、久保田、まるいちや(三〇・中)

行乞相が日にましよくなるやうだ、主観的には然りといひきる、第三者に対しては知らない。
此地方で――どこでも――多いのは焼芋屋、そして鍼灸治療院。
いはゆる勝烏――天然保護物――が啼き飛ぶ、そこで一句。――
 頭上に啼きさわぐ鳥は勝烏かちがらす
・枯草につゝましくけふのおべんたう(追加)
今日は妙な事があつた、――或る家の前に立つと、奥から老妻君が出て来て、鉄鉢の中へ五十銭銀貨を二つ入れて、そしてまた奥へ去つてしまつた、極めて無造作に、――私は、行乞坊主としての私はハツとした、何か特殊な事情があると察したので懇ろに回向したが、後で考へて見ると、或は一銭銅貨と間違へたのではないかとも思ふ、若しさうであつたならば実に済まない事だつた、といつて今更引き返して事実を確めるのも変だ――行乞中、五十銭玉一つを頂戴することは時々ある、しかしそれが一つである場合には、間違ではないかと訊ねてからでなければ頂戴しない、実際さういふ間違も時々ある、だが、今日の場合は二つである、そして忙しい時でもなく暗い時でもない、すべてがハツキリしてゐる、私が疑はないで、特殊な事情のためだと直覚したことは、あながち無理ではあるまい、が、念のため 一応訊ねておいた方がよかつたとも考へられる、――とにかく、今となつては、稀有な喜捨として有難く受納する外はない、その一円を最も有効に利用するのが私の責務であらう。

□焼き棄てて日記の灰のこれだけか
菩薩清涼月 畢竟遊於空
□うららかにして風

勿忘草より
わすれぐさ
ちよいと一服やりましよか

カルモチンより
アルコール
ちよいと一杯やりましよか

三月三日

 晴、春だ、行程わづかに一里、佐賀市、多久屋(二五・中)

もう野でも山でも、どこでも草をしいて一服するによいシーズンとなつた、そしてさういふ私の姿もまた風景の一点描としてふさはしいものになつた。
今日はあまり行乞しなかつた、留置の来信を受取つたら、もう何もしたくなくなつた、それほど私の心は友情によつてあたゝめられ、よわめられたのである。
或る友に、――どうやら本物の春が来たやうですね、お互にたつしやでうれしい事です、私は先日来ひきつゞいての雪中行乞で一皮脱ぐことが出来ましたので、歩いても行乞しても気分がだいぶラクになりました、云々。
緑平老の手紙は私を泣かせた、涙なしには読みきれない温情があふれてゐる、私は友として緑平老其他の人々を持つてゐることを不思議とも有難すぎるとも思ふ。
途中、或る農家でお茶をよばれたが、薩摩芋を強ゐられたには閉口した、あまり好きではないけれど、いや、むしろ嫌いな方だけれど、それは深切そのものなので、二切三切食べたが、胸がやけて困つた。
佐賀へは初めて来たが、市としては賑ふ方ぢやない、しかし第一印象は悪くなかつた。
湯屋の看板に『一浴心広体胖』、大盛うどん屋の立額に『はたらかざる人はくふべからず』。
昨夜はよい宿よい酒だつた、此宿もよくないとはいへないが、うるさくて、おち/\酒も飲めない。
同宿七人(例の二人連れの猿まはしさんとまた泊り合せた)、その中の遍路夫婦は小さい子供を四人も連れてゐる、無智と野卑と焦燥とを憐れまずにはゐられない。

三月四日

 晴、市中行乞、滞在、宿は同前。

九時半から二時半まで第一流街を行乞した、行乞相は悪くなかつた、所得も悪くなかつた。
何となく疲労を感じる、緑平老の供養で一杯やつてから活動へ出かける、妻吉物語はよかつた、爆弾三勇士には涙が出た、頭が痛くなつた、帰つて床に就いてからも気分が悪かつた。
戦争――死――自然、私は戦争の原因よりも先づその悲惨にうたれる、私は私自身をかへりみて、私の生存を喜ぶよりも悲しむ念に堪へない。
此宿は便利のよい点では第一等だ、前は魚屋、隣は煙草屋、そして酒屋はついそこだ、しかも安くて良い酒だ、地獄と極楽とのチヤンポンだ。
一年中の好季節となつた、落ちついて働きたい!

三月五日

 すべて昨日のそれらとおなじ。

大隈公園といふのがあつた、そこは侯の生誕地だつた、気持のよい石碑が建てられてあつた、小松の植込もよかつた、どこからともなく花のかをり――丁字花らしいにほひがたゞようてゐた、三十年前早稲田在学中、侯の庭園で、侯等といつしよに記念写真をとつたことなども想ひ出されてしようぜんとした。
こゝのおかみさんは口喧しい人だ、女の悪いところをヨリ多く持つてゐる、彼女といつしよに生活してゐる亭主公の忍耐に敬服する、同宿のお遍路さんの妻君は顔も心も十人並だが、境遇上時々ヒステリツクになるらしい、無理もないとは思ふけれど、朝から夫婦喧嘩してるのを見聞してゐる、彼女をさげしむよりも人間のみじめさを感じる。
子供といふものもおもしろい、オコトワリ/\といつてついてくる子供もゐるし、可愛い掌に米をチヨツポリ握つてくれる子供もゐる、彼等に対して、私は時々は腹を立てたり、嬉しがつたりするのだから、私もやつぱり子供だ!
佐賀市はたしかに、食べ物飲み物は安い、酒は八銭、一合五勺買へば十分二合くれる、大バカモリうどんが五銭、カレーライス十銭、小鉢物五銭、それでも食へる。
緑平老の厚意で、昨日今日は余裕があるので、方々へたよりを書く、五枚十枚二十枚、何枚書いても書き足らない、もつと、もつと書かう。
とにかく、たよりほどうれしいものはない。
 畳古きにも旅情うごく
    □
 樹影雲影猫の死骸が流れてきた
・土手草萌えて鼠も行つたり来たりする
    □
 水鳥の一羽となつて去る
 飾窓の牛肉とシクラメンと

三月六日

 曇后雨、あとは昨日の通り。

行乞して、たま/\出征兵士を乗せた汽車が通過するのに行き合せた、私も日本人の一人として、人々と共に真実こめて見送つた、旗がうごく、万歳々々々々の声――私は覚えず涙にむせんだ、私にもまだ/\涙があるのだ!
同宿の猿まはし君は愉快な男だ、老いた方は酒好きの、剽軽な苦労人だ、若い方は短気で几帳面で、唄好だ、長州人の、そして水平社的な性質の持主である、後者は昨夜も隣室の夫婦をマヽ鳴りつけてゐた、おぢいさんがおばあさんの蒲団をあげたのがいけないといふのだ、そして今夜はたまたま同宿の若いルンペンをいろ/\世話して、鬚を剃つてやつたり、或る世間師に紹介したりしてやつてゐる。
みんな早くから寝た、寝るより外ないから――鳴りだした、お隣のラヂオが、そして向ひの蓄音機が、そしてみんなそれに聴き入つた、浪花節、流行歌、等、々、――私はだん/\センチになつた、いつぞや緑平老の奥さんにそれを聴かしていたゞいたことなども想ひだしたりして。
同宿のルンペン青年はまづ典型なものだらうが、彼は『酒ものまない、煙草もすはない、女もひつぱらない、バクチもうたない、喧嘩もしない、たゞ働きたくない』怠惰といふことは、極端にいへば、生活意力がないといふことは、たしかに、ルンペンの一要素、――致命的条件だ。
   座右銘として
おこるな しやべるな むさぼるな
  ゆつくりあるけ しつかりあるけ

三月七日

 降つたり霽れたり、行程四里、仁井山、麩屋(二五・中)

朝早く出立、歩きだしてほつとした、ほんたうにうるさい宿だつた、ゆう/\と歩く、いいなあ!
今日の行乞相はよかつた、心正しければ相正し、物みな正し。
今日は妙な日だつた、天候も妙だつたが人事も妙だつた、先づ、佐賀を立つて一里ばかり、畦草をしいて一服やつてゐると、刑事らしい背広服の中年男が自転車から下りて来て、何かと訊ねる、素気なく問答してゐたら――振向きもしないで――おとなしくいつてしまつた、それからまた一里、神崎橋を渡つて行乞しはじめたら、前の飲食店から老酔漢が飛びだして、行乞即時停止を命じた、妙な男があるものだわいと感心してゐるうちにドシヤ降りになつた、行乞は否応なしに中止、合羽を着て仁井山観音参拝、晴間々々を二時間ばかり行乞、或る家で、奥様が断つて旦那はお茶をあがれといふ、ずゐぶん妙だ、それからまた歩いていると呼びとめられる、おかみさんが善根宿をあげませうといふ、此場合、頂戴するのがホントウだけれど、ウソをいつて体よく断る。……
久しぶりに山村情調を味はつた、仁井山(第二十番札所地蔵院)はよいところ、といふよりも好きなところだつた、山が山にすりよつて水がさう/\と流れてくる、山にも水にも何の奇もなくて、しかもひきつけるものがある、かういふところではおちつける、地蔵院の坊守さんがつゝましくお茶をよんで下さつた、しづかでいゝところですね、と挨拶したら、しづかすぎまして、と微笑した。
同宿三人、みんな好人物、遠慮のない世間話で思はず夜がふけた。
此宿のおかみさんはもう三年越しの起居不自由だ、老主人が何もかもやつてゐる、それを見るともなく見て、つく/″\女は我まゝだなあと恐れ入らざるをえなかつた。
彼はいつも、食べることばかりいふ、彼をあはれむ。
『聖人に夢なし』『聖人には悔がないから』
自分が与へられるに値しないことを自覚することによつて行乞がほんたうになります。
ルンペンのよいところは自由! 主観的にも客観的にも。――
失職コツクと枯草に寝ころんで語つた!

三月八日

 晴曇、行程三里、川上、藤見屋(投込四〇・下)

神崎町行乞、うれしい事もあり、いやな事もあつた、私はあまり境に即しすぎてゐる。
途中、マヽぐれコツクに話しかけられて、しばらく枯草の上で話す、不景気風はどこまでも吹いてゆく。
川上といふところは佐賀市から三里、電車もかゝつてゐる、川を挾んだ遊覧地である、水も清く土も美しい、好きな場所である、春から秋へかけてはいゝだらうと思ふ。
宿はよくない、たゞ気安いのが何よりだ、アグラをかいて飲んだ、酒はよかつた。
同宿四人、その一人は旅絵師で川合集声といふ老人、居士ともいふべき人物で、私が旅で逢つた人の中で最も話せる人の一人だつた、話が面白かつた。
執行(シユギヨウ)といふ姓、尼寺(ニイジ)といふ地名を覚えてゐる。
句が出来なくなつた、出来てもすぐ忘れてしまふ。

三月九日

 曇、なか/\冷たい、滞在休養。

例の画家に酒と飯とを供養する、私が供養するのぢやない、私の友人の供養するのだから――友人から送つてくれたゲルトだから――お礼がいひたかつたら、友人にいつて下さいといつたりして大笑ひしたことだつた。
今日一日で旅のつかれがすつかりなくなつた。

三月十日

 雨となつた、行程二里、小城町、常盤屋(二五・上)

降りだしたので合羽をきてあるく、宿銭もないので雨中行乞だ、少し憂欝になる、やつぱりアルコールのせいだらう、当分酒をやめようと思ふ。
早くどこかに落ちつきたい、嬉野か、立願寺か、しづかに余生を送りたい。
酒やめておだやかな雨
こんな句はつまらないけれど、ウソはない、ウソはないけれど真実味が足りない、感激がない。
夜は文芸春秋を読む、私にはやつぱり読書が第一だ。
ほろりと前歯がぬけた、さみしかつた。
追記――川上といふところは川を挾んだ部落だが、水が清らかで、土も美しい、山もよい、神社仏閣が多い、中国の三次町に似てゐる、いはゞ遊覧地で、夏の楽園らしい、佐賀市からは、そのために、電車が通うてゐる、もう一度来てゆつくり遊びたいと思うた。
宿は高い割合に良くなかつた。
春日墓所(閑叟公の墓所)は水のよいところ、水の音も水の味もうれしかつた。

三月十一日

 晴、小城町行乞、宿は同前。

ずゐぶん辛抱強く行乞した、飴豆を貰つて食べる、焼芋を貰つて食べる、餅を貰つて食べる、そして酒は。……
三日月といふ地名はおもしろい。
此宿はよい、木賃二十五銭では勿体ない。
同宿五人、みんなお遍路さんだ、彼等には話題がない、宿のよしあし、貰の多少マヽりを朝から晩まで、くりかへしくりかへし話しつゞけてゐる。

三月十一日

 また雨、ほんに世間師泣かせの雨だ、滞在。

札所清水山へ拝登、山もよく瀧もよかつた(珠簾瀧)、建物と坊主とはよくなかつたが。
終日与太話、うるさくて何も出来ない、私も詮方なしに仲間入して暮らす。
名物小城羊羮、頗る美人のおかみさんのゐる店があつて、羊羮よりもいゝさうな!

三月十三日

 曇、晴れて風が強くなつた、行程六里、途中行乞、再び武雄町泊、竹屋といふ新宿(三〇・下)

同宿は若い誓願寺さん、感情家らしかつた、法華宗にはふさはしいものがあつた。
・ここにおちつき草萌ゆる(改作)

三月十四日

 曇、時々寒い雨が降つた、行程五里、また好きな嬉野温泉、筑後屋、おちついた宿だ(三〇・上)

此宿の主人は顔役だ、話せる人物である。
友に近状を述べて、――
嬉野はうれしいところです、湯どころ茶どころ、孤独の旅人が草鞋をぬぐによいところです、私も出来ることなら、こんなところに落ちつきたいと思ひます、云々。
楽湯――遊於湯――何物にも囚へられないで悠々と手足を伸ばした気分。
とにかく、入湯は趣味だ、身心の保養だ。

三月十五日 十六日 十七日 十八日

 滞在、よい湯よい宿。

朝湯朝酒勿体ないなあ。
 駐在所の花も真ッ盛り(追加)
    □
・さみしい湯があふれる
・鐘が鳴る温泉橋を渡る
余寒のきびしいのには閉口した、湯に入つては床に潜りこんで暮らした。
雪が降つた、忘れ雪といふのださうな。
お彼岸が来た、何となく誰もがのんびりしてきた。
 ざれうた
うれしのうれしやあつい湯のなかで
  またの逢瀬をまつわいな
わたしやうれしの湯の町そだち
  あついなさけぢやまけはせぬ
たぎる湯の中わたしの胸で
  主も菜ツ葉もとけてゆく
もつとも温泉は満喫したが、嬉野ガールはまだ鑑賞しない!
方々からのたより――留置郵便――を受取つてうれしくもありはづかしくもあつた、昧々、雅資、元寛、寥平、緑平、俊の諸兄から。
緑平老の手紙はありがたすぎ、俊和尚のそれはさびしすぎる、どれもあたゝかいだけそれだけ一しほさう感じる。
こゝに落ちつくつもりで、緑、俊、元の三君へ手紙をだす、緑平老の返事は私を失望せしめたが、快くその意見に従ふ、俊和尚の返事は私を満足せしめて、そして反省と精進とを投げつけてくれた。

とにもかくにも歩かう、歩かなければならない。
こゝですつかり洗濯した、法衣も身体も、或は心までも。
春が来た旅の法衣を洗ふ
小入無間、大絶方所、自由自在なところが雲水の徳だ。
今日は一室一人で一燈を独占して読書した(一鉢までは与へられないけれど)。
先日来同宿の坊主二人、一は常識々々と口癖のやうにいふ非常識な男、他は文盲の好々爺。
こゝの主人公は苦労人といふよりも磨かれた人間だ、角力取、遊人、世話役、親方、等々の境地をくゞつてきて本来の自己を造りあげた人だ、強くて親切だ、大胆であつて、しかも細心を失はない、木賃宿は妻君の内職で、彼は興行に関係してゐる、話す事も行ふ事も平々凡々の要領を得てゐる。
彼からいろ/\の事を聞いた、相撲協会内部の事、茶の事、女の事。……
嬉野茶の声価は日本的(宇治に次ぐ)、玉露は百年以上の茶園からでないと出来ないさうである、茶は水による、水は小川の流れがよいとか、茶の甘味は茶そのものから出るのでなくて、茶の樹を蔽ふ藁のしづくがしみこんでゐるからだといふ、上等の茶は、ぱつと開いた葉、それも上から二番目位のがよいさうである。
マヲトコツクル(勇作)の情話も愉快だつた。

三月十九日

 お彼岸日和、うらゝかなことである、滞在。

今朝は出立するつもりだつたが、遊べる時に遊べる処で遊ぶつもりで、湯に入つたり、酒を飲んだり、歩いたり話したり。
夢を見た、父の夢、弟の夢、そして敗残没落の夢である、寂しいとも悲しいとも何ともいへない夢だ。
終日、主人及老遍路さんと話す、日本一たつしやな爺さんの話、生きた魚をたゝき殺す話などは、人間性の実話的表現として興味が深かつた。
元寛君からの手紙を受取る、ありがたかつた、同時にはづかしかつた。

三月廿日

 曇、小雪、また滞在してしまつた、それでよか/\。

老遍路さんと別離の酒を酌む、彼も孤独で酒好き、私も御同様だ、下物は嬉野温泉独特の湯豆腐(温泉の湯で煮るのである、汁が牛乳のやうになる、あつさりしてゐてうまい)、これがホントウのユドウフだ!
夜は瑞光寺(臨済宗南禅寺派の巨刹)拝登、彼岸会説教を聴聞する、悔ゐなかつた。――
応無所住而生其心(金剛経)
たゝずむなゆくなもどるなゐずはるな
  ねるなおきるなしるもしらぬも(沢庵)
先日来の句を思ひだして書いておかう。――
・湯壺から桜ふくらんだ
 ゆつくり湯に浸り沈丁花
    □
 寒い夜の御灯またゝく

三月廿一日

 晴、彼岸の中日、即ち春季皇霊祭、晴れて風が吹いて、この孤独の旅人をさびしがらせた、行程八里、早岐の太田屋といふ木賃宿へ泊る(三〇・中)

少しばかり行乞したが、どうしても行乞気分になれなかつた、嬉野温泉で休みすぎたゝめか、俊和尚、元寛君の厚意が懐中にあるためか、いや/\風が吹いたゝめだ。
夕方、一文なしのルンペンが来て酒を飲みかけて追つぱらはれた、人事ぢやない、いろ/\考へさせられた、彼は横着だから憎むべく憐れむべしである、私はつゝましくしてはゐるけれど、友情にあまり恵まれてゐる、友人の厚意に甘えすぎてゐる。
・ふるさとは遠くして木の芽

三月廿二日

 曇、暖か、早岐町行乞、佐世保市、末広屋(三五・中)

たしかに春だ、花曇だと感じた。
行乞相がよくない、よくない筈だ、身心がよくないのだ。
佐世保はさすがに軍港街だ、なか/\賑やかだ、殊に艦隊が凱旋して来たので、街は水兵さんでいつぱい、水兵さん大持てである。
留置郵便落手、緑平老、俊和尚、苦味生君、いつもあたゝかい人々である。
夕食後、市街を観て歩く、食べもの店の多いのと、その安いのに驚く、軍港街の色と音とがそこにもあつた。
一杯ひつかけて寝る、新酒一合六銭、ぬた一皿二銭!

三月廿三日

 雨后晴、休養、漫歩、宿は同前。

小降りになつたので、頭に利マヽ帽、足に地下足袋、尻端折懐手の珍妙なマヽ装で、市内見物に出かける、どこも水兵さんの姿でいつぱいだ、港の風景はおもしろい。
プロレタリヤ・ホールと大書した食堂もあれば、簡易ホテルの看板を出した木賃宿もある、一杯五銭の濁酒があるから、チヨンの間五十銭の人肉もあるだらう!
安煙草はいつも売切れだ、口付は朝日かみのり、刻はさつき以上、バツトは無論ない、チヱリーかホープだ。
コツとなつてかへつたかサクラさく(佐世保駅凱旋日)
塩湯へいつた、よかつた、四銭は安い、昨日の普通湯四銭は高いと思つたが。
佐世保の道路は悪い、どろ/\してゐる(雨後は)、まるで泥海だ、これも港町の一要素かも知れない。
同宿は佐商入学試験を受ける青年二人、タケ(尺八吹)、そして競馬屋さん、この競馬は面白い、玩具の馬を走らせるのである、むろん品物が賭けてある、一銭二銭の馬券で一銭から十銭までの品を渡すのである。

三月廿四日

 晴、春風がふく。

九時から三時まで市街行乞、行乞相はわるくなかつたが所得はよくなかつた。
此宿もうるさい、早く平戸から五島へわたらうと思ふ、それにしても旅はさみしいな、行乞もつらいね。
塩湯にゆつくり浸つてから二三杯かたむける、ありがたい。
・水が濁つて旅人をさびしうする
近来、気が滅入つてしようがないので、夜はレヴユーを観た。
花はうつくしい、踊り子はうつくしい、あゝいふものを観てゐると煩悩即菩提を感じる。
をとことをんなとその影も踊る
サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る
蛙の踊、鷲の舞、さくら踊などが印象として残つた。

三月廿五日

 晴、夜来の雨はどこへやら、いや道路のぬかるみへ!

今日も行乞しなければならない、食べなければならないから、飲まなければならないから、死なないから。……
同宿の活辯の失業人と話しこんでゐるうちにもう十一時近くなつてしまつた、急いで支度をして出かける、行乞相はよかつた、所得もよかつた、三時過ぎ戻つた。
例の塩風呂に浸つてから例の酒店で一杯やる、この店は安い、一合でも二合でも喜んで燗をしてくれる、下物は刺身五銭、天ぷらもマヽ五銭、ぬた弐銭、湯豆腐弐銭、私のやうなノンベイでも三グワン握つて行くと、即成仏が出来る、ギヤアテイ、ギヤアテイ、ボーヂ、ソワカ、などゝ親しい友に書いてやつた。
九州西国第二十七番清岩寺へ拝登した、なか/\よいところである、堂宇をもつと荘厳しマヽたらよからうと口惜しかつた。
夜は万歳大会を観た、どうも此頃どうかしたのかも知れない、見物気分がいやに濃厚になつてゐる、が、とにかく愉快だつた、人間は何も考へないで馬鹿笑ひする必要がある、時々はね。
・ヒヨコ孵るより売られてしまつた

三月廿六日

 晴、いよ/\正真正銘の春だ、宿は同前。

いや/\ながら午前中行乞(そのくせ行乞相はよろしいのだが)、そして留置郵便をうけとる、緑平老からのたよりはしんじつ春のおとづれだつた、うれしくてかなしうなつた。
一風呂浴びて、一杯ひつかけて、そして一服やるのは何ともいへない、まさに現世極楽だ、極楽は東西南北、湯坪にあり、酒樽にあり、煙管にありだ!
空に飛行機、海に船、街は旗と人とでいつぱいだ。
午後は風が出てまた孤独の旅人をさびしがらせた。
季節は歩くによろしく乞ふにものうい頃となつた。
行乞流転に始終なく前後なし、ちゞめれば一歩となり、のばせば八万四千歩となる、万里一条鉄。
方々へハガキをとばせる、とんでゆけ、そしてとんでこい、そのカヘシが、なつかしい友の言葉が、温情かよ。
駅の待合室で偶然、九日を読むことが出来た、此新聞へは私は好感を持つてゐないけれど、それが熊本といふ観念を喚び起してなつかしかつた。
同宿は売卜師、日本を股にかけて歩きまはつてゐるだけに、また口で食つてるだけに、話題も豊富だし話方も上手だつた、八卦見! 何とクラシツクでそしてポピユラアだらう。
彼の話では、深切な巡査、情死娘と役所の小使爺、などが忘れられない。
彼もなまけものだつた。
世間師は、あればあるやうに、なければないやうに、やつてゆくだけの技術を備へてゐる。
何といつても世の中で、高いのは酒、安いのは米。
今日は微苦笑寸劇にぶつかつた、――或る下駄店の前を戻るとき、安いのでぢつと見てゐると、店にゐた若いおかみさんが、さつそく御免とおつしやつた、違ひますよ、下駄を買はうかと思つてるんです、ずゐぶん気が早いですなといつてやつたら、赤い顔をして泣笑ひをした、――罪はないが快い出来事ぢやない。
夕食後、佐世保会館を訊ねて行く、若い店員に訊ねたら、頭の悪い男で、いふことがちつとも要領を得ない、そのために、だいぶ歩き損つた(気の毒だが、あの青年は落伍者にしかなりえまい)、会館は堂々たる建物だつた、ホールも気持がよかつた、支那事変傷痍軍人後援会主催、全国同盟新聞社、森永製菓株式会社後援、映画と講演の夕といふのである、ざつくばらんにいへば、後援と商売とを一挙両得しようといふ愛国運動である、I大佐の講演では少しばかり教へられた、軍事映画では大に考へさせられた、『日本人が一番日本人を知らない』といふ言葉は穿つてゐると思つた。

三月廿七日

 曇、終日臥床。

とう/\寝ついてしまつたのだ、実は一昨夜つい飲んだ焼酎が悪かつたらしい、そして昨日食べた豆腐があたつたらしい、夜中腹痛で苦しみつゞけた、今日は断食で水ばかり飲んで寝た、夕方から少しづゝよくなつてきた。
あまり健康だつたから、健康といふことを忘れてしまつてゐた、疾病は反省と精進とを齎らす。
旅で一人で病むのは罰と思ふ外ない。
・よろこびの旗をふる背なの児もふる(旗行列)
病めば必ず死を考へる、かういふ風にしてかういふ所で死んでは困ると思ふ、自他共に迷惑するばかりだから。
死! 冷たいものがスーツと身体を貫いた、寂しいやうな、恐ろしいやうな、何ともいへない冷たいものだ。
今日はさすがの私も飲まなかつた(飲んだのはアルコールでなくて水ばかりだつた)、飲みたくもなく、また飲めもしなかつた。
早く嬉野温泉に落ちつきたい、そして最少限度の要求に於て、最少範囲の情実に於て余生を送りたい。

三月廿八日

 曇后晴、病痾やゝ怠る、宿は同前、滞在。

午近くまで寝てゐたが、行乞坊主が行乞しないのは一種の堕落だと考へて、三時間ばかり市街行乞、今日一日の生存費だけ頂戴した、勿躰ないことである、壮健な男一匹が朝から晩まで働らき通して八十銭位しか与へられないではないか(日傭人足)、私は仏陀の慈蔭、衆生の恩恵に感謝せずにはゐられないのである(これを具体的にいへば袈裟のおかげである)。
今日は少しばかり飲んだ、昨日一日だけ飲まなかつたのが、一ヶ年間禁酒してゐたやうに感じた(いつぞや三日ばかり禁酒してゐた時はそんなに感じなかつたのに)、ほんたうに、酒好きの酒飲みは助からない、救はれない。
今日、行乞中、いたゞかなければならない一銭をいたゞかなかつた、そしていたゞいてはならない五十銭をいたゞかなかつた――行乞相はよかつたのである、与へられるだけ、与へられるまゝに受けるべき行乞でなければならない、行乞はほんたうにむづかしいと思ふ。
こゝには滞在しすぎた、シケたゝめでもある、病んだゝめでもある、しかしだらしなかつたゝめでもある、明朝は是非出立しよう。
夜に入つてからまた雨となつた、風さへ加はつた、雨は悪くないけれど、風には困る、雨は身心を内に籠らせる、風は身心を外へ向はしめる、風は法衣を吹きまくるやうに、私自身をも吹きまくる、旅人に風はあまりに淋しい。
今夜の同宿者はタケの三人連れ(タケとは尺八の事、随つて虚無僧の事)、何の彼のと喧嘩ばかりしてゐる、他の男は家出した息子を探してゐるといふ、こゝにも性の問題、血縁の問題がある、私は気の毒に思ふと同時にあさましく感じる。
独り住むほど寂しきはなくまた安らけきはない、そして私に於てはその安らかさが寂しさを償うて余りあり。……

三月廿九日

 からりと晴れてゐる、まだ腹工合はよくないが、いよいよ出立した、停滞する勿れ、行程三里、相ノ浦、川添屋(三〇・中)

物乞ふとシクラメンのうつくしいこと
恋塚といふ姓、夫婦株式会社といふ看板、町内規約に依り押売・物貰・寄附一切御断りといふ赤札。
今晩は飲みすぎた、地球が急速度で回転した、私自身も急速度で回転した、一切が笑つた、踊つた、歌つた、そして消滅してしまつた!(此貨幣換算価値五十五銭)
酔ひざめの夢を見た、息づまるほど悲しい夢だつた、あゝ生れたものは死ぬる、形あるものはくづれる、逢へば別れなれけばならない、――しかし、あゝ、しかしそれは悲しいことである。

三月三十日

 晴、宿酔気味で滞在休養。

旅なればこそ、独身なればこそである、ありがたくもあり、ありがたくもない。
此宿には子供が多い、朝から喧嘩で、泣いたり喚いたり、いやはやうるさいことである、母親は子供をどなるために生存してゐるやうだ。
昨夜は酔うたけれど脱線しなかつた、脱線料がないからでもあつたらうが、多少心得がよくなつたからでもあらう(脱線してはならないのを、いひかへれば、脱線することが出来ないのを脱線するのが、脱線の脱線たるところだから)。
行乞雑感の一つとして、――腹が立たないことの二種といふことについて考察した。
悪女の深情といふ語句があるが私には関係ない、私には悪酒の深酔だ。
同宿の老人がいろ/\しんせつに宿の事や道筋の事を教へて下さつた、しつかりした、おちついた品のよい老人だつた、何のバイ(商売)か知らないが、よい人がおちぶれたのだらう。
私はさつぱりと過去から脱却しなければならない、さうするには過去を清算しなければならない、私は否でも応でも自己清算に迫られてゐる。
・朝の山路で何やら咲いてゐる
・すみれたんぽゝさいてくれた
    □
・さくらが咲いて旅人である

三月三十一日

 晴、行程八里、平戸町、木村屋(三十・中)

早く出発する、歩々好風景だ、山に山、水に水である、短汀曲浦、炭車頻々だ。
江迎を行乞してゐて、ひよつこり双之介さんに再会して夢のやうに感じた、双之介さんはやつぱり不幸な人だつた。
双之介さん、つと立つて何か持つてきた、ウエストミンスターだ、一本いたゞいてブルの煙をくゆらす、乞食坊主と土耳其煙草とは調和しませんね。
日本百景九十九島、うつくしいといふ外ない。
田平から平戸へ、山も海も街もうつくしい、ちんまりとまとまつてソツがない、典型的日本風景の一つだらう。
テント伝道の太鼓が街を鳴らしてゆくのもふさはしい、お城の練垣が白く光つてゐる、――物みなうつくしいと感じた――すつかり好きになつてしまつた。
当地は爆弾三勇士の一人、作江伍長の出生地である、昨日本葬がはな/″\しく執行されたといふ。
今日の感想二三、――
私は今日まで、ほんたうに愛したことがない、随つてほんたうに憎んだこともない、いひかへれば、まだほんたうに生活したことがないのだ。
私は子供を好かない、子供に対しては何よりも『うるさい』と感じる、自分の子すら可愛がることの出来ない私が、他人の子を嫌つたところで無理はなからう。
此宿はしづかでよろしい、お客といつては私一人だ、一室一燈一鉢一人だ(宿に対してはお気の毒だけれど)。
・春寒い島から島へ渡される
昨夜は何だか変な女がやつてきてうろ/\してゐたやうだつた、をんなか、をんなか、をんなには用のない私だから、三杯機嫌でぐう/\寝てしまつたが!(一日朝記)

四月一日

 晴、まつたく春、滞在、よい宿だと思ふ。

生活を一新せよ、いや、生活気分を一新せよ。
朝、大きな蚤がとんできた、逃げてしまつた、もう虱のシーズンが去つて蚤のシーズンですね。
朝起きてすぐお水(お初水?)をくむ、ありがたしともありがたし。
九時から二時まで行乞、そして平戸といふところは、人の心までもうつくしいと思つた、平戸ガールのサービスがよいかわるいかは知らない、また知らうとも思はない、しかし平戸はよいところ、何だか港小唄でもつくりたくなつた。
しかし、しかし、しかし、行乞中運悪く二度も巡査に咎められた、そこで一句、――
巡査が威張る春風が吹く
「絵のやうな」といふ形容語がそのまゝこのあたりの風景を形容する、日本は世界の公園だといふ、平戸は日本の公園である、公園の中を発動船が走る、県道が通る、あらゆるものが風景を成り立たせてゐる。
もし不幸にして嬉野に落ちつけなかつたら、私はこゝに落ちつかう、こゝなら落ちつける(海を好かない私でも)。
美しすぎる――と思ふほど、今日の平戸附近はうらゝかで、ほがらかで、よかつた。
今日、途上で巡査に何をしてゐるかと問はれて、行乞をしてると答へたが、無能無産なる禅坊主の私は、死なゝいかぎり、かうして余生をむさぼる外ないではないか、あゝ。
平戸町内ではあるが、一里ばかり離れて田助浦といふ、もつとうつくしい短汀曲浦がある、そこに作江工兵伍長の生家があつた、人にあまり知られないやうに回向して、――
・弔旗へんぽんとしてうらゝか
島! さすがに椿が多い、花はもうすがれたが、けふはじめて鶯の笹鳴をきいた。
鰯船がついてゐた、鰯だらけだ、一尾三厘位、こんなにうまくて、こんなにやすい、もつたいないね。
平戸にはかなり名勝旧蹟が多い、――オランダ井、オランダ塀、イギリス館の阯、鄭成功の……

四月二日

 晴、また腹痛と下痢だ、終日臥床。

緑平老の手紙は春風春水一時到の感があつた、まことに持つべきものは友、心の友である。
April fool! 昨日はさうだつたが今日もさうらしい、恐らくは明日も――マコト ソラゴト コキマゼテ、人生の団子をこしらへるのか!
しく/\腹がいたむ、読書も出来ない、情ないけれど自業自得だ、病源はシヨウチユウだつたのだ。

四月三日

 雨かと心配したが晴、しかし腹工合はよくない。

寝てばかりもゐられないので三時間ばかり町を行乞する、行乞相は満点に近かつた、それはしぼり腹のおかげだ、不健康の賜物だ、春秋の筆法でいへば、シヨウチユウ、サントウカヲタヾシウスだ。
湯に入つて、髯を剃つて、そして公園へ登つた(亀岡城阯)、サクラはまだ蕾だが人間は満開だ、そこでもこゝでも酒盛だ、三味が鳴つて盃が飛ぶ、お辨当のないのは私だけだ。
昨日も今日もノン アルコール デー、さびしいではありませんか、お察し申します。
春風シユウ/\といふ感じがした、歩いてをれば。
平戸よいとこ旅路ぢやけれど
   旅にあるよな気がしない
同宿二人、一人は例の印肉屋老人、一人は老遍路さん、此人酒はのまないけれど女好き(一円位で助平後家はありますまいかなどゝといふ、人事ではないが)。(know thyself!)
印肉屋老人は自称八十八才、赤い襦袢を着てゐる、酒のために助からない人間の一人だ、ありがたうございました(これはこれ蚯蚓の散歩なり)。
もう一人の老遍路さんは、□□者のカンシヤク持、どうしても雰囲気にはあはないといふ、まつたくさうだらうと思ふ、そのくせ彼はケチンボウのスケベイだ、しかし彼には好感が持てた、野宿常習遍路にして、飲むのは二円の茶!
印肉老人また出かけて酔うて来て踊つた、踊つた、夜の白むまで踊つた、だまつて、ひとりでおとなしく――あゝ、かなしい、さみしい。
また雨、ふるならふりやがれ!
晴れて寝、曇つて歩く、善哉々々。
酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨
ふるさと遠い雨の音がする
けふの道はよかつた、汗ばんで歩いた、綿入二枚だもの、しかし、咲いてゐたのは、すみれ、たんぽゝ、げんげ、なのはな、白蓮、李、そしてさくら。……
これだけの労働、これだけの報酬。
酒代は惜しくないけれど酒は惜しい、物そのものを愛する、酒呑心理。
人間はあまりたつしやだと横着になる。
□□を、愛する夢を見た。
とう/\一睡もしなかつた、とろ/\するかと思へば夢、悪夢、斬られたり、突かれたり、だまされたり、すかされたり、七転八倒、さよなら!
――(これから改正)――
時として感じる、日本の風景は余り美しすぎる
花ちらし――村総出のピクニツク――味取の総墓供養。

四月四日

 雨、曇、晴、行程三里、御厨、とうふや(三〇・中)

ぽつり/\歩いてきた、腹がしく/\痛むのである、それでも三時間あまりは行乞した。
腹工合は悪かつたが行乞相は良かつた。
留置郵便を受取る、うれしかつた、すぐそれ/″\へハガキをだす、ハガキでも今の私にはたいへんである。
此宿はよい、電燈を惜むのが玉に疵だ(メートルだから)。
ゆつくり飲んだ、わざ/\新酒を買つて来て、そして酔つぱらつてしまつた、新酒一合銅貨九銭の追加が酔線を突破させたのである、酔中書いたのが前頁の通り、記念のために残しておかう、気持がよくないけれど(五日朝、記)。
アルコールのおかげでグツスリ寝ることが出来た、昨夜の分までとりかへした、ナム アルコール ボーサー。
・草餅のふるさとの香をいたゞく
 休み石、それをめぐつて草萌える
・よい湯からよい月へ出た
・はや芽ぶく樹で啼いてゐる
・笠へぽつとり椿だつた
 はなれて水音の薊いちりん
・石をまつり緋桃白桃
・みんな芽ぶいた空へあゆむ

四月五日

 花曇り、だん/\晴れてくる、心も重く足も重い、やうやく二里ほど歩いて二時間ばかり行乞する、そしてあんまり早いけれどこゝに泊る、松原の一軒家だ、屋号も松原屋、まだ電燈もついてゐない、しかし何となく野性的な親しみがある(二五・上)

  自省一句か、自嘲一句か
もう飲むまいカタミの酒杯を撫でてゐる(改作)
自戒三章もなか/\実行出来ないものであるが、ちつとも実行出来ないといふことはない、或る時は菩薩、或る時は鬼畜、それが畢竟人間だ。
今日歩いて、日本の風景――春はやつぱり美しすぎると感じた、木の芽も花も、空も海も。……
風呂が沸いたといふので一番湯を貰ふ、小川の傍に杭を五六本打込んでその間へ長州釜を狭んである、蓋なんかありやしない、藁筵が被せてある、――まつたく野風呂である、空の下で湯の中にをる感じ、なか/\よかつた、はいらうと思つたつてめつたにはいれない一浴だつた。
同宿二人、男は鮮人の飴屋さん(彼はなか/\深切だつた、私に飴の一塊をくれたほど)、女は珍重に値する中年の醜女、しかも二人は真昼間隣室の寝床の中でふざけちらしてゐる、彼等にも春は来たのだ、恋があるのだ、彼等に祝福あれ。
今夜もたび/\厠へいつた、しぼり腹を持ち歩いてゐるやうなものだ、二三日断食絶酒して、水を飲んで寝てゐると快くなるのだが、それがなか/\出来ない!
層雲四月号所載、井師が扉の言葉『落ちる』を読んで思ひついたが――落ちるがまゝに落ちるのにも三種ある、一はナゲヤリ(捨鉢気分)二はアキラメ(消極的安心)三はサトリ(自性徹見)である。
世間師には、たゞ食べて寝るだけの人生しかない!
 岩を掘り下げる音の春日影
・植ゑられてもう芽ぐんでゐる
・明日はひらかう桜もある宿です(木賃宿)
 酒がやめられない木の芽草の芽
・旅の法衣に蟻が一匹
 まッぱだかを太陽にのぞかれる(野風呂)
 旅やけの手のさきまで酒がめぐつた
・梅干、病めば長い長い旅
・こゝに住みたい水をのんで去る(添作)
・あすもあたゝかう歩かせる星が出てゐる
・ふんどしは洗へるぬくいせゝらぎがあり(木賃宿)
 春夜のふとんから大きな足だ
    □
・枯草の風景に身を投げ入れる(改作)

四月六日

 晴れたり曇つたり、風が吹いて肌寒かつた、どうも腹工合がよくない、したがつて痔がよくない、気分が欝いで、歩行も行乞もやれないのを、むりにこゝまで来た、行程わづかに二里、行乞一時間あまり、今福町、山代屋(二五・上)

死! 死を考へると、どきりとせずにはゐられない、生をあきらめ死をあきらめてゐないからだ、ほんたうの安心が出来てゐないからだ、何のための出離ぞ、何のための行脚ぞ、あゝ!
・こゝまでは道路が出来た桃の花
・崖にかぢりつき崖をくづすこと
・旅もをはりの、酒もにがくなつた
 病んで寝てゐる家鴨さわがしい宿
・忘れようとするその顔の泣いてゐる(夢)
・どうでもよい木の芽を分けのぼる
・さみしさ、あつい湯にはいる
・水のうまさは芽ぐむものにもあたへて
・食べるだけ食べてひとりの箸をおく
 花ざかり豆腐屋で豆腐がおいしい
・どこかで頭のなかで鴉がなく(夢幻)
此宿はよい、昨夜の宿とはまた違つた意味で、――飲食店だけでは、此不景気にはやつてゆけないので安宿を始めたものらしい、うどん一杯五銭で腹をあたゝめた、久しぶりのうどんだつた、おいしかつた。
世間師には明日はない(昨日はあつても)、今日があるばかりである、今日一日の飯と今夜一夜の寝床とがあるばかりだ、腹いつぱい飲んで食つて、そして寝たとこ我が家、これが彼等の道徳であり哲学であり、宗教でもある。
人間の生甲斐は味ふことにある、生きるとは味ふのだともいへよう、そして人間の幸は『なりきる』ことにある、乞食は乞食になりきれ、乞食になりきらなければ乞食の幸は味はへない、人間はその人間になりきるより外に彼の生き方はないのである。
金がある間は行乞など出来るものでない、また行乞すべきものでもあるまい、私もとう/\無一物、いや無一文になつてしまつた、SさんGさんに約束した肌身の金もちびりちびり出してゐたら、いつのまにやら空つぽになつてしまつてゐる、これでよい、これでよいのだ、明日からは本気で行乞しよう、まだ/\袈裟を質入しても二三日は食べてゐられるが。
酒飲みは悪い酒を飲み、茶好きはよい茶を好む、前者では量、後者では質が第一の関心事らしい。
かう腹工合が悪くては困つたものだ、これでは行乞相まで悪くなる、姿勢がくづれる、声が出なくなる、眼が光りだす、腹が立ちやすくなる。……
今夜も寝つかれなくて、下らない事ばかり考へてゐた、数回目の厠に立つた時はもう五時に近かつた(昨夜は二時)。

四月七日

 曇、憂欝、倦怠、それでも途中行乞しつゝ歩いた、三里あまり来たら、案外早く降りだした、大降りである、痔もいたむので、見つかつた此宿へ飛び込む、楠久、天草屋(二五・中)

ずゐぶんうるさい宿だ、子供が多くて貧乏らしい、客間は二階だが、天井もなければ障子もない、せんべいふとんが二三枚あるだけだ(畳だけは畳らしい)、屋根裏のがらんどうにぼつねんとしてゐると、旅愁といふよりも人生の悲哀に近いものを感じる、私はかういふ旅に慣れてゐるから、かういふ宿にかへつて気安さを感じるが(そこをねらつてわざと泊つたのでもあるが)普通の人々――我々の仲間はとても一夜どころか一時間の辛抱も出来まい。
今日は県界を越えた、長崎から佐賀へ。
どこも花ざかりである、杏、梨、桜もちらほら咲いてゐる、草花は道べりに咲きつゞいてゐる。
食べるだけの米と泊るだけの銭しかない、酒も飲めない、ハガキも買へない、雨の音を聴いてゐる外ない。
 お地蔵さんもあたたかい涎かけ
 汽車が通れば蓬つむ手をいつせいにあげ
・何やら咲いてゐる春のかたすみに
・明日の米はないヨルの子を叱つてゐる(ボクチン風景)
此宿はほんたうにわびしい、家も夜具も食物も、何もかも、――しかしそれがために私はしづかなおちついた一日一夜を送ることが出来た、相客はなし(そして電燈だけは明るい)家の人に遠慮はなし、二階一室を独占して、寝ても起きても自由だつた、かういふ宿にはめつたに泊れるものでない(よい意味に於てもわるい意味に於ても)。
よく雨の音を聴いた、いや雨を観じた、春雨よりも秋雨にちかい感じだつた、しよう/\として降る、しかしさすがにどこかしめやかなところがある、もうさくら(平仮名でかう書くのがふさはしい)が咲きつゝあるのに、この冷たさは困る。
雪中行乞で一皮だけ脱落したやうに、腹いたみで句境が一歩深入りしたやうに思ふ、自惚ではあるまいと信じる、先月来の句を推敲しながらかく感じないではゐられなかつた。
友の事がしきりに考へられる、S君、I君、R君、G君、H君、等、等、友としては得難い友ばかりである、肉縁は切つても切れないが、友情は水のやうに融けあふ、私は血よりも水を好いてゐる!
天井がないといふことは、予想以外に旅人をさびしがらせるものであつた。
今日は一つの発見をした、それは、私の腹いたみは冷酒が、いひかへれば酒屋の店頭でグツと呷るのが直接原因であることだつた。
今夜も寝つかれない、読んだり考へたりしてゐるうちに、とうとう一番鶏が鳴いた、あれを思ひ、これを考へる、行乞といふことについて一つの考察をまとめた。

四月八日

 晴、雨後の春景色はことさらに美しい、今日は花祭である、七年前の味取生活をしぜんに想ひだしてなつかしがつたことである。

今日は辛かつた、行乞したくないよりも行乞できないのを、むりやり行乞したのである、しなければならなかつたのである、先日来毎日毎日の食込で、文字通りその日ぐらしとなつてしまつたから詮方ない。
やつと二里歩いて此町へ着いた(途中二度上厠)、そして三時間ばかり行乞した、おかげで飯と屋根代とは出来た、一浴したが一杯はやらない、此宿は清潔第一で、それがために客が却つて泊らないらしい、昨夜の宿とは雲泥の差だ、叶屋(二五・中)。
旅に病んで、つく/″\練れてゐない自分、磨かれてゐない自分、そしてしかも天真を失ひ純情を無くした自分、野性味もなく修養価値もない自分を見出さゞるを得なかつた。
此宿の不人気である理由が解つた、すべて世間師は生活にマヽれてゐる、家庭的情味に餓えてゐる、彼等には宿が家である、そこには何よりもくつろぎとしたしみとがなければならない、いひかへれば at home な情緒が第一要件である、清潔とか何とかは第二第三の要件である、此宿のおかみさん抜目がなさすぎる、いたづらにきれい好きで、そしてふしんせつだ。
街上所見の一――これはまた、うどんやが硝子戸をはめてカフヱー日輪となつてゐる、立看板に美々しく『スマートな女給、モダーンな設備、サーマヽス(セーピスぢやない)百パーセント』さぞ/\非スマートな姐さんが非モダーなマヽチヤブ台の間をよた/\することだらう(カフヱー全盛時代には山奥や浦辺にもカフヱーと名だけつけたものがうよ/\してゐた、駄菓子がマヽカフヱーベニスだつたりした、もつともそこは入川に臨んでゐたから、万更縁がないでもなかつたが)。
もう蕨を触れ歩く声が聞える、季節のうつりかはりの早いのには今更のやうに驚かされる。
同宿五人、私はひとりを守つて勉強した。
・山から自転車でさくら売つてきた
 いつ咲いたさくらまで登つてゐる
 腹底のしく/\いたむ大声で歩く

四月九日

 申分のない晴、町内行乞、滞在、叶屋。

今日はよく行乞した、こんなに辛抱強く家から家へと歩きまはつたことは近来めづらしい、お天気がよいと、身心もよいし、行乞相もよい、もつとも、あまりよすぎてもいけないが。
行乞中、毎日、いやな事が二三ある、同時にうれしい事も二三ある、さしひきゼロになる、けふもさうだつた。
花が咲いて留守が多い、牛が牛市へ曳かれてゆく、老人が若者に手をひかれて出歩く、子供は無論飛びまはつてゐる。
花、花、花だ、満目の花だ、歩々みな花だ、『見るところ花にあらざるはなし』『触目皆花』である、南国の春では、千紫万紅といふ漢語が、形容詞ではなくて実感だ。
風呂へいつたついでに駅へ立ち寄つたら、凱旋兵歓迎で人がいつぱいだ、わづか一兵卒(といつては失礼だけれど)を迎へるのに一村総出で来てゐる(佐賀市で出征兵士見送の時もさうだつた)、これだけの銃後の力があつて日本兵が強くなければ嘘だと思つた。
・蕨がもう売られてゐる
 鳩も雀も燕までをりていたゞいてゐる
 夫婦仲よく鉄うつやとんかん(鍛冶屋)
・春風のボールにうたれた(行乞途上)
 乞食となつて花ざかり
世間師にもいろ/\ある、殊に僧形を装うていろ/\の事をやつてゐるが、私は行乞を尊重する、ガラ(行乞の隠語)が一等よろしい、かへりみてやましいところがない(いや、すくない)。
夕食後、春宵漫歩としやれる、伊万里も美しい町である、山も水も、しかし人はあまり美しくないやうである。
今夜の同宿は三人、一人は活動に、一人は浪花節にいつた、私は後に残つて読書。
今夜もまた眠れない、眠れないのでいろ/\のラチもない事を考へる――酒好きは一切を酒に換算する、これが一合、いや、これで一杯やれる、等、等、等。
私はしよつちう胃腸を虐待する、だから、こんどのやうに胃腸が反逆するのはあたりまへだ。
聖人に夢なく凡人に夢は多すぎる、執着のないところに夢はない、夢は執着の同意語の一つだ、私はよく悪夢におそはれる、そして自分で自分の憎愛の念のはげしいのにおどろく。

四月十日

 曇后晴、行程八里、唐津市、梅屋(三〇・上)

八時から六時まで歩きつゞけた、黒川と波多津とで行乞、海岸路山間路、高低曲折の八里を歩いて来たのだから、山頭火いまだ老いず矣(但し途中キツケ水注入)。
伊万里は勿論、途上、空家貸家売家がよく目につく、不景気は深刻である。
今日の道はよかつた、自動車どころか行人もあまり見受けなかつた、しづかでうれしかつたが、同時に、道をまちがへてだいぶ無駄足をふんだ(訊ねる家も人もないやうなところで)。
さすがに田舎は気持がよい、手掴みで米を出すやうな人もなく、逢ふ人はみな会釈する、こちらが恥づかしくなるほどだ。
御大典記念の時計台がこしらへてある、いゝ思ひつきだけれど、あんなところにこしらへたのが、さて、どのくらゐ役立つだらうかとも考へられる。
今日、はじめて蟇を聞き蛇を見た。
やつぱり南国の風景は美しすぎる、築山のやうな山、泉水のやうな海、――まるで箱庭である。
山ざくらはもう葉ざくらとなつてゐた。
山村のお百姓さんはほんたうによく働らいてゐる、もつたいないと思つた、すまないと思つた。
同宿四人、二人は夫婦、仲のよいことである。
今夜の酒はうまかつた、酒そのものはあまりよくないのに。
 学校も役場もお寺もさいたさいた
 朝ざくらまぶしく石をきざむや
 うたつてもおどつてもさくらひらかない
・石がころんでくる道は遠い
 馬に春田を耕すことを教へてゐる
・しづかな道となりどくだみの芽
 どつさり腰をすえたら芽
 けふのおせつたいはたにしあへで
さつそく留置郵便をうけとる、どれもありがたかつたが、ことに緑平老のそれはありがたかつた。
私は何も持つてゐない、たゞ友を持つてゐる、よい友をこんなに持つてゐることは、私のよろこびマヽり、ほこりでもある。
緑平老のたよりによれば、朱鱗洞居士は無縁仏になつてしまつてゐるといふ、南無朱鱗洞居士、それでもよいではないか、君の位牌は墓石は心は、自由俳句のなかに、自由俳人の胸のうちにある。
此宿の便所は第一等だ、ヤキ(木賃宿)には勿体ない、武雄のそれに匹敵するものだ。
人間に対して行乞せずに、自然に向つて行乞したい、いひかへれば、木の実草の実を食べてゐたい。

四月十一日

 晴后曇、行程六里、深江、久保屋(二五・上)

歩いてゐる、領マヽ振山、虹ノ松原、松浦潟の風光は私にも写せさうである、それだけ美しすぎる。
松原逍遙、よかつた、道は八方さわりなし。
今夜はずゐぶん飲んだ(緑平兄の供養で)、しかし寝られないので、いろ/\の事を考へる――其中庵のこと、三八九の事。
・朝からの騷音へ長い橋かゝる(松浦橋)
 春へ窓をひらく
・松風に鉄鉢をさゝげてゐる
・松はおだやかな汐鳴り
・へんろの眼におしよせてくだけて白波
・旅のつかれの腹が鳴ります
・しらなみの県界を越える
    □
・わびしさに法衣の袖をあはせる
酒は嗜好品である、それが必需品となつては助からない、酒が生活内容の主となつては呪はれてあれ。
木の芽はほんたうに美しい、花よりも美しい、此宿の周囲は桑畑、美しい芽が出てゐる、無果花の芽も美しい。

四月十二日

 雨、滞在休養、ゆつたりと一日一夜を味はつた。

久しぶりに朝酒を味ふ、これも緑平老の供養である、ありがたしともありがたし。
同宿は五人、みんな気軽な人々である、四方山話、私も一杯機嫌でおしやべりをした。
しと/\と降る、まつたく春雨だ、その音に聴き入りながらちびり/\と飲む、水烏賊一尾五銭、生卵弐個五銭、酒二合十五銭の散財だ、うれしかつた。
終日、句稿整理、私にはまだ自選の自信がない、しかし句集だけは出さなければならない、句集が出せなければ、草庵を結ぶことが出来ないのである。
今夜の同宿は五人、その中に嫌な男がゐるので、私は彼等のグループから離れてゐた、彼は妙に高慢ちきで、人の揚足を取らう/\としてゐる、みんなが表面敬意を見せて内心では軽蔑してゐるのに気がつかないで、駄法螺を吹いて威張つてゐる、よく見る型の一種だが、私の最も好かない型である、彼にひきかへて、鍋釜蓋さんは愉快な男だ、いふ事する事が愛嬌たつぷりである、お遍路婆さんも面白い、元気で朗らかだ、遊芸夫婦(夫は尺八、妻は尼)にも好感が持てた、こゝで思ひついたのだが、出来合の旅人夫婦は、たいがい、女房の方がずつと年上だ、そして妻権がなか/\強い、彼は彼女の若い燕、いや鴉でもあらう。
夜は読書、鉄眼禅師法語はありがたい。

四月十三日

 晴、行程二里、前原町、東屋(二五・ マヽ

からりと晴れ、みんなそれ/″\の道へゆく、私は一路東へ、加布里、前原を五時間あまり行乞、純然たる肉体労働だ、泊銭、米代、煙草銭、キス代は頂戴した。
今朝はおかしかつた、といふのは朝魔羅が立つてゐるのである、山頭火老いてます/\壮なり、か!
浜窪海岸、箱島あたりはすぐれた風景である、今日は高貴の方がお成になるといふので、消防夫と巡査とで固めてゐる、私は巡査に追はれ消防夫に追はれて、或る農家に身を潜めた、さてもみじめな身の上、きゆうくつな世の中である、でも行乞を全然とめられなかつたのはよかつた。
初めて土筆を見た、若い母と可愛い女の子とが摘んでゐた。
店のゴム人形がクル/\まはる、私は読経しつゞける。
犬ころが三つ、コロ/\ころげてきた、キツスしたいほどだつた。
孕める女をよく見うける、やつぱり春らしい。
日々好日に違ひないが、今日はたしかに好日だつた。
・春あを/\とあつい風呂
此宿は見かけよりもよかつた、町はづれで、裏坐敷からのながめがよかつた、遠山の姿もよい、いちめんの花菜田、それを点綴する麦田(此地方は麦よりも菜種を多く作る)その間を流れてくる川一すぢ、晴れわたつた空、吹くともなく吹く風、馬、人、犬、――すべてがうつくしい春のあらはれだつた。
たゞ不便なのは酒屋が遠いことだ、三里はないけれど十丁位はある、それをわざ/\一合買ひに行くのだから、ほんたうに酒飲は浮ばれない(もつとも此場合の酒は古機械にさす油みたいなものだが)。
酒については、昨日、或る友にこんな手紙を書いた。――
……酒はつゝしんでをりますが、さて、つゝしんでも、つゝしんでもつゝしみきれないのが酒ですね、酒はやつぱり溜息ですよ(青年時代には涙ですが、年をとれば)、しかし、ひそかに洩らす溜息だから、御心配には及びません。……

四月十四日

 雨となるらしい曇り、行程三里、生きの松原、その松原のほとりの宿に泊る綿屋( ・ )

行乞途上、わからずやが多かつたけれど、今日もやつぱり好日。
女はうるさい、朝から夫婦喧嘩だ、子供もうるさい、朝から泣きわめく、幸にして私は一人だ。……
朝鮮人はうるさいと思ふのに(此宿にも二人泊つてゐる、朝鮮人としての悪いところばかり持つてゐるらしい)、亭主持つなら朝鮮人(遊ばせて可愛がつてくれるから)とおばあさんがいふ!
休んでゐると、犬が尾をふりあたまをふつてやつてくる、からだをすりよせる、しかし私はお前にあげるものを持たない、すまないね。
どうでもといはれて、病人のために読経した、慈眼視衆生、福聚海無量、南無観世音菩薩、彼に幸あれ。
今年はじめての松露を見た(店頭で)、松原らしい気分になつた、私もすこし探したが一個も見つからなかつた。
松に風なく松露が。……
うるふといふ宿場はちつともうるほさなかつた。
 すこし濁つて春の水ながれてくる
・旅人のふところでほんにおとなしい児
・春の街並はぢかれどほしでぬけた
・あたゝかい小犬の心がようわかる
 春のくばりものとし五色まんぢゆう
   再録
・朝からの騷音へ長い橋かゝる
・松はおだやかな汐鳴り
・遍路たゞずむ白浪おしよせる
・わびしさは法衣の袖をあはせる
    □
・旅の或る日の松露とる
 花ぐもりのいちにち石をきざむばかり
此宿はよい、家の人がよい、そして松風の宿だ、といふ訳でずゐぶん飲んだ、そしてぐつすり寝た、久しぶりの熟睡だつた、うれしかつた。
途中、潤(うるふ)といふところがあつた、うるほさないところだつた。
私は此頃、しやべりすぎる、きどりすぎる、考へよ。
同宿六人、みんなおへんろさんだ、その中の一人、先月まで事件師だつたといふ人はおもしろいおへんろさんだつた、ホラをふいてエラがる人だけれど憎めない人間だつた。
木賃宿に於ける鮮人(飴売)と日本人(老遍路)との婚礼、それは焼酎三合、ごまめ一袋で、めでたく高砂になつたが、かなしくもうれしいものだつた。

四月十五日

 夜来の雨が晴れを残していつた、行程二里、福岡へ予定の通り入つた、出来町、高瀬屋( ・中)

この町――出来町――はヤキとヤキを得意とする店ばかりだ(久留米の六軒屋と共に九州のボクチン代表街だ)。
朝早く起きて松原を散歩した、かういふ旅にかういふ楽がある。
午前中の行乞相はよくなかつたが、午後のそれはよかつた、行乞もなか/\むつかしいものである。
山吹、連翹、さつき、石楠花、――ことしはじめて見る花が売られてゐた。
博多名物――博多織ぢやない、キツプ売(電車とバス)、禁札(押売、物貰、強請は警察へ)、と白地に赤抜で要領よく出来てゐる(西新町のそれはあくどかつた、字と絵とがクドすぎる)。
西公園を見物した、花ざかりで人でいつぱいだ、花と酒と、そして、――不景気はどこに、あつた、あつた、それはお茶屋の姐さんの顔に、彼女は欠伸してゐる。
街を通る、橋を渡る、ビラをまいてゐる、しかし私にはくれない、ビラも貰へない身の上だ、よろしい、よろしい。
酒壺洞君を搾取した、君は今、不幸つゞきである、君に消災妙吉祥。……
さくら餅といふ名はいゝ、餅そのものはまづくとも。
・松風のゆきたいところへゆく
・洗へばよう肥えとるサカナ
・松風すゞしく人も食べ馬も食べ
・遍路さみしくさくらさいて
・さくらさくらさくさくらちるさくら
    □
 いちにち働らいた塵をあつめてゐる
                      (市役所風景)
 ベルがなるよう働らいた今日のをはりの

此宿はよい、何となくよい(満員なので、私は自分から進んで店に陣取つた、明るくて、かへつて静かでよろしい)、同宿は十余人、その中の六人組は曲搗の粟餅屋さんである、そしてその老親方は、五六年前、山陰で一夜同宿会談したことがある、江戸ツ児で面白い肌合だ(私が彼を覚えてゐたやうに、彼もまた私を覚えてゐた)。
今日もよい日だつた、ほんたうにほどよい日だつた、ほどよく酔ひ、ほどよく眠つた。
よい食慾とよい睡眠、これから人生の幸福が生れる。

四月十六日

 薄曇、市街行乞、宿は同前。

福岡は九州の都である、あらゆる点に於て、――都会的なものを感じるのは、九州では福岡だけだ。
今日の行乞相はよかつた、水の流れるやうだつた(まだ雲のゆくやうではないけれど)、しかし福岡は――市部はどこでも――行乞のむつかしいところ、ずゐぶんよく歩いたが、所得は、やつと食べて泊つて、ちよつぴり飲めるだけ。
一銭、一銭、そして一銭、それがたゞアルコールとなるばかりでもなかつた、今日は本を買つた(達磨大師についての落草談)、読んで誰かにあげやう、緑平老にでも。
春を感じる、さくらはあまり感じない、それが山頭火式だ。
夜は中洲の川丈座へゆく、万歳オンパレードである、何といふバカらしさ、何といふホガらマヽさ。
・昼月に紙鳶をたたかはせてゐる
・水たまりがほがらかに子供の影うつす
・あたゝかに坊やは箱の中に寝てゐる
――飲んだ、歩いた、歩いた、飲んだ――そして今日が今夜が過ぎてしまつた、たゞそれだけ、生死去来はやつぱり生死去来に御座候、あなかしこ。
夜は万歳を聞きに行つた、あんまり気がクサ/\するから、そしてかういふ時にはバカらしいものがよいから、――可愛い小娘がおぢさん/\ていつて好意を示してくれた。
世の中味噌汁! 此言葉はおもしろい。
今夜、はじめて蕨を食べた、筍はまだ。

四月十七日

 花見日和、午前中行乞、宿はおなじく。

わざと中洲――福岡市に於ける第一流の小売商店街――を行乞した、行乞相はよかつたけれど、所得は予想通りだつた、二時間で十五銭、まあ百軒に一軒いたゞいたぐらゐだらう、いたゞかないのになれて、いたゞくと何だかフシギなやうに感じた。
大浜の方は多少出る、少し歩いて、約束通り酒壺洞房を訪れる、アルコールなしで、短冊六十枚ばかり、半切十数枚書いた(後援会の仕事の一つである)、悪筆の達筆には主客共に驚いたことだつた、折々深雪女来訪、酒がまはれば舌もまはる、無遠慮なヨタはいつもの通り、夕方、酒君と共に農平居を襲ふ、飲んだり話したり、山頭火式、農平式、酒壺洞式、十時過ぎて宿に戻る、すぐ、ぐつすり寝た。
どうも近来飲みすぎる、友人の厚情に甘えるのもよくないけれど、自分を甘やかしてもよくない。
・星がまたたく旅をつづけてきてゐる
・おわかれのせなかをたたいてくれた(農平居)
一握の麦、それが私をよくした、といふのは、今日、行乞中に或る家で、子供が米と間違へて麦を持つてきた、受けては困るけれど、受けなければなほ困る(いつぞや佐世保で志だけ受けるといつたら、その子供が泣きだした)、ハンカチーフでいたゞいた、そして宿まで持つて帰つて鶏にやつたら食べてくれない、ボクチン宿のニハトリなんてゼイタクなものだ。

四月十八日


けさも早く起きたが雨だ、起きてくる誰もが不機嫌な顔をしてゐる、雨ほど世間師に嫌なものはないのに、此不景気だ、それやこれやで、とう/\喧嘩がはじまつた、呶鳴る、殴る、そして止める。
うるさいから、ぢつとしてゐるのもいやだから、十時過ぎてから、合羽を着て出立する、一時間ばかりで晴れてきた、どし/\歩いて神湊まで八里、久々で俊和尚に相見、飲んで話して書いて。――
俊和尚が浮かない顔をしてゐると思つたら、夫婦喧嘩して奥さんが実家へ走つたといふ、いろ/\宥めて電話をかけさせる、私と俊和尚とは性情に於て共通なものを持つてゐる、それだけ一しほ人事とは思へない、彼も憂欝、私も憂欝になる。
筑前の海岸一帯は美しい松原つゞきだが、殊に津屋崎海岸の松原は美しい、津屋崎の町はづれの菜の花も美しかつた、いちめんの花菜で、めざましいながめである(こゝでまた、筒井筒振分髪のH子をおもひだした)。
風がふいた、笠どころか、からだまで吹きまくるほどの風だ、旅人をさびしがらせるよ。
今夜は俊和尚の典座だ、飯頭であり、燗頭であつた、ふらん草のおひたし、山蕗の甘煮、蕨の味噌汁、みんなおいしかつた、おいしく食べてぐつすり寝た。
かういふ手紙を書いた、それほど俊和尚はなつかしい人間だ。――
また松のお寺の客となりました、俊禅師貎下の御親酌には恐入りました、サービス百パーセント、但しノンチツプ、折から庭の桜も満開、波音も悪くありません。……
    □
 麦田花菜田長い長い汽車が通る
 霞の中を友の方へいそぐ
 霞のあなたで樹を伐る音をさせてゐる
 水音を踏んで立ちあがる
 晴れて風ふく銅像がある
・早泊りして蘭竹の風が見える(改作)
 ひさ/″\きて波音のさくら花ざかり(隣船寺)

四月十九日

 晴、そして風、行程三里、赤間町、小倉屋(三〇・中)

奥さんが夜中に戻つて来られたので、俊和尚も安心、私も安心だ、しかしかういふ場合に他人がマヽつてゐるのはよくないので、早々草鞋を穿く、無論、湯豆腐で朝酒をやつてからのことである。
行乞気分になれないのを行乞しなければならない今日だつた、だいたい、友を訪ねる前、友を訪ねた後は、所謂里心が起るのか、行乞が嫌になつて、いつも困るのだが。
もう山吹が咲き杜鵑花が蕾んでゐる、紫黄のきれいなことはどうだ。
同宿五人、その中の婆さんは着物は持つてゐるが銭は持つてゐない、長崎からはる/″\門司にゐる息子を尋ねてゆくといふ、同宿の人々がいろ/\世話してあげたが、私はわざと知らない顔をしてゐた、我不関焉といふのではないが、彼女には好感を持てない何物かゞあるやうだ、明朝たばこ銭でもあげやうか、――彼女の存在は私の心を暗くした。
筍を食べたが、料理がムチヤクチヤなので、あんまりおいしくなかつた、うまい筍で一杯やりたいものだ。

四月廿日

 曇、風、行程四里、折尾町、匹田屋(三〇・中)

風にはほんたうに困る、塵労を文字通りに感じる、立派な国道が出来てゐる、幅が広くて曲折が少なくて、自動車にはよいが、歩くものには単調で却つてよくない、別れ路の道標はありがたい、福岡県は岡山県のやうに、此点では正確で懇切だ。
行乞相はよかつた、風のやうだつた(所得はダメ)。
省みて、供養をうける資格がない(応供に値するものは阿羅漢以上である)、拒まれるのが当然である、これだけの諦観を持して行乞すれば、行乞が修行となる、忍辱は仏弟子たるものゝ守らなければならない道である、踏みつけられて土は固まるのだ、うたれたゝかれて人間はできあがる。
 旅のこどもが犬ころを持つてゐる(ルンペン)
・けふもいちにち風をあるいてきた
 山ふところの水涸れて白い花
・風のトンネルぬけてすぐ乞ひはじめる
 もう葉桜となつて濁れる水に
同宿は土方君、失職してワタリをつけて放浪してゐる、何のかのと話しかける、名札を書いてあげる、彼も親不孝者、打つて飲んで買うて、自業自得の愚をくりかへしつゝある劣敗者の一人。

四月廿一日

 晴、申分なし、行程三里、入雲洞房、申分なし。

若松市行乞、行乞相と所得と並行した、同行の多いのには驚いた、自省自恥。
若松といふところは特殊なものを持つてゐる、港町といふよりも船着場といつた方がふさはしい、帆柱林立だ(和船が多いから)、何しろ船が多い、木造、鉄製、そして肉のそれも!
諺文の立札がある、それほど鮮人が多いのだらう、檣のうつくしい港として、長崎が灯火の港であることに匹敵する如く。
鮮人宛の立札があるのは、諏訪神社に外人向のお※(「鬥<亀」、第3水準1-94-30)札(英語の)があるとマヽ好対照だ。
入雲洞君はなつかしい人だ、三年ぶりに逢うて熊本時代を話し、多少センチになる。……
金魚売の声、胡瓜、枇杷、そしてこゝでも金盞花がどこにも飾られてゐた。
酢章魚がおいしかつた、一句もないほどおいしかつた、湯あがりにまた一杯が(実は三杯が)またよかつた、ほんに酒飲みはいやしい。
 煙突みんな煙を吐く空に雲がない(八幡製鉄所)
 ルンペンが見てゐる船が見えなくなつた(若松風景)
 ぎつしりと帆柱に帆柱がうらゝか( 〃 )
   入雲洞房二句
 窓にちかく無花果の芽ぶいたところ
 ひさしぶり話してをります無花果の芽
    □
・もう死ぬる金魚でうつくしう浮く明り
徹夜して句集草稿をまとめた、といふよりも、句集草稿をまとめてゐるうちに夜が明けたのだ、とにかくこれで一段落ついた、ほつと安心の溜息を洩らした、すぐ井師へ送つた、何だか子を産み落しやマヽうな気持、いや、私としては糞づまりを垂れ流したやうな心持である(きたない表現だけれど)。

四月廿二日

 曇、あちらこちら漫歩、八幡市、山中屋(三〇・中)

朝酒、等、等、入雲洞さんの厚情が身心にしみる、洞の海を渡つて、木村さんを訪ねる、酒、それから同行して小城さんの新居へ、また酒、そしてまた四有三居で酒、酒、酒。
木村さんに連れられて、やつと宿を見つけて泊る、ぐつすり寝た、二夜分の睡眠だ。
四有三さんに――(廿三日、小倉から)。
昨日はまるで酔ひどれの下らなさ図々しさを見せるためにお訪ねたマヽやうなものでしたね、寄せ書きした頃から何が何だか解らなくなりましたよ、でも梅若葉のあざやかさ、おひたしのおいしさは、はつきり覚えてゐるから不思議です。……
入雲洞さんから、敷島の百本入を一函頂戴した(双之介君からウエストミンスター、酒壺洞君からチエスターフイールドを貰つたのと共に漫談のいゝ材料だ)。
洞海(ドウカイ)或は洞の海(ホラノウミ)はいゝ、此の海を中心として各市が合併して大都市を形成する計画があるさうだが、それはホントウのスバラシイ事業だ。
美しい女が美しい花を持つてゐた。
子供の遊び、今日此頃は軍隊ごつこ戦争ごつこだ、子供は正直で露骨、彼等は端的に時代の風潮を反映する、大日本主義!
 朝曇りのボロ船が動かない
 汐風を運ばれる鰒がふくれてゐる
 きたない水がぬくうて葦の芽
・鉄板をたゝいても唄うたつてゐる
 警察署の無花果の芽
・帆柱ばつかりさうして煙突ばつかり(若松から八幡へ)
 竹藪あかるう子供もできた(小城氏新居)
 あかるく竹がそよいでゐる

四月廿三日

 雨、風、行程二里、小倉市、三角屋(三〇・中)

わざと風雨の中を歩いた、先日来とかく安易になつた気持を払拭しようといふ殊勝な心がけからである。
小倉まで来て、放送居士、ではない、放送局下の惣三居士を訪ねる、初相見にしては始中終見、よばれて、しやべつて、いたゞいて、それから。――
酔うた、酔うた、ヱロ街散歩、何とぬかるみの変態的興味、シキシマを一本づゝ彼女達に供養した。
 びつしよりぬれてゆくところがない
・風の建物の入口が見つからない
 どうやら霽れてくれさうな草の花
 春雨の放送塔が高い
・移りきて無花果も芽ぶいてきた(惣三居)
廃棄工場(発電所)、そこにはデカダン的で男性的なものがあつた、なか/\句にならない。
寝十方花庵、月庵――惣三居士の面目。
雲水悠々として去来に任す、――さういふ境界に入りたい。
雨なれば雨をあゆむ
此一句(俳句のつもりではありません)を四有三さんの奥さんに呈す。
・JOGK、ふるさとからちりはじめた
此一句(俳句のつもり)を白船老に呈す。
雨がふつてもほがらか
此一句を俊和尚に呈す。

四月廿四日


雨、春雨だ、しつぽりぬれる、或はしんみり飲める、そしてまた、ゆうぜん遊べる春雨だ、一杯二杯三杯、それはみな惣三居士の供養だ。
朝湯朝酒、申分なくて申分があるやうな心地がする、さてそれは何だらう。
読書、けふはすこし堅いものを読んだ。
昨夜はたしかに酔うた、酔うたからこそヱロ街を散歩したのだが、脱線しなかつた、脱線しないといふことはうれしいが、同時にかなしいことでもある(それは生活意力の減退を意味するから、私の場合に於ては)。
此宿はよかつた、よい宿へとびこんだものだと思つた、きれいで、しんせつで、何かと便利がよろしい。
同宿四人、老人は遊人だらう、若者は行商人、中年女は何だか要領をえない巡礼さん、最後の四十男はお稲荷さん、蹴込んで張物の狐をふりまはす営業、おもしろい人物で、おしやべりで、苦労人で辛抱人だ。
夕方、そこらを散歩する、芭蕉柳塚といふのがあつた、折からの天神祭で、式三番叟を何十年ぶりかで見た、今夜はきつと少年の日の夢を見るだらう!
・晴れたり曇つたり籠の鳥
 曇り日、珠数をつなぐ

四月廿五日

 晴、行程七里、直方市外、藤田屋(二〇・上)

どうしても行乞気分になれないので、歩いて、たゞ歩いてこゝまで来た、遠賀川風景はよかつた、身心がくつろいだ。
風が強かつた、はじめて春蝉を聞いた、銀杏若葉が美しい、小倉警察署の建物はよろしい。
此宿はほんたうによい、すべての点に於て(最初、私を断つたほどそれほど客を撰択する)。
 風の中から呼びとめたは狂人だつた
・寝ころ□□はもう春蝉の二声三声

四月廿六日

 曇后晴、市街行乞、宿は同前。

雲雀の唄(飼鳥)で眼が覚めた、ほがらかな気分である、しかし行乞したいほどではない、といつて毎日遊んではゐられないので(戸畑、八幡、小倉では行乞しなかつた、今日が五日ぶりで)五時間行乞、行乞相は悪くなかつた、所得も、世間師連中が取沙汰するほど悪くもなかつた。
朝のお汁で山椒の芽を鑑賞した。
花売野菜売の女群が通る、通る。
午後はまつたく春日和だつた。
このあたりを勘六といふ、面白い地名である、そして安宿の多いのには驚ろいた、三年ぶりに歩いてみる、料理屋などの経営難から、木賃宿の看板をぶらさげてゐるのが多い、不景気、不景気、安宿にも客が少いのである、安宿がかたまつたゐるのは、九州では、博多の出来町、久留米の六軒屋、そしてこの勘六だらう。
遠賀川の河床はいゝと思つた、青草の上で、放牧の牛がのそり/\遊んでゐる、――旅人の眼にふさはしい。
洗濯したり、整理したり、裁縫したり、身のまはりをきれいにする、男やもめに蛆がわく、虱がぬくいので、のそ/\這ひだして困りますね!
夜は三杯機嫌で雲心寺の和尚を攻撃した、酒、酒、そして酒、酒よりも和尚はよかつた、席上ルンペン画家の話も忘れない、昆布一マヽいたゞいた。
ルンペンとして二人の唄□
あんまりうつくしいチユーリツプ枯れた

四月廿七日

 雨、后曇后雨、後藤寺町、朝日屋(二五・中)

雨ではあるし、酔はさめないし、逢ひたくはあるし、――とても歩いてなんかゐられないので、急いで汽車で緑平居へ、あゝ緑平老、そして緑平老妻!
泊るつもりだつたけれど、緑平老出張となつたので私もこゝまで出張した。
 でゝ見て美しい芽だ
・牛が遊んでゐるところで遊ぶ
   緑平居
・ボタ山なつかしい雨となつた
・雨のボタ山がならんでゐる
 香春をまともにまた逢へた
・枝をさしのべて葉ざくら
・草もそのまゝ咲いてゐる
 唐豆ヤタラに咲かせてゐる
・そつけなく別れてゆく草の道
・別れてきて水に沿うて下る
    □
・やつと芽ぶいたは何の木ぞ

四月廿八日

 雨、休養、終日読書、宿は同前、なか/\よい、もつと掃除が行届くといゝのだが。

悠然として春雨を眺めてゐられる、それも緑平老のおかげだ、夜はあんまり徒然だから活動見物、日活映画のあまいものだつたが、十銭はとにかく安い。
同宿数人、その中の二人は骨董仲買人、気色が変つてゐて多少の興味をひいた。
ちよんびり焼酎を飲んだら腹工合があやしくなつた、もう焼酎には懲りた、焼酎との絶縁が私の生活改善の第一歩だ。
・ぬかるみをふんできてふるさとのうた
・炭坑のまうへきれいな星
 字幕消えてうまさうな水が流れる流れる(映画)
 梅若葉柿若葉そして何若葉
 明日は明日の事にして寝るばかり

四月廿九日

 晴、後藤寺町行乞、伊田、筑後屋(三〇・中)

すつかり晴れた、誰もが喜んでゐる、世間師は勿論、道端の樹までがうれしさうにそよいでゐる。
やつぱり行乞したくない、したくないけれどしなければならない、やつと食べるだけ泊るだけいただく(ずゐぶんハヂカれた、いや/\でやるんだから、それがあたりまへだらう)。
歯が痛む、春愁とでもいふのか、近くまた二本ぬけるだらう。
後藤寺町の丸山公園はよろしい、葉桜がよろしい、それにしても次良さんをおもひださずにはゐられない、一昨年はあんなに楽しく語りあつたのに、今は東西山河をへだてゝ、音信不通に近い。
白髪を剃り落してさつぱりした(床屋の職人、多分鮮人だらうが、乱暴に取扱つた)。
逢ふまへの坊主頭としておく
香春岳にはいつも心をひかれる、一の岳、二の岳、三の岳、それがくつきりと特殊な色彩と形態とを持つて峙えてゐる、よい山である、忘れられない山である。
此宿も悪くない、五銭奮発して上客なんだから、部屋もよく夜具もよかつたが、夜おそく、夫婦者が泊つたので大きい部屋へ移されたのは残念だつた、折角、一室一燈一人で、読書してゐたのに。

四月卅日

 雨后曇、后晴、再び緑平居に入る。

雨、雨、かう雨がふつてはやりきれない、合羽を着て、水に沿うて、ぶら/\歩いて、緑平居の客――厄介な客だと自分でも思つてゐる――となる。
雨後の新緑のめざましさ、生きてゐることのよろこびを感じる。
夕方、予期した如く、緑平老が出張先から戻つて来た、酒、話、ラヂオ、……友情のありがたさよ。
 窓一つ芽ぶいた
 旅空の煙突ばつかり
 焼芋つゝんで下さつた号外で
・ぬけさうな歯を持つて旅にをる
 ぬけた歯を見詰めてゐる
    □
 お留守に来て雀のおしやべり(緑平居)

五月一日

 まつたく五月だ、緑平居の温情に浸つてゐる。

熱があるとみえて歯がうづくには困つたが、洗濯したり読書したり、散歩したり談笑したり。
彼女からの小包が届いてゐた、破れた綿入を脱ぎ捨てゝ袷に更へることが出来た、かういふ場合には私とても彼女に対して合掌の気持になる。
廃坑を散歩した、アカシヤの若葉がうつくしい、月草を摘んできて机上の壺に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)して置く。
放哉書簡集を読む、放哉坊が死生を無視(敢て超越とはいはない、彼はむしろ死に急ぎすぎてゐた)してゐたのは羨ましい、私はこれまで二度も三度も自殺をはかつたけれど、その場合でも生の執着がなかつたとはいひきれない(未遂にをはつたがマヽその証拠の一つだ)。
筍を、肉を、すべてのものをやはらかく料理して下さる奥さんの心づくしが身にしみた(私の歯痛を思ひやつて下さつて)。
緑平老は、あやにく宿直が断りきれないので、晩餐後、私もいつしよに病院へ行く、ネロ(その名にふさはしくない飼犬)もついてくる。
緑平居に多いのは、そら豆、蕗、金盞花である、主人公も奥さんも物事に拘泥しない性質だから、庭やら畑やら草も野菜も共存共栄だ、それが私にはほんたうにうれしい。
 廃坑の月草を摘んで戻る
 廃坑、若葉してゐるはアカシヤ
・ここにも畑があつて葱坊主
 へたくそな鶯も啼いてくれる
・夕空、犬がくしやめした
 ひとりものに犬がじやれつく
 香春晴れざまへ鳥がとぶ
    □
 何が何やらみんな咲いてゐる(緑平居)

五月二日


五月は物を思ふなかれ、せんねんに働け、といふやうなお天気である、かたじけないお日和である、香春岳がいつもより香春岳らしく峙つてゐる。
早く起きる、冷酒をよばれてから別れる、そつけない別れだが、そこに千万無量のあたゝかさが籠つてゐる。
四里ばかり歩いて、こゝまで来て早泊りした、小倉の宿はうるさいし、痔もよくないし、四年前、長い旅から緑平居へいそいだときの思出もあるので。
此宿は宿としてはよい方ではないけれど、山家らしくて、しつとりと落ちついてゐられるのが好きである。
今日の道はよかつた、いや、うつくしかつた、げんげ、たんぽゝ、きんぽうげ、赤いの白いの黄ろいの、百花咲きみだれて、花園を逍遙するやうな気分だつた、山もよく水もよかつた、めつたにない好日だつた(それもこれもみんな緑平老のおかげだ)、朝靄がはれてゆくといつしよに歯のいたみもとれてきた。
麦の穂、苗代つくり、藤の花、鮮人の白衣。
 雀よ雀よ御主人のおかへりだ(緑平老に)
 香春をまともに別れていそぐ
 別れてきた荷物の重いこと
 別れてきて橋を渡るのである
 靄がふかい別れであつた
 ひとりとなつてトンネルをぬける
 なつかしい頭が禿げてゐた(緑平老に)
・塵いつぱいの塵をこぼしつゝゆく
 石をきざみ草萠ゆる
 若葉清水に柄杓そへてある
・住みなれて筧あふれる
・あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
    □
・衣がへ、虱もいつしよに捨てる
    □
 山寺ふけてゆつくり尿する(改作・福泉寺)
此宿の田舎らしいところはほんたうにうれしかつた、水もうまかつた、山の水としてもうまかつた、何度飲んだか分らない、何杯も何杯も飲んだ、腹いつぱい飲んだ、こんなにうまい水はめつたに飲めない。
同宿二人、一人は研屋さん、腕のある人らしい、よく働いてよく儲けて、そしてよく費ふ――費ひすぎる方らしい、飲まなければ飲まないですむが、飲みだしたら徹底的に飲む、いつかも有金すつかり飲んでしまつて、着てゐる衣服はもとより煙草入まで飲んでしまいましたよ、などゝニコ/\話してくれた、愉快な男たることを失はない、他の一人は蹴込んでマツチを売つてあるく男、かなり世間を渡つてゐるのに本来の善良性を揚棄しえないほど善良な人間であつた。
今夜といふ一夜は幸福だつた、地は呼野、家は城井屋、木賃三十銭、中印をつけて置くが上印に値する、私のやうなものには。
・ぜんまい  ・おばぜり

五月三日

 晴、行程七里、下関市、岩国屋(三〇・中)

よい日だつた、よい道づれもあつた、十一時頃小倉に入つた、招魂祭で人出が多い、とても行乞なんか出来さうになし、また行乞するやうな気分にもなれないので、さらに門司まで歩く、こゝから汽船で白船居へ向ひたいと思つてゐたのに、徳山へは寄港しないし、時間の都合もよくないので、下関へ渡つていつもの宿へおちつく、三時前とはあまりに早泊りだつた。
同宿十余人、同室弐人、おへんろさんと虚無僧さん、どちらも好人物だつた。
此宿の主人は、前年泊つた時感じたやうに、所謂普請道楽だ、部屋、食堂、便所、等、等と造り直してゐる、そして今日も二階の張出縁を自分で造つてゐる。
酒は高く米は安い。
関門を渡るたびに、私は憂欝になる、ほんたうの故郷、即ち私の出マヽ地は防府だから、山口県に一歩踏み込めば現在の私として、私の性情として憂欝にならざるをえないのである、といふ訳でもないが、同時にさういふ訳でないこともないが、とにかく今日は飲んだ、飲んだゝけではいけないので、街へ出かけた、亀山祭でドンチヤン騒ぎ、仮装行列がひつきりなしにくる。……
今日は昼火事に出くわした。
少し腹工合が悪いので、念のために、緑平老から貰つてきた薬を飲む、よくきく薬だ、よくきく肉体だ。
 焼跡あを/\と芽ぶいたゞけ
 乞食は裸で寝てゐる五月晴
・だまつて捨炭を拾ひ歩く
 声をそろへ力をそろへ鶴嘴をそろへ(線路工事)
 晴れておもひでの関門をまた渡る
刑務所の傍を、水に沿うて酒買ひにいつた、塀外の畑を耕してゐる囚人の視線は鋭かつた。
更けて隣室の夫婦喧嘩で眼が覚めた、だから夫婦者はうるさい、仲がよくてもうるさい、仲がわるければよりうるさい。

五月四日

 曇、行程八里、埴生、今井屋(三〇・下)

行乞しなければならないのに、どうしても行乞する気分になれない、それをむりに行乞した、勿論下関から長府まで歩くうちに身心を出来るだけ調整して。
長府はおちついた町で感じがいゝ、法泉寺の境内に鏡山お初の石塔があつた、乃木神社二十マヽ年記念の博覧会(と自称するもの)が開催されてゐた、それに入場する余裕もないし興味もないので小月まで、小月では宿といふ宿から断られた、しようことなしにこゝまで歩いた、電燈がついてから着いて、頼んで泊めて貰つた、何といふ無愛想な、うるさい、けちな宿だらう!(しかし野宿よりはマシだ、三十銭の銅貨は泣くだらうけれど)
どこへ行つても日本の春は、殊に南国の春は美しい、美しすぎるほど美しい。
海から五月の風が日の丸をゆする
生れた土のからたちが咲いてゐるよ
旅の人としふるさとの言葉をきいてゐる(再録)
露でびつしより汗でびつしより

五月五日

 雨、破合羽を着て一路、白船居へ――。

埴生――厚狭――舟木――厚東――嘉川――八里に近い悪路をひたむきに急いだ、降る吹くは問題ぢやない、こゝまで来ると、がむしやらに逢ひたくなる、逢はなくてはおちつけない、逢はずにはおかない、といふのが私の性分だから仕方がない、嘉川から汽車に乗る、逢つた、逢つた、奥様が、どうぞお風呂へといはれるのをさえぎつて話しつゞける、何しろ四年振りである。――
今日ほど途中いろ/\の事を考へたことはない、二十数年前が映画のやうにおもひだされた、中学時代に修学旅行で歩いた道ではないか、伯母が妹が友が住んでゐる道ではないか、少年青年壮年を過ごした道ではないか(別に書く)。
峠を四つ越えた、厚東から嘉川への山路はよかつた、僧都の響、国界石の色、山の池、松並木などは忘れられない。
雨がふつても風がふいても、けふも好日だつた。
端午、さうだ、端午のおもひでが私を一層感傷的にした。
・鉄鉢へ霰(改作)
余談として一、二。――
関門風景はよい、そこに鮮人ルンペンを配さなければなるまい。
道程を訊ねて、適切マヽ答を与へる人はめつたにない、爺さんはたいがい正確である、彼は昔、歩いてゐるから。
 雨の朝から夫婦喧嘩だ(安宿)
・あざみあざやかにあさのあめあがり
・誰にも逢はない水音のおちてくる
・うつむいて石ころばかり
 いそいで踏みつぶすまいぞ蛙の子
 ぬかるみで、先生お早うございます
・右は上方道とある藤の花
 ふつたりやんだり歩く外ない
 降り吹く国界の石
 ほどよう苔むした石の国界
 どしやぶりのお地蔵さん
・穂麦、おもひでのうごきやう
話しても話しても話しつきない、千鳥がなく、千鳥だよ、千鳥だね、といつてはまた話しつゞける。
長州特有のちしやもみ(苣膾)はおいしかつた、生れた土地そのものに触れたやうな気がした、ありがたい、清子さんにあつく御礼を申上げる。

五月六日

 曇、后晴、ふつてもふいてもよろしい白船居。

悠々として一日一夜を楽しんだ、洗濯、歓談、読書、静思、そして夜は俳句会へ。
糞ツ南無阿弥陀仏の話はよかつた、その『糞ツ』は全心全身の声だ、合掌して頂戴した。
句を拾ふ――こんな気持にさへなつた、街から海へ、海から森へ、森から家へ。――
棕櫚竹を伐つて貰ふ、それは記念の錫杖となる。
 石があつて松があつて、そしてマヽ柑があつて(白船居)
 どうやら霽れさうな松のみどり
 沖から白帆の霽れてくる
 埋立地のそここゝ咲いてゐる
 頬かむりして夏めく風に
 そよいでる棕櫚竹の一本を伐る
 西瓜とパヽイヤとさて何を添へようか
                  (白船居)
 春蘭そうして新聞
 むつまじく白髪となつてゐられる
    □
 星も見えない旅をつゞけてゐる
    □
・岩へふんどし干してをいて
・若葉のしづくで笠のしづくで
よく話した、よく飲んだ、よく飲んだ、よく話した、そしてぐつすり寝た。

五月七日

 晴、行程二里、福川、表具屋(三〇・上)

ほがらかに眼はさめたのだが、句会で饒舌りすぎ、夜中飲みすぎたので、どこかにほがらかになりきれないものがないでもない。
さう/\として出立する、逢うてうれしさ、別れのつらさである、友、友の妻、友の子、すべてに幸福あれ。
富田町行乞(そこは農平老の故郷だ)そして富田よいとこと思つた、行乞相は満点、いつもこんなだと申分ない。
けさ、立ちぎはの一杯二杯はうれしかつた、白船老の奥さんは緑平老の奥さんと好一対だ。
こゝまで来ると、S君の事が痛切に考へられる、S君よ健在なれ、私は君の故郷を見遙かしながら感慨無量、人生の浮沈を今更のやうにしみ/″\感じた。
此宿は飴屋の爺さんに教へられたのだが、しづかできれいで、気持よく読んだり書いたりすることが出来る、それにしても私はいよ/\一人になつた。
・バスが藤の花持つてきてくれた

五月八日

 雨、しようことなしの滞在、宿は同前。

終日読書静観、ゲルトがないと坊主らしくなる。
同宿四人、みんなマヽ師だ、間師はそれ/″\間師らしい哲学を持つてゐる、話してもなか/\おもしろい、間師同志の話は一層おもしろい(昨日今日当地方の春祭だから、それをあてこんで来たものらしい)。
痔がいたむ、酒をつゝしみませう。
・ふるさとの夢から覚めてふるさとの雨
 入川汐みちて出てゆく船
 窓が夕映の山を持つた
この宿のおかみさんはとても醜婦だ、それだけ好意が持てた、愛嬌はないが綺麗好きだから嬉しい。
世間する、といふ言葉は意味ふかい、哲学するといふ言葉のやうに。

五月九日

 曇、歩いて三里、汽車で五里、樹明居(小郡)

文字通りの一文なし、といふ訳で、富田、戸田、富海行乞、駅前の土産物店で米を買うていたゞいて小郡までの汽車賃をこしらへて樹明居へ、因縁があつて逢へた、逢ふてうれしかつた、逢ふだけの人間だから。
街の家で飲んで話した、呂竹、冬坊、俊の三君にも逢つた、呂竹居に泊る、樹明君もいつしよに。
街は祭の、世間師泣かせの雨がふる(福川)
霽れるより船いつぱいの帆を張つた
やつとお天気になり金魚、金魚
   □
晴れて鋭い故郷の山を見直す(防府)
育ててくれた野は山は若葉
車窓マドから、妹の家は若葉してゐる
戸田ではS君に逢ひたくてたまらなかつた、君は没落して大連にゐるのに。
椿峠で二人連れのルンペンに逢つた、ルンペンらしいルンペンだつた。
今日の行乞相は九十点以上。
防府を過ぎる時はほんたうに感慨無量だつた。
樹明居は好きになつた、樹明君が好きになつたやうに。
 柿若葉その家をたづねあてた(樹明居)
 逢へたゆふべの椿ちりをへてゐる
 地肌あらはなたそがれの道で
 こんやはここで寝る鉄瓶の鳴る(呂竹居)
 壁に影する藺の活けられて
・ふるさとの夜がふかいふるさとの夢
 すゞめがおぢいさんがもうおきた
・けさの風を入れる
    □
 赤いのは楓です(即興追加)
・水音のクローバーをしく
 身にせまり啼くは鴉
 また鴉がなく旅人われに

五月十日

 晴、二里ばかり歩いて三里は自動車、伊東宅(大田)

樹明君がどうでも大田までいつしよに行くとの事、職務妨害はいけないと思つたが(君は農学校勤務)、ちつとも妨害にはならないといはれるので、一杯機嫌で伊東君の宅へころげこんだ、幾年ぶりの再会か、うれしかつた。
街の家でまた飲む、三人とも酒豪ではないが、酒徒であることに間違はない、例によつて例の如く飲みすぎる、饒舌りすぎる。
葉山葵はおいしかつた、チシヤ膾はなつかしかつた。

五月十一日 十二日 十三日 十四日 十五日


酒、酒、酒、酒、酒、……遊びすぎた、安易になりすぎた、友情に甘えすぎた、伊東君の生活を紊したのが、殊に奥さんを悲しませたのは悪かつた、無論、私自身の生活気分はメチヤクチヤとなつた。……
いよ/\十五日の夕方、大田から一里ばかりの山村、絵堂まで送られて歩いた(このあたりは維新役の戦跡が多い、鍾乳洞も多い)。
アルコールの力を借つて睡る。
秋吉台の蕨狩は死ぬるまで忘れまい。
 バスを待ちわびてゐる藤の花(小郡から大田へ)
 曲つて曲る青葉若葉(  〃  )
 ぎつしり乗り合つて草青々(  〃  )
    □
 苺ほつ/\花つけてゐた(伊東君に)
 つゝましく金盞花二三りん( 〃 )
 襁褓干しかけてある茱萸も花持つ( 〃 )
 逢うてうれしい音の中( 〃 )
    □
 鳴いてくれたか青蛙(或る旗亭にて)
 葉桜となつて水に影ある( 〃 )
 たそがれる石燈籠の( 〃 )
    □
 きんぽうげ、むかしの友とあるく
 蔦をははせて存らへてをる
    □
・山ふところで桐の花
・青草に寝ころんで青空がある
 咲いてかさなつて花草二株
    □
・別れて橋を渡る
・青葉の心なぐさまない
しつかりしろ、と私は私自身に叫ぶ外なかつた、あゝ。
――赤郷絵堂、三島屋(三〇・中)。

五月十六日

 晴、行程四里、三隅宗頭、宮内屋(二五・上)

すつかり初夏風景となつた、歩くには暑い、行乞するには懶い、一日も早く嬉野温泉に草庵を結ばう。
けふの道はよい道だつた、こんやの宿はよい宿だ。
花だらけ、水だらけ、花がうつくしい、水がうまい(酒はもう苦くなつた)。
 初夏の水たたへてゐる
 雲がない花の散らうとしてゐる
 柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
 けふのみちも花だらけ
・わらや一つ石楠花を持つ
途上で、蛇が蛙を呑まうとしてゐるのを見た、犬養首相暗殺のニユースを聞かされた。

五月十七日 十八日 十九日

 降つたり吹いたり晴れたり、同じ宿で。

仏罰覿面、痔がいたんで歩けないので休養、宿の人々がまたよく休養させてくれる、南無――。
同宿の同行はうれしい老人だつた、酒好きで、不幸で、そして乞食だ!
何といふ山のうつくしさだらう、このあたりに草庵を結ばうかと思つたほどのうつくしさだつた。
終日黙想、労れたら寝た、倦いたら読んだ、曰く、講談本、――新撰組、相馬大作、等、等、等。
自動車パンク、そしてガソリン発火、こんな山村にもこんな事件が起つた、そして狂人、そして死人。……
晴、風、そして雨、それがホントウだ。
またこゝで、一皮脱ぎました、たしかに一皮だけは。

五月廿日

 曇、行程四里、正明市、かぎや(三〇・中)

いや/\歩いて、いや/\ホイトウ、仙崎町三時間、正明市二時間、飯、米、煙、そしてそれだけ。
此宿の主人は旧知だつた、彼は怜悧な世間師だつた、本職は研屋だけれど、何でもやれる男だ、江戸児だからアツサリしてゐる、おもしろいね。
同宿六人、みんなおもしろい、あゝおもしろのうきよかな、蛙がゲロ/\人間ウロ/\。
空即空色是色、――道元禅師の御前ではほんたうに頭がさがる、――日本に於ける最も純な、貴族的日本人、その一人はたしかに永平老古仏。
こゝで得ればかなたで失ふ、一が手に入れば二は無くなる、彼か彼女か、逢茶喫茶、ひもぢうなつたらお茶漬でもあげませうか、それがほんたうだ、それでたくさんだ、一をたゞ一をつかめば一切成仏、即身即仏、非心非仏。
 こんやの宿も燕を泊めてゐる
・ふるさとの夜となれば蛙の合唱
初めて逢うた樹明君、久しぶりに逢うた敬治君、友はよいかな、うれしいかな、ありがたいかな、もつたいないかな、昨日今日、こんなにノンキで生きてゐるのはみんな友情の賜物である、合掌。

五月廿一日

 曇后雨、行程六里、粟野、村尾屋(三〇・中)

今にも降りだしさうだけれど休めないやうになつてゐるから出かける、脱肛の出血をおさへつけてあるく。
古市、人丸といふやうな村の街を行乞する、ホイトウはつらいね、といつたところで、さみしいねえひとり旅は。
行乞相はまさに落第だつた、昨日のそれは十分及第だつたのに(それだけ今日はいら/\してゐた)。
今日の道はよかつた、丘また丘、むせるやうな若葉のかをり、ことに農家をめぐる密柑のかをり。
 おどつてころんで仔犬の若草
・ふるさとの言葉のなかにすわる
 密柑の花がこぼれる/\井戸のふた
今日はよく声が出た、音吐朗々ではないけれど、私自身の声としてはこのぐらゐのものだらうか。
同宿三人、何といふ善良な人だらう、家のない人間は、妻も子も持たない人間は善良々々。
この土地もこの宿も悪くない、昨日は三杯飲んだから、今日は飲まないつもりだつたら、やつぱり一杯だけは飲まずにはゐられなかつた。
まさに、蚤のシーズンだ、彼等はスポーツマンだ。
故郷の言葉を、旅人として、聴いてゐるうちにいつとなく誘ひ入れられて、自分もまた故郷の言葉で話しこんでゐた。
油谷湾――此附近――は美しい風景だ、近く第一艦隊が入港碇泊するさうだ。
今日の昼食は豆腐屋で豆腐を食べた、若い主人公は熊本で失敗して来たといふ、そこで私独特の処世哲学を説いてあげた。
此宿の婆さんはしたゝかものらしい、また色気があるらしい、それだけ元気があり悪気がある。
どうも夢を見て困る、夢は煩悩の反影だ、夢の中でもまだ泣いたり腹立てたりしている。……

五月廿二日

 あぶないお天気だけれど休めない、行乞しつゝ四里は辛かつた、身心の衰弱を感じる、特牛コツトイ港、三国屋(三〇・中)

此宿はおもしろい、遊廓(といつても四五軒に過ぎないが)の中にある、しかも巡査駐在所の前に。
山、山、山、青葉、青葉、青葉。
今日の行乞相はまづ及第、所得はあまりよくない。
棕櫚竹の※(「てへん+主」、第3水準1-84-73)杖はうれしい、白船老はなつかしい。
附野(津々野)のお薬師さまにまゐる、景勝の地、参拝者もかなりあるらしい。
けふは霰にたゝかれてゐる(改作)

五月廿三日

 晴、行程六里、小串町、むし湯( ・ )

久しぶりの快晴、身心も軽快、どし/\歩く、久玉クタマ、二見、湯玉といふところを行乞、小串まで来て宿をさがしあてたが、明日は市が立つので満員で断られる、教へられて、この蒸湯へ来た、事情を話して、やつと泊めて貰ふ、泊つて見れば却つて面白い、生れて初めて蒸湯といふものへはいる、とても我慢が出来なかつた。
今日の特種として、もう一つ書き添へなければならない、それは久玉でお祭の御馳走を頂戴したことである。
今日の行乞相も及第、所得は優等だつた。
旅の眼覚の窓をあけたら、青葉若葉に朝月があつた。
このあたりの海岸は日本的風景。
 波音のお念仏がきこえる
・玄海の白波へ幟へんぽん
・向きあつておしやべりの豆をむぐ
    □
・旅のつかれの夕月が出てゐる
                (改作追加)
・焼芋をつゝんでくれた号外も読む
蚤と蚊と煩悩に責められて、ちつとも睡れなかつた、千鳥が鳴くのを聞いたが句にはならなかつた。……
先日からいつも同宿するお遍路さん(同行といふべきだらうか)、逢ふたびに、口をひらけば、いくら貰つた、どこで御馳走になつた、何を食べた、いくら残つた、等々ばかりだ、あゝあゝお修行はしたくないものだ、いつとなくみんな乞食根性になつてしまふ!

五月廿四日

 晴、行程わづかに一里、川棚温泉、桜屋(四〇・中)

すつかり夏になつた、睡眠不足でも身心は十分だ、小串町行乞、泊つて食べて、そしてちよつぽり飲むだけはいたゞいた。
川棚温泉――土地はよろしいが温泉はよろしくない(嬉野に比較して)、人間もよろしくないらしい、銭湯の三銭は正当だけれど、剃髪料の三十五銭はダンゼン高い。
妙青寺(曹洞宗)拝登、荒廃々々、三恵寺拝登(真言宗)、子供が三人遊んでゐた、房守さんの声も聞える、山寺としてはいゝところだが。――
歩いて、日本は松の国であると思ふ。
新緑郷――鉄道省の宣伝ビラの文句だがいゝ言葉だ――だ、密柑の里だ、あの甘酸つぱい匂ひは少年の夢そのものだ。
松原の、松のないところは月草がいちめんに咲いてゐた、月草は何と日本的のやさしさだらう。
・ふるさとはみかんのはなのにほふとき
・若葉かげよい顔のお地蔵さま
 初夏の坊主頭で歩く
 歩くところ花の匂ふところ
    □
・コドモが泣いてハナが咲いてゐた

五月廿五日 廿六日

 雨、風、晴、発熱休養、宿は同前。

とても動けないので、しようことなしに休養する、年はとりたくないものだ、としみ/″\思ふ。
終日終夜、寝そべつて、並べてある修養全集を片端から読みつゞける、それはあまりに講談社的だけれど。――
病んで三日間動けなかつたといふことが、私をして此地に安住の決心を固めさせた、世の中の事は、人生の事は何がどうなるか解るものぢやない、これもいはゆる因縁時節か。
嬉野と川棚とを比べて、前者は温泉に於て優り、後者は地形に於て申分がない、嬉野は視野が広すぎる、川棚は山裾に丘陵をめぐらして、私の最も好きな風景である。
とにかく、私は死場所をこゝにこしらへよう。

五月廿七日

 晴、行程七里、安岡町行乞、下関、岩国屋(三〇・中)

ぢつとしてはゐられないので出発する、宿料が足らないので袈裟を預けて置く、身心鈍重、やうやく夕暮の下関に着いた。
久しぶりに地橙孫君を訪ねて歓談する、君はいつも温かい人だ、逢ふたびに、人格が磨かれつゝあることを感じる。
夜更けてから馴染の宿に落ちつく、今夜は地橙孫君の供養によつて飲みすぎた、安価な自分が嫌になる。……

五月廿八日

 晴、船と電車、酒と魚、八幡市、星城子居。

星城子君の歓待は恐縮するほどだつた、先日来の身心不調で、御馳走が食べられないで困つた、好きな酒さへ飲めなかつた、この罰あたりめ! と自分で自分を憫れんだ。
夜、いつしよに仙波さんを訪ねる、こゝでも懇ろにもてなされた、お布施までいたゞいた。
葉ざくら、葉ざくら、友のなさけが身にしみる。
工藤君からハガキをうけとつたのはうれしかつた、伊東君からも、国森君からも。
私は、私のやうなものが、こんなにしてもらつていゝのだらうか、と考へずにはゐられない。
   門司埠頭凱旋兵
・生きて還つてきた空の飛行機低う
    □
・芭蕉二株青い雨(追加)
 星がまたたく草に寝る
    □
・かたい手を握りしめる

五月廿九日

 晴、電車と汽車で緑平居へ、葉ざくらの宿。

朝から四有三居を襲うて饗応を強要した。
緑平老はあまりに温かい、そつけないだけそれだけしんせつだ、友の中の友である。
水を渡つて女買ひに行く(添加)
夕方、連れ立つて散歩する、ボタ山のこゝそこから煙が出てゐる、湯が流れてくる、まるで火山の感じである、荒涼落漠の気にうたれる。
・ボタ山へ月見草咲きつゞき

五月三十日

 晴、行程五里、高津尾といふ山村、祝出屋(三〇・中)

早く起きて別れる、そして川棚へ急ぐ、労れて途中で泊る、この宿はほんたうにしづかだ、山の宿の空気を満喫する。
例の後援会の成績はあまり良くないけれど、それでも草庵だけは結べさうなので、いよ/\川棚温泉に落ちつくことになつた、緑平老の諒解を得たから、一日も早く土地を借りてバラツクを建てなければならない、フレイ、フレイ、サントウカ、バンザアイ!
近来とかく身心不調、酒も苦くなつた、――覚醒せずにはゐられない今が来たのである。
しつかり生きなければならない、嘘の多い、悔の断えない生き方にはもう堪へられなくなつた。
酒をつつしまなければならない、酒を飲むことから酒を味ふ方へ向はなければならない、ほんたうにうまい酒ありがたい酒をいたゞかなければならないのである。
伊東君に手紙をだして、私の衷情を吐露しつゝ、お互に真実をつかまうと誓約した。
少し飲んでよく寝た。
 山の家のラヂオこんがらがつたまゝ
・こゝにも畑があつて葱坊主(再録)

五月三十一日

 曇が雨となり風となつた、小倉まで三里、下関から風雨の四里を吉見まで歩いた、関門通有のシケで、全身びしよぬれになつて、やつと宿についた、石風呂があるので石風呂屋といふ、子供が多いので騷がしいけれど、おかみさんもおばあさんもしんせつなので居心がよい(三〇・中)

昨夜の宿は予想したほどよくなかつた(水だけは、筧から流れてくる水だけはよかつた)、しかし、期待したやうに山ほとゝぎすを聴くことが出来たのはうれしかつた。
 ほつかり眼ざめて山ほとゝぎす
・ほとゝぎすしきりに啼くやほとゝぎす
・あかつきの火の燃えさかる
    □
・ふたゝび渡る関門は雨
・ぬれてうつくしいバナナをねぎるな
    □
・シケの石風呂へはいりこむ
石風呂は防長特有のものではあるまいか、その野人趣味を興ふかく思ふ。
ノミ、シラミ、アメ、カゼに責められて、なか/\寝つかれなかつた、落ちついて澄んでゆく自分を見詰めつゞけた。
長かつた夜が白みかゝつてきた、あかつきの声が心の中から響く、生活一新の風が吹きだした。
とにもかくにも、昨日までの自分を捨てゝしまへ、たゞ放下着





底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「騷」と「騒」の混在は底本通りにしました。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について


●図書カード